2006年にデビューした4人組ロックバンドが、わずか数年でイギリスのトップバンドへと駆け上がり、その後ヨーロッパやアメリカの音楽フェスに引っ張りだことなるスターとなっていった。
Arctic Monkeys。彼らの名前を聞いたことがないロックファンはいないだろう。
そんなArctic Monkeysの最新アルバム『The Car』が2022年10月21日にリリースされ、’23年3月12日からは9年ぶりとなる来日公演が東京・大阪で決定している。世界でも有数のロックバンドとしてキャリアを積み上げてきた彼らを追いかけてみよう。
ロックバンドがギターを捨てた?
ロックバンドといわれて誰しもが思い浮かべるのが、爆音をかき鳴らすギタリストの存在だろう。さまざまなジャンルに枝分かれていく中で主役レベルにスポットを浴びることもあれば、アンサンブルのひとつとしてリズミカルにカッティングしていくこともある。
いずれにせよ、ロックミュージックとギターサウンドは不可分であり、ボーカリストと同じくらいに華やかな姿と存在感を持つのが常である。
その点、Arctic Monkeysは’13年にリリースしたアルバム『AM』以降、以前の自分たちはおろかロックバンドのようなサウンドからも少しずつ離れていったバンドであるといえる。
『AM』では「Do I Wanna Know?」や「R U Mine?」をはじめ、ヒップホップやR&Bを意識した硬質なビートと比較的遅めなテンポに、70年代ハードロック的なギターサウンドが絡んでくる楽曲が多い。「Why’d You Only Call Me When You’re High?」は、酒に飲まれ女性にも相手にされない酔いどれ男のブルースでもある。まるでブーンバップ(※)かのようにキック&ベースのタイトな鳴りは、今作における珠玉の名曲であろう。
※ブーンパップ:90年代のヒップホップにみられる、太いドラムを主体としたテンポの早いビート。
もうひとつ、『AM』には、最新アルバム『The Car』にもつながる作風がある。いわゆるバラードといわれるものだ。
“バラード”というと、ロマンチックでゆったりとした曲調で、多くの人はラブソングを思い浮かべるかもしれない。しかし、Arctic Monkeysがここで伝えたいのは、第二次世界大戦後のアメリカのポピュラー歌手、ポール・アンカ、フランク・シナトラ、トニー・ベネットらが歌っていた「オールディーズ・ポップス」(※)のニュアンスである。
※オールディーズ・ポップス:1950年代半ばから1960年代にヒットしたアメリカやイギリスなどの音楽。
デビューしたころの性急なロックサウンドとはまるで違うサウンドは、『AM』から5年のときを経てリリースされた『Tranquility Base Hotel&Casino』(2018年)でも見られる。ギターではなく「ピアノやキーボードによるリフや印象的なフレーズの多さ」だ。
本来、楽曲を引っ張っていくであろうザラついたギターではなく、ピアノやキーボードが淡々と生み出すフレーズ。同じイギリスのバンド、Muse、Coldplayのように堂々と引っ張っていくものではないが、それは確かな新風となって表現されている。
何かしらのストーリーラインに沿いながらロマンチックなサウンドと空気の中で、ボーカルのアレックス・ターナーは歌う。デビューから10歳以上も年齢を重ねてダンディさが増した彼のビジュアルとボーカルは、徐々に先に述べた偉大なるポップ・シンガーの姿へと近づいていったのだ。
野性味や粗暴さとは無縁のボーカル、アレックス・ターナーの色気
最新アルバム『The Car』は「There’d Better Be A Mirrorball」から始まる。それはまるで、劇場の幕がグイと開き、弦楽器のゆったりとした調べが会場に広がる中で、アレックス・ターナーがライトを浴びつつ歌い始めるかのよう。ピアノがまろやかな音色を奏でる横で、ドラムスはバチッと刻んでまどろみすぎないようにムードを整える。
その趣きは同作品のMVを見ればよく伝わるだろう。60年代~70年代の映画のような霞んだ画質すらうまく表現している。かつてポップスを歌っていたシンガーらに映画を主演を務めるほどの輝きを持った人がいたことを、かなり意識しているのだろう。実際、海外メディアの取材でも「シネマティック」な部分は意識していたのを明かしているほどだ。
アルバムでは、この後の楽曲でもこのような絶妙な塩梅(あんばい)が続く。キーボードやピアノといった柔らかい鍵盤楽器と、これまでの作品で大きく取り上げてこなかった管弦楽器・オーケストラが今作の大部分を盛り上げており、それはまるで映画のサウンドトラックのよう。
ギターは印象的に使われているけれども、「ここぞ」という瞬間にピリッとさせる役割に徹しており、ベース、ドラムスは同じようにシンプルな演奏で、派手さのあるフレーズを聴かせることがない。
アレックスのボーカルはシャウトすることはなく、これまでに増して艶っぽく優しく歌い上げる。流麗なミディアムスローテンポのジャズ調バラードをいまの自分たちが演奏することにとても意識的で、Arctic Monkeys流の艶やかなるオールディーズ・ポップス・アルバムともいえるだろう。
また、往年のロックボーカリストにありがちな、アリーナ会場に響きそうなロングトーンや、心を一発で起き上がらせるガナリ声やシャウトといった野性味や粗暴さとは、アレックス・ターナーは無縁のボーカリストであろう。
確かにビジュアルは男らしさが強まっているが、低い音域で歌い上げる彼の唱法と、先に挙げた「オールディーズ・ポップス」な楽曲は親和性が高いと筆者は感じる。偉大なる先達にはまだまだ及ばないだろうが、この年齢にして彼はいま最もロマンチックにメロディを歌い上げるボーカリストへと成長したように思える。
ヒットチャートにも食い込むようなロックバンドが、ロックの野蛮さ・過剰さを自身のカラーから外し、オールディーズな音楽性をもバンド4人で生み出していく。
日本では10年近く生で見ることができなかった彼らの真価を楽しもうと、チケットはすでにソールドアウトである。型破りなクリエイティビティと進化を見せ、いまなおリスナーから愛される。世界最高峰のロックバンドはまだまだ己の道を征くのだろう。
(文/草野虹、編集/FM中西)