今、若い世代からも、また海外からも熱い注目を浴びている昭和ポップス。昨今では、音楽を聴く手段としてサブスクリプションサービス(以下「サブスク」)がメインで使われているが、必ずしも当時ヒットした楽曲だけが大量に再生されているわけではなく、配信を通して新たなヒットが生まれていることも少なくない。
そこで、本企画では1970年、80年代をメインに活動した歌手の『Spotify』(2023年7月時点で5億1500万人超の月間アクティブユーザーを抱える、世界最大手の音楽ストリーミングサービス)における楽曲ごとの再生回数をランキング化。当時のCD売り上げランキングと比べながら過去・現在のヒット曲を見つめ、さらに、今後伸びそうな“未来のヒット曲”へとつながるような考察を、本人または昭和ポップス関係者への取材を交えながら進めていく。
今回も、シンガーソングライターの渡辺真知子に注目。最終回となるインタビュー第3弾では、中島みゆき作詞・作曲の2曲を歌った最新シングル『二雙の舟/カナリア』を中心に語ってもらう。
(インタビュー第1弾:渡辺真知子、令和の若者にも歌い継がれる「かもめが翔んだ日」は「30年たってから作詞者の理想にたどり着けた」 / 第2弾:渡辺真知子、デビュー曲「迷い道」から「ブルー」まで3作連続ヒットで「当時は寝たか寝ないかわからない状態が続いた」)
実父に捧げた『いろいろな白』のランクインに感激! 作詞のきっかけは“イカ”
その前に、Spotifyランキング全体についての感想を尋ねたところ、
「私の場合は、初期のシングル曲が圧倒的に強いんですね(注:これは『GOLDEN☆BEST』など、これまでのキャリアで何度も発売されたベスト盤がヒットしているため)。えっ!? 36位に『いろいろな白』が入ってるんですね! これは、父に捧げた曲でして……。(ここからテンションが爆上げして)うちの父親が、寿司のイカをはじめ、スルメとか水イカとかも大好きで。そんなにお酒を飲めないのに、ちびちびとやっていたのが思い出されて、そこから“いろいろな白”というタイトルを思いついて、この曲を書いたんです。《長い夜に目覚めても 真実は時の中》 というのが大きなテーマですね。時代が違えば、正解が変わるというか」
ちなみに、歌詞中に“イカ”は登場しないし、コミックソングでもないのでご安心(?)を。
中島みゆきの『夜会』に突然の出演オファー!「歌だけ」の協力かと思いきや……
そして、Spotify第61位に、2022年のシングル「二雙(にそう)の舟」がランクイン! この曲は中島が1989年から行っている舞台『夜会』のテーマソングで、1992年発売のアルバムに初収録。渡辺真知子版は、’22年9月にデビュー45周年記念シングルとして発売された。配信開始から約9か月のデータゆえにこの順位となっているが、ここ半年ほどは常に彼女の楽曲の中でTOP10クラスの人気だったことを申し添えておきたい。
本作は、渡辺が’19年、中島みゆきがライフワークとしている演劇性の高い音楽舞台『中島みゆき 夜会 Vol.20~リトル・トーキョー~』に渡辺が出演したことが大きなきっかけとなっているが、それ以前からの交流はあったのだろうか。
「デビューする前のポプコン(ヤマハポピュラーソングコンテスト)に、私は第9回から第12回まで出場したので、第10回でグランプリとなったみゆきさんとは、そのうち2回ご一緒しています。本選会のとき、出場した女の子が6人くらい一緒の宿に泊まったんですが、夜になって、みんな有り余るエネルギーをどう発散すればよいかわからず、まくら投げに突入したという思い出があります(笑)。私は18歳、みゆきさんは22歳くらいだったかな。でも、そこからの40年間ほどは特に交流もなく、私が彼女の『夜会』を観に行ったくらいでした」
それゆえ、出演のオファーがあったときは非常に驚いたという。
「あまりにも突然だったんですよ! 起用したい理由は、私の“歌”だと。“歌ならば……”と思って引き受けました。その時点では、内容はそこまでわかっていなくて、打合せのときにも“歌だったら歌えます”と言ったら、優しそうな目で“うん、うん”って聞いてくれて。
……でも、全然ウソばっかり(笑)! 最初にもらった台本は、ご本人がイメージしたステージの切り抜きまで全部ファイリングされているという、めちゃくちゃ分厚いもので。それを、猫なで声で“ごめんね”と言われながら手渡されたんですよ。いやーな予感がして中を見てみたら、実際は彼女の4つ年下の私が、なんと姉の役! しかも曲数を見たら、私が歌うものが半数近くもあって。
でも、その夜会の開催は約4年ぶりで、歌もセリフも演出もすべてみゆきさんがなさっているわけですから、ものすごいパワーが必要で、たとえ私の歌が予想以上に多かったとしても、みゆきさんのほうがはるかに大変なんです。だから頑張らなくちゃと。しかも、彼女は実際に稽古をやりながら、気になる点を一つひとつ直すなど頭の回転が速くて、すごい方だと改めて思いましたね。行動力もあるし、どこまでも真実を伝えていこうとする方。しかも、台本や演出には私の特徴もよく捉えられていて、“これは私のコンサートにお忍びで来てるはずだぞ”って思いました(笑)。でないと、舞台全体の半分近くも私に預けられないでしょうから」
還暦を過ぎてから新境地に。気づけば「二雙の舟」に「恋をしていました」
実際に稽古が始まると、渡辺自身も大きな学びがあったそう。
「これまで私がやってきたこととは、まったく別の世界があることを知りましたね。『夜会』は、30年間も続いているシリーズで、スタッフの方はほぼ全員が長年の経験者の中で、私だけが新参者。どう動けばよいのか、どこで待っていればいいかまったくわからず、まさか還暦を過ぎてから、台本を握りしめて緊張するなんて思いもしなかったです。しかも、歌だけじゃなく、私ひとりで踊るシーンもあるし、とんでもないことになっちゃって。
『夜会』は、ドラマの中で描かれる日常を演じながら、その世界観を歌うという、振りと歌が独立した動きで進んでいくんです。そんなのすぐにできませんよ(笑)。テレビドラマだったらそこだけ撮ればいいのかもしれないけれど、舞台の最初から最後までを還暦過ぎの私がやるというのは、まさに剣山で頭をたたくような感覚で。“(脳みそよ)起きろ~、起きろ~”って、もう必死でした」
そして、舞台上で切なく歌った「カナリア」を、’22年に「二雙の舟」との両A面シングルとして発売。この曲を自分の作品として発表したいと思った経緯を尋ねた。
「舞台では、私がミュージカルスターの役ということで、『カナリア』は1コーラスでした。その後、コロナ禍になって、会えないみんなに元気になってほしいという思いもあったし、私自身デビュー45周年になるので、この素敵な曲をレコーディングできないかと願うようになりました。(『夜会』の音楽監督でもある)瀬尾一三さんも、“真知子ちゃんが言えば、1曲に仕上げてくれるかもよ”なんて励ましてくださったので、2番も作ってもらえないかとみゆきさんにお願いしたら、快諾してくださって。しかも、1年後くらいかなって思っていたら、すぐに書いてくださったんです!」
そこから、実際の発売に向けてさらにひと山を越えることに。
「『カナリア』をどのようにして世の中に出せばいいか考えたとき、1曲だけアルバムの中に入れるのも違和感があるし、シングルで出そうと。でも、“ただでさえコロナ禍でシングルが手売りできないし、難しいですね”と言われました。そこから半年ほど何も動けずに過ぎて、このままではみゆきさんとの信用問題になるのでは、と焦りましたね。
それで、世の中が動き出した’22年の1月ごろ、ソニーさんに再度相談するにあたって、OKをいただくためには、やはりスケール感のある「二雙の舟」を歌うしかないと腹をくくりました。他は劇中歌でシングルにするにはちょっと伝わりづらいけれど、この歌は『夜会』のテーマソングだからいいんじゃないかと。でも、フルで歌おうとすると8分間もあるんですよね。しかも、みゆきさんがフルでリリースしたのは40歳。それを還暦過ぎの私が歌うなんて、無謀じゃないかと。これしかシングルで出す方法がないとはいえ、すごいところにハマりこんだなと思いました。だけど、そこから真剣に向き合ってみたら、あまりに素敵な歌なので、恋をしちゃったんですよ!」
そして、この歌のために体力作りにも励んだようだ。
「あの曲を8分間フルコーラスで歌うでしょ? だから、昨年あたりから1日8000歩〜1万歩、動くようにして、アルコールも一定期間やめました。最近は、ノンアルコール飲料もおいしいものが多くて、自分を騙すことも覚えました(笑)。そうしたら、酔わない分、身体もだるくならなくなって、すごくよい生活リズムになりました。これも、『二雙の舟』という素晴らしい曲をちゃんと歌いたいという思いからです。だから、これはもう“恋”なんです!」
’22年は『二雙の舟』で頭がいっぱい。ファンはこの歌を聴いて「唸っていた」
この「二雙の舟」、なじみのない方は、この機会にストリーミングサービス等で聴いてもらえればと思うが、序盤の穏やかなパートから、終盤に向けて盛り上がっていくという尋常でないスケール感のある歌なのだ。それゆえ、渡辺も準備にすべてを賭けたという。
「最初は少しずつ歌をコピーしてみて、自分のものにしようと思っていましたが、2か月ほどしか時間がなく、毎日集中して練習したのでヘトヘトでした。さらに、コンサートでは歌詞を見ずに8分間、どのような感じで歌うのか、まさか突っ立って歌うわけにもいかないし……と悩みました。だから、’22年の後半は『二雙の舟』のことを考えるだけで精いっぱいでしたね。この先も、周年のコンサートでは必ず歌いますし、イベントに出る際、主催者の方から頼まれたらもちろん歌います。
ただ難しいのは、例えばイベントで呼ばれたオムニバスのコンサートなどは、1人あたりの持ち時間がだいたい2曲分なんです。でも、『二雙の舟』は2曲分の長さがあるから、あるイベントのときには、これ1曲だけを歌ったんです。そうしたら、お客様の中から“『かもめが翔んだ日』”を聴きに来たのに!”とクレームもあったそうで、悩ましいところですよね。でも、コアなファンの方たちは『二雙の舟』が聴けたことで、みんな唸(うな)っていたそうです」
『歌って 歌って 恋をして』が人気大! 現代のリスナーへのメッセージは
さらに、今年5月にはデビュー45周年記念アルバム『花束をありがとう~45th ANNIVERSARY』が発売に。本作は、前年11月の東京国際フォーラムでのライブの模様を収録しているが、この「二雙の舟」も、シングル・バージョン以上に迫力あるものに進化している。
「ライブは、急に体調が悪くなることもありますし、収録もあるのでとても緊張しました。でも、コロナ禍で閉鎖的な状況から世の中が明けていく中で開催されたし、『二雙の舟』も披露できるし、一生懸命歌いました」
タイトルとなっている「花束をありがとう」は、’17年に異国で亡くなった歌仲間に向けて歌われたバラードだが、まるで’22年のウクライナ侵攻後に作られたかと思うほど、平和へのメッセージが身に沁みる。
「まさに現代の歌になっていて、自分でもびっくりしました。ステージでは平和を願いながら歌っているので、実は心が痛いです。でも、《選ぶことはできない 生まれる国、時代、性別 愛はそれさえ越えて》という部分は、今の時代に呼ばれるようにして出てきたフレーズです。きっと、あちらへ行く彼女が導いてくれたんじゃないかな」
他にも渡辺のライブでは、コアなファンの方からの要望にもなるべく伝えたいという思いから、アルバム曲やカップリング曲をつないだ長編の“究極メドレー”も恒例になっている。そのラストで歌われる渡辺作詞・作曲の「歌って 歌って 恋をして」は、まさに彼女の“現在・過去・未来”を見渡したような内容で感動的だ。
「私のコンサートは定番の4曲(『かもめが翔んだ日』『唇よ、熱く君を語れ』『迷い道』『ブルー』)に加え、今回は最新シングルの2曲も歌うから、案外セットリストを動かせないんです。なので、このメドレーの部分でいろいろ変化をつけているんですね。
その中でも、『歌って 歌って 恋をして』は、コンサートの人気曲で、聴いてくださったテレビ番組のプロデューサーの方からも2回ほど番組で歌ってほしいとオファーがあったくらいなんです。これは、今は亡き服部克久先生が自ら編曲すると申し出てくださって、花がほころんでいくような、実に見事なものになりました。だから(今はSpotifyの圏外だとしても)今後、育っていってほしいですね!」
最後に、ストリーミングサービスで彼女の歌を知ったリスナーに向けてのメッセージをお願いした。
「ひところの私は、同世代の方々に向けて歌ってきたわけですが、最近は、さまざまな世代の方が聴いたり歌ったりしてくださっている、というお話をよく聞くので、本当にうれしいんです!! ですから、これからも私の曲たちをどんどん可愛がってやってください。私の曲は濃厚なものが多いので、どう歌ってもらっても、そうそう変わらないので大丈夫ですから(笑)!」
インタビューが続いた約90分間、渡辺が過去の失敗談を面白おかしく話しても、まったく気まずい雰囲気にならないのは、やはり歌を歌って多くの人々を元気にしたいという主軸がブレていないからだろう。そして、そんな渡辺の姿を見ていると、自分も元気になるために“歌を聴いてみたい!”、“歌を歌ってみたい!”と、気持ちが前向きになってくる。いつも笑っていられるように精神面や健康面を整えることは、いかに大切で尊いものなのかと、彼女の歌手人生を振り返る中で改めて実感させられた。
(取材・文/人と音楽をつなげたい音楽マーケッター・臼井孝)
【PROFILE】
渡辺真知子(わたなべ・まちこ) ◎神奈川県生まれ。1977年「迷い道」でデビュー。「迷い道」「かもめが翔んだ日」「ブルー」「唇よ、熱く君を語れ」など日本のポップス・シーンに残る数々のヒット曲を送り出し、抜群の歌唱力で一躍、人気アーティストの仲間入りを果たす。日本レコード大賞最優秀新人賞ほか、音楽祭で13賞を受賞。近年ではライブパフォーマンスが評価され海外で歌う機会も多く、また、創作活動にも意欲的。’19年には「中島みゆき 夜会VOL.20~リトル・トーキョー」(全20回)に客演。その中からデビュー45周年を記念し、’22年9月21日に「二雙の舟/カナリア」をリリース。さらに2023年5月24日には前年の東京国際フォーラムで行われた記念コンサートの模様をライブアルバム 「花束をありがとう ~45th Anniversary」としてリリースした。
日時:2023.10.01(日)会場15時、開演16時
場所:東京国際フォーラム ホールC
料金:1、2階席8500円、3階席7500円(税込)
コンサート詳細やチケット情報→https://www.capital-village.co.jp/calendar/concert/2023012302.html
◎渡辺真知子 公式HP→http://www.kamome-music.com/index.html
◎渡辺真知子 公式ブログ→http://machiko-watanabe.cocolog-nifty.com/