「自動販売機」。それは日本人にとって、もはや山、川、道路、標識みたいなレベルで風景の一部と化したものである。99%の国民にとって、あらためて注目することもないだろう。
そんな自動販売機に魅せられ、約15年間で1万枚以上の写真を撮影している「自動販売機オタク」が石田健三郎さんだ。石田さんは、2022年8月23日に放送された『マツコの知らない世界』(TBS系)にも出演。番組では、“知られざる自動販売機の世界”について語っていた石田さんの姿を見たことがある読者も多いかもしれない。
今回はそんな石田さんへのインタビューを2回に分けてお届けする。第1弾では、番組内ではあまり語られていなかった、石田さんが自動販売機にハマったきっかけや、そのディープすぎる楽しみ方を伺った。
卒論をきっかけに自動販売機の深すぎる魅力に気づく
──まず、めちゃめちゃ気になってるんですが、石田さんは何がきっかけで自動販売機にハマったんですか?
「大学の卒論で自動販売機をテーマに論文を書いたのがきっかけでした。日本文化研究のゼミに入ってたんですけど、日本のカルチャーについて卒論を書かなきゃいけなくて。でもノープランだったんですね。
そのとき同じサークルにポーランド出身の留学生の友人がいたので、彼に日本に来て、何にいちばん驚いたかを聞いたんです。そしたら“どこにでも自動販売機があること”って言ってたんです。それで“海外の人から見たら、この光景ってめずらしいんだな”と思い、卒論のテーマを自動販売機に決めました。
それで本腰を入れて調べていくにつれて“自動販売機のおもしろさ”に気づいたんです。すると、今まで素通りしていた自動販売機のことがだんだん気になってくるんですよね」
──いや、確かに意識しないと自動販売機のことなんて気にしないです……。それまでは興味がなかったんですよね。
「はい。まったくですね」
──ちなみに、もともとオタク気質なところはあるんですか?
「いや、中学の終わりから大学卒業までダンスをしていたんですけど、オタク気質ではなかったです。姉の旦那さんがマイケル・ジャクソンの大ファンで、無理やりDVDとか見させられてたんですよ。それをきっかけにダンスにハマったんですが“マイケルの動画を調べて、探求して……”ってことはないです」
──そんな石田さんが、出会いから約15年たった今も自動販売機を追いかけているというのが、自動販売機の魅力の深さを物語ってます(笑)。まず卒論を書いているとき、どのあたりに魅力を感じたんですか?
「まずは歴史ですね。世界初の自動販売機は紀元前215年の古代エジプトで生まれています。天秤状になっていて、片方にお金を置くと、もう片方の秤(はかり)で聖水を汲める仕組みだったんですけど、まずこれがすごいなと。日本でいうと弥生時代ですからね」
──え、すごい、知らなかった……。確かにそれはびっくりです。
「日本では1800年代に自動販売機が登場するんですけど、そのころからすでに“偽物の硬貨を見破る機能”とか“自動的に売り切れを知らせてくれる機能”があったんです。これもすばらしいなと思いました」
──すごい。調べていくと、普段見ていた自動販売機が実はすごい機械だった、と気づいていくわけですか。
「そうですね。普段は何気なく見ていた筐体(きょうたい)に、だんだん興味が湧いてくるんですよ。ここまでひとつの事に没頭した経験はなかったので、新鮮だったのかもしれませんね」
──卒論を書き終えたあとも、自動販売機を探求し続けているのがすごいです。だいたいの大学生って、卒論のテーマはその場限りというか(笑)。
「そうですよね。まず“社会人になっても趣味として手軽に楽しめる”と思ったんですよ。自動販売機って、生活していれば自然と目にするじゃないですか。これは簡単でいい趣味だな、と思ったんですよね」
──たしかに。お金がかかるわけでもないし。
「そうですよね。それと私が新卒でIT企業に入ったタイミングでacureさんから『イノベーション自販機』が登場しました。よく駅にある”顔認証をして、AIでその人におすすめの商品をレコメンドしてくれる機能”が搭載されたものです。そのテクノロジーを見て“仕事にも生かせそうだな”と思ったのも、自販機をもっと知りたいと思ったきっかけですね」
──なるほど。確かに技術の進化によって、どんどん新しい筐体が出てくるわけで、それがオタクとしては新たな楽しみにつながりますよね。
「そうですね。進化があるからこそ、常に新鮮な気持ちで楽しめているんだと思います。自動販売機のオタ活として”テクノロジー”はキーワードのひとつですね」
自動販売機が愛おしすぎて、擬人化に
──自動販売機のオタ活って、具体的には何から始めたんですか?
「まずはとにかく筐体の写真を撮りまくりました。よくある、コカ・コーラとかBOSSのパッケージじゃない、珍しいものを見つけては写真を撮っていましたね」
──ちなみに今までどれくらいの写真を撮ってきたんですか?
「1万枚以上です」
──ヤバすぎますね(笑)。ちょっと私はまだ未熟なので筐体の魅力がわからないんですが、どこに萌えるんですか?
「あの、ひっそりとした”たたずまい”が、かわいらしいというか。例えば秋葉原に株式会社えひめ飲料のビルがあって、ビルの前にポンジュースの自動販売機が1台だけポツンといるんですよ。
あの子は誰にも褒められることもないのに、土日も休日も関係なく、ひたすら会社を代表して立ち続けているわけじゃないですか。その姿に”孤独感”があって、愛おしさを感じるんです。もう今となっては、逆に“なんでかわいいと思えないのか”がわからないです」
──あぁなるほど~。それはわかる気がする……。
「キリンさん、アサヒさん、サントリーさん……みたいに5台くらい並んでいる筐体もいいんですよ。あれはどっちかというと”大学生のグループ”って感じですよね。楽しそうに会話をしながら、お客さんに飲み物を渡しているみたいな」
──なるほど(笑)。ちょっと一気に自動販売機が愛らしくなってきました。もう石田さんは、頭の中で自動販売機を擬人化しているわけですね。
「はい。私は“自動販売機は人と同じように接するべきだ”と思っています。例えば“ボタンを押す”という行為は、人間と自動販売機との最初の触れあいです。つまり握手ですよね。だからちゃんと丁寧に押してあげないと失礼にあたります。
で、きちんと押してあげると、メーカーごとにボタンの押し心地が違うことに気づくんですよ。例えばacureさんの自動販売機は指2本で押すと“プチプチ”と2回押し込まれる感覚がある。指1本だとこれは味わえないんですよ。こうした具合に、自動販売機で購入するフローを丁寧に見直すことで、次々に新しい魅力に気づけるんですよね」
──なるほど。いや、そう考えると、自動販売機で購入する行為は、コミュニケーションですね。
「そうとらえてもらえればと思います。また商品を出す際にも、乱暴に開けるのではなく優しく取り出してほしいです。例えば1本1本取り出さずに2本同時に買って取り出すと筐体が傷んでしまう。それは失礼だし、かわいそうですよね。ちゃんと1本ずつ優しく取り出すのがマナーです」
自動販売機の至れり尽くせりなおもてなし!その先に、芽生えた愛情
──確かに。そう言われると、私も2本同時で買うことがありました……。やっちゃってましたね。
「そう。知らないと同時に買っちゃう人も多いと思うんですがダメですよ。自動販売機がかわいそうです」
──ほんと……これは猛省ですね。それと同時に自動販売機ってすごい優しいな、と思えた気がします。確かに言われてみれば、休むことなく365日立ち続けてるって、私たちからしたらありがたいです。
「そう。日本の自動販売機ってね、優しさの塊なんですよ。これは日本文化とも共通する部分なのかな、と思います」
──具体的にどこに優しさを感じているんですか?
「例えば1976年ごろから始まった、ホット&コールド機能ですよね。常に温かいものと冷たいものを提供できるのは、実は世界的にみるとめちゃくちゃ珍しい機能です。これぞ日本ならではの”おもてなし”ですよね。ちなみに今では健康志向の高まりを受けて、常温を提供する機能も出てきています」
──え、これって世界的にみるとめずらしいんですね。
「そうなんですよ。常に筐体全体でホット&コールド機能を稼働すると消費電力が大きくなるので、今では売れる本数を予測して最初の数本のみを温めたり冷やしたりする、ゾーンヒーティング・クーリング機能が広まっています」
──すごい。買う人だけでなく地球にも優しい……。
「また、炭酸飲料が吹き出さないように、落下の衝撃を抑える構造になっているのも日本独自ですね。海外のものだと、買ったらそのまま垂直に落ちるので、ビンが割れることもあるんです。
その点、日本だとジャバラ状に転がって落ちてくる設計になっているうえ、扉が二重になっています。自動販売機の取り出し口の向こうに金属の扉があるのわかりますか?」
──あ~、ありますあります!
「あれは、いったん最初の扉で受け止めることで、衝撃を吸収しているんです。だから炭酸飲料も吹きこぼれないようになっています」
──そうだったんですね。すごい、超優しい……。
「細かい優しさでいうと、日本の自動販売機って売り切れ表示になっても、実は数本余っているんですよ」
──え、どうしてですか?
「完全に売り切れにすると、補充した直後の商品って常温じゃないですか。数本分を冷やしたり温めたりすることで、常に適した温度の商品が出てくるようになってるんですよ」
──なるほど。これはありがたい。
「それと、基本的に飲み口が左を向いて出てきます。日本人は右利きが多いので、取り出したときに飲み口が上を向くようになっているんです。これは補充する人の優しさですね」
──マジですか……。そこまでしてくれてるんですね。
「そう。あまり知られていないんですが、100~200円ほどの飲み物を1本提供してくれているあいだに、これだけの優しさがつまっている箱なんですよね。買う人だけじゃなく、設置する人にも、商品にも、メーカーにも、地球にも優しい。日本文化の象徴だと思います」
──このあたりの優しさは卒論を書くときに知ったんですか?
「はい。たくさん調べて優しさを知って愛着が湧いたからこそ、いま自動販売機のことを人間同然にとらえてますし、愛おしく感じるんだと思いますね。だから例えば車にも人に優しい機能が搭載されていますが、愛着はないです。自動販売機のことを深く知ったからこそ、愛せているんだと思いますね」
※第2弾インタビューでは、ここまで自動販売機のことを深く考えている石田さんが思う、現在と今後の自動販売機像について語っていただく。
(取材・文/ジュウ・ショ、編集/FM中西)