『カレーを一晩寝かせる少女』や『呪いの人形』シリーズなど、制作したショートアニメがSNSで話題を呼び、人気を集めている新進気鋭のアニメ作家・安田現象さん。
安田さんは現在、過去に制作したショートアニメをもとに、初の長編アニメーション監督作品の制作に取り組んでいる。インタビュー第1弾では、安田さんの半生に迫りながら、制作中の長編アニメについて概要をお伺いした。第2弾となる本記事では、長編アニメ制作の経緯と若手クリエイターから見た海外作品に対する考えについて詳しく聞いていく。
【安田現象さんインタビュー第1弾→引きこもりから創作の道へ。クラファン120%超を達成した新進気鋭のアニメ作家・安田現象が生まれたワケ】
自分の作品をつくりたい。貫いた思いで自主制作からスタジオ主催へ
──安田現象さんはゲーム会社に3Dクリエイターとして就職した後、独立。ライトノベル作家を目指していた経験も生かし、SNSに投稿するショートアニメの制作を開始しました。そこから長編アニメの制作に至った経緯について、教えていただけますか?
「今回、長編アニメの制作を開始できたのは、株式会社ゼノトゥーン(Xenotoon)との出会いが大きいです。Xenotoonと協力体制を組めば、アニメーション制作を仕事にできますし、1人ではできなかった表現も仲間を集めて挑戦できる。自分の頭の中にあって、ショートアニメでしかアウトプットできていなかった『メイクラブ』や『異世界システム』といった作品を、フルでつくれるのは自分にとってすごくポジティブなお話でした」
──なるほど。Xenotoonとともに、「安田現象スタジオby Xenotoon」も運営されていますよね。
「そうなんです。自分自身が一からつくったスタジオを主催できることは、制作活動を行ううえで大きなことだと感じています。ラノベを書いていたのも、ショートアニメを制作していたのも、基本的には自分の考えた作品を世に送り出したいからなんですよ。だから、そもそもどこかのアニメ制作会社に所属して作品づくりを行うことは一切考えていませんでした。自分のやりたいことを、思うとおりに形にしたい。だからこそ、自主制作を続けてきたんです」
──スタジオを作る際はXenotoonさんからお声がけが?
「そうです。ゼノトゥーン代表の川瀬が自分のことを知り、いくつかの作品を長編化したいとオファーをもらってスタートしました」
──長編アニメの制作が決まったときの心境は、いかがでしたか?
「まずは素直に“自分の思い描いた作品を世に出せる喜び”を強く感じました。その一方で、少人数とはいえ90分アニメを制作できるだけのスタッフ集めと教育、組織づくりを行う必要もあったので、制作過程への不安やプレッシャーも重くのしかかっていました」
──長編アニメの制作は、やはりショートアニメとは勝手が異なるものですか?
「全然違います。SNSに投稿しているショートアニメは、インターネット上にあるすべてのコンテンツがライバル。視聴者の目が非常にシビアで、“おもしろくない”と思われてしまえばすぐに離脱されてしまいますから、なるべくわかりやすく、冗長にならないように気をつけています。ショートアニメをコンスタントに世に出し続けている人もほぼいないため、セオリーも存在しません。
長編アニメの場合は、映画のチケットを購入するなど、そもそも“観たい”と思った方が視聴してくれます。だからこそ、物語を丁寧に語ることができますが、そのぶん物語への試行錯誤はより求められると思います」
──ちなみに、制作にあたっては他の作品を参考にすることもあるのでしょうか。
「アニメーションの表現がまだ自分のものになっていなかった頃は、既存の作品を参考にすることはありました。アニメも時代ごとに新しい演出表現が生まれてくるものなので、作品を観ながらその表現をサンプリングして自分なりに解釈し、アウトプットしてみるということを繰り返していました。ただ、一度ロジックを身につけたら、あとはそれを再構築してまったくオリジナルのアクションカットなどを展開することもできるようになりました」
日本のクリエイターとして、海外市場とどう向き合うか
──長編アニメのもとになった『メイクラブ』は、YouTubeで海外の方からもたくさんのコメントがついていますよね。安田さんのアニメも海外の方に刺さる可能性は高いと思うのですが、「海外でもヒットするコンテンツ」とはどのようなものだと考えますか?
「難しい問いです。自分としては、日本のアニメ制作の現場が、海外展開を意識して大きく変えなければならないポイントは、そこまでないような気がしているんですよ。実際、海外の大手アニメファンサイトを見ていると、海外の方が好むアニメランキングの上位に入るものは、日本で人気のあるものと大差ないことが多いんです。“その国の倫理観に合わない作品”と“その国の人の日常を日本人が描いた作品”でなければ、受け入れられる可能性はあると思っています。
ただひとつやってはいけないことがあるとすれば、海外でのヒットを目指して、ハリウッドのような世界的コンテンツをいくつも生み出しているような会社と同じ土俵に乗ることだと思います」
──どうしてですか?
「残念ながら、彼らとは制作にかける予算や時間が大きく異なるからです。ただ、先ほどのランキングにあるように、日本のアニメも海外の多くの方に支持されています。日本人の感性と海外の方の感性が大きくズレているわけでもないので、クリエイターは日本独自の武器を生かして、今までどおり目の前の制作にしっかり取り組むことが大切だと考えています」
──日本独自の武器は、海外と比べてどういったところにあると思いますか?
「日本人は子どもの頃からさまざまなアニメに囲まれて暮らしているので、アニメ作品の良し悪しを判断する眼をナチュラルに備えているように感じます。例えば、海外出身の方とアニメの仕事をすると、アニメとしてどんな表現が“あり”か“なし”かが、伝わりづらかったりします。作画も日本ならではの武器かもしれません」
──安田さんもそういった日本ならではの武器を生かしながら、海外の方にも見ていただける作品を目指していく?
「海外の人気アニメランキング60位くらいのラインアップを見てください。これくらいの順位には、コメディ作品や日常を描いた作品、ジャンル分けが難しい渋い作品がランクインしているんです。
大作やロングセラーの人気アニメだけでなく、さまざまな作品をちゃんと見てくれる土壌が海外にもありますから、変におびえることなく己の信じる創作をすればよいのではないかと日頃から考えています」
──日本には宮崎駿監督や新海誠監督のような方が出てきづらい環境があるといった議論も、一部ではあるようですが。
「いえ、それもたぶん、アメリカや中国でもそこまで変わらない話だと思います。宮崎監督も新海監督も日本のトップクリエイター。アメリカで言えば、ジョン・ラセターやスティーブン・スピルバーグのようなものです。そういった方々が、アメリカや中国でマジョリティかというと、そうではありません。そこまで飛躍して考えずとも良いのかなと感じます。他国との違いで語るべき課題は“作業者を育てる環境”と“クリエイティブ以外の部分”にあると考えています」
──安田さんが最近気になっている海外のエンタメコンテンツは、何かありますか?
「韓国発のコンテンツです。内需だけでは大きく利益が生み出せないため、ドラマなどでは海外展開を前提とした企画作り。アイドルなどでも他国に伝わる見せ方を意識したパフォーマンス。そういった細部から感じる“ものづくりへの真摯な姿勢”がとてもいいなと思っています」
クリエイターとして最強の美しいロジックを持った自分を目指して
──最後に改めて『メイク ア ガール』についてお聞きして、インタビューを終えたいのですが、制作自体はどれくらい進んでいるのでしょうか。
「進捗率はおよそ50%のところまで来ています。今のペースであれば、2024年夏の公開に向けて完成させていけるかなと。スタジオを始めて1年がたち、制作も半分ほど進んだことで、足りないものが見えてきて、クラウドファンディングを開始したんです」
──クラウドファンディングは先日、目標額を達成されましたね。
「正直とてもホッとしています。今回のクラファンは製作費の他に、ある種本当に自分のアニメが求められているのかどうかを測る定規でもありました。しかし今回こうして多くの方から背中を押していただけました。であるならば全力で作って期待にお応えしなければいけません」
──クラウドファンディングの募集文の中で、「美しい作品」という言葉を使われているのが印象的でした。安田さんの考える「美しい作品」とは、どのようなものなのでしょうか。
「“美しい作品”は主観的な話になるので、作品づくりに対する“美しいロジック”を持った安田現象になりたいと言えば伝わるでしょうか。
自分自身は天才ではなく、ごく普通の人間です。だからこそ、表現の世界で戦うためには、ロジックはどうしても必要になると考えています。実際、自分自身がショートアニメで評価してもらえるようになったのも、脚本や演出、物語などのクリエイターとしてのロジックを持ち始めてからでした。
そういった自分なりのロジックを、ほぼ最強にできている状態を目指したい。整った美しいロジックを自分の中に確保できた安田現象でありたいんです。ある意味、アニメーション監督として、自分自身の生きざまを見せていくことにもつながると思います」
──最後に、読者やアニメを待っている方に向けて、メッセージをいただけないでしょうか。
「あなた方が支援してくれた安田現象は良い作品を完成させます。劇場公開の際はぜひ見に来てください」
(取材・文/市岡光子、編集/FM中西)