これまで見落としていた楽しみや、見知らぬスポットを注目する「半径3キロ以内の幸せの見つけ方」シリーズですが、今回の幸せスポットは、どこの街にも必ずあるパン屋さん。
パンを愛し、パンの研究所『パンラボ』を主宰する池田浩明さんのインタビュー第1弾では、おいしいパンの食べ方やお店の見つけ方をお聞きしましたが、第2弾ではおすすめのお店とパンを紹介していただきます!
【第1弾:“パンおたく”の池田浩明さんが教える「週に2日しか営業しないパン屋の秘密」「自宅でパンをおいしく食べる方法」】
国産小麦は産地ならではの味を持っている
──今回、ご紹介する池田さんおすすめのお店のパンは、どれも手が込んでいておいしそうですね。焼きあがる時間に合わせて購入してきました。
「パンって手で成形していくんですけど、そういう食べ物って意外とないんです。1個1個作らなきゃならないし、まとめて作れないから大量生産できない。どうしても値段も割高になってしまうっていうのはありますね。だから僕は“パンは1点もののアート”って言っているんですけど」
──確かに、チェーン店よりも個人店は少し割高な気がします。
「値段や味の違いに表れるいちばん基本的な要素は、使っている小麦が国産か海外産かどうか。国産小麦だと、海外産よりも価格が1.5倍から2倍くらいしちゃうんです。一般的に売られている大手メーカーの小麦は、アメリカやカナダから大量に輸入して、大きな工場で速いスピードで作られるので、品質はすごく安定していてぶれがない。国産小麦は日本各地の畑で作られるので、できあがりにぶれがあって採れる量も少ないので、値段が高くなっちゃうんです。でも国産小麦はその畑、その土地ならではの個性的な味を持っているのが魅力です」
日常で利用したい『ケノヒノパン』
──東京都中野区にある『ケノヒノパン』からは、「カンパーニュ種(たね)」「チョコパン」「ねじレーズン」の3点です。購入した際に店主の鈴木崇志さんとお話したのですが、あえて駅から離れた住宅街の立地にしたとおっしゃっていました。地元の方に利用してもらえるようにという思いを込められたそうで。
「今回の“街のパン屋さん”というテーマにぴったりのお店だと思って『ケノヒノパン』を選びました。こちらはご夫婦でお店を営まれていて、今年4月にオープンしたばかりなのですが、僕の中では“期待のニュースター”。“ケノヒ”っていうのは、日常という意味です。『ケノヒノパン』のような国産小麦を使ったハード系のパンは、作れる量は少ないけれど、砂糖や油を使わないぶん身体にもいいし、味わいがあるんですよね。おいしいパンがあれば自分で料理してみようという気持ちになったりしますし、そういうパンへの思いが広がっていってもらえたらいいなと」
──「ねじレーズン」は硬そうな見た目に反して、柔らかい食感でおいしいです。
「『ねじレーズン』もそうなのですが、今、“高加水パン”がすごく流行しているんです。パンの水分って小麦粉に対して水が何%入っているかっていう割合があるのですが、普通が70%だとしたら、高加水パンは80、90、100%とか高い割合で入っている。水分が多いぶん、成形が難しいんです。僕は高加水パンを“やわハード”って呼んでいます。ハード系なのに食感が柔らかいタイプが増えてきているので、ハード系のパンが苦手な方には、やわハードをおすすめしますね」
──こちらの「カンパーニュ種」はどのような特徴がありますか?
「僕は『ケノヒノパン』のカンパーニュがお気に入りなんですが、こういう手の込んだパンが広まってくれたらいいなって思っています。『なつみ農園』(長野県上田市)の在来種の黒小麦をブレンドしているのですが、モンゴル原産の野生種とのことです」
──パンの原材料にもこだわりがあるのですね。
「この『カンパーニュ種』は、ルヴァン種という発酵種を使っているんですが、これは小麦粉と水を混ぜていくと勝手に発酵する。だから、このパンは実質、小麦と水と塩だけで作られたシンプルなパンなんですね。乳や卵アレルギーがある方でも食べられます」
──黒小麦が使われているので、袋から出した時にふわっといいにおいが漂ってきました。
「ルヴァン種の香りとすごくマッチしていますよね。カンパーニュは食パンと同じようにスライスして、バターやはちみつなどを塗って食べてみてください。サラダにもよく合います。カンパーニュのメリットは、日持ちがすること。冬だと1週間ぐらい持ちます。例えば、なかなか行けないちょっと遠くのおいしいパン屋さんで日持ちするパンを買っておけば、1週間ぐらいずっと“あのパン屋さんに行ったな……”って余韻を楽しめるんです」
──なるほど。すぐ食べたり冷凍したりという食べ方しか思い浮かばなかったので、日持ちするという観点もあるのですね。
「初日はまだ柔らかいので、そのまま食べてもいい。でも3日、4日たって硬くなってきたら、トーストしてみる。そういう楽しみ方もあるんです。ハード系は硬くて苦手という方は、薄くスライスするのがポイントです」
──「カンパーニュ種」はお酒にも合いそうな、深みのある味ですね。
「ワインだけじゃなくて、ビールにも合う。このパンだけでずっと飲めますね(笑)。国産小麦のパンは、意外と日本酒とも合うんですよ。塩気があるパンや、ハード系のパンはお酒におすすめです。丁寧に作られているパンって、後味が持続するんですよ。後味が続いている中で飲むと、さらにおいしさが広がります」
──「チョコパン」はチョコの甘みが口の中に広がって、幸せな気持ちになります。
「チョコパンはこのお店のいちばんの人気商品で、お子さんにもおすすめです。街のパン屋さんではお子さんが一人でおつかいに来る風景も見られますが、そういうきっかけになるパンだと思います」
天然酵母のおいしさを感じられる『タルイベーカリー』
──続いてのおすすめは、東京都渋谷区の参宮橋駅近くにある『タルイベーカリー(TARUI BAKERY)』のパンです。「バゲット オ ショコラ」「ルヴァン(レーズン入り)」「ニュルンベルガードッグ」の3点になります。
「『タルイベーカリー』は、国産小麦を使った天然酵母パンをメインとしたお店です。自家培養した天然酵母パン専門店のパイオニア的存在のお店で『ルヴァン』(東京都渋谷区富ヶ谷)があるんですけれど、そこで修業された樽井勇人さんが開いたお店なんです。『ルヴァン』出身の方がやっているパン屋さんって意外と多くて、全国にあるので、読者の方も調べてみると近くにあるかもしれないですよ」
──パンも、料理のように有名店で修業された方が新たな店舗を開くというのがあるのですね。
「ルヴァンの代表の甲田幹夫さんが、『ルヴァンの天然酵母パン』(柴田書店)という本を出されていて、それがずっとパン業界でバイブルだったんです。お店で修業されていなくても、本から影響を受けているパン屋さんもいると思いますね。そういう文化を引き継いでいるという点からも『タルイベーカリー』さんを選びました」
──「ルヴァン」は、レーズンがぎっしり詰まって、見た目にもすごくおいしそうなパンですね。
「タルイベーカリーさんのパンは、どれも好きですね。『ルヴァン』は、とりわけ焼き込んだ皮がとてもおいしい。もっちりした生地に入っているくるみの甘さと2種のレーズンの酸味もマッチしています」
──「ニュルンベルガードッグ」はコッペパン系ですね。食欲をそそられます。
「『ニュルンベルガードッグ』はソーセージが絶品なんです! 僕はこのソーセージが好きで、お中元とかお歳暮も、この『ふくどめ小牧場』(鹿児島県鹿屋市)にしているくらい。この牧場は、自分たちの牧場で豚を育ててハムやソーセージを作っているんです。凝縮した肉のうまみがパンとよく合うんですよ」
──「バゲット オ ショコラ」ですが、これもまたタイプが違うパンですよね。
「バゲットはイーストだけではなく自家培養の発酵種から作られているので、味がぎゅっと詰まっているんです。パン生地に酸味があって、さらに酸味が強いチョコが入っている。すごく味の強いもの同士の組み合わせで、お酒にもよく合いますね」
コロナ禍でパン屋さんに起きた変化
──先ほど、高加水パンがブームだ言われていましたが、いつ頃から流行しているんですか?
「象徴的なのが、2年前に清澄白河にできた『中村食糧』(東京都江東区)ですが、行列ができていて予約しないと買えないんですよ。高加水自体は20〜30年前からあった製法ですが、一般的になったのはここ最近です。それぞれの技術や個性が表現できるようになって、ますます人気が出てきた感じですね。『中村食糧』は長時間発酵で、本当に新食感なんです。食べたことがないようなパンなんですよ」
──それは気になります。コロナ禍で、パン屋さんに変化はありましたか?
「これはコロナ禍以前からの変化ですが、国産小麦を使うお店が増えてきたのと、具材を手作りする傾向が強まりました。カレーパンもカレーから作ったり、ソーセージやハムも自作する店も増えてきています」
──どんどん手の込んだパンが増えているのですね!
「あとは、小麦も生産者から直接買って、お店の製粉機で挽(ひ)いたりとか。特に全粒粉の場合、挽いたばかりのほうがフレッシュで、香ばしくて本当においしいんですよ」
──まさに食べてみないと違いがわからないような、品質の部分にこだわっているのですね。
「他のジャンルに融合していくケースも多いです。例えば、コーヒー屋さんがパン屋さんをオープンさせたりしています。最近オープンした『les joues de BeBe(レ ジュウ ドゥ ベベ)』(東京都目黒区)は、ビストロ居酒屋のお店が始めたパン屋さんなんですよ。総菜パンもフランス料理のような具材が乗っていたりして、すごくおいしいです」
──食べてみたくなるパンですね。
「食べてみたくなる顕著な例で言うと、『アマムダコタン 表参道店』(東京都港区)は、2〜3時間行列に並ばないと買えないんですよ」
──パンを買うのに2時間以上並ぶのですね!
「イタリアン出身のアマムダコタンの平子さん(平子良太)のパンはまさにアート作品のようで、お店もテーマパークみたいな世界観です」
スーパーでもおいしいパンは見つけられる
──パンの新しい情報って、どこから見つければいいでしょうか?
「今だとインスタグラムではないですか。インスタで“パン”で検索して、おいしそうなパンを見つけたらアカウントをフォローしてみる。今はパンの写真をアップする“パンスタグラマー”というインフルエンサーもいるんです」
──パンの情報って、意外といろいろなところにあるのですね。
「僕はこの連載のタイトル通り、パン屋さんって半径3キロで探すのがいいなって思っているんです。僕の場合、いろいろなパン屋さんを紹介する仕事なのでわざわざ遠出もしているのですが、家の近所で探すのも楽しいんですよね。散歩の途中にパン屋さんを見つけたりだとか、意外な路地にパン屋さんがあったりとか。僕でも“こんなところにパン屋があったんだ! ”っていう発見があるんですよ(笑)」
──パンを買いに行くのが、出かけるきっかけになりそうですね。
「今回、申し訳ないなって思うのが、この記事を読んでいる地方在住の方が“東京だから、いい店がいっぱいあるんでしょ”って思ってしまうだろうなということ。でも例えば、半径3キロ以内に1軒しかパン屋さんがなかったとしても、そのパン屋さんの中で、“これはおいしい”とか、“これはちょっといまいちだ”とか食べ比べるのも楽しいと思うんです。どんな店でも1個はおいしいパンがあるはず。家の近所半径3キロ以内でもパン屋めぐりは絶対楽しめるし、スーパーでも“このパンはおいしかった”とか見つけられると思いますよ! 」
◇ ◇ ◇
めったに買うことができない高級パンや、近所で手軽に買えるおなじみのパン。パンの種類からお店まで千差万別。自分好みの楽しみ方を見つけることができるのが、パンの楽しみ方かもしれません。
(取材・文/池守りぜね 撮影協力/小杉湯となり)
〈店舗情報〉
●ケノヒノパン
住所/ 東京都中野区南台3-13-12
インスタグラム/@kenohinopain
●タルイベーカリー
住所/ 渋谷区代々木4-5-13レインボービル1F
TEL/ 03-6276-7610
インスタグラム/@taruibakery
〈PROFILE〉
池田浩明(いけだ・ひろあき)
ライター、パンの研究所「パンラボ」主宰。日本中のパンを食べまくり、パンについて書きまくるブレッドギーク(パンおたく)。NPO法人新麦コレクション理事長。編著書に『パン欲』(世界文化社)、『サッカロマイセスセレビシエ』『パンの雑誌』『食パンをもっとおいしくする99の魔法』(ガイドワークス)、『人生で一度は食べたいサンドイッチ』(PHP研究所)、 『僕が一生付き合っていきたいパン屋さん。』(マガジンハウス)など。