今や映画・ドラマ・舞台で引く手あまたの役者、松井玲奈さん。2023年3月10日より、東京・大阪で舞台『ミナト町純情オセロ~月がとっても慕情篇~』に亜牟蘭モナ役で出演。12年ぶりに潤色のうえ再演される劇団☆新感線の舞台で、シェイクスピアの戯曲『オセロー』を原典にしたコミカルな芝居だ。
実は本作で演じるような「可愛らしい快活な女性ヒロイン」にはあまり縁がなかったという松井さん。舞台への意気込みと、最近の役者業で見られるようになった「変化」、そしてネガティブな感情への向き合い方を語ってもらった。
──本作では、三宅健さん演じる主人公・亜牟蘭オセロの妻・モナを演じます。初日への臨場感も高まってきていると思います。
「憧れだった劇団☆新感線さんの舞台に私が立つんだな、という緊張感をより実感してきました。私も客席で観ていた、セリフのかけ合いで笑ったり感動できる新感線らしい作品になっています。いつか出演したいと思っていたところにオファーをいただいて、今はその期待に応えることが第一ですね。
シェイクスピアの『オセロー』が原典なので元は悲劇なんですが、その中でモナはただ1人といっていいくらい純真で、三宅健さんのオセロを一途に愛している存在。脚本で感じた彼女の純真さに役者としても応えられるよう、殻を破る気持ちでいます」
──製作発表では、稽古場での印象的なエピソードで「(劇団☆新感線の主宰で演出家の)いのうえひでのりさんの演技指導がすごく可愛らしい」ということを挙げていました。
「本当に可愛いんですよ。女性であるモナの立ち居振る舞いをいのうえさんが自ら実演してくださるのですが、小動物のように快活でぴょんぴょんしている、モナのキャラクターそのものにすら見えて。架空の三つ編みが揺れているみたいな、いのうえさんが稽古場で見せた愛らしくて無邪気なモナ像が私にできるんだろうか……と初めは尻込みしました。
私は愛嬌があまりないなと自覚しているので、(キャピキャピした)可愛さを日々、研究しているところなんです」
実は苦手意識があった、愛嬌のある役
──役者業に打ち込む前は、女性らしいイメージを持たれることも多かったかもしれませんが、意外ですね。
「実はモナのような明るくて元気で、万人から愛される役はほとんど経験せずにいたんです。これまで悪女やトリッキーな役柄を多く経験してきて、また私自身つい役作りを頭で考え込んでしまうタイプなので、すごく久しぶりにキャピキャピとした女の子になりきるために昔の記憶を思い出したり、K-POPアイドルの振る舞いを参考にしています。
最近のK-POPだと、IVEのウォニョンちゃんがすごく愛おしくて注目です! ふとした瞬間にファンに見せる表情がすごくキュートなのに気づきました。これも、舞台でキュートに振り切るための発見ですね」
──考え込みがちということは、理論派というか、考えて役に入っていくというのが松井さんの習慣だったんでしょうか。
「身体で覚えるより頭で役を作っていく傾向はありました。また、今までは現場で演出家の方に求められたことに応える、自分で考えた演技の正解をきっちり表現する、という意識が強かったのですが昨年の『歌妖曲~中川大志之丞変化~』という舞台で、毎日のチャレンジを楽しめるようになりましたね」
──どんなチャレンジをしていたんでしょうか?
「いわゆるアドリブとはちょっと違うんですが、初日が開けてからも、毎日の舞台でいろいろなアプローチを試してみたいと思ってやってみたんですね。
例えば同じ言葉でも、脚本や舞台の雰囲気によって客席が受け取る印象は変わってきます。だから私もその日の気分によって言葉に込める感情の幅を変えてみたり、発声の圧も変えてみたりして。すると共演者のみなさんから返ってくる反応も楽しめるようになって、日を追うごとにかけ合いが熱を帯びてきたと実感していました。
以前は“それは違う”と言われるのが怖くて思い切ったことができなかったけれど、求められるものと違ってもいいからまずやってみよう、と思えるようになったのが『歌妖曲〜』での大きな経験でしたね」
考えるより先に行動! 可愛さ演じる恥ずかしさを克服
──今回演じるモナも、近年演じていなかった役柄ということで、挑むことが多くなりそうですね。
「セリフひとつにも、演技をする前に“どういうこと?” “このとき登場人物はどんなことを思うんだろう?”とついロジカルに考えてしまうので、それよりも考える前にやってみようとある意味開き直りました。
というのも、いのうえさんが稽古場で見せてくれた可愛いモナ像が今の私には恥ずかしいくらい(笑)若々しいものだったので。頭で恥ずかしいと思ってしまう前に行動してみて、身体に染み込ませてしまおうと振り切って稽古していますね。
モナは(この作品の舞台の)昭和30年代にいたギャルなんだ、と思って私もキュートでコケティッシュなギャルになりきる気持ちで、普段の私なら絶対できないような立ち居振る舞いをしています」
──『オセロー』を原典にしながら、舞台が昭和30年代になっていますね。ポスタービジュアルも昭和の任侠(にんきょう)映画のような雰囲気です。
「原典は悲劇ですが、青木豪さんの脚本のおかげで、新感線らしいコミカルなセリフのやりとりでコメディ要素も結構多いです。シェイクスピアの四大悲劇のイメージをいい意味で裏切るものになりそうです。
『オセロー』は嫉妬や噂に人々が翻弄されていく物語ですが、もし現代が舞台だったらと思うと、SNSでの誹謗中傷を連想してしまいそうで生々しく、フィクションとして十二分に楽しめないかもしれません。昭和の時代のお芝居にすることで、ノスタルジックなエンタメとして観ることができて、小津安二郎監督の映画のような空気感もあるかなと感じています」
情念渦巻くシェイクスピア作品。ネガティブな感情との向き合い方は?
──一昨年は『ジュリアス・シーザー』でアントニーを力強く演じました。シェイクスピアの劇を潤色した舞台への出演も増えていますが、どんな印象を持っていますか?
「セリフを理解するところからハードルが高いなと。もともとが外国の言葉で書かれた劇でかつ時代も古いですから、現代の言葉遣いに慣れている私たちにとっては、血肉になるように落とし込むのにすごく頭を使いました。でも劇中でうごめく感情が理解できると、舞台での表現がすごく楽しくなってきます」
──モナは三宅健さん演じる亜牟蘭オセロの妻(恋人)で、原典の『オセロー』ではデズデモーナにあたる人物です。オセロに嫉妬したイアーゴーが流した嘘(うそ)から不幸が始まっていく筋書きは本作でも共通していますが、松井さんはデマや嘘などのネガティブな情報にはどう接しているでしょうか。
「あることないこと言われやすい職業でもあるので……疑いは晴らして、自分の正当性を認めさせたい、と思うタイプではありますね。でもそれだけではなくて、自分と違う考えを持っている人がどうしてそう考えるのか、知りたくなることはあります」
──デマや嘘は否定したいけど、論破や説得よりも相手のことを理解してみよう、と。
「今の世の中、膨大(ぼうだい)な情報が日々流れていると思うのですが、気になったニュースは賛否両論に接してみるんです。両方の考え方を知りながら、私自身はフラットでどちらの意見にも与(くみ)しないんですが、“なぜこの人たちは自分と違う感情を持ってしまうんだろう?”と気になってしまうんですね」
──『オセロー』でも描かれるような、嫉妬の感情に囚(とら)われそうなときはどうしていますか。
「嫉妬は“期待から来る失望”だと思っています。例えば誰かに何かをしてあげたのに見返りがない、と恨むのはこちらが勝手に期待して失望しているからですよね。相手にしてみれば私が何を考えているかも知らないわけで。
他人の感情や行動をコントロールすることはできないと割り切って、見返りを求めなければネガティブな感情から離れてメンタルも安定するのかなと思います」
──ほかに、ネガティブな気持ちになってしまうときはあるでしょうか?
「ネガティブというか……お家の中にいるととにかく怠惰に流れてしまうかも(笑)。インドア派というわけではないんですが、自宅だと仕事モードにはなれないですね。何もしないまま時間が過ぎて、台本を覚えるのも億劫に感じたり、ということはよくあります」
──人間、どうしても後ろ向きになったり暗い感情に囚われることもあるかと思います。でも今回演じるモナは、純粋で人を疑うことを知らない存在で、松井さんにとってもまっすぐ表現を究めていける役柄のような印象を、お話を通じて受けました。
「最近はクールで感情に流されない役が多かったので、挑戦は多くなりますね! 劇団☆新感線はファンの方も多いカンパニーで、客演としての参加にはなりますが、稽古場で吸収できるものは何でも体得して、客席のみなさまが上演中目いっぱい楽しめるものをお届けするつもりです。その気持ちで毎日を歩んでいます」
(取材・文/大宮高史)
《PROFILE》
松井玲奈(まつい・れな) 1991年7月27日、愛知県出身。2015年にSKE48を卒業後、役者業を中心に活動。近年の主な出演作は舞台『歌妖曲~中川大志之丞変化~』(‘22年)、『ジュリアス・シーザー』(’21年)、『オリエント急行殺人事件』(‘20年)、『DISTANCE TOUR』(‘20年)、映画『よだかの片想い』(‘22年)、『幕が下りたら会いましょう』(’21年)、『ゾッキ』(’21年)、『半径1メートルの君~上を向いて歩こう~』(’21年)、ドラマ『どうする家康』(’23年)、『広域警察』(’21年)、『プロミス・シンデレラ』(’21年)など。
●公演情報
劇団☆新感線43周年興行・春公演
Shinkansen faces Shakespeare
『ミナト町純情オセロ~月がとっても慕情篇~』
【原作】ウィリアム・シェイクスピア(松岡和子翻訳版「オセロー」ちくま文庫より)
【作】青木豪
【演出】いのうえひでのり
【キャスト】亜牟蘭オセロ:三宅健 亜牟蘭モナ:松井玲奈 三ノ宮一郎:粟根まこと 汐見丈:寺西拓人 沙鷗アイ子:高田聖子 ほか
【日程・会場】
東京公演:2023年3月10日(金)~3月28日(火)東京建物Brillia HALL
大阪公演:2023年4月13日(木)~5月1日(月)COOL JAPAN PARK OSAKA WWホール