全出演者が女性のみの公演がおこなわれるなど、昨今、女性噺家の活躍がめざましい落語界において異彩を放っているのが、柳亭こみちさん(48)。小柄ながら全身から放出される熱いエネルギーと、意志の強さを感じさせる瞳が、見る者をクギづけにする。
こみちさんは、登場人物も演者も男性が主体である古典落語において、登場人物を女性に変えたり、構成を女性目線で練り直したりしながら、30以上の新しい作品を発表してきた。なぜそこまで精力的に、女性版の落語を作り続けるのか? プライベートでは2児の母であるこみちさんだが、女性落語家ならではのエピソードは? 詳しく語ってもらった。
(こみちさんが出版社を辞め落語界に飛び込むまでの流れや、試練だらけだった修業の日々については、インタビュー第1弾でじっくり伺った→柳亭こみち、落語界での過酷な修業時代を明かす「毎日6時に家を出て1時に帰宅、気づけば3箇所に潰瘍が」)
落語家になることを母親は喜び、父親は反対していたが──
ふとした拍子に落語を見に行ったことがきっかけで、どっぷりと魅了され、28歳で七代目柳亭燕路さんに弟子入りし、落語家としての道を歩み出したこみちさん。修業時代は毎日、家を早朝に出て師匠の家に向かい、あらゆる雑務をこなし疲労困ぱいで夜中に帰宅するという日々を送っていたが、母親はこみちさんが落語家になることを喜んでくれた。
「会社員時代より、あなたの持っているものが生かせると言っていました。ところが堅い考えを持つ父は、“人に笑われて何が楽しい。気でも触れたか”と、がっくりしていましたね。それでもあるとき、師匠の燕路の独演会にふたりで来てくれて、帰宅したら父がまだ起きていて。“今日はびっくりした。本気で好きなことをするというのは、こういうことなんだと驚いた”って。父はいつも、げっそりと疲れて深夜に帰ってくる私しか見ていなかった。でも独演会で高座返しをしている私が、とても生き生きとしてうれしそうだった、と。それに、落語が伝統芸能であることもよくわかったって。以来、ずっと応援してくれています」
次男の誕生前、“まさかすぎる噺”を披露することに
2006年に二ツ目に昇進、とにかく「まっすぐに古典落語をやろう」と頑張っていた。そして’10年には漫才師コンビ「宮田陽・昇」の宮田昇さんと結婚。こみちさんは落語協会、昇さんは落語芸術協会と所属する協会は違うが、野球好きという縁で知り合った。こみちさんがアプローチしまくったという。
’13年に長男、’15年に次男を出産した。
「長男を産んで復帰して、なんとなく“子どもは1人だけだろうな”なんて思っていたんです。そうしたら、2人目ができてびっくりしました。身重だと師匠にも気を使わせてしまうなあ、困ったな、
次男の誕生前に、こみちさんらしいエピソードがある。
落語に「町内の若い衆」という噺がある。職人が親分の顔を見に行くと、親分はいなかったが庭に茶室をこしらえているのが目に入った。さすがに親分は働き者だと褒めると、おかみさんが、「いえいえ、うちの人の働きではございません。町内の若い衆がよってたかってこしらえてくれたようなもの」と謙遜する。職人は帰宅して、自分の妻にその話をすると「謙遜してやるから茶室を建ててみろ」と言われてしまう。
職人は行き会った友人に、「うちに行って何でもいいから褒めて、亭主の働きがいいと言ってくれ」と頼む。友人が職人の家に行ったが、褒めるところがない。妻が妊娠しているのに気づき、「おたくの大将は働き者だ」というと、妻は「いえいえ、うちの人の働きではございません。町内の若い衆がよってたかって……」というサゲ(オチ)になる。
こみちさんは、次男の臨月のときにこの噺を高座にかけたのだ。「これをやるなら今しかない」と思い、先輩の噺家に教わりに行ったのだという。その先輩いわく「アホか」と笑っていたそうだ。
「こっちは本当に臨月ですからね、お客さんも、とっても笑ってくださって」
人を笑わせるためには何でも利用してしまえ、という彼女のたくましさが感じられる。女性の芸人はそのくらい、いい意味でしたたかでないと、やっていけないのだろう。今までだって「女の噺家か」となめてかかってくる人たちを、にっこり笑って躱(かわ)してきたはずだ。
師匠からの「どんどん女版を作れ」という言葉に励まされた
こみちさんが本格的に女性を主役に据えたり、女性目線の古典落語をやるようになったのは’17年、真打になってからだ。だが、最初はとても燕路師匠には言えなかった。もちろん、寄席でこみちさんが古典落語の女性版をやっていることに、気づいてはいたはずだ。’19年、師匠との二人会で、了解を得てやってみた。楽屋に戻ると師匠は「なるほどね」と感心したように言ってくれた。そのとき、「試し酒」という噺を女性版でやりたいと相談した。
「2か月くらいたってからですかね、“この前、言ってた試し酒、女でやりたいんだろ”と言われて。もう、ドキドキです。天命を待つような気分。そうしたら、“今はどんな噺でも、いろいろな師匠たちの資料があるだろ。それを聞いて、どんどん女版を作れ”と。さらに、“誰かに何か(悪口などを)言われたら、オレから習ったと言え”って。これはうれしかったですねえ」
師匠がこみちさんを全面的に認めた瞬間だろう。それまでもがいていた気持ちが、もっと前向きに変わっていった。
もちろん、登場人物を女性にすれば成立するわけではない。女性にしても違和感なく受け入れられるものでなければならないし、話の運びに無理があってはならない。作って勉強会にかけて、お客さんからの意見も聞いて、何度も何度も練り直して話して、徐々に自分のものになっていく。
「いろいろ研究して、わかったことがあります。落語は男性目線だと言われますが、それは演者に男しかいなかったからだとも言えるんです。男がやりやすいようにできている。だからよく考えると不自然なところもある。ここはおかみさんにしゃべらせたほうがいい、という場面でもおかみさんは出てこなくて、男があたかもおかみさんとしゃべっているように作られているとか。演者が女性なら、そこはおかみさんが話したほうが自然になるわけです。そういったことを解放していけば、落語には無限の可能性があると思うんです」
ただ、長く男性だけがやってきた仕事だから、かつてはお客さんから“無言の抵抗”を感じたこともあるという。それでも、これだけ女性落語家が増えると、もう時代の流れには逆らえない。むしろ中高年の男性にとって、若い女性の噺家はアイドルのようになりつつある。落語の歴史は、今まさに転換点を迎えているのかもしれない。
まずは男性をきちんと演じられてこそ。家族との関係、今後の目標は
一方で、こみちさんは男性を主役とした従来の古典落語にも真摯(しんし)に向き合っている。
「男の落語家が女性をやるより、女性の落語家が男をやるときのほうが、お客さんの目がシビアなんです。それを克服するための鍛錬はしましたね。地声の表現の幅を広げることとか、どんなに声を張っても男を演じている限り、声が裏返らないようにすることとか。あとは口の運びというんでしょうか。以前、“最初は若旦那として聞けていたのに、最後の最後になって若旦那の色が抜けてしまうことがある”と言われて。だから最後の瞬間まで、自分の言葉に耳を研ぎ澄ますことが必要だとか。男を演じられないから女に逃げていると思われたら負け。男をきちんと演じられてこそ、女性が生きるわけですから」
そのためには人生賭けてやる、死に物狂いでやると、こみちさんはきっぱり言う。インタビュー中、何度も「死に物狂い」という言葉を使った。落語が好きで、そして落語に愛されることを願って、まっすぐ一本の道を歩いている人なのだ。
現在、9歳と7歳になる子どもたちも、「立ってしゃべるのがお父さんの仕事、座ってしゃべるのがお母さんの仕事」と理解している。特に次男は昨年、母の落語を聞いて「お母さん、すごい」と翌日まで言っていたという。
家庭を持ってふたりの子がいて、なおかつ「死に物狂い」で落語に向き合う。さらに中学生時代からやっている日本舞踊の稽古は今も欠かさない。これもまた落語に生きるのだという。
「子どもたちが小さいころはベビーシッターやら両親やら、みんなに協力してもらっていました。今も周りには助けられていますね。結婚したときは9割、私が家事をしていたのに、今はなぜか家事を夫が7割くらいやっている日も……(笑)。いや、私、仕事中毒みたいなところがあるので、夫の理解は不可欠なんです」
急に声が小さくなった。パズルのピースをあてはめていくようにスケジュールを作って時間を生み出し、日々、落語と真剣勝負をしているのだ。そんなこみちさんの今後の目標は、「自分の作った古典落語の女性バージョンを、ほかの女性噺家にどんどんやってもらうこと」。そしていつか、それが「古典落語」として根づくことだという。
落語が「落とし噺」として庶民に流行(はや)るようになって300年とも言われている。手ぬぐいと扇子だけであらゆる物語を表現する落語の世界が、こみちさんの登場でさらに大きく広がっていきそうだ。
(取材・文/亀山早苗)
【PROFILE】
柳亭こみち(りゅうてい・こみち) ◎東京都東村山市出身。早稲田大学を卒業し出版社勤務を経て、2003年、柳亭燕路に入門。前座名は「こみち」。’06年に二ツ目に昇進、 ’17年に2児の母としては史上初の真打昇進。NHK『東西笑いの殿堂』、TBS系『落語研究会』、日本テレビ系『ヒルナンデス!』など、テレビ、
日時:2023年4月18日(火) 18:00開場/18:30開演
会場:国立演芸場
料金:全席指定3600円 《完売御礼!》
※詳細やチケット情報は公式サイト内特設ページへ→https://komichinomichi.net/?p=2219
【柳亭こみち 芸歴20周年記念公演 この落語、主役を女に変えてみた
〜こみち噺 スペシャル〜】
日時:2023年8月12日(土) 18:30開場/19:00開演
会場:日本橋社会教育会館 8Fホール
料金:前売り3000円/当日3500円
◎公式サイト「こみちの路」→https://komichinomichi.net/
◎Twitter公式アカウント→@komichiofficial