今、若い世代からも、また海外からも熱い注目を浴びている昭和ポップス。昨今では、音楽を聴く手段としてサブスクリプションサービス(以下「サブスク」)がメインで使われているが、必ずしも当時ヒットした楽曲だけが大量に再生されているわけではなく、配信を通して新たなヒットが生まれていることも少なくない。
そこで、本企画では1970年、80年代をメインに活動した歌手の『Spotify』(2023年5月時点で5億1500万人超の月間アクティブユーザーを抱える、世界最大手の音楽ストリーミングサービス)における楽曲ごとの再生回数をランキング化。当時のCD売り上げランキングと比べながら過去・現在のヒット曲を見つめ、さらに、今後伸びそうな“未来のヒット曲”へとつながるような考察を、本人または昭和ポップス関係者への取材を交えながら進めていく。
今回は、1977年にデビューした後、シングル「迷い道」「かもめが翔んだ日」「唇よ、熱く君を語れ」など大衆に広く浸透したヒット曲を放ち、近年は天真爛漫なキャラクターでも親しまれているシンガーソングライター・渡辺真知子に注目。全3回に分けてSpotifyでの人気曲を振り返りつつ、近年、中島みゆきの音楽舞台『夜会VOL.20 リトル・トーキョー』に出演したことや、そこでも披露された「二雙(にそう)の舟」「カナリア」をシングルとして発売した経緯についてもうかがった。
Spotifyのリスナーは常時20万人超えの快挙! 本人に伝えてみると……
まずは、本名をアーティスト名にした理由から尋ねてみた。
「デビューするにあたって、何かいい芸名はないかと考えたとき、横須賀出身だから“横須賀真知子”とか、横を取って“須賀真知子”などが挙がったのですが、そのころ、渡辺姓のヒット歌手といえば、渡辺はま子さんくらい。ベテランの方以外はあまりいらっしゃらないので、逆に渡辺のままのほうが目立っていいだろうということになりました。そうしたらその後に、渡辺姓のヒット(渡辺徹、渡辺典子、渡辺美里、渡辺美奈代、渡辺満里奈など)が続いたんです。きっと私が、なにか突破したんですね(笑)」
ちなみに、渡辺真知子のSpotifyリスナーは常時20万人を超えており、この数字はほぼ同じ時代にヒットしていた伝説の歌姫・山口百恵とほぼ同レベル。また、海外比率は現状1割前後。いわゆるシティポップ・ブームが及んでいない状態で、すでに昭和ポップスとして国内で人気となっていることがわかる。なお、渡辺自身はこの人気を知らなかったようで、
「今回のお話を伺って、すごいことだと思い、すったもんだして(Spotifyの)サービスに入りました! デビューから45年もたっているので、もう細かいことを言わずに、ひとりでも多くの方に聴いていただくことが大切だと思っています」
と明るく答えた。では、今回も渡辺真知子限定でSpotifyランキングを見ていこう。
大人気曲「かもめが翔んだ日」の作詞を伊藤アキラに依頼した理由は?
まず第1位は、2ndシングルとなった「かもめが翔んだ日」(’78年)。当時、シングルはオリコンで13週、人気音楽番組の『ザ・ベストテン』では9週もランクインするロングヒットで、今でもカラオケ歌唱回数は昭和の楽曲の中で(JOYSOUND、DAMともに)上位50曲に入るほどの定番曲だ。
「『かもめ~』は、今でも、コンサートで必ず歌います。当時から、バース(楽曲における最初の歌唱セクション。歌のテーマを展開していく役割を担う)のラスト部分を《翔〜ん〜だ~〜》と歌い上げたところで、手拍子が起こって大きく盛り上がる曲でした。だから会場が熱くなったライブの終盤でも歌えますし、バースがあるから、幕開きのタイミングで歌うこともできる、まさに歌いがいのある曲ですね!」
デビュー作の「迷い道」は自身で作詞・作曲を手がけたのに対し、本作では作詞を、歌謡曲からキッズソングまで幅広く手がけていた伊藤アキラが担当した。
「『迷い道』を作ったとき、特に作詞で苦労したんですね。それで次のシングルまで時間もないので、ディレクターが伊藤アキラ先生に“(渡辺が)横須賀出身なので、舞台は海辺の近く、歌詞は大人の目線で……”とお願いしたんです。そこに私がメロディーをつけました」
渡辺は、「迷い道」や「ブルー」のような自作詞でも、「かもめが翔んだ日」や「唇よ、熱く君を語れ」のような提供された歌詞でもヒット曲を持つ点がユニークだが、自作へのこだわりはなかったのだろうか。
「私は、何より歌が歌いたいんです。でも、デビュー前はプロの先生に作っていただく方法がわからなくて、『ヤマハポピュラーソングコンテスト』(通称『ポプコン』)に応募するために自分で作り始めたら、どんどんシンガーソングライターの方向に運ばれてしまったというだけで。もし私に合わせた歌を作ってくれる方が最初からいれば、自分では作らなかったのかも」
印象的なバースは後から挿入。「現代でも歌い継いでもらえるのはありがたい」
そして、『かもめ~』と言えば、前述のようにバースの部分がとても重要になっている。
「当初の出だしは(バースと前奏が終わったあとに始まる)、《人はどうして~》の部分だったんです。でも、中曽根皓二ディレクターが、“何かもうひとつインパクトが欲しい”ということで、伊藤先生に“その前の部分に海の情景が見えるようなものを”と追加をお願いしました。私が同時期に作っていた別の曲を聴いたディレクターが、ビビッときたのか、“ちょっと待てよ、ちょっと待てよ~”なんて言いながらそこに歌詞を乗せたのが、《ハーバーライトが 朝日に変る~》の部分なんです。さらに、そのバースのラスト《かもめが翔〜ん〜だ~〜》に合わせて、“ここで空に向かって飛び立ってよ。下のほうからだぞ”と、あの順々に上がるメロディーが完成しました!
伊藤先生と初めて銀座でお会いしたとき、業界風の方が来るかと思っていたら、まるで国語か社会の教師みたいなメガネで、きちんとスーツを着て髪の毛もピシっと分けた方が現れて……。“この方がラブソングを書くの!?”って驚きました。でも、実際には 《あなたを今でも好きですなんて~》《私の心をつかんだままで 別れになるとは思わなかった》 など情熱的な歌詞が出てきて、“先生、やるなぁ!”って感動しました。この歌でテンションが高くなるのは、先生からすばらしい歌詞をいただいたうれしさもあるでしょうね」
そのかいあって「かもめが翔んだ日」は、今では音楽配信のダウンロードでも渡辺の中で唯一10万件を超えるヒット作で、カラオケでも前述のように、昭和の楽曲内で常にTOP50入りするほどの人気曲に。JOYSOUNDのデータによると、渡辺真知子を歌唱する人のうち30代以下は20%台なのだが、「かもめが翔んだ日」に限定すると、30代以下は30%台に伸びるのだ。若い世代に歌い継がれているのは、青木隆治やミラクルひかる、高橋真麻など歌うま系のタレントがバラエティー番組でカバーする影響も少なくないだろう。
「いやぁ、歌ってもらえるのはありがたいですよ。青木隆治くんは常に本気で、男性が歌うと加速度もついて本当にすばらしいです。ミラクルなんかは笑っちゃうし、歌い手としては少々複雑ですけれど(笑)、作者としてはどんな形であれ、歌い継いでもらえるのはうれしいです。しかも、今は歌だけじゃなく、アバンギャルディ(※バブリーダンスで一躍有名になった振付師・akaneによるダンスチーム)の振付にも採用されているなど、いろんなところで楽曲が使われているという情報をいただきます。高橋真麻ちゃんなんて、“あの歌は、私の歌なんだから!”ってダダをこねる感じで言ってくれて、“そんなに好きでいてくれるんだ~!”ってキュンとしました(笑)」
「かもめが翔んだ日」の新バージョンはまさに伊藤アキラが求めていた作品に!
ちなみに、シングルのB面だった「なのにあいつ」(Spotify第12位)も伊藤アキラ作詞。渡辺はこの曲も思い出深いと語る。
「『かもめが翔んだ日』と一緒に『なのにあいつ』の歌詞ももらったのですが、こちらは、《なのにあいつ それきりあいつ だけどあいつ 結局あいつ》と、ちょっと変わった感じで、なかなか曲が浮かばなくて。食卓にいる父と母の前で、グチまじりになんとなく歌ってみたら、“今のメロディー、いいんじゃないの?”ってふたりが言ってくれたので、それを採用したんです。そうしたら、当時の大阪の有線リクエストでは、一時期『かもめが翔んだ日』を抜く人気になったんですよ」
なお「かもめが翔んだ日」には、“とっておきの裏話”もあるそうで……。
「私が50代前半でちょうど30周年のころ、マリオネットという民族楽器を奏でる2人組と一緒に『かもめが翔んだ日』をレコーディングすることになって。いつもより少し落ち着いた雰囲気にするため、キーを少し下げ、言葉がゆっくり聞こえるように4拍子から3拍子に変えて歌ってみたんです。そうするとヨーロッパのような気分が出るかも? ということでスペイン語でも歌ってみた後、みんなが知っている『かもめが翔んだ日』に戻ってくる、つまりここで初めて《ハーバーライトが~》のバースが登場するという構成で、本当に悲しい感じのところから始まります。それをコンサートでも披露したのですが、その翌日、聴きにいらしていた伊藤先生から、朝の8時ごろ電話がかかってきて。
(興奮ぎみに)“真知子さん!! 昨日の『かもめが翔んだ日』は、すばらしかったぁ~! 僕が思っていたイメージどおりの“かもめ”を、やっと歌ってくれたよー!”って、本当にうれしそうで。よかったなと思いつつも、“じゃあ、それまでの“かもめ”は何だったんですか”と尋ね返したら、“いや、だって……、『かもめが翔んだ日』は失恋ソングだよ? なのに毎回あんなに元気に歌うんだもん……”って言い返されて(笑)。でも、デビューしてから30年かかりましたが、先生ご希望の“かもめ”にたどり着けてよかったと思います!」
「唇よ、熱く君を語れ」で衣装が一変。デビュー当時は“しゃべりNG”だった
そしてSpotify第2位は、「かもめ~」と肩を並べ、500万回再生を超えた「唇よ、熱く君を語れ」。こちらは、’80年春のカネボウ化粧品における新ブランドの口紅のCMソングとして大ヒット。これは当初からタイアップが決まっていたのだろうか。
「はい。実は、タイアップの話はこの曲を出す以前からあったのですが、前の3曲(『迷い道』『かもめが翔んだ日』『ブルー』)は、ノンタイアップでした。それで、そろそろいいんじゃないかということで、化粧品のCMソングが決まって。“顔も出るんですか?”とワクワクして聞いたら、“ううん、音楽だけだよ”と言われてしまいました(笑)。
この歌のタイトル部分は、カネボウさんが考えられたもの。そこに私がメロディーをつけましたが、最初に出したものはマイナー調で、春でなく“秋のキャンペーンソング”っぽくなってしまい……(笑)。ちょうどそのとき、ポップロックな曲ができていたので聴いていただいたところ、ものすごく評判がよくて、そのメロディーにあわせて東海林良さんが全体の歌詞を作られたんですね」
本作では、『ザ・ベストテン』にて自己最高の2位をマークし、10週間もランクイン。衣装は「迷い道」のころのワンピース姿で清楚なイメージから一変しパンツルックに。当時で言うところの“翔んでる女”風のアクティブなイメージとなって、そのインパクトもヒットを加速させたのではないだろうか。
「素の私は、やっぱりパンツルックがしっくりきますね。デビュー当時は、とても早口で声が大きく笑い声も豪快なので、“しゃべるな”と言われていました。二の線から三の線に行くのはいつでもできるけど、三の線から二の線になるのは難しいので、先を見ておさえめ路線にしました。話し方講座の先生に、童話をやさしくゆっくり読むというレッスンも受けたほどです。すると、通常とは違う読み方だけど、個性として魅力的だから直さないほうがいいと。“ならば笑い方だけでも直せないでしょうか”と事務所側が尋ねたら、“それは彼女にとって、『死ね』と言うのと一緒ですよ”と静かに諭されました(笑)。そういうこともあって、デビュー当時は、歌以外は静かにしていましたが、この曲がポップロック路線だし、年齢的にも20代半ばとなったことだし、おしゃべりも解禁になったんですよね!」
さらに、近年のストリーミングサービスにおいて本作が強いのは、ノリのいい曲調に加え、’20年からカネボウ化粧品のCMに再び起用されたことも大きいだろう。
「若い方から“今の歌だと思っていたら、その方のお母さんが口ずさんでいて驚いた”ってお便りをいただいたこともありました」
渡辺の楽曲エピソードには、どれもオチがついていて実に面白く、聞いているだけでこちらまで元気になってくる。大手事務所のアイドルでもない限り、デビュー曲からいきなり売れてしまうと、その後どうしてもセールス面で苦戦してしまうのが日本の音楽市場の常ではある。だが、そんな逆境においても、45年以上にわたって今なお人気なのは、彼女のエネルギッシュな様子から、“また仕事で一緒になりたい”という送り手や、“またライブを聴きに行きたい”という受け手の需要が決して途絶えないからだろうと実感した。
次回は、こちらもコンサートで外せないという「迷い道」や「ブルー」などの人気曲をさらにひも解きたい。
(取材・文/人と音楽をつなげたい音楽マーケッター・臼井孝)
【PROFILE】
渡辺真知子(わたなべ・まちこ) ◎神奈川県生まれ。1977年「迷い道」でデビュー。「迷い道」「かもめが翔んだ日」「ブルー」「唇よ、熱く君を語れ」など日本のポップス・シーンに残る数々のヒット曲を送り出し、抜群の歌唱力で一躍、人気アーティストの仲間入りを果たす。日本レコード大賞最優秀新人賞ほか、音楽祭で13賞を受賞。近年ではライブパフォーマンスが評価され海外で歌う機会も多く、また、創作活動にも意欲的。’19年には「中島みゆき 夜会VOL.20~リトル・トーキョー」(全20回)に客演。その中からデビュー45周年を記念し、’22年9月21日に「二雙の舟/カナリア」をリリース。さらに2023年5月24日には前年の東京国際フォーラムで行われた記念コンサートの模様をライブアルバム 「花束をありがとう ~45th Anniversary」としてリリースした。
日時:2023.10.01(日)会場15時、開演16時
場所:東京国際フォーラム ホールC
料金:1、2階席8500円、3階席7500円(税込)
コンサート詳細やチケット情報→https://www.capital-village.co.jp/calendar/concert/2023012302.html
◎渡辺真知子 公式HP→http://www.kamome-music.com/index.html
◎渡辺真知子 公式ブログ→http://machiko-watanabe.cocolog-nifty.com/