2022年10月クールに放送され、大きな話題を呼んだ連続ドラマ『silent』(フジテレビ系)。本作のプロデューサーを務めたフジテレビの村瀬健さんにインタビューを敢行。
日本テレビ、フジテレビと局を渡りながら、ドラマに映画にとさまざまな作品を世に送り届けてきた村瀬さんに、ドラマ制作全体の動向、視聴者の傾向を踏まえて現場ではどんな趣向をこらしているのか。
村瀬さんが手がけた『silent』と照らし合わせながら、本作のヒットを改めてどう捉えているのか、制作者の視点からたっぷりと語っていただきました。
◇ ◇ ◇
SNSを中心に動画が短くなる傾向をどう考えている?
──TikTokを筆頭に、短尺の動画が主流になっている風潮がありますが、SNSユーザーやテレビ視聴者の動向を業界の方はどんな風に捉えていますか?
「動画が短くなっているのに合わせて、音楽ももう3分以下になっている。短いほうが再生回数が稼げるから、いま音楽は、3分以内の曲がどんどん主流になってるんです。
今日の見出しをもう言っちゃいましょう。そんな風潮に対抗するかのように『silent』では、ヒゲダン(Official髭男dism)に5分超えの曲を作ってもらってます!」
──ええ、5分超えですか。
「その5分超えの曲(『Subtitle』)は、リリースから半年近くになるのに、音楽チャートで1位、毎日ずっと、いまでも1位です(※)。
(音楽業界の主流は3分だが)僕は“6分あってもいい、長くていい”って言ったんです。そしたら藤原(聡)さんがすごく喜んでくれて。これでもう見出しできましたよね? 今日のインタビューは以上です(笑)」
※3月30日時点のGfK Japanのデータによる推定値
──そんな(笑)。
「世の中が短いもの、短いものに行ってるのは自分でも肌で感じています。ドラマもそうなんですけど、例えばCMでも、15秒で泣けるときがあるじゃないですか。だから、尺が長くなきゃいけないということはなくて。笑いなんてうまい人なら1秒、なんなら0.5秒でも笑わせられる。
短いと描けないことなんて僕らの世界にはないんですけど、長くなきゃ描けないものもある。もしくは長いからこそていねいに描けるものもあると思います」
ショート動画のよさと長尺であるドラマのメリット
「連続ドラマの圧倒的メリットは、11時間かけて人の心を描けること。もちろん10秒で描く人もいるし、TikTokもあるけど、僕は幸せなことに1時間×11話、10~11時間ぐらいをかけて描けるメディアを手にしているので、その“長さ”っていう感覚を自分の中ですごく大切に持ってるんです。
10時間かけて描くことを念頭に、企画を考える。僕の中では“尺が長いこと”、つまり“長い時間をかけて見せられること”が、入り口にあるんですよね。
だから、いまの音楽業界は3分の音楽を作り慣れているけど、僕らドラマは尺が46分ぐらいあるわけですから、その主題歌として考えたら、曲の長さが6分あったっていい。僕はそう思っています。
一方で、他のみんなはどうしてるかって言ったら、たぶん逆だと思うんです。チャンネルを変えられるのが怖いし、配信の再生回数だってそう。“短くなきゃ”っていう感覚をみんなが持っている。もちろん、僕にだってあります」
トレンドのショート動画に相反する世間の欲求
──長くするにも勇気が要りますよね。
「やっぱり、長くする怖さはあると思うんですよね。いま、ドラマはワンシーンも短くなってるんですよ。長いシーンをなるべく作らない。でも『silent』って、とんでもなく長いシーンがいっぱいあるんです。
例えば、シーン1「ファミレス」、シーン2「紬の部屋」というように、場面ごとにシーン番号が振られるんですけど、だいたい連ドラって、1話の中で100シーンぐらいざらにあるんですよ。ところが『silent』は、いちばん少ない回で20シーンぐらいしかないんです。
これは、1シーンが長いからです。だから、他のドラマよりもシーンの数が極端に少ない。おそらく他のドラマのプロデューサーは“バカじゃないの?”って思うはず(笑)」
──回想シーンもしっかり入っていますもんね。すごく印象的でした。
「みんな、なるべくシーンを短くしたいんですよ。長いと飽きられちゃいますから。だけど、登場人物の心情をていねいに描こうとすると、どうしてもシーンに長さが必要になる。
事件は起きないけど、ストーリーを展開させるために入れてあるセリフっていうのが『silent』には本当に多いんです。ある意味、“無駄なセリフ”がいっぱいあるわけですよ。そういうのでどんどん延びてるんです。
でも僕はそれを、特に『silent』では完全によしとしている。どう見てもいまの連続ドラマのトレンドに逆行してるんですけど。普通ならみなさんが嫌がるであろうことを胸を張って思い切ってやってみたら、意外にも受け入れてもらえた。結果論かもしれないですけど、視聴者のみなさんはそれを求めていたのかもな、という気がしています。
ちなみに、日本でいちばんワンシーンが長いのは橋田壽賀子先生。『渡る世間は鬼ばかり』(TBS系)なんて、いつまでたっても同じ場所での会話が、ひたすら続いてますよね。でも見ていて飽きない。会話が面白いから見ていられる。
残念ながら僕は、橋田先生とご一緒することがかないませんでしたけれど、やっぱり橋田壽賀子ドラマの面白さって特別だったと思っています」
──そういった意味でも、『silent』は攻めていたんですね。
「それこそが狙いだったというか。“1時間しっかり(作品に)入る、没入する”ということを、視聴者のみなさんも本当はしたいと思っていたんじゃないかなと思います。
あくまで推測のひとつですけど、みんなが“早く早く”って言ってる中で、スローというかこのスピード感を心地よく思ってくれた人が、思ったよりたくさんいたんじゃないですかね」
時代に選ばれた川口春奈と目黒蓮
──反対にトレンドや、世の中の流れをくんで作った作品はありますか?
「今回、僕がいちばん胸を張れるひとつが、“川口春奈さんと目黒蓮さんで、せつないラブストーリーをやろうと思った”こと。これこそが、トレンドにハマったと思っています。
僕がドラマを作るときに最も大事にしてるのは“企画の中身”。まずは“どんなことをやるか”が何より大切なんですけど、ほぼ同率1位の2位にランクインするのが、“誰が演じるか”なんです。
この企画をやるなら“誰がやったら最高か”がもちろん重要なんですけど、同じぐらい、いまこのタイミングでやるとしたら“誰と誰でこの企画を見たいか”も常に考えています。キャスティングって水物、時代の写し鏡なんです。
いま、高倉健さんと吉永小百合さんでラブストーリーを作りたいと思っても、残念ながらできないじゃないですか。そのときにしかできないキャスティング、があると思っていて。
その時代ごとに、多くの人が“それが最高だ”と思う組み合わせがあって。もちろん、中身がおもしろかったことも当然ありますけど、例えば、木村拓哉さんと山口智子さんのラブストーリーが見たいと誰もが思っていたときに、見たい組み合わせを実現したから『ロングバケーション』(フジテレビ系)は大ヒットしたと思うんです。
それは1年後でも2年後でも、1年前でも2年前でも変わるんですよ。だからこそ、ピンポイントで“いま、このタイミングに、どういうことを、どんな組み合わせをみんなが求めているか”は、強く意識していますね。
だから、“2022年の10月クールのドラマを作る”と決まった瞬間に、後に『silent』になるこの企画を、“いま、誰がやったらいちばん面白いか”っていうことを考えました。それが、僕の中では、とにかく川口春奈さんと目黒蓮さんだったんです」
「お客さんが嫌いにならないヒロイン像を、川口さんなら作れると思ったんです。それが本当にうまくいった。
余談ですけど、紬ってのしのし歩くんですよ。ドラマの中で。のっしのっしのっしって、あれ川口春奈さんの歩き方なんですよね。あの見た目でそう歩く春奈さんが、本当にステキだなって思って。
だから紬は、“そのまんま歩いてくれていいよ”って。のしのし歩くキャラのヒロインって、日本ラブストーリー史上初じゃないですかね(笑)」
──なるほど。バズる法則はその時代によって変わる、と。
「これはもうカンですけど、みなさんがいま、“誰を見たがっているか”、それを自分なりにいつも想像しています。
間違えちゃいけないのは、その人が出たら視聴率が取れるなんていうキャストは今やいない、ということ。というか、もともといないんです、そんな人。
そうではなくて、その人が何をやっているところを見たいか。僕は川口春奈さんと目黒蓮さんが、せつない恋をしている姿を見たかったし、“みんなもきっと、見たいんじゃない?”と感じたんです。だから、このふたりで『silent』をやろうと思った。それが僕にとっては、時代に合わせに行ったものの最大です」
(取材・文/柚月裕実、編集/本間美帆)
【PROFILE】
村瀬健(むらせ・けん) ◎1973年生まれ、愛知県名古屋市出身。フジテレビジョン所属、編成制作局ドラマ・映画制作センター、部長職ゼネラルプロデューサー。早稲田大学社会科学部卒業後、日本テレビに入社。『終戦60年ドラマ・火垂るの墓』『14才の母』などのヒットドラマを手がけたのちに転職。フジテレビ入社後は『太陽と海の教室』をはじめ『BOSS』『信長協奏曲』『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』を手がける。映画でも『信長協奏曲』『帝一の國』『とんかつDJアゲ太郎』『約束のネバーランド』『キャラクター』などのヒット作品を送り出す。2022年に手がけたドラマ『silent』が大ヒットを飛ばし、累計見逃し配信数で民放歴代最高記録を樹立。バンド「プランクトン」の音楽プロデューサーとしての顔も持つ。Twitter→@sellarm、Instagram→@kenmurase