東京から約25キロ。東京駅から乗り換えなしの直通電車に揺られて約1時間、昼下がりのJR武蔵野線「越谷レイクタウン」駅で大勢の降車客に交じって降りた。駅前のロータリーに客待ちのタクシーが並んでいる。
「レイクタウンの湖まで行けますか」
と運転手に尋ねると、
「湖というか池でしょ? 歩いてすぐですよ」
と返ってきた。
英語でレイク(lake)は湖
サービス精神旺盛な運転手はこう続ける。
「お客さんはひょっとして地方のかた? 外国人や地方から出張に来た人などが乗ると、たまにレイクタウンの名前に引っ張られるのか“湖を見たい”と言うんだけれども、連れて行ってがっかりされるのは嫌なので前もって“池ですよ”と、ことわっているんですよ」
運転手に礼を言って歩くことに。駅北口から国内最大級のショッピングモール「イオンレイクタウン」がずっと続く。その脇を7分ほど歩くと、湖と呼ぶにふさわしい大きな池を持つ公園があった。入り口の石垣のプレートには「大相模調節池」とあり、広い園内は人もまばらだった。
“湖畔”のベンチでくつろぐ越谷市民の40代男性に話を聞いた。イオンに買い物に来たついでに散歩がてら寄ったという。
市民からみると、これは湖なのか池なのか。
「んー、池か湖か、そこまで厳密に考えたことはないですね。水辺という感覚があるだけですよ」(同男性)
英語でレイク(lake)は湖のこと。しかし、埼玉県や越谷市などの資料によると、正式名称は「一級河川元荒川大相模調節池」となっている。
東京・上野にある不忍池の3倍以上にあたる約39・5ヘクタールの面積を持ち、非常時には東京ドーム1杯分にあたる容量120万立方メートルの水を貯められる。25メートルプールに換算すると約4000杯分というから、いかに大きいかわかるだろう。
元荒川流域の被害を食い止める
非常時とは洪水を指す。
そもそもこの一帯は、元荒川や利根川、江戸川といった大きな河川に近い平地で、皿のように水がたまりやすい地形らしい。
《元荒川流域は、かつて田畑の広がる穀倉地帯でしたが、昭和30(1955)年以降は下流域より開発が進みました。このため、遊水、保水機能を果たす田畑が減少し、降った雨は一気に川へ集まるようになりました》(埼玉県発行のパンフレット「元荒川大相模調節池」より。カッコ内は加筆)
周囲の川が増水すれば氾濫(はんらん)する危険性は増す。高度経済成長期に都心へのアクセスのよさからベッドタウン化が進んだ反面、洪水や浸水被害から住民の生命・財産を守る機能が必要になった。
その機能こそが調節池。
「水かさの増した元荒川から一時的に水を調節池に流し込んで溜め、危険性がなくなってから川に戻す仕組みです。池周辺の遊歩道などは一部水没してでも元荒川流域の被害を食い止めるのに役立ちます」(県政関係者)
平時の水深は約1〜1・5メートルで休日ともなればボートやカヌー、小型ヨットのディンギーも楽しめるが、非常時は水深3・5メートルまで貯水する能力を持つ。2015年9月の豪雨災害ではその機能を発揮し、レイクタウン周辺では浸水被害が確認されなかったという。
イオンレイクタウンには年間5000万人
防災機能を備えた町づくりは1999年に始まった。
「新しく水との共存文化を創造する都市」をスローガンに掲げ、地区整備事業の名称は「越谷レイクタウン事業」に。総事業費は約806億円。2008年3月に同名の新駅が開業し、同年4月に調節池も含めて町びらき。半年後にはイオンレイクタウンも開業した。2014年には周辺エリアを旧町名からレイクタウン1〜9丁目と変え事業は完了した。
イオンレイクタウンには年間約5000万人が訪れるようになった。
「土日祝日は周辺道路の混雑がひどいが、買い物の便利さを考えると相殺してあまりある」(近所の60代男性)
などと利便性を評価する近隣住民は多い。
公園内で昼ごはんを食べ終えた近所の30代男性は言う。
「僕はこの街が気に入っています。駅前にパチンコ店や飲み屋街がなく落ち着いた雰囲気だし、この公園でのんびりできますから」
たまに禁止されているスケボーや花火をやって騒ぐ若者がいるらしい。警察官が駆けつけることもあり、マイナス点はそれくらいしか思いつかないという。
池か湖かについてこの男性は、
「どっちですかね? 意識したことがないのでわかりません」
と、またしてもこだわる様子はなかった。
池ならポンドタウンのはず
さて、湖と池はどう定義されているのか。
環境省の資料「人工湖沼の湖沼類型指定について」によると、厳密には区別されておらず、一般的に水深5〜10メートル以上のものを湖と呼び、水深5メートル未満ならば池になる。底が泥地だと沼になるが、この調節池は人工物なので沼ではない。
大きさの分類では池に該当するため調節池の命名は的を得ており、むしろレイクタウンの名前に背伸びを感じる。
和英辞典を引くと池は英語で「pond(ポンド)」とあるからポンドタウンでもよかったはず。
なぜ名称に食い違いが発生したのか。
越谷市に聞いた。
「国が治水対策の調節池と新市街地整備を一体的に行う『レイクタウン事業』に県とともに手を挙げ、昭和63(1988)年に第1号として越谷レイクタウン地区が採択されたのが始まりです。当時の建設省(現・国土交通省)は『リブレーヌ(フランス語で水辺に住む人々の意)都市構想』を進めており、いまのレイクタウン一帯は浸水被害が生じている場所だったため治水対策が求められていたんです。区画整理事業が終わったとき正式に町名もレイクタウンに改めました」(市都市整備部都市計画課)
つまり、越谷市が「レイクだ」と言い張って命名したわけではなく、もともとレイクタウン事業なる呼称があったということ。ならば、あとで名前をつけた調節池はどういった理由からか。町名に合わせて「調節湖」にしてもよかったのではないか。
「大相模調節池の名前の由来は、ひとつはこのエリアを市内13分割したときに大相模地区と呼んでいるためです。さらに治水機能を持ったいわゆる調節池は、大きさにかかわらず池と呼んでいるためそれに倣(なら)いました」(同課)
実際、調節湖の名称を持つものは見当たらない。同県戸田市には「彩湖」と呼ばれる大きな貯水池があるが、彩湖を含めた治水機能を持つ一帯の正式名称は「荒川第一調節池」となっている。調節池は一般呼称と言っていい。
米国には五輪開催地のソルトレイクシティやレイクプラシッドなど湖に由来した地名がある。そうした知名度から、ポンドタウンよりレイクタウンのほうが意味がわかりやすいとの見方もできる。
ほかに公園で話を聞いた人は「池」「湖」「レイク」などと略して呼んでいるといい、名称にこだわりを持つ人は見つからなかった。
◎取材・文/渡辺高嗣(フリージャーナリスト)
〈PROFILE〉法曹界の専門紙『法律新聞』記者を経て、夕刊紙『内外タイムス』報道部で事件、政治、行政、流行などを取材。2010年2月より『週刊女性』で社会分野担当記者として取材・執筆する。ウェブ版の『週刊女性PRIME』『fumufumu news』でも記事を担当