光石研が12年ぶりに、映画単独主演を務めることでも話題の映画『逃げきれた夢』。人生のターニングポイントを迎えた男が、新たな一歩を踏み出すまでの日々をつづった、生々しい人間ドラマが描かれています。
北九州の定時制高校で教頭を務める末永周平が、元教え子や家族、友人との関係性を通して、これからの人生をどのように見つめ直していくのか。
本作で周平の娘・由真を演じるのが、映画『のぼる小寺さん』(2020年)で初の主演を務め、映画『461個のおべんとう』(2020年)や『樹海村』(2021年)、ドラマ『ブラザー・トラップ』(TBSテレビ)など、数多くの作品に出演している工藤遥さん。
元アイドルという経歴を忘れてしまうほど、存在感のある演技で、いま注目を集めています。そんな工藤さんに映画での役作りのお話から、ソロ活動をスタートさせて変化した演技への向き合い方などをお聞きしました。
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『逃げきれた夢』のオーディションで娘の由真役をつかむ
──今回は、どのような経緯で出演することが決まったのでしょうか?
この作品には、オーディションに参加させていただいて、末永由真という役を演じることが決まりました。オーディション現場では“参加者みなさん個々の魅力があるからこそ、集まっているんだな”という印象を受けたので、私も無理に演じようとせずに、等身大でいることを心がけて挑みましたね。
──オーディションでのエピソードや、裏話があれば教えてください。
監督に何にもテーマを与えられずに「ケンカしてほしい」とだけ言われたことが、印象に残っています。
具体的には「女の子ふたりがケンカをしているイメージで、アドリブ芝居をやってください」と言われたのですが、“誰かの彼氏を取ったとか、好きな人がかぶったとか、浮気や不倫はなし”という制限があったので、それ以外でどうやったらケンカができるだろうと考えて、急に思いついたのが“30万円ほどする高級なマウンテンバイクを、誤って盗んでしまった”という設定でした。
というのも、そのときにちょうど舞台をやっていて、共演した男性陣が自転車の話題で盛り上がっていたんです。話を聞くと、マウンテンバイクに30万円以上もかけているそうで、2、3万で買えるものだとばかり思っていた私にとっては衝撃で。
それをオーディションで話してみたら通ったので、監督には面白がってもらえたのかなと思いますね(笑)。
──そのことに関して、二ノ宮(隆太郎)監督からは何か言われましたか?
後ほど「なぜあのとき、あの話をしたんですか?」と言われました。監督からは「めちゃくちゃ面白かったです」と言ってもらえたので、役者それぞれの人間性や面白さを、すごく重視してくださる方なんだなと改めて思いましたね。
──二ノ宮監督には工藤さんの人間性が刺さったんでしょうね。
そうなんですかね……。いまでは突飛な話をしてしまって、本当に申し訳ないなと思ってはいるんですけど、あれがなかったらいまこうして参加できてないと思うと、やってよかったなと思っています。
父親とはふたりで映画を一緒に見に行くほどの仲
──本作では、光石研さん演じる末永周平の娘役ということで、周平が家で話しかけようとしても、真正面から向き合わずに、ずっとスマホばかりに熱中しているという役どころでしたが、どのようなことを意識して役作りをされましたか?
二ノ宮監督と最初にお話ししたときに、共通していたのが“決して父親のことは嫌いなわけじゃない”という部分だったんです。
娘がひとりの3人家族だと、“母親と娘がすごく仲よくなって、友達みたいにいろんな話をする一方で、父親が置いていかれる”みたいな構図ってよくあると思うんですけど、それは決して父親のことが嫌いなのではなくて、“父親という存在は認識しているけど、とことん興味がなくて父親以上の感情がない”みたいな感じなんですよね。
当たり前にいる人だし、自分にとってはあえて深く知る必要がないというか。でも、それこそが本当にリアルな家族の形だなと、私は思うんですよ。悲しいことではあるんですけど。私はそこにリアリティを持たせれば持たせるほど、作品が面白くなるだろうなと確信していたので、そこは常に意識して演じました。
──確かに工藤さんのリアルな娘像を見ていると、自分もいずれ父親になったらこんな感じになってしまうのかと想像しながら、寂しい気持ちになりました。
そう言っていただけると嬉しいです。私も父がこの作品を見たいと前向きに言ってきてくれたときに、なんか少し複雑だったというか。見たいと言ってくれるのはすごい嬉しいんですけど、変なところに刺さるかもしれないな、みたいな不安が若干あって(笑)。でもそれくらいみなさんがリアリティを持って演じられているところが、この作品の面白さだなと思いますね。
──工藤さんは父親との関係性はどんな感じなんですか?
私たちはめちゃくちゃ仲いいんですよ! 周平と由真とは真逆の関係で、ふたりで映画を一緒に見に行ったり、お酒飲みに行ったり、普段からご飯を食べに行ったりするので、正直言うと末永家の関係性は自分とは遠い存在で。だからこそ、よりふたりの関係性を意識しましたし、心を痛めながら演じているところはありました。
──周平と由真の関係性をリアルに演じるというのは、とても難しい作業だったのではないでしょうか?
言葉数が少ない分、どれくらい表情を表に出していいのか、さじ加減が難しかったですね。すごくカッコよくて素敵な光石さんを知っているからこそ、あまりにも情けない父親の姿で目の前にいるのを見たときに、どうも同情しそうになってしまう自分がいて、心の底から心配しそうになるんですけど、そこは思い切って切り分けないといけないなと。
ただ、話しかけにきてくれるお父さんを冷静に拒むというか、壁をひとつ作るような表現には苦労しました。周平は自分の人生を振り返ってみたときに、何も残っていなかった事実に気づくという役柄なんですね。でも外では意外とカッコいい部分があって、教頭先生として、すごく素敵な振る舞いをしていたりとか、自分のお父さん思いの場面があったりとか、コミュニケーション上手な部分があるのにもかかわらず、家の中ではこうも立場がない。
その家の中でのやりきれなさを私と光石さんでしっかりと作っておかないと、他が生きないだろうな、という思いはあったので気をつけました。
結果よりも作品のために自分がどう貢献できるかを考えるように
──2020年以降の工藤さんはドラマや映画など多くの作品に出演されています。着実に女優としての階段を駆け上がっている印象ですが、現在の状況に対してはどのように捉えていますか?
正直、“なんとかなった”という感じですね。18歳で「役者になります」と、大口たたいてグループを卒業したので、どうにもならなかったら……という不安もありました。
でも、いまはこうして、少しずつ役者として名前を知っていただけるようになって、作品をきっかけに興味を持ってくださった方が増えてきて恵まれているなと思いますし、私もここまで一生懸命に向き合ってきてよかったなと思っています。
──演技への向き合い方も変わったのではないでしょうか?
変わりましたね。いい意味で“自分が真ん中に絶対立ちたいです”みたいな気持ちがなくなったというか。
映画『のぼる小寺さん』(2020年)で初めて主演をさせていただいて、これからもそういう機会を増やしていかなくてはいけないと思ってはいつつも、いまは自分が何か結果を残すというよりも、“作品のために自分がどういうパーツになれるか”ということを考えるようになりました。
以前までは“正当派なヒロインをやりたい”という気持ちもあったんですけど、それだと私はこの作品を生かしきれない。そうであるなら、その横でヒロインの子をいじめるちょっと嫌なヤツを演じたほうが、自分の持っている技術や私の人間味みたいなものをすべて費やして、作品に貢献できるんじゃないかなって。
──それはこれまで大人数のグループで活動してきて、役者に転向すると決めたタイミングで生じた変化なのでしょうか?
そうだと思います。グループ時代は、いちばん目立ちたかったんですよ。それは卒業してから1年半ぐらいは続いていて、やっぱり主人公をやりたいとか、目立つポジションに立ちたいという思いのほうがあったんですけど、ありがたいことに、たくさんの素敵な作品に恵まれていくにつれて、それぞれの立ち位置で自分の魅力を最大限発揮することが大切なんだと気づきました。
あとは、作品にとって最高のスパイスやパーツになっている役者の先輩方を拝見していて、カッコよさを感じたことは大きかったです。
──ソロ活動はグループのときとは違った難しさがあると思うのですが、ソロとグループの違いはどのようなところに感じていますか?
何よりもひとりは心細いですよね。グループとは違って、すべてのことをひとりでやらなきゃいけない重圧みたいなものがあったので、最初はすごく寂しかったし、何でもネガティブに考えてしまうこともありました。
でも、それぞれ現場で出会った先輩の俳優さんだったり、同世代の俳優さんだったり、スタッフさんだったり、みなさんがいろいろなところで、私に声をかけて支えてくださって。アイドル時代のように“助けてほしいと言ったら、手を差し伸べてくれる人が自分の周りにはいるんだ”って思えてからは、ポジティブに考えられるようになりました。
──では、最後に「工藤さんにとって女優業とは?」というテーマでお話を聞かせてください。
もう本当に大好きなことですし、ずっと(この先も)やっているんじゃないかなと思います。演じることは、生活から切っても切り離せなくなってきていて、全部お芝居につながるんじゃないかと思って生きるようになっているんですよ。
しかもそれを苦だとはまったく思わないんです。プライベートで何か面白いことがあったり、ひとつ何かできるようになったりしたら、これを生かせるような役はないかなって探すと思いますね(笑)。
──役者への転向を決めたときから、モチベーションは変わっていないんですね。
変わらないですし、逆にやればやるほど欲も出てくるんです。お芝居にはゴールってたぶんないと思うので、これからも“もっと挑戦していきたい”って言い続けていると思います。
(取材・文/川崎龍也、編集/本間美帆)
【PROFILE】
工藤遥(くどう・はるか) ◎1999年10月27日生まれ、埼玉県出身。2018年より俳優として活動。以降、映画『のぼる小寺さん』(2020年)やドラマ『あせとせっけん』(MBS毎日放送)、『ロマンス暴風域』(MBS毎日放送)、『ダブル』(WOWOW)など、多くの映画やドラマに出演の他、MBSラジオ『若月佑美と工藤遥のMBSヤングタウン』ではパーソナリティも務める。2023年には映画『君は放課後インソムニア』への出演も控えている。Twitter→@Haruka_Kudo1027、Instagram→@haruka_kudo.official
【Information】
■映画『逃げきれた夢』
公開日:2023年6月9日(金)
出演:光石研、吉本実憂、工藤遥、杏花、岡本麗、光石禎弘、坂井真紀、松重豊
監督・脚本:二ノ宮隆太郎
配給:キノフィルムズ
(C)2022『逃げきれた夢』フィルムパートナーズ