今、若い世代からも、また海外からも熱い注目を浴びている昭和ポップス。昨今では、音楽を聴く手段としてサブスクリプションサービス(以下「サブスク」)がメインで使われているが、必ずしも当時ヒットした楽曲だけが大量に再生されているわけではなく、配信を通して新たなヒットが生まれていることも少なくない。
そこで、本企画では1980年代をメインに活動した歌手・アイドルの『Spotify』(2023年3月時点で4億8900人超の月間アクティブユーザーを抱える、世界最大手の音楽ストリーミングサービス)における楽曲ごとの再生回数をランキング化。当時のCD売り上げランキングと比べながら過去・現在のヒット曲を見つめ、さらに、今後伸びそうな“未来のヒット曲”へとつながるような考察を、本人または昭和ポップス関係者への取材を交えながら進めていく。
今回は、WinkのSpotifyでの人気曲を、作詞家の及川眠子とともに振り返るシリーズの最終章。第1弾は、今も国内外で人気の「淋しい熱帯魚」「愛が止まらない」や海外で大人気となっている楽曲について、第2弾は、作詞家デビューからWinkの作詞を担当するに至るまでの経緯や、及川にとってWinkでもっとも言葉がうまくハマった曲などについてお聞きした。最終回では、Winkのさらなる意外な人気曲や、及川がほかのアーティストに提供した楽曲、さらには近年の活動についても語ってもらった。
(インタビュー第1弾→Wink「淋しい熱帯魚」は「若者にハロウィンの歌だと勘違いされている」作詞家・及川眠子が語る制作秘話 / 第2弾→「Winkは強い女性たちが台頭する90年代にその逆をいかせた」及川眠子が明かす、作詞の世界観)
及川眠子×船山基紀、黄金タッグの作品がSpotify上位に
まずは、Spotify23位にランクインしている「JIVE INTO THE NIGHT〜野蛮な夜に〜」に注目したい。こちらは通算24作目のシングルで、当時はオリコン最高92位にとどまった、コアなファンしか知らないであろう楽曲だ。それでも聴いてみれば、エッジの効いたキーワードが散りばめられた歌詞に、洋楽カバー曲をよりド派手に飾り立てたサウンドはさすがのWinkクオリティー。さらに、相田翔子と鈴木早智子の声質からも大人の色気を感じさせ、完成度の高いポップスとなっている。
「このときすでに、私がずっと組んできた水橋春夫ディレクターから交替していたのですが、(収録したアルバム『Flyin’ High』が最後のアルバムになりそうだから)もう一度『淋しい熱帯魚』コンビでいこうということで、作詞:及川眠子×編曲:船山基紀で作りました。
ただ、もともとは同アルバムに収録されたオリジナル曲『恋の受難にようこそ』(総合99位、こちらは作曲も『
確かに「恋の受難にようこそ」は、♪あなたと抱きあいながら死ねるのなら~ ♪みだらに咲いた花からMotion~ など、アン・ルイスが歌ってもおかしくないほど熱情的だし、♪La-la-la love me do~ あたりのフレーズやサウンドは、つい口ずさんでしまうほど完成度が高い。こういった“シングルになってもおかしくない曲”が、強くアピールされることもなく何気に収録されているのも、Winkプロジェクトの大きな特徴だろう。
「淋しい熱帯魚」のオーダーは「クルクルさせて」のみ
シングルのカップリング曲でもその傾向は顕著で、27位の「Only Lonely」、29位の「いちばん哀しい薔薇」、30位の「DING DING」が、オリコンTOP10に入ったシングルの表題曲「追憶のヒロイン」よりも上位となっている。発売から30年以上がたち、フラットに作品力が評価されてのことだろう。
「『いちばん哀しい薔薇』は、『Sexy Music』のところで話したように、こちらがシングル(表題曲)のつもりで書きました。ほかの『Only Lonely』や『DING DONG』は、もともとカップリングのつもりで、外国曲に日本語詞を乗せましたが、Winkのカップリングが人気なのは、プロデューサーである水橋さんの選曲が(いい意味で)狂っていたからなんですよ。だって、KISSから、チャカ・カーン、ボビー・コールドウェルと、選曲が見事にバラバラだったんです。でも、どんなのが来てもやりましたよ、プロですからね」
これだけ多岐にわたる選曲から、どれをとっても愛され続ける歌詞が書けたのは、幅広いジャンルを手がけてきた及川の敏腕さゆえだろうが、水橋プロデューサーとの相性も大きかったという。
「Winkの歌詞では、水橋さんから大きな直しはほとんどなかったですよ。『淋しい熱帯魚』のときなんか、“今度の曲、クルクルさせといて”、“うん、わかった!”というやりとりだけで書きましたから(笑)。その後、水橋さんが65歳になって久しぶりに音楽活動を始めるというので、10年ぶりくらいに作詞を依頼されたとき、“あなたの歌詞は、ほかの作詞家と着眼点がまったく違うから、普通のアイドルなんてやっても売れるわけがない。変なものしか書けないと思っていたよ”って言われました。(やしき)たかじんからも、書き直しがなくて、言われたメロディーにスムーズに歌詞を当てるもんだから、逆に“俺って偉いやろ?”ってよく自慢されていました(笑)。それも相性でしょうね」
及川、「リアルな夢の条件」の不振に納得のワケは
なお、名曲ぞろいのWinkの中で、現在シングル最下位となっているのは、‘92年発売の16作目「リアルな夢の条件」。不倫を続けるかどうかと相手に問いただすといった感情むき出しの歌詞に、ハードロック系のサウンドが乗るというWink史上、最強レベルに攻めた楽曲だが、この順位には及川もうなずけるという。
「この歌が、シングルの中で(今、)最下位というのはよくわかります。ファンの方は、Winkにそこまで過激な歌を歌ってほしくないんでしょうね。このころは、“もうWinkの仕事を降ろしてくれ”と言いながら、周りからの要望もあって、より刺激的な作品に走っていっていたんです」
とはいえ、(「真夏のトレモロ」など「〇〇の◇◇◇◇」路線が増えていった)’91年以降の及川の作品は、今注目のドラァグクイーン・ユニット『八方不美人』にも通じるような濃密なものが多いので、及川眠子ワールドが好きな人は、これを機にサブスクなどで気軽に触れてもらいたい。
中森明菜、少年隊に書いた人気曲の作詞秘話を語る
ここからは、及川がほかのアーティストに手がけた注目作について語ってもらおう。
まず、’95年、中森明菜のアルバム『アルテラシオン』に提供した「原始、女は太陽だった」「したたる情熱」「痛い恋をした」の3曲。シングルにもなった「原始、女は太陽だった」は、♪孤独という氷河をさまよった~ ♪不幸に愛された運命~ など当時スキャンダルまみれにされてしまった彼女を言い当てつつ、♪誰・誰・誰・誰も恨んでないわ~ と、なおも前に歩もうとする女性をパワフルに歌い上げた意欲作だ。また、「痛い恋をした」は、過去の恋愛を静かに振り返ったしっとり系のバラードで、こちらも女性ファンに人気となっている。
「『原始、女は太陽だった』は別の作詞家が書いた楽曲と、どちらかをシングルにするということだったので、おそらくほかの人はこういう内容では彼女には書かないだろうなというところを狙いました。歌詞は不幸というよりも、自虐も含めた開き直りですよね。シングルに決まってから言葉を変えろという指示もなかったですし、特に強い言葉を狙ったのではなく、どれも自然に出てきました。
この中では『痛い恋をした』がファンの方にいちばん人気みたいで、私も好きですよ。彼女に書いたのはこれっきりでしたが、この約20年後『残酷な天使のテーゼ』(アルバム『Belie』収録)を彼女がカバーしていたのを聴いて、より母性があふれているなと感心しました」
また、少年隊には’93年のシングル「EXCUSE」や、’95年のシングル「Oh!!」のカップリング曲「PGF」を手がけている。
「EXCUSE」は、浮気をするための言い訳を重ねまくるといったダメ男が主人公のスリリングなポップス。同年末のNHK紅白歌合戦では「服部良一メドレー」を任され、その翌年にはゴールデン・アロー賞のグランプリを受賞するなどショービズ界で高い評価を受けていた彼らが歌うには、意外すぎる選曲だ。
「当時、担当ディレクターだった羽島亨さんが、“それまでの少年隊のイメージを壊そう”と私に依頼したんですよ。羽島さんは、清純派アイドルだった中嶋美智代(現・中嶋ミチヨ)でも、“イメージチェンジさせて”と依頼してきて、私が『恥ずかしい夢』や『ちょっと痛い関係』の詞を書いたんです。Wink担当だった水橋さんと一緒で、みんなイメージを壊したいときに私を起用するんですね(笑)」
他方、’95年のシングル「Oh!!」のカップリングとして書いた「PGF」は、女性たちを前向きに讃(たた)える明るいエールソングとして、少年隊の各メンバーが行うライブでも、最大ヒット曲『仮面舞踏会』と同じくらい欠かせない人気曲となっている。こちらはむしろ、ジャニーズファン全体が求めそうな1曲だが……。
「『PGF』は、井上ヨシマサくんが作ったメロディーがあまりにストレートで、イメージを変えようがなかったですね。デモテープで“PGF、PGF”ってメロディーに合わせて歌っていたので、このまま使っちゃえ、と思って “Positive Girl Friend”って言葉を無理やり当てはめたんですよ。それが、今やジャニーズJr.の子たちが歌い継いでくれていて人気なんですよね。実は自分でも書いたのを忘れていたのですが、ジャニー(喜多川)さんが“あれ、いい曲だね”って言って、Jr.の子たちに歌わせることにした、というふうに聞いてます」
それにしても、受ける仕事のジャンルも、その歌詞の内容も実に幅広くて驚くばかりだ。
「基本的には、どんな依頼が来てもきちんとやりますよ。私は演歌・歌謡曲の作家でもないし、アニソンの作家でもないし、舞台の曲も多いけれど舞台出身でもないし、たかじんのようなフォーク系も書くし、実はロックやR&Bを聴いてきたので、そういう楽曲は大好きだし、以前はよく“あなたはいったい何がやりたいの?”と聞かれました。今の時代って、専業化して書いてる人たちが多く、私のように“ジャンル問わず書く”作詞家は少ないですね」
コミュニティ・サイト『知のアジト』に込めた思いとは
そんな、さまざまな人とのつながりを財産としてきた及川が’22年11月に開設したコミュニティ・サイトが『知のアジト』だ。どういったきっかけでスタートしたのだろうか。
「今の時代、自分の頭で考えられる人が少ない気がしたので、それぞれの知恵や知識を持ち寄ることで、みんながつながっていけばいいなと思って始めました。あと、人と人を1回ずつ紹介していたら大変なので、“知のアジト”に入っている同士でうまく仲よくやって、という思いもありますね。
さらには、“作詞家ってどうやったらなれるの?”とか“映画プロデューサーってどういう仕事?”とか、みんなの素朴な疑問を解決していける場になって、そこから人の輪が広がっていけばいいですね。ひとつ注意していただきたいのは、“この詞をチェックしてください”という場ではないということ。それは、私が書いたほうが早いですし(笑)」
Winkを手がけていたころは1曲あたり2時間くらいで、今はそれを4〜
「私は、“言葉が降りてくる”なんてことは絶対になくて、自分の体験や感じたことを加工して書いています。でも、自分の経験だけでは足りないから、作詞の相談を受けたら“本を読め、映画を観ろ”って伝えています。それは、知っている言葉を増やすためというよりは、自分にない価値観や感性を養うことにつながるんですよ」
「私は引き算より足し算が好き」。新しい演歌にも意欲
また、今年は自身がプロデュースしているドラァグクイーン・ユニット『八方不美人』のライブも精力的に行うそうだ。
「あらゆるヒトやモノが“虚像”と“実像”を持っている中で、歌の世界って、虚像だと思うんですよ。そこで実像をバラすわけじゃないし、だからこそ理想の世界観が確立される。それと、私は等身大を見せるっていうのが大嫌いなんです。よく“等身大の私で〜”みたいなキャッチフレーズがありますけれど、“等身大のお前が、どんだけ魅力的なんだよ!”って思うくらい(笑)。だから、八方不美人のように飾るほうが得意なんですよね。ほかの人が引き算をするところでも、私は足していくのが好きなんです。
今後は、ポップスの作曲家と組んで、新しい演歌を書いてみたいです。若い子が歌う演歌って、『夜桜お七』とか『天城越え』とか、どこかトガっているでしょ? 例えば、島津亜矢さんなど歌がうまい人に書きたいですね。私は、“生涯現役で”なんて思ってなくて、もし時流が読めなくなったら、バサッとやめるつもりでいます」
とはいえ、’23年初めには、歌謡曲を歌う女性歌手・藤井香愛のシングル「夢告鳥」がオリコン15位に登場するなど、昭和、平成、令和とヒット作を手がけ続ける及川。まだまだ現役期間は長そうだ。最後に改めて、自身のヒット作がもっとも多いWinkならではの魅力について語ってもらった。
「Winkは歌声の重なりが抜群にいいんですよね。ふたりの声や容姿もそれぞれ個性的で作りやすかったですが、もしソロで出ていたら、あんなには売れなかったと思います。
’18年に出版した作詞の教則本『ネコの手も貸したい』(リットーミュージック)にもWinkのことが載っているので、ぜひ読んでみてください。この本は徹底的に技術論なので、作詞をしたい方全員に読んでほしいですね。これを読んでも書けない方は、才能がないと思ってください(笑)」
“人脈こそ金脈”と考えて『知のアジト』を設立した及川だが、自ら仕事を売り込むことなく、これだけ幅広いジャンルで実績を残し続けているというのは、“この人に頼めば、きっと何か裏切ってくれるだろう”と常に期待されるからだろう。ただし、“裏切り”ができるということは、同時に“王道”がどこにあるかも把握しているということ。少し聴けば無難なようで、実は、奥が深い。ここに、時空を超えてWinkの楽曲が愛されているヒントが凝縮されている気がした。
(取材・文/人と音楽をつなげたい音楽マーケッター・臼井孝)
【PROFILE】
及川眠子(おいかわ・ねこ) ◎作詞家。1960年2月10日生まれ、和歌山県出身。’85年三菱ミニカ・マスコットソング・コンテスト最優秀賞作品、和田加奈子『パッシング・スルー』でデビュー。Wink『愛が止まらない』『淋しい熱帯魚』(’89年度日本レコード大賞受賞)、やしきたかじん『東京』、新世紀エヴァンゲリオン主題歌『残酷な天使のテーゼ』(’11年JASRAC賞金賞受賞)『魂のルフラン』、CoCo『はんぶん不思議』等ヒット曲多数。著書には『破婚〜18歳年下のトルコ人亭主と過ごした13年間』(新潮社)、『ネコの手も貸したい』(Rittor Music)などがある。数々の歌い手に詞を提供するとともに、ミュージカルの訳詞や舞台の構成、CMソング、アーティストのプロデュース、エッセイやコラム等の執筆や講演活動も行っている。
及川眠子 会員制オンラインコミュニティサイト「知のアジト」発足!
及川眠子が気になった出来事をつづったり、会員同士で「推し」を紹介し合ったり、及川眠子とさまざまなジャンルのクリエイターが語ったりする中で、会員の“知的好奇心”を刺激し、また、人と人との新たなつながりを生み出すためのコミュニティサイト「知のアジト」が’22年に誕生。詳しくは公式サイトへ!
◎「知のアジト」オフィシャルサイト→https://chinoagito.com/about
◎及川眠子オフィシャルサイト→http://www.oikawaneko.com/
◎公式Twitter→@oikawaneko