ここから、日本のエンターテインメントが大きく変わるかもしれない! 日本の映画界をけん引してきた3人の映像監督(堤幸彦・本広克行・佐藤祐市)と、日本アカデミー賞で最優秀作品賞など数々の賞を受賞した『ミッドナイトスワン』などで知られる映画プロデューサー・森谷雄氏らが、新しい映画、映像作りの仕組みと日本を代表する作品を作ることを目的に立ち上がりました。
彼らが手がける『SUPER SAPIENSS(スーパーサピエンス)』(※以下、スパサピ)は、ファンや応援者が参加可能な、独自の運営システムを持つコンテンツ制作プロジェクト。森谷氏に、現代のエンターテインメント業界が抱える問題点、そして、今後、スパサピが目指すことについて、話を伺いました。
無難な作品になりやすい、現代の邦画事情
──スパサピを立ち上げる理由になった、現代の日本の映画業界の問題点とは何でしょうか。
「2000年代に入ってから、映画作りにおいてリスクヘッジをするために、複数の企業がお金を出し合う製作委員会方式になってきました。
そうすると、出資社の担当者が製作の会議に参加し、いろいろな意見を取り入れる必要が出てきます。担当者のみなさんは会社に戻って上司への説得材料が必要となるため、『メインキャストは人気のある俳優でそろえよう』『売れている原作を使おう』という話になってしまいます。そうすると、挑戦しにくく、画一的な作品が増えてしまうんです」
──それで最近は、同じ俳優さんが主役の作品や、人気の漫画や小説が原作の映画が多いのですね。
「それだけでなく、原作権の問題もあります。たとえオリジナルの脚本であっても、製作委員会方式で映画を作ると、全ての権利は製作委員会のものになってしまうんです。書いた人は、二次利用料の権利しか得られません。原作者ではなくなってしまうのです」
──製作委員会方式による映画作りは、クリエイターにとっては厳しい環境のようですね。他にも問題点はありますか?
「シネマコンプレックス(以下、シネコン)が増えてきた影響は大きいです。“シネコンで上映する映画”を作る場合は、『広く一般的に分かりやすい内容』『有名な人が出ていること』『テレビでもたくさん宣伝できること』が求められるようになります。そうすると、これだけ世の中が多様化してきているのに、日本映画だけが逆に画一的になっているのです。
僕は、映画『Coda』(邦題『コーダ あいのうた』)が今年のアカデミー賞で作品賞を受賞したとき、『やった!』と思ったんです。あの映画は、おそらくフランス映画の『エール!』(’14年)をリメイクしたいと誰かが言い出して、みんなが(純粋な気持ちから)作りたいと思って製作されたエネルギーを感じられるんです。それこそが、すてきな映画の在り方だと思うんです」
──「ビジネスだから」とか「もうかるから」といった気持ちから作品を作るようになると、いいエネルギーが生まれにくくなってしまうでしょうね。
「ビジネスと芸術性、どっちなの? というのはありますが、僕の立場から言うと、どっちも大事だと考えています。でも、日本の現状は、どっちも中途半端のように感じるのです」
スパサピで「今までの仕組みの脱却」を目指す!
──スパサピを立ち上げたきっかけは何でしょうか。
「堤さん、本広さん、佐藤さんという第一線で活躍している監督が、“自分たちは、本当に作りたいものを作れているのだろうか?”とおっしゃったんです。そんなことを聞いてしまったら、プロデューサーとしても、このままではマズイと思いました。それで、今までの仕組みから脱却する方法をやろうとなったんです」
──スパサピは、クラウドファンディング型プロジェクト支援サービス・FiNANCiE(フィナンシェ)のシステムを活用し、トークン(デジタル上の応援の証、ポイントのような数量があるもの)を応援者に購入してもらい、それを資金として、プロジェクトを運営していくシステム(※下図参照)」のようですね。このシステムのメリットは何でしょうか。
「運営側にとっては、主に『クリエイターに還元されるシステムで、オリジナルの作品を作れること』『製作委員会方式ではない資金集めができること』です。
購入者にとっては、『作品作りのプロセスに参加できること』『このプロジェクトの価値が高まれば、トークンの値段が上がってくる可能性があること』です。また、コミュニティ内で俳優オーディション情報やスタッフ募集をしているので、どんどん参加していただきたいです。
この4月は、堤さんが監督する作品の俳優オーディションを行います。なるべくこのプロジェクトの参加者(=スパサピのトークン取得者)から選びたいと思っています。役に合っていたら、事務所に所属しているプロに限らず、フリーの人でも起用したいです。堤さんから言わせると、日本語ができれば、国籍も不問です。作品が公開されたときに、観た人が“あの人誰?”と思って、ネット検索を始めるようなことが起こってほしいです」
──俳優の卵はもちろんのこと、エンターテインメントの仕事に携わりたい人も、このコミュニティに入ることで、チャンスが増えますね。ちなみに、トークン発行型は、通常のクラウドファンディングとはどう違うのでしょうか?
「通常のクラウドファンディングは、購入して特典を得たら終わりですが、トークン発行型は、トークンを持ち続けていただくことで、ずっと関係が続きます。持っているトークンは売ることもできるので、値上がりすればもうかる可能性もあります。トークンは、500円から購入可能です」
──購入者がトークンを売ることができるということは、運営費が変動しやすいとも言えます。それはプロデューサーにとっては、大変なことかもしれません。現在、どれくらいの資金が集まり、今後は、どのような展開を考えていますか?
「第1回トークン発行型ファンディングでは、サポート総額4589万円、サポート人数は1071人という結果になりました。
まずは集まった資金を使って、原作を作るところから始めています。(世界で人気が拡大しているデジタルコミックの)ウェブトゥーンを使った、スマホで読む縦読みの漫画を発表します。
現段階の資金だけで本編を作るのは難しいので、もしかしたら、どこかのプラットフォームと契約して、配信する権利を提供する代わりに製作資金を得るかもしれません。
ただ、今、準備している漫画がヒットすれば、『ウェブトゥーンの課金での収益』と『トークンの価値の上昇(=サポート総額の増加)』によって、映像の製作費をまかなえることもあるでしょう」
「人類起源」をテーマにした、刑事サスペンス
──どんな作品になりそうですか?
「『SPEC』『踊る大捜査線』『ストロベリーナイト』と、3人の監督の代表作が刑事ものなので、刑事もののサスペンスになる予定です。人類起源をテーマにし、世の中に起こっている事件を解明していくと、とんでもない人類史の裏側にたどり着いてしまう、という話になりそうです。3人の監督がそれぞれ作品を作るのですが、実は内容はつながっているんです」
──それは面白そうです! 森谷さんがエンターテインメントを作るにあたり、心がけていることは何でしょうか。
「作品を通して、“誰かに気づいてもらいたい”というものを描いています。『ミッドナイトスワン』が公開されたときは、セクシャルマイノリティに対して、いろいろな気づきを観客が受け取ってくれたと感じました。
また、2006年にプロデュースと原作を務めた映画『シムソンズ』は、日本で初めてカーリングを題材にした作品でした。16年がたった今年、日本がオリンピックで金をとるかもしれないとなったとき、“やった!”と思いました。
まだ誰も知らないかもしれないけど、こんなすてきなことがある、というのを描いて、そういう人たちを応援したいんです」
──「今は知られていない、光輝く原石を表に出したい」というのは、スパサピの活動でも言えることですね。
「そうなんです。これまでも僕は、どんどん人を抜擢(ばってき)してきているんです。いいと思ったら、誰も知らない俳優さんでも、すぐに仕事をします。
今後、“スパサピがきっかけで、すてきな俳優さん、クリエイターさんが出てきたよね”と言われるプロジェクトに、間違いなく、なると思います。ぜひ、今のうちに参加していただきたいです」
(取材・文/加藤弓子)
〈PROFILE〉
森谷雄(もりや・たけし)
1966年、愛知県生まれ。日本大学芸術学部映画学科卒業。フジテレビでヒットメーカー・大多亮氏に師事し、数多くの連続ドラマ・映画をプロデュース。その後、映像制作を手がける株式会社アットムービー代表取締役・プロデューサーとして独立。
代表作に連続ドラマ『天体観測』『東京湾景』『33分探偵』(いずれもフジテレビ系)、『ザ・クイズショウ』(日本テレビ系)、『深夜食堂』『コドモ警察』『女くどき飯』(いずれも毎日放送)、『限界集落株式会社』(NHK)、映画『シムソンズ』『Littte DJ〜小さな恋の物語』『ぼくたちと駐在さんの700日戦争』『しあわせのパン』『ミッドナイトスワン』など多数。『ミッドナイトスワン』は、第44回 日本アカデミー賞で、最優秀作品賞、最優秀主演男優賞のほか、数々の賞を受賞した。
■現在、プロデュース・監督を務めた、佐藤隆太、岡田義徳、塚本高史主演の映画『THE3名様 ~リモートだけじゃ無理じゃね?~』が公開中。