演劇界の巨匠である演出家の蜷川幸雄と鴻上尚史に師事した確かな演技力で、コミカルな役からシリアスな役まで巧みに演じ分け、舞台、テレビドラマ、映画で唯一無二の存在として活躍し続けている勝村政信さん。’90年代に一世を風靡(ふうび)したバラエティ番組『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』(日本テレビ系)に出演し、親しみやすいキャラクターがお茶の間の人気を得て、その後は、俳優のみならずバラエティ番組やドキュメンタリーなどにも活躍の場を広げている。
役者生活34年。50歳を過ぎて役者として年齢と向き合う自身にリンクすると語る舞台『ライフ・イン・ザ・シアター』が3月3日より上演される。劇場を舞台に、芝居に生きる俳優の悲喜こもごもを描いた二人芝居。年配で演技力のあるベテラン俳優を勝村さんが演じ、ベテラン俳優を慕い、日々役者としてさまざまなアドバイスを受ける若手俳優を高杉真宙さんが演じる注目作だ。現在58歳の勝村さんに、人生の転機となった3人の恩人との出会い、愛するサッカーのこと、生き方を変えた娘さんの存在、などについて語っていただきました。
芝居をする上で、身体の衰えは嘘がつけない
──まず、勝村さんが思われる今回の舞台『ライフ・イン・ザ・シアター』の魅力を教えていただけますでしょうか?
「この舞台は、ベテラン俳優と可能性を秘めた若手俳優の成長物語です。その二人の立場が、時の流れとともにだんだん逆転していくんですね。僕自身もそうですけど、50を過ぎると芝居が実生活と結びついて、ドキュメンタリーになっていくっていう。芝居をする上で、年を取ると若いころとは違う意味で自由になりますけど、身体の衰えは嘘がつけないじゃないですか。そうすると本当に演技と役が、私生活の自分とじかに結びつくことになっていくので。今回の作品は、俳優の話ですからリアルです。そもそも二人芝居というのは何もごまかせませんから、非常に怖いものなんですけど、その中でも自分自身とすごくリンクしているので、特に怖い作品です」
──そんなに衰えを感じられるものですか?
「ホントに勢いってなくなってきますから(笑)。同年代の俳優同士で話していると、老いのスピードも同じだからそれほど気にならないんですけど、そこに若い子が1人入ると、もう肌艶ひとつとっても、“え! こんなにハリがあるの?”ってなる。『ドクターX〜外科医・大門未知子』(テレビ朝日系)で医師役をやらせていただいてますけど、手術のシーンでゴーグルをつけると目の下についた跡が20分くらい取れないんですよ。でも若い子はへこみもしない(笑)。だから、まさにこの話とすべてリンクするので、演じながら身につまされることばかりですね」
劇団の看板俳優であるベテランのロバート(勝村政信)は、最近、劇団に入ったばかりのジョン(高杉真宙)に、今日もさまざまなアドバイスをしている。舞台とは何か、役者とは何か、演じるとは何か……その熱弁に、ジョンは熱心に耳を傾けていた。月日が流れ、初々しかったジョンも徐々に芝居を評価され、大きな役に抜てきされるなど順調にキャリアを築き始める。それとは対照的に、集中力や記憶力の低下など、ロバートは逃れられない老いに不安を感じ始め……。世代もキャリアも違う二人の俳優が、舞台上や楽屋裏、舞台袖や衣装部屋など、劇場のあらゆる場面で交わす、ときに切なく、ときにクスッと笑える、何気ない会話をオムニバス形式で描いたヒューマンドラマ。
──今作で演じるロバートのように、若い俳優にアドバイスはされますか?
「昔、蜷川(幸雄)さんとよく舞台をやっているころはそうでしたね。当時、蜷川さんが若手にあまり芝居をつけなかったので、“勝村、頼むな”っていう……。ひどいオヤジでした(笑)」
──では、一緒の舞台に出演される若い俳優さんには、勝村さんが演技指導をされていたのですね?
「演技をつけるってわけじゃないんですけど。最近はあまりないですが、若手のみんなが舞台に高いハードルを感じていたときがあって。“舞台の芝居ってこういうものだ”みたいな考えを持っている子がわりと多かったんですよね。だから、もっと自由にっていうことを、まず説明していました。それで、その若い俳優たちが伸びていって逆転されてるみたいなことが多々ありますからね。“あ! 言わなきゃよかった”みたいな(笑)」
──今作で共演される高杉真宙さんについては、どんな印象をお持ちですか?
「彼が中学生のころにドラマで共演したことがあったのですが。まあキレイな少年だったのが、そのまま成長されて。当時もそうだったんですけど、芝居もナチュラルで透明感があって、今もそのままですから。よくぞ、そのまま成長してくれたと思います」
──高杉さんとの二人芝居で、楽しみにされていることは?
「この作品のオファーをいただいたときに、高杉くんの名前はあったので、迷いなくやりたいと思いました。共演して以来、一方的にですけど成長を見させてもらっていて、本当に立派になったなと感じていましたし。そういう意味では、余計なことを考えなくても気持ちが入っているので、芝居はやりやすいですね」
蜷川幸雄と鴻上尚史、それぞれ違う“闘いの稽古場”
──ご自身が若いころと比較して、若手俳優と共演していて感じるのはどんなことですか?
「昔って、舞台でも映像でも最初はちょっと構えてしまうところがありましたけど、今はみんな子どものころから親がビデオを回していたりするので、撮られることに慣れているし、人前で何かをするってことに対する拒絶感みたいなものは、ほぼないんだなって思う。
それで若い俳優が舞台をやるときも、みんな“舞台が楽しみです”っていうコメントを出すじゃないですか。僕は舞台が楽しいって思ったことは1回もないですから、それを聞いて驚きましたよ。だって、僕の師匠は、蜷川さんと鴻上(尚史)さんっていう、もうほんとにひどい人たちでしたからね(笑)。
蜷川さんの場合は、稽古はそんなに長くないんですけど、出来が悪いと激しく怒るので、本番になるとラクだなって思っていました。鴻上さんは蜷川さんと真逆で、長時間死ぬほど稽古をして、怒鳴らないけど真綿で首を絞めるようなダメ出しをしてくるんです。“おまえのその演技では人は感動しない。なぜかと言うと、おまえの家族はどうのこうの……”って、遺伝子までダメ出しされるんですよ。僕はそれで一言もしゃべらずに、下を向いてずっと聞いてて。心の中で何度も呪ってました(笑)」
──すごい闘いの稽古場ですね。
「だから、稽古よりも本番のほうがラクだったんです。やれば終わるので。特に第三舞台は紀伊國屋ホールで上演することが多かったんですけど。あの劇場は客席の一番後ろの奥に、つかこうへいさんもそこで観ていたという小さい部屋があるんですね。で、僕らが舞台に立っている本番中に、その部屋で鴻上さんがタバコを吸っているのが見えるんですよ。そうすると、僕がセリフをしゃべっているときだけ、タバコの火が赤くなるんですよね。それを見て“あ~、おまえの芝居つまんね~な~”って思ってるんだろうなって想像しながら2時間舞台に立って。また翌日には鴻上さんからものすごいダメ出しがあるんです。だから、舞台が楽しいなんて1回も思ったことないですもん」
──それでも、ご自身の俳優人生を振り返って、転機になったと思われることは、やはり蜷川さんと鴻上さんとの出会いということになりますか?
「そうですね。でも、もともと僕は役者になろうとは思っていなかったし、演劇の歴史も何も知らなかったので、蜷川さんと出会えたから、演劇の本をたくさん読むようになりましたし。まあ、読まないとついていけなかったので」
──蜷川さんのもとでの演劇修業を経て、1987年に劇団「第三舞台」に入団されて、本格的な俳優人生をスタートされましたが。
「鴻上さんのところは、本当に身体をすごく使って、点もマルも入らないくらい早口でセリフをまくし立てて、2時間動きっぱなしの芝居で。蜷川さんと鴻上さんのまったく違う2つの芝居が、うまく自分の中で融和しなかったんですね。それを融和させてくれたのが、木野花さんなんです。僕は蜷川さんのところでも、鴻上さんのところでも、たぶんすごく中途半端だったと思うんですけど、木野花さんの演出を受けて、すべてが結びついたというか。蜷川さんの新劇系とアングラ系の流れもくみながら、当時の最先端の芝居のやり方を、うまく結びつけてくださったので。その3人が、今の僕を作ってくれました」
──以前よりは、舞台が楽しくなっていますか?
「楽しくはないですよ。トラウマは簡単にはとれません(笑)。舞台に上がるとよみがえりますね。当時は、芝居をお客さんに向けて作っていたわけではなくて、蜷川さんや鴻上さんが、OKを出すか出さないかが基準だったので。だからどんな舞台をやるときでも、あのうるさい人たちをまずうなずかせないと、次にいけないという感覚はあります。楽しむっていうよりも、“どうやったらあの二人を倒せるか”みたいな。いまだにそれは抜けていないですね。あの二人が思いつかないようなアイデアを自分で出したい、みたいな思いは常にあります」
「芝居とサッカーは似ている」独自の考え方
──舞台に入る前の体力づくりなど、若さと健康を保つためにされていることは?
「今朝もやってきましたけど、僕はいまだにサッカーをやっているので、それが体調管理のベースになっていますね」
──高校時代はサッカー部に所属されていて、『FOOT×BRAIN』(テレビ東京系)というサッカー番組のMCを長年務められているなど、サッカー好きで知られていますが、勝村さんにとってサッカーとはどんな存在なのでしょうか?
「生活です。『FOOT×BRAIN』でも、よく言ってるんですけど。“サッカーを文化に”とみんなが言い始めていたときがあって、それじゃあ海外に追いつかないから、文化じゃなくて生活なんだって。日常の中にあるものなんですよね。海外でサッカーが文化なんて言ってる国はないですから。
あと昔から、芝居とサッカーは似ているって言い続けています。蜷川さんのところでもやっていたんですけど、舞台期間中も仲間を集めてボールを使って説明したりしていました。そうすると体力もそうだし、手を使えないサッカーは経験していないと思い通りにいかないから、身体の使い方でも演劇にとてもプラスになるようなことがあって。
あとは、サッカーのポジショニングって、演劇のミザンセーヌ(作品の筋、登場人物を作り出すこと)だったりするんですよ。頭のいいやつって、(舞台上で)いい位置につくじゃないですか。実はサッカーもそうで、人によって自分がどこに動いたらいいか、この人だったらここにいてもパスを出してくれるっていう信頼性も生まれる。身体の使い方も、ボールを使うと自然とうまくなっていくんですよ。僕独自の考え方ですけど」
誰に対しても怒りの感情がわかない理由
──勝村さんが、今ご自身の人生で一番大切にされていることは?
「もう成人していますけど、娘の存在っていうのが、やっぱり大きいのかなって思います。先日、俳優の駿河太郎くんや金山一彦くんと話していたときに、“勝村さんって怒ったことがあるんですか?”って言われて。実はそれは最近、よく言われることなんです。
若いころは怒りが演劇のエネルギーだったんですけど、娘が生まれて、彼女を守らなきゃいけないってなって。守るときに怒りは邪魔になるし、僕がフラットでいないと娘を守っていくことができないと考えて、アンガーコントロールができるようになってきました。だから今は怒ることがなくなりましたね。サッカー仲間に対してもそうですし、もう誰に対しても怒りの感情がわかない気がする(笑)」
──年を取ってくると、短気になって怒りっぽくなったりすると思うんですが、逆なんですね?
「娘が生まれたばかりのころは、カチンときたときに心の中で娘の名前を10回唱えるっていうのをやっていました。そうすると、普通に“よろしくお願いします”って言えるっていう(笑)」
──愛ですね?
「そうですね。愛が広く深くなってきたのかもしれない(笑)」
──今後の人生をどう生きていきたいですか?
「同級生や仲間が、少しずつ亡くなってきて。それは本当にロシアンルーレットみたいなもので、ちゃんと検査をしていても病気になることはあるし、誰がいつどうなるかわからないなと思うんですよね。最近でも、素晴らしい演劇人でサッカー仲間でもある劇団『東京オレンジ』演出家の横山仁一(きみかず)くんが突然亡くなって……。だからなるべく老いを受け入れながら、周りに迷惑をかけないように、徳を積んでいきたいですね」
──徳を積むとは、仏のようなお言葉ですが。
「ハハハ。あの、家の大きな植木鉢に、春になると花がとてもきれいに咲く木が植えてあるんですけど、落ちた花びらを僕が掃除しているんですね。最初の何年かは“なんで俺以外やらないんだよ!”って腹立っていたんですが、今は、みなさまに徳があるようにやってます(笑)。レレレのおじさんみたいに、掃除してます。掃除していると、ご近所の人が“ご苦労さまです”とか挨拶してくれるんですよね」
──どんどんいい人になっているんですね?(笑)
「それはそれで困るんですけどね(笑)。でも、そんな感じになってきました」
(取材・文/井ノ口裕子)
《PROFILE》
かつむら・まさのぶ 1963年7月21日、埼玉県出身。ニナガワスタジオを経て、1987年に劇団「第三舞台」に入団。以来、’92年に退団するまで主要メンバーとして活躍する。現在では舞台以外にもテレビドラマや映画など数々の映像作品に出演。近年の主な出演作に、『あゝ、荒野』(’11年)、『ウーマン・イン・ブラック』(’15年)、Bunkamura『罪と罰』(’19年)、『Defiled-ディアァイルド-』(’17年)などの舞台作品のほか、映画『地獄の花園』(’21年)、『アノニマス~警視庁“指殺人”対策室』(テレビ東京系・’21年)、『ドクターX~外科医・大門未知子~』シリーズ(テレビ朝日系・’12年~)など。2011年『FOOT×BRAIN』(テレビ東京系・土曜24時20分~)のMCを務める。
『ライフ・イン・ザ・シアター』
脚本:デヴィッド・マメット
翻訳:小田島恒志
演出:千葉哲也
出演:勝村政信 高杉真宙
日程・会場:
【東京公演】2022年3月3日(木)~3月31日(日)新国立劇場 小劇場
【大阪公演】3月19日(土)~3月21日(月・祝)サンケイホールブリーゼ
【広島公演】3月24日(木)広島 JMSアステールプラザ大ホール
【福岡公演】3月26日(土)・3月27日(日)久留米シティプラザ ザ・グランドホール
【札幌公演】4月2日(土)・4月3日(日)道新ホール
【金沢公演】4月10日(日)北國新聞 赤羽ホール