今、若い世代からも、また海外からも熱い注目を浴びている昭和ポップス。昨今では、音楽を聴く手段としてサブスクリプションサービス(以下「サブスク」)がメインで使われているが、必ずしも当時ヒットした楽曲だけが大量に再生されているわけではなく、配信を通して新たなヒットが生まれていることも少なくない。
そこで、本企画では1980年代をメインに活動した歌手の『Spotify』(2023年5月時点で5億1500万人超の月間アクティブユーザーを抱える、世界最大手の音楽ストリーミングサービス)における楽曲ごとの再生回数をランキング化。当時のCD売り上げランキングと比べながら過去・現在のヒット曲を見つめ、さらに、今後伸びそうな“未来のヒット曲”へとつながるような考察を、本人または昭和ポップス関係者への取材を交えながら進めていく。
今回も、海外リスナーが約7割という80年代アイドル歌手・岡田有希子について、当時のディレクターだった國吉美織とともに振り返っていきたい。
インタビュー第1弾では、主にSpotify第1位の「Summer Beach」と第2位の「くちびるNetwork」について語ってもらったので、今回は第3位の「ファースト・デイト」から。
(インタビュー第1弾→岡田有希子、今の10代に大人気のワケを元ディレクターに聞く「本当に選ばれし人。芦田愛菜ちゃんタイプかな」)
「デビュー1年目は絶対に竹内まりやさんで!」と最初から決めていた
「ファースト・デイト」は、国内で長く支持され、また近年は海外でシティポップとしても注目を浴びているシンガーソングライター・竹内まりやによる作詞・作曲。彼女が作詞・作曲や作詞のみで岡田に提供した楽曲は全11曲で、これは竹内まりやのキャリアの中でも最多となる提供曲数。自身の40周年となるアルバム『Turntable』にて「ファースト・デイト」「憧れ」「恋、はじめまして」をセルフカバーするほど思い入れも強いようだ。
また、岡田有希子の楽曲のうち、竹内まりや提供のものを集めた『岡田有希子 Mariya’s Songbook』(’19年リリース)は新曲が一切収録されていない中、丁寧な最新リマスタリングによってオリコン最高13位となるほど、岡田有希子×
「(プロデューサーの)渡辺有三さんがまりやさんの大ファンだったので、“有希子ちゃんのデビュー1年目は絶対にまりやさんで!”と決めていました。2年目以降にリリースしたまりやさんの提供曲も、初期の段階でまとめて書いてもらったものをストックしておいて、来たるべきときに出せればという感じでした。1年目のシングルのリリース順は、最初から(竹内まりや作詞・作曲の)『ファースト・デイト』→『リトルプリンセス』→『-Dreaming Girl- 恋はじめまして』と決めていたんです」
それにしても、この「ファースト・デイト」、デビュー曲としては、とてもユニークな作品。全体に切ない雰囲気のなか、サビとAメロだけが繰り返されたり、途中で転調したりと、80年代アイドルに多い、穏やかなAメロ→手拍子が取りやすいBメロ→一気に盛り上がるサビ、といったパターンとは明らかに一線を画している。
「『ファースト・デイト』は展開が非常に変わっていて、私も最初に聴いたとき、“えっ? こういう終わり方、アリなの?”って思いました(笑)。有三さんも、このマイナー調とメジャー調を合わせたような作品がお気に入りでした」
そういえば、岡田有希子は4年先輩の河合奈保子の大ファンということを公言していたが、河合奈保子が(竹内まりや提供の)「けんかをやめて」を歌ったことも、竹内まりや起用の理由かを尋ねると、
「直接は関係ありませんが、(まりやさんの曲は)奈保子さんが歌っていらしたこともあり、有希子ちゃんもとても喜んでいました」
「-Dreaming Girl- 恋、はじめまして」がヒットするも、さらに高みへ
そして、続くSpotify第4位は、3rdシングルの「-Dreaming Girl- 恋、はじめまして」。本人が出演する「グリコ・セシルチョコレート」CMソングに起用され、前2作で知名度が上がってきたこともあって、『ザ・ベストテン』やオリコンなど、多くの音楽ランキングで初のトップテン入りとなることが多かった。このレコード・ジャケットでは、“-Dreaming Girl-”の文字が小さく添えられている感じだからか、ランキング番組では「恋、はじめまして」と表示されることが多かったが、正式タイトルはどうなのだろうか。
「私たちの間では『Dreaming Girl、恋はじめまして』と読んでいました。これは、まりやさんが作ってくださった中で、スタッフの人気がいちばん高かったんですよ。だから、有希子ちゃんの存在が知れ渡ったときの勝負作として取っておこうと最初の段階から決めていました。ランキング番組で初めてベストテン入りして、周りも喜んでいました。でも、彼女は超絶前向きだったので、その成績で満足することはなかった気がします」
岡田がただ前向きなだけでなく、周囲を納得させる仕上がりまでもっていく点にも、國吉はいつも驚いていたという。
「有希子ちゃんは本当に忙しくて、レコーディングでもらえる時間がだいたい3時間しかなくて。その短時間で2曲か3曲を仕上げる必要があったんです。そのほとんどが、その日初めて歌うものだったのに、その中で歌の意味をきちんと解釈してくれる。解釈を間違うと、いくら音程がよかったとしても、曲が曲として聴こえない恐れもあるんですよ。でも、彼女の場合はそれがほぼありませんでした」
また、竹内まりや作品はアルバム曲からも、第6位に学生らしい青春ポップスの「憧れ」、第7位にオトナっぽいミディアム・バラードの「ロンサム・シーズン」と、2曲が上位にランクイン。國吉自身も、「デビュー2年目にして、この振り幅で歌えるのがすごい」と語る。
「二人だけのセレモニー」作詞家は新人を起用、攻めた作風に
そしてSpotify第5位には、4thシングル「二人だけのセレモニー」がランクイン。これも、明るい雰囲気だが転調が多く、丁寧に歌おうとするとその難しさに気づく。
「彼女の曲を、カラオケ向けに歌いやすくしようとかは、まったく意識しなかったですね。むしろ、“歌えるものなら、歌ってみろ”という感じで、自由に作りました(笑)」
本作は、尾崎亜美が作曲を担当しているが、作詞は本作がデビュー作となる夏目純。まったくの新人をヒットアイドルのシングルに起用するというのは、大英断と言えるだろう。
「尾崎亜美さんが、ご自身のラジオ番組のハガキ職人さんだった夏目さんに興味をお持ちになって、歌詞を書かせてみたのです。他にも、第17位にある『ソネット』の吉沢久美子さんも、NHKの合唱コンクールで書かれた歌詞が面白かったので、依頼しました」
本作はデビュー1年目の最後のタイミングということもあってか、学校の卒業と少女からの脱皮をかけた内容になっていて、意外に攻めた作風にも感じられる。それでもエレガントに聞こえるのは、岡田の歌唱と、松任谷正隆の編曲など制作力によるものだろう。
「楽曲を依頼するときは、最初にコンセプトを丁寧に説明するのですが、できあがってきた作品については、あまり介入しないようにしています。なので、こうした表現が自然に出たんじゃないですかね」
B面人気1位曲を作詞した売野雅勇とのタッグが1作に終わった理由は?
攻めた作風と言えば、このシングルのB面に収録された「PRIVATE RED」も、シリアスな雰囲気の中、マイナー調に突き進むアップテンポの楽曲で、デビュー1年目にはまったく歌っていないタイプだ。作詞は、当時すでに中森明菜やチェッカーズなどでメガヒットを飛ばしていた売野雅勇だが、意外にも岡田有希子への提供はこの作品のみ。しかしながら、Spotifyでは第10位と、彼女のシングルB面で最大の人気となっている。
「売野雅勇先生とはいっぱい仕事をさせていただいたので、有希子ちゃんに関しては1曲だけだったとは、自分でも意外でした。(堀)ちえみちゃんと有希子ちゃんの制作が同時並行だったので、なるべく重ならないようにと気をつけていましたから、タイミング的にこれだけになったんでしょうね」
当時、同じ所属レコード会社だった別のアイドルのボツ曲を流用するなどということも一切なかったという点も申し添えておきたい。
「哀しい予感」のような世界観も、岡田有希子には確かに必要だった
なお、人気曲が多い一方、
これについて國吉は、
「『哀しい予感』は一部のファンの方から、“この曲は、失敗だったのでは?”という話があるというのを聞いたことがあります。でも、デビュー2年目になって大人びたマイナー調の楽曲が歌えるというのを出したいと思って作りました。
確かに私も、散歩中に『哀しい予感』は聴かないので、もしかして、気分に合わせたプレイリストには向いていないこともこの順位の原因かもしれませんね。アルバム全体、岡田有希子のすべてを通して聴いていただければ、こういう世界も確かに必要だったということがわかっていただけると思います」
と、終始穏やかに説明してくれた。何より、どんな楽曲にもたくさんの愛情をかけて作られていることが、話の節々からも伝わってくるので、改めて聴いてみると、自分の人生経験も相まって新たな気持ちを呼び起こしてくれることだろう。
最終回となる次回は、ブレイク前の小室哲哉や、歌謡曲と縁が遠かった、かしぶち哲郎を起用した経緯などにも触れていきたい。
(取材・文/人と音楽をつなげたい音楽マーケッター・臼井孝)
【PROFILE】
國吉美織(くによし・みおり) ◎クリエーター。イギリス留学後、上智大学軽音楽部でバンド結成。EAST WESTなどさまざまなコンテストで最優秀キーボーディスト賞、作曲賞、バンド賞などを受賞。卒業後ミュージシャンの道を親の猛反対で断念、ポニーキャニオンに入社し
女性第一号の音楽ディレクターとなる。が、上司の「あなたらしい生き方を!」というアドバイスで退社、念願だった創作&演奏活動を再開し、現在に至る。クレジットは、 ディレクター、プロデューサー、ボーカル、コーラス、キーボード、ピアノ、リコーダー、ベース、ティンウィッスル、葦笛、ゲムスホルン、タンバリン、プログラミング、レコーディングエンジニア、ミキシングエンジニア、レタリング、イラストレーティング、フォトグラフ、映像制作、作詞、作曲、編曲、などなど。