今、若い世代からも、また海外からも熱い注目を浴びている昭和ポップス。昨今では、音楽を聴く手段としてサブスクリプションサービス(以下「サブスク」)がメインで使われているが、必ずしも当時ヒットした楽曲だけが大量に再生されているわけではなく、配信を通して新たなヒットが生まれていることも少なくない。
そこで、本企画では1980年代をメインに活動した歌手・アイドルの『Spotify』(2022年7月時点で4億3300人超の月間アクティブユーザーを抱える、世界最大手の音楽ストリーミングサービス)における楽曲ごとの再生回数をランキング化。当時のCD売り上げランキングと比べながら過去・現在のヒット曲を見つめ、さらに、今後伸びそうな“未来のヒット曲”へとつながるような考察を、本人または昭和ポップス関係者への取材を交えながら進めていく。
今回は、1982年にアイドルシンガーとしてデビューした早見優に注目した。早見は、’83年に5枚目のシングル「夏色のナンシー」がヒットし、ハワイ育ちのバイリンギャルとして人気を集め、今でも歌謡曲からディスコ、ジャズまで幅広く歌いこなすアーティストだ。
国内外の若者が昭和ポップスを日々聴いている! 早見自身もSpotifyのユーザー
このSpotifyでも月間リスナーは常時7万人前後、しかもその半数近くが海外リスナーとなっている。そのことを知っているか、本人に尋ねたところ、
「留学中の長女が大学4年生なのですが、3年ほど前、彼女の同級生のお兄さんが、(早見のデビュー・アルバム『AND I LOVE YOU』に収録の)『ゴンドラ・ムーン』を聴いていたらしくて。彼に、“日本から来たの? じゃあ、この歌手知ってる?”とジャケットを見せられ、“これ、私のママ”と答えたら、“えっ、(このジャケットの若い女の子が)君のお母さん!?”って、ピンと来なかったそうなんです(笑)。つまり、その彼も『ゴンドラ・ムーン』がそんなに古い歌とは知らずに聴いてくれていたんですよね。
そのあと娘が日本に一時帰国して、一緒に車に乗っていたとき、彼女が松原みきさんの『真夜中のドア』を口ずさんでいて驚きました。“どうして、ママのカラオケの十八番(おはこ)を知っているの!?”って。それくらい、若い世代の間で、昭和ポップスを聴くのが当たり前になっているみたいですね」
とのこと。海外で人気の“ジャパニーズ・シティポップ”といえば、山下達郎、竹内まりや、林哲司などの作品が取り上げられることはあるが、このうち早見には、林哲司作曲の楽曲が数曲ある程度。それだけ人気は広がっているのだ。
なお、早見自身もかなり早期からストリーミングサービスを活用しているようで、
「やはり娘たちの影響もあって、いくつかのサービスを使っていますね。特に、Spotifyでは “認証アーティスト”に登録されたので、自分で私の動画を流すこともできるんですよ。先日、(作曲・編曲家の)山川恵津子さんに教えていただきました。今回、ランキング表が100位まであり、たくさん聴いていただけていることがわかって、すごくうれしいです!」
と、目を輝かせていた。さらに、ストリーミングサービスの魅力を尋ねたところ、
「時代に関係なく新たな発見ができる点ですね。プレイリストどおりに聴く以外にも、自分の好きな歌を集めるうちに、自動的にオススメの曲を再生してくれるじゃないですか。それを見て、“えっ?この歌、知らなかった!”と思って調べてみたら、同じ時代に活躍されていた方の作品だったということもあるんですよ。ジャンル的には、ジャズから、チルアウトするような楽曲まで、いろいろ聴きますね。それと、娘たちにすすめられて聴いていた、まだチャートインしていない楽曲が、1年後にヒットするなんてこともあります」
ストリーミングサービスならではのヒット傾向も理解するほど使いこなしているようだ。
大人気曲「夏色のナンシー」は、出産後の30代以降で一気に愛おしくなった
そんな早見の最大人気曲は、やはり「夏色のナンシー」となった。’83年4月に発売された5作目のシングルで、当時、本人が出演する『コカ・コーラ』のCMソングに起用されたことで、オリコンをはじめ各種ヒットチャートに本作でTOP10入りを果たした。当時、この曲以前に発売された3作のシングル「Love Light」「アンサーソングは哀愁」「あの頃に もう一度」がいずれもマイナー調だったこともあり、一気に爽快感が広がったように感じられた。
「これは、コカ・コーラのタイアップが先に決まっていたんですね。それで、まずはサビの部分だけをレコーディングすることになって、デモ音源の入ったカセットテープを“来週までに覚えてきて”と言われて渡されました。さっそく聴いてみたら、出だしから明るくて、まさに『コカ・コーラ』のイメージどおりハジけた楽曲で、とても気に入りました! だから、それがたくさんの人にも届いてうれしかったです」
そういえば、ネット上には“早見がコーラス部分の英語が文法的にありえない、と怒って自分で考えた”といったウワサがあるが、ご本人に尋ねたところ、真相はやや異なるようだ。
「きっかけは『Love Light』の英語バージョン(『LOVE-LIGHT』)の文法が間違っている、とファンの方に指摘していただいたことなんです。それ以降、私も敏感になって、英語の部分はディレクターさんと話し合って自分でチェックするようになりました。それで、この歌の英語コーラスも、私が少し変えさせてもらったんです。でも、怒って変えた、ということではありません(笑)」
早見には、オリコンTOP10入りシングルが10作、その他にもディスコを中心にヒットした「ハートは戻らない」など、実際にはたくさんのヒット曲があるのだが、テレビの懐メロ番組では「夏色のナンシー」が披露されることが圧倒的に多い。そういったことに対し、本人は葛藤もあったのだろうか。
「正直に言うと、20代のうちは『夏色のナンシー』をライブでもあえて歌わないほど避けていました。当時は、“もう10代のころの歌じゃなくて、等身大の今の私の歌を聴いてほしい”と思っていたんです。ファンの方も“あれっ、『夏色のナンシー』は歌わないの?”って不思議だったかもしれませんよね。今から考えると、とても申し訳なかったなと思っています。
でも、30代になって出産し、初めて長期のお休みをいただいたとき、ラジオからスティーヴィー・ワンダーの曲が流れてきて、瞬時に12歳の思い出が蘇ってきて気づいたんです。“ああ、ファンの方はこの懐かしさを味わいたいんだ!”って。楽曲って、それをよく聴いていたころに瞬時にタイムスリップさせる魔法を持っていますよね。そう気づいたら、『夏色のナンシー』がより愛おしくなってきて。
だから、“育児が落ち着いて音楽活動を再開したら、もう絶対に『夏色のナンシー』を歌おう!”って決めていました。そこから何回も歌っているうちに、このメロディーラインが素敵だなとか新たな発見も多くて、(作曲を担当した)筒美京平先生のすごさにも改めて気づきました」
そんな強い思いも重なっているのか、テレビやライブなどで聴く近年の『夏色のナンシー』は、アイドル時代を超えるほど楽しそうにハジけて歌っているように聞こえる。
B面曲「緑色のラグーン」がまさかの2位に! 本人も大好きなこの曲の魅力は?
そして第2位には、なんと’84年のシングル「誘惑光線・クラッ!」のB面曲、「緑色のラグーン」が入った。早見の場合、この2月までシングルベスト集のようなアルバムがストリーミング未配信だったため、この曲は、シングルを指定しなければ気づかれないことが多いのだが、それにもかかわらず、大人気曲「夏色のナンシー」の半数程度の人気を獲得。よほど多くのリスナーがプレイリストに組み入れて再生されていると推測される。
「これもうれしいですね! 実は昨年、高嶋ちさ子さんが司会のコンサート『めざましクラシックス』に出演する際、“2曲を選んでください”と言われ、サントリーホールでの大人の雰囲気に合わせて『緑色のラグーン』を歌ったんですよ。今聴いても古い感じがしないし、メロディーラインはシティポップと言われる作風にも当てはまるし、歌詞がちょっと可愛くて、改めていいなと思いました」
いわゆるヒット曲としてならば、A面の「誘惑光線・クラッ!」のほうがキャッチーなはずだが、早見はこの「緑色のラグーン」を、’90年の自選ベストで選曲したり、’02年のCD BOX『ぼくらのベスト』でも絶賛したりと、こんなに世界的に人気になる前から「大好きな1曲」と公言している。早見のセンスに時代が追いついてきたともいえそうだ。この歌の魅力は、どういったところだろうか。
「当時から大人びていたかはわからないですし、そんなに落ち着いた歌が好きだったわけでもありませんが、これは聴いていても、歌っていても心地いい曲だと感じますね。先日、松本伊代ちゃんや森口博子ちゃんとのジョイント・コンサートでも『緑色のラグーン』を歌ったんですよ。そうしたら、伊代ちゃんが、“なに、この歌! 聴いたことない!”と驚いて、“シングルのB面なの”と答えたら、“えっ!? B面を歌うなんてアリなの?”って(笑)。でも、シングルのA面、B面ともいい歌なんだから、発売当時、もう少し待ってから(『緑色のラグーン』も)A面で出したら売れたかも……なーんて(笑)」
こうして時を経て“記憶のヒット曲”があぶり出されていくのも、ストリーミングサービスの醍醐味(だいごみ)といえる。そのシングルA面だった「誘惑光線・クラッ!」も第4位。こちらは当時、累計約15万枚で5番手のセールスだったので、記録でも記憶でもヒット曲となっているといえるだろう。筆者も、’21年の『筒美京平の世界 in コンサート』にて早見が本作を歌うのを観たが、キレのある歌唱でますます現役感を増していて感動した記憶がある。
「『誘惑光線・クラッ!』は、松本隆さんの作詞活動45周年コンサートで先方からオファーがあって、すっごく久しぶりに歌ったら、やっぱり私はこの曲が大好きなんだな~って気づきました。そのコンサートからずっと歌っている感じですね」
ちなみに当時のライブ音源や映像を観ると、「夏色のナンシー」と「誘惑光線・クラッ!」は、会場からのかけ声もあって大いに盛り上がる2大ソングだったと感じる。当時の早見は17才。ひとりの高校生が、全国各地の大ホールでのコンサートで先頭に立って歌っていたとは、ものすごいことだ。本人にプレッシャーはなかったのだろうか。
「あのころはみんなソロで歌っていたので、それが当たり前だったんでしょうね。確かに、最初のコンサートが1000人以上を収容する日本青年館ホールで、すごくドキドキしていましたが、『夏色のナンシー』がヒットして全国を回るようになってからは、ステージの広さなどは気にならなかったです。どんな構成にすればお客さんがノッてくれるかな~って、いつも考えていました。でも、昨年『クリスマス・キャロル』という舞台に立った会場は、39年前、名古屋で初コンサートを行ったところ(日本特殊陶業市民会館 ビレッジホール)だったそうなんですが、客席を見渡して、“こんな広いところでやっていたんだ……”と驚きました」
また、早見優の楽曲の大きな特徴といえば、女性コーラスグループ「EVE」とともに、パンチのある歌声でネイティブな英語の発音を交差させる部分。早見とEVEはとにかく相性抜群なのだ。
「私はもうEVEさんが大好きで、英語の発音もきれいなので、“コーラスはぜひEVEさんで!”って、自らリクエストしていました」
デビュー曲『急いで!初恋』は英語の発音でひと悶着。当時の生演奏が思い出深い
そして第3位には、デビュー曲の『急いで!初恋』がランクイン。一般的に、デビュー曲のサブスク人気は、当時の売り上げ(今回の場合、12番手)よりもやや上位となる傾向があるのだが、3位というのはかなりの人気だ。
当時、本人が出演していた資生堂『バスボン ヘアコロンシャンプー・リンス』のCMソングとして記憶に残っている人も多いだろう(もしかすると、’10年代に報道番組『FNNスーパーニュース』内の「天気予報」コーナーにイントロ部分が使われていたことで覚えている人もいるかも?)。“恋コロン 髪にもコロン ヘアコロンシャンプー”というキャッチフレーズにふさわしい爽快な青春ソングでありつつ、早見の帰国子女らしい本格的な英語の発音も印象的だ。
「実は、発音についてはディレクターさんとモメて(笑)。最初はネイティブな発音で歌ったんですね。そうしたら、“もっとみんなにわかるように、カタカナ英語で歌って”と言われたんです。それで、渋々歌い直して、最終的にどちらが使われるのかな~って思ったら、私の希望どおり、最初のものが残っていてホッとしました。でも、それからは、聞き取りやすくしたり、こだわって英語っぽくしたり、臨機応変に歌うようにしました。
この歌の収録で、もっとも印象的だったのは、わりと大きめのスタジオにストリングスの方がいっぱい並んで、イントロ部分を弾いてくださっていたことですね。昨今は打ち込みでも素敵なサウンドになりますが、生演奏はやはり音の厚みを感じますし、何十年も前の歌がこうして今でも人気なのは、若い方にもそういった違いが伝わっているんだろうなって気がしています」
なんと上位4曲中、3曲が筒美京平メロディーとなっている早見優のSpotifyランキング。特に「緑色のラグーン」が2位となり、筒美京平が洋楽のエッセンスを凝縮した隠れ名曲が日の目を見たことが感慨深いし、この曲を陽気にカラッと歌える早見優だからこそ、その魅力がより強く引き出されたともいえよう。
第2弾では、香港での映画撮影にまつわるエピソードや、当時よりも今のほうが人気かも? というシングル曲、さらには海外で人気のアルバム曲への思いも紹介していきたい。
(取材・文/人と音楽をつなげたい音楽マーケッター・臼井孝)
【PROFILE】
早見優(はやみ・ゆう) ◎日本生まれ。3歳から14歳までグアム、ハワイで過ごす。14歳でスカウトされ、’82年「急いで!初恋」で歌手デビュー。「夏色のナンシー」「PASSION」などのヒット曲がある。上智大学比較文化学部日本文化学科卒業。特有の国際感覚とバイリンガルを生かし幅広く活躍。’18年にはデビュー35周年記念ベストアルバム「Celebration」を、’22年にはデビュー40周年記念ベストアルバム「Affection」を発売。現在、NHK WORLD「Dining with the Chef」 、NHK ラジオ「深夜便ビギナーズ」にレギュラー出演中のほか、JCV(世界のこどもにワクチンを日本委員会)のスペシャルサポーターとしても活動している。
【CD】Affection〜YU HAYAMI 40thAnniversary Collection〜
デビュー40周年を迎える早見優のアニバーサリーアイテム第3弾。40年のヒストリーを感じさせる輝かしい代表曲の数々、今回初CD化のレア曲、そして新曲3曲までを網羅した41曲、3CDアルバム! 定価6600円(税込)
◎早見優オフィシャルサイト→https://www.yu-hayami.com/
◎公式Blog→https://ameblo.jp/hayami-yu/
◎公式Instagram→https://www.instagram.com/yuyuhayami/?hl=ja