3月25日に、セ・リーグ、パ・リーグ同時開幕となった今年のプロ野球。
注目はなんと言っても、24日に日本野球機構から、登録名が正式に「BIGBOSS」に変更されると発表があり、名実ともに“ビッグボス”となった新庄剛志さんが率いる北海道日本ハムファイターズ(以下日本ハム)ではないでしょうか?
何が楽しみかというと、新庄さんがやろうとしていることが、「これまでのプロ野球の常識を変える意識改革」だという点が楽しみなのです。
現役時代のプレーからプライベートに至るまで、エピソードが数限りなくある新庄さんですが、今回は特に、「プロ野球全体の未来を考えて、これまでの意識を変えようとしていることが垣間見えるエピソード」を3つ、ご紹介したいと思います。
現役時代、ゴールデン・グラブ賞の選考にクレーム?
「新庄は、自由気ままにやっているように見えて、実はプロ野球全体のことを考えているのではないか?」
新庄ファンならずとも、そんなふうに思わせてくれたエピソードがあります。
それは、新庄さんがまだ日本ハムの外野手だった2005年。守備のすぐれた選手に授与される『ゴールデン・グラブ賞』の授賞が決まったときのこと。
華麗な守備と、とんでもないレベルの強肩で知られた新庄さんは、同賞の常連で、このときは通算9回目の受賞でした。
しかし、この年はケガで試合の出場機会が少なかったことから、記者たちに対して、こんな発言をしたのです。
「今年のオレのゴールデン・グラブ賞はおかしい。1年間、この賞を心の中で目指して取り組んでいた(ほかの)選手に申し訳ない。来年からは、印象ではなく数字で選んでほしい。そうでないと、このすばらしい賞の価値がなくなってしまう」
どんな名選手でも好不調の波があるバッティングと異なり、「守備と走塁にはスランプはない」と言われます。それだけに、ゴールデン・グラブ賞は、プロ野球選手にとっては、実力が評価されるとても名誉な賞です。
その受賞について、選手自身が「自分がもらうのはおかしい」と発言するなど、前代未聞のこと。
このあたりからすでに、新庄さんの目線が自分や所属チームの日本ハムだけでなく、「プロ野球全体」に向いていたことが垣間見えます。
監督就任のあいさつで、プロ野球史上初の発言
新庄さんがプロ野球全体の未来を考えて、これまでの意識を変えようとしていることが垣間見えるエピソード。2つ目は、昨年、日本ハムの監督に就任したときのあいさつです。
近年の日本ハムは3年連続で5位に低迷中。当然、新監督の新庄さんに求められるのは「優勝」のはず。
ところが新庄さん、ご存じのように、就任の記者会見でこう言い放ちました。
「優勝なんかいっさい、目指しません。僕は!」
すべてのプロ野球チームにとっての大目標である「優勝」について全否定。そんなものは二の次とばかりに、「優勝なんか」と言いきったのです。
これは、弱いチームを任された新監督が「今年はまず、Aクラスを狙いたい」とか、「3年計画で優勝したい」などと言うのとは、根本的に質が違います。
新監督が、その就任のあいさつで「優勝なんかいっさい、目指しません」と宣言したのは、世界中のプロ野球史上でも初めてのことだったのではないでしょうか。
発言の意図は、「チームの勝利」より「もっと大切にしたいことがほかにある!」ということ。
それは何か?
新庄さん自身が考えたという、日本ハムの「2022年チームスローガン」がその答えでした。
新庄さんは、球団から提示されたという20~30個のスローガン候補を見て、「全部、違うな」と。そして、いつも意識している言葉をそのまま球団のスローガンとして提案し、採用されたのです。
そのスローガンは、次のたったひと言でした。
『ファンは宝物』
新庄さんは言っています。
「僕の野球人生は、球場に来てもらえるファンにどう喜んでもらえるか、どう感動させようかという野球人生だったので、その思いだけです」
これが新庄さんにとって、「優勝以上」の目標だったのです。
もちろん、優勝すればファンは喜びます。しかし、新庄さんにとっては、まず、ファンを喜ばせることが第一で、優勝は、あくまで、その延長線上にあるものなのでしょう。
サヨナラホームランを打たれたときに見せた、意外な姿
新庄さんが、プロ野球全体の未来を考えているということが垣間見られるエピソード。
最後は、3月13日に行われた、対広島カープとのオープン戦で見せた、ある姿です。
試合は、0対0のまま9回裏、広島の攻撃。ここで、広島の選手がサヨナラホームランを放ちます。
いくらオープン戦とはいえ、自分のチームがサヨナラ負けをすれば、悔しそうな顔をしてもしかるべきところ。
しかし新庄さんは、ホームランを打たれた瞬間にベンチを飛び出し、サヨナラ弾を放った相手選手に対して両手をあげて拍手を送ったのです。
まるで、「劇的なサヨナラホームランをありがとう!」とでも言っているような姿。
そして続けて、勝利に歓喜する広島ファンの観客席に向かっても拍手を送る。
そんな姿を見せられた広島ファンから、今度は新庄さんと日本ハムの選手たちへと拍手が起こりました。
こんな場面、私は初めて見ました。
新庄さんは試合後に、「打たれたのは、自分がフォークボールを投げろと言ったせい。それがあまり落ちなかった」とピッチャーをかばい、ふたたびサヨナラホームランを打った広島の選手を讃えるコメントをしています。
その表情は笑顔。新庄さんは、かねがね「強いチームの選手は悔しい負け方をしても、気持ちの切り替えが速い」と言っていて、そのことを選手たちに伝えるかのような表情でした。
もっとも重視する目標を、「優勝を目指して勝つこと」から、「ファンに喜んでもらう。笑顔になってもらう」に変えた瞬間。新庄さんが目指す、新しいプロ野球の姿が見えてくるのかもしれません。
今シーズンの日本ハムは、シーズンを終えたとき、その順位とは関係なく、「あの年、日本ハムから日本のプロ野球のマインドは変わったんだよな」と言われるのではないか……という気がします。
(文/西沢泰生)