『舞いあがれ!』には桑原亮子さん以外に、2人の脚本家がいると前回書いた。桑原さんでないと「デラシネ度」が下がるから、書き続けてほしい。そう書きながら少し予感がしていたのだが、3月6日からの第23週は佃良太さんの脚本になった。
デラシネ度はぐっと下がった。そして、マンガチックになってしまった。例えばこの週に登場した我妻(久保田磨希)という社長が典型だ。板金工場を経営し、ヒロイン舞(福原遥)が立ち上げた「こんねくと」の初仕事に関わる。職人上がりの曲者だと語られるが、その時点で性別は不明。「こんねくと」を訪れて最初に映ったのは背中、次が横顔。徐々に身体の大きな女性とわかる。無言で設計書を読み、正面から顔が映ってこう言う。「あかーん、うちはやらへんで」。この時点で、ちょっとステレオタイプ。
翌日の放送は「あかーん」のリフレインから。「アホちゃうん?」などキツめの言葉を連発し、アイスコーヒーを飲む。ストローはかき回しただけで使わず、直接口をつけてゴクッと飲む。切り替わって舞との会食シーン。無言のままで大きなジョッキを持ち、ビールを一気にグビグビッと飲む。「あー、おいしい」と言って、口についた泡を手でググッとぬぐう。
ゴクッ、グビグビッ、ググッ、の3連打。わかりやすすぎる。久保田さんの体形を前提に、「がさつですけど、実は剛毅な女性ですよー」と合図しまくっている。そして舞の思いを聞き、「いっぺんだけ、つきおおてあげる」と案の定の展開。23週は結局、我妻の工場で作った指輪が大ヒット、「こんねくと」が順調に離陸して終わり。一直線すぎて、「そんなにうまくいくかなー?」と思ってしまう。
この週に同時進行したのが舞の幼なじみ・久留美(山下美月)の父親(松尾諭)のプロポーズ騒動で、終わってみれば「常連俳優でつなぎました」の週だった。松尾さんは『舞いあがれ!』で朝ドラ5作目、久保田さんは4作目だそうだ。最後に舞の妊娠がわかり、次週予告では生まれた女の子がもうちょこちょこと走っていた。一気に時を進める前に、常連でちょっと一呼吸。それはあまりにもったいないぞ。そう言いたい。
そもそも朝ドラの楽しみのひとつに、「常連俳優のよい芝居」があると思う。気乗りせずに見ていて出会ったときなど、
いろいろありすぎるヒロイン暢子(黒島結菜)が、いろいろを経て再開した沖縄料理店「ちむどんどん」の初日。昼をたっぷり過ぎてやっと来たお客さん第一号の役だった。沖縄そばを一口食べて「普通のと全然違うね」と言い、食べ終わって「お勘定」と言い、支払って「ごちそうさま」と言う。そして出口で少し振り返り、「あ、うまかったよ」と言う。そして1か月後に彼がもう一度店を訪ね、連れに「いやー、うまくて腰抜かしますよ」と言う。その日、暢子は最後にこうつぶやく。「知らないお客さんで満席になったー」。そういう1話だった。
なんだ、『ちむどんどん』もやればできるじゃないか。そう思えたのは、古舘さんの演技があったからだ。女子が自分の道を見つけ、歩いていく。一生懸命歩けば、見ていてくれる人はいて、必ず道は開ける。それを見せてくれるから、朝ドラが好きなのだ。古舘さん演じた通りすがりの客は、確かにヒロインの伴走者だった。ドタバタばかりしていた『ちむどんどん』だったが、この回の空気を作っていたのは、古舘さんの確かな演技だった。
私が古舘さんという俳優を初めて知ったのも朝ドラだった。『ごちそうさん』(2013年度後期放送)で「京都帝大の経済学部教授」を名乗る詐欺師を演じていた。ボソボソと経済の話をする声、昭和初期の男性が背広のときは必ずかぶっていた帽子……。とにかくカッコよかった。出演は2週間、ずっと夏という設定だったから、夕暮れの逆光がよく描かれた。その中に立つ古舘さんのシルエットが今でも目に浮かぶ。詐欺師とわかったときはこちらまでショックを受けるほどだった。
騙(だま)した相手は、ヒロイン(杏)の夫(東出昌大)の姉(キムラ緑子)だ。彼女がとにかく義理の妹をいびりまくるのだが、その背景にあるものが浮かび上がってきた2週間でもあった。キムラさんと古舘さんの演技が哀愁たっぷりで、私にとっては幼さの目立つヒロイン夫婦より、『ごちそうさん』を代表する2人だった気さえしている。
そんなわけで“短期集中型”だった古舘さんだが、『舞いあがれ!』にはだいぶ長く出演した。舞一家を助ける働き者の職人で、今のところ21週が最後になっている。その週は笠巻の仕事以外の部分が描かれた。仕事一筋だったから娘とは疎遠、妻を亡くしてからは拍車がかかり、孫からも怖がられている。そんなプライベートを、気丈な振る舞いで隠す笠巻。透けて見える孤独に心が痛み、そこから一転、孫と仲良くなれたときの笑顔にこちらまでうれしくなる。哀しさと喜びが背中合わせの、目立たないけれど確かな人生。朝ドラが描く大切なものがそこにはあった。
古舘さんという常連は、いつも朝ドラとは何かを教えてくれる。
(文/矢部万紀子)