ニューウェイヴバンド『ロマンポルシェ。』のボーカルであり、DJや司会、そしてコラム執筆と幅広い活動を行う掟ポルシェさん。
インタビュー第1弾(「どんな会社も光の速さでクビになった」ミュージシャン・ライター業で本領を発揮、掟ポルシェさんの“仕事道”)では現在54歳の掟さんのこれまでを振り返り、天職ともいえるバンド活動やライター業を始めるようになったきっかけを聞きましたが、今回は女子プロレスにハマり借金を背負った過去やアイドル文化などのカルチャーについてたっぷり語ってもらいました。
女子プロレスにハマり借金まみれ。30年がかりで奨学金完済
──北海道は、GLAYやJUDY AND MARYというような著名バンドから、怒髪天やthe pillowsなど音楽性豊かな数多くのバンドを輩出しています。そのような土地柄についてどう思いますか?
「当時は俺も含めてみんな、東京ではとんでもないことが行われているに違いないって本気で思っていたんですよ。昔(’80年代)は地方と東京では情報の遮断があったから、それぞれのパンクや音楽観があってみんな勝手に勘違いしちゃったわけ。
怒髪天の増子さん(注:ボーカルの増子直純)は、『爆裂都市 BURST CITY』(注:1982年公開の石井岳龍(旧名・石井聰亙)監督作品)を観て、“パンクは向こうから来たやつ、全員殴らなきゃいけないな”って、それがパンクだと思い込んでたくらい(笑)。北海道くらい東京から離れた場所だと、映画や雑誌の内容が本当に世の中で行われているって思っちゃうからね」
──当時は東京の文化が入ってこないぶん、地元の音楽活動が盛んだったのかもしれないですね。
「俺はテレビでやっていることなんてウソ!って思っていて、オメガトライブ(注:’80年代に活動していたバンド)を聴いてるやつなんて東京には一人もいないって信じて上京したからね。ザ・スターリン(注:過激なライブパフォーマンスで話題となったパンクバンド)がライブ中に豚の臓物を客席に投げたっていう記事を読んで、“東京ってすごいやつらばかりなんだ。すげえな”って思って上京してきた。よし! 俺も頑張って変わったやつになろうって思ったんです」
──その意気込みは掟さんの活動からも伝わってきました! あとは掟さんは借金があったこともたびたびコラムなどで書かれています。借りる時はいいけれど、返す時はつらくないですか。
「“こんなの正社員になってボーナスもらったら一発で返せるじゃん”って思っていたんですよ。でもその時点で正社員になる予定はない。未来はちゃんと働いてるものと勝手に思い込んでいたんですよね。すごいなめていましたよね」
──ちなみに、借金の使い道はなんでしたか?
「だって借金し続けないと、女子プロレスが見られなかったんですよ。俺が大学卒業した1992、1993年頃って、女子プロレスは対抗戦とか面白い試合だらけだったんですよ。もう女子プロレス見るために仕事もブッチぎって、チケットのために借金して。ガンガンいい席を買って見に行っているうちに、だんだん首が回らなくなった。当時、ビルの窓拭きのバイトで月に20万円ぐらい稼いでいたんですが、それで返済額が月に16万円とか。家賃を引いたらそっくりそのままの金額を返さないといけなくなった。自転車操業でどうにもならなくなって、弁護士に債務整理を頼んだりもしたんですけれど。大学の奨学金だけは債務整理できないって言われましたね」
──最近、Twitterで奨学金を完済したとツイートされてバズっていましたね。
「そうなんですよ。日本育英会の奨学金を108万円借りていて、最近まで返済していたんですよ。今年は2022年でしょ、’92年からか返済が始まったとして、30年!? 完済するのに30年かかったんですよ。そんなもん軽く近未来でしょ」
──借金が返済できなくなると、不安になったりしませんでしたか?
「全然、大丈夫。カンニング竹山さんが言っていたんですけれど、100万くらいまではまだ躊躇(ちゅうちょ)するんだって。でも200万のラインを超えると、“ガンガン行こうぜ!”に変わると(笑)。普通の精神状態ではいられないから、もうこれはもうガンガン行くしかないっていうモードになるらしいですよ」
──でも世間一般の平均貯金額がニュースで取り上げられたりすると、ご自分と比べて落ち込んだりしませんでしたか?
「あれ、ウソですよね? 身の回りに貯金あるやつがいない。大富豪みたいな人が日本にも何人かいるじゃないですか。前澤さんとかそういう人を入れて平均を出すと貯金額が何百万だか何千万だかになるだけで。ほとんどの人は貯金なんてないよ(笑)」
──ある意味、掟さんの人生って波瀾万丈ですけど、あまりそういうような感じはしないですね。
「でも運がよかったのもありますね。なんとかなっちゃったわけだから。でもこういう生き方は他の人はやめといたほうがいいよって書いておかないと。参考にしないでね」
Perfumeをブレイク前から応援。アイドル文化の向上に貢献
──掟さんといえば、アイドルに詳しいことで有名で、ブレイク前からPerfumeやBerryz工房を応援されていました。そのような人気が出そうなアイドルはどうやって見つけているんですか?
「人気が出そうだから好きになるって、そんな不純な(笑)。俺は単純に曲がいいと思っているから聴いているんですよ。Perfumeは、2004年12月のワンマンライブの時、アミューズのマネージャーさんから“衣装替えの時間が20分発生しちゃうから、その間出てくれないか”って言われて。そこからイベントの司会をしたり、仕事上の絡みがあったのが最初のきっかけだったんです。
音楽もクオリティが高くて非常にいいものだし、“これ、秋葉原とかのオタクだけのものにしておくのはもったいないな”と思ったんです。それで俺が新宿ロフトだとかのライブハウスにブッキングして、オタクじゃない層にも見てもらうことで、広く一般に浸透させていこうとしましたね」
──ハロー! プロジェクトも今は、女性ファンが増えていますよね。
「ハロプロのファンクラブの会員も、今は6割が女性になったらしいですよ。俺が熱心にライブとか見に行っていた頃は、女性が5%ぐらい。だからファンは全員顔見知りで、名前も知ってるみたいな」
──どうしてここまでアイドル文化が一般に認知されたと思いますか?
「たぶん、アイドル文化って’90年代頃に一度(応援していることを公言することが)恥ずかしいものみたいな存在になっちゃったんですよ。そこから回復させて、文化として素晴らしいものだと伝えるべきっていうのは考えていました。ハロプロって、女の子たちもかわいくて音楽もかっこいい。“これがいかに面白いか”ということを人に伝えたかったんです」
──以前は世間一般では、“アイドル好きは若い女性が好きな人”というイメージがありましたよね。
「当時は若い女の子が歌ったり踊ったりすることを、大人の男性が見るっていう構図は、世間からしたら女性アイドルのことを性的な対象として見ているんだなっていう観点でしか理解できなかったんですよ。
昔、メロン記念日のイベント帰り、ファンのみんなと中華料理屋に行ったら、年配女性の店員が注文を取りに来て、“今日は何の集まり?”って聞いてきたんです。俺らが“アイドルのイベントがあってそれを観に行ったんです”って伝えたら、“そうか変態ども、何食う?”って(笑)。でも当時はそういう世界で、音楽として聴いてるっていうのを理解してもらえなかったんですよ」
──そのような状況でも、アイドルのよさを伝えていましたよね。
「アイドル文化に対しての理解がない人たちに、そのよさをいかに説明するかってことなんだけど、そのハードルが一番高いのがBerryz工房だったんです。小学生の女の子がやっていることを、成人男性がいかに面白おかしく伝えるか。今はアイドル文化って、ちゃんと世界に冠たるものになっていったと思うんですけど。でもその頃はやっぱり、小学生のアイドルグループの応援に熱狂するなんてのは世捨て人の嗜み(たしなみ)ですよね(笑)。理解されなくて当然」」
──今は少しずつ、アイドル文化が世間にも受け入れられていますよね。
「今の若い世代の人たちは子どもの頃からアイドルがいたから、アイドルを応援することに抵抗がなくなってきている。あとはもう“かわいい”だけの時代じゃなくなったってことですよね。Perfumeを見た時に、“音楽がいいから俺たちは聴いているんだ”と主張しても世間を納得させられるものだと思ったんですよね。周りにも、音楽が素晴らしくて聴いているということを理解してもらえるようなクオリティのグループが出てきたのも大きかったんでしょうね」
ストレスをためない生き方を選んだ理由
──第1弾でもお聞きしているんですけれど、掟さんはプロレスやアイドルについて文章を書いたり、好きなことを仕事にしています。仕事をクビになったりしながらも、好きなことを続けられた理由って何だと思いますか?
「俺はいらない苦労はしなくていいんじゃないかなって思うんですよね。明らかに“しなくていい苦労”をしている人っていると思うんですよ。俺は子どもの頃から尿管結石が持病だったんですけど、どうやらストレスがたまった時になりがちだっていうことに気づいたんです。だからストレスをためない生き方をしなきゃって思ったことが大きかったですね」
──尿管結石は、何回くらいなっているんですか?
「12歳、18歳、25歳の時で計3回ですね、左右の尿管に石が7個ずつ入っていたんですよ。だから精神的に厳しくなりそうだったらすぐ職場を変えるとか、人間関係を変える。身体がそう反応しているから、しょうがない。何かあっても我慢するっていう人が多いけど、それより再スタートを早く切ったほうがいいと思うんですよ」
──好きなことで食べていくって、みんな興味があると思います。こうすればいいというアドバイスはありますか?
「俺はたまたまくだらないことに才能があって、そのくだらないことで何とかほそぼそと食っていけているだけだから。運がいい。いい時代ですよね。俺が何かやったらお金をくれるって人が全国に何人かいるんですよ」
──ご自分のファンって、どれくらいの規模だと思っていますか?
「俺がイベントやってもそんなに人来ないよ(笑)。毎月、高円寺でイベントをやっているけれど、毎回決まって来る人って10人くらい。これは根本敬さん(漫画家)が言っていたことだけれど、全国に自分のファンが500人いて、その500人のためだけに描いているんだって。万人受けするものは絶対作れないのがわかっているから、500人を対象にクオリティを担保する。俺の場合は、たまたま特殊能力がちょっとあって、その特殊能力を必要としてる人が全国に100人ぐらいいればいいところじゃない」
──もっといますよ!
「潜在的に“ちょっと好き”みたいな人が増えていったらいいなってくらい。あとは、俺、頭がよくないから。事務作業できないからね。頭がよくないぶん、人柄はよくしておいたほうがいいって思ってる。普通に挨拶するとか、人当たりがいいってすごく重要ですからね。30歳過ぎてくると、特に男の人は優しいだけで意味があったりするから。優しいだけで価値があるってことは、もっとみんなわかったほうがいいよ」
◇ ◇ ◇
ライブやDJでの奇をてらったパフォーマンスとは違い、一度、ステージを降りると腰が低くて優しい掟さん。彼のサービス精神旺盛な人柄がにじみ出ている文章やトークは、これからもファンを魅了し続けるでしょう。
(取材・文/池守りぜね)
〈PROFILE〉
掟ポルシェ(おきて・ぽるしぇ)
1968年北海道生まれ。1997年、男気啓蒙ニューウェイヴバンド、ロマンポルシェ。のボーカル&説教担当としてデビュー。音楽活動のほかに男の曲がった価値観を力業で文章化したコラムも執筆し、雑誌連載も『別冊少年チャンピオン』(秋田書店)、『UOMO』(集英社)など多数。2018年に発売した著書『男の! ヤバすぎバイト列伝』(リットーミュージック)は重版されてヒットとなり、各所で話題を呼ぶ。最新刊は『食尽族〜読んで味わうグルメコラム集〜』(リットーミュージック)。そのほか俳優、声優、DJなど活動は多岐にわたる