かつての大人気番組、『アメリカ横断ウルトラクイズ』(以下、ウルトラクイズ)。その第10回大会(1986年)で、決勝まで行かせていただいた私の体験から、裏話をお話しします。
今回は、本番中、私が本気で“これはマズイ”と思い、スタッフに「カメラを止めてください!」と申し出ようかと思った話。
人間ドキュメンタリーである以上、カメラは止めない
ウルトラクイズでは、いったん収録が始まると、勝負がついて敗者が決まるまで、撮影が中断することはありません。テレビ番組の収録中によくある、「はい、いったんカメラ止めまーす」がないのです。
それは、スタッフによればウルトラクイズが“クイズ番組である”と同時に、“人間ドキュメンタリー”を目指しているため、カメラを止めることによって、チャレンジャーが“素”の状態に戻ってしまうのを避けているからなのだとか。
なのですが……。
私は、第10回ウルトラクイズに参加していて、一度だけ本気で「カメラを止めてください!」と、スタッフに申し出ようかと思った瞬間がありました。
それは、エルパソから車で2時間ほどの所にある、ニューメキシコ州の広大な白い砂漠「ホワイトサンズ」で行われた、その名も「砂地獄早押しクイズ」でのこと!
実はここ、大昔は海底だったとのことで、白い砂のように見えるのは、「塩(が主成分)」なのです。そんな巨大な「塩の砂場」で行われたのが、大きな砂時計を使ったクイズでした。
解答席の30メートル後ろにある小高い丘の上には、チャレンジャーの人数分の大きな砂時計が……。砂時計は高さが胸元くらいまであり、上部が開いていて、そこから砂を補充できるようになっています。
チャレンジャーは手で砂をすくって、そこに入れる。下の穴からはすごい勢いで砂が落ちていて、この砂が落ちている間だけ、早押し機のボタンに電源が入るという仕組みなのです。
つまり、砂時計に砂を入れても、回答席に戻って早押しボタンを押したときに砂が尽きていれば、ボタンは反応してくれないというわけです。ルールは2点先取で勝ち抜け。
ここで、なぜ私は「カメラを止めてください!」と言いそうになったのか?
それは、砂時計の砂の出口である下の穴がつまって、まったく砂が落ちなくなってしまったからです。
押しても、押しても、早押しボタンが反応しない!
そもそも、このホワイトサンズの砂(正確には塩)。思いのほかサラサラしていない。言ってしまえば、少し湿っている感じなのです。
“早押しクイズを落ち着いてやりたい”と思った私は、本番が始まると、最初のほうの問題は捨てて、まず、目いっぱいに砂時計に砂を入れることに集中しました。
たっぷりと砂を補充した私は、“これで、しばらくは大丈夫だろう”と思って、丘を駆け降り、回答席に座りました。
ところが……。
クイズに答えようと、ボタンを押してもまったく反応がない。
“えっ? あんなにたくさん砂を入れたのに、もうなくなったの?”
そう思って振り返り、砂時計を見ると……。
砂が落ちていないではありませんか!
あわてて丘を駆け上がってみると、砂はたっぷり残っているのに、砂時計の下の穴に砂がつまっているのです。
それを見て思い出しました。本番が始まる直前、スタッフから「もし、砂がつまってしまったら、これを使って、下の穴をほじくってください」と、1本のボールペンを渡されていたことを……。
受け取ったときは、“まさか、つまったりしないでしょ”なんて思っていたのに……、本当につまるんか~い!
ポケットからボールペンを取り出して、それを砂時計の下の穴に突っ込んでつつくと、ようやくチョロチョロと砂が落ち始めます。
すぐに丘を駆け下りて、回答席に戻り、クイズに答えようと早押しボタンを押す私。
しかし、またしても早押し機は無反応。“うそっ!?”と思って振り返ると、やっぱり砂時計の砂が落ちていない!
あわてて丘を駆け上がり、またボールペンで下の穴をほじくってから解答席へ。しかし、早押しボタンを押しても反応しない。あわてて丘を駆け上がり……と、そんなことを繰り返すうちに、チャレンジャーはひとり勝ち抜け、ふたり勝ち抜け……。
“マズイ! このままでは負けてしまう!”
まさに絶体絶命。まさかこんなところで……しかも、こんなことで……。本気でスタッフに「カメラを止めてください! 砂が落ちないんです」と言いそうになったのはこのときです。
もちろん、チャレンジャーがそんな申し出をするなんて言語道断。しかし、そのときは、“こんな理由で負けるなんてできない!”という思いから、のど元まで言葉が出かかりました。
“これでダメなら、本当にカメラを止めてもらおう”。
そう思いながら、これでもかとほぼヤケクソぎみで下の穴をほじくると……。初めて、見たことがないくらいの勢いで砂が落ち始めたのです。
“きたきたきた! いまだ! いましかない!”
回答席に戻った私は、速攻で2問正解して、勝ち抜くことができたのでした。
あとからオンエアを見れば、余裕で勝ち抜けているように見えます。でも、あのときの“もしこのまま、最後まで砂が落ちなかったら……”という恐怖は忘れられません。
そして、いまになって思うこと。それは、“あのとき、パニックになってカメラを止めなくて本当によかった”ということです。
もし止めていたら、ウルトラクイズのスタッフの間で、「本番を止めたチャレンジャー」として長く汚名を残すところでした。
アブナイ、アブナイ……。
(文/西沢泰生)
【PROFILE】
西沢泰生(にしざわ・やすお) 2012年、会社員時代に『壁を越えられないときに教えてくれる一流の人のすごい考え方』(アスコム)で作家デビュー。現在は作家として独立。主な著書『夜、眠る前に読むと心が「ほっ」とする50の物語』(三笠書房)『コーヒーと楽しむ 心が「ホッと」温まる50の物語』(PHP文庫)他。趣味のクイズでは「アタック25」優勝、「第10回アメリカ横断ウルトラクイズ」準優勝など。