民放初の赤ちゃん向け番組『シナぷしゅ』(テレビ東京系)。放送を開始して4年目の今年、映画になって全国で公開されました。赤ちゃんの映画館デビューを応援する細やかな仕掛けにはびっくり!
前編に続き、『シナぷしゅ』の統括プロデューサーであるテレビ東京の飯田佳奈子さんにお話を伺います。視聴者からの反響や、映画化に込めた飯田さんの深い想いもお届けします。
【前編→民放初の赤ちゃん向け番組、テレビ東京『シナぷしゅ』はなぜ誕生した? プロデューサーが語る「Eテレとの違い」】
現実も含めていろんなものを見せることが『シナぷしゅ』らしさ
──SNSで視聴者の方の反応を逐一確認されているそうですね。
放送後はTwitterやInstagramで即座に反応を見ています。みなさんの投稿から「想定していたより低い月齢に響いているんだな」など、思いがけない発見があり次のコンテンツに生かしていきます。自転車操業じゃないですけど、これを毎日、4年間続けてきました。それでもまだまだ、気づかされることがたくさんあります。
──視聴者の声で印象に残っていることはありますか?
以前、夏のエピソードでウサギさんが蚊をパチンとたたくシーンを作りました。その放送後、Instagramで私宛にメッセージが届きました。「飯田さん、うちの子が『蚊を殺しちゃった』って泣いちゃったんです」と。でも、これはポジティブなメッセージで「私たちは日常生活で蚊を殺すから、このコーナーのおかげで説明することができました。むしろありがとうございました」と書かれていました。
──赤ちゃん向けの番組では殺生を描くことはしないけれど、描いてくれてありがとう、ということですよね。
意識して作ったわけではありませんが、『シナぷしゅ』はそういった現実を見せていることが特徴かもしれません。赤ちゃん向けだからといって、明るくて楽しいものだけを選んでいるのではなく、いろんなものを見せる努力をしています。『シナぷしゅ』を見て、「この絵が好き」「このサウンドが好き」となってくれたらいいかなって。そんなバリエーション豊かなところも『シナぷしゅ』らしさを作っているのかもしれません。
泣いても大丈夫! 初の赤ちゃん向け映画が公開に
──5月19日に『シナぷしゅ THE MOVIE ぷしゅほっぺにゅうワールド』が公開されました。なぜ映画化を考えたのですか?
テレビ番組を立ち上げたときから、「いつか絶対、映画も作ろう」と決めていました。赤ちゃん向けのテレビ番組が民放になかったように、赤ちゃん向けの映画もありません。絶対に需要があると思いました。
赤ちゃんが小さいときはどうしても劇場から足が遠のいてしまいます。そんな中で、“0〜2歳の赤ちゃん向け映画”と銘打った作品があれば、みんな行きたいだろうなと思ったんです。映画館という非日常空間は、大人でもわくわくするし、家のテレビで見ていたコンテンツを大きな画面でお友達と見ることは忘れられない体験になるだろうって。レギュラー放送を3年間続けてコンテンツの土台が固まってきたタイミングで、映画化を進めました。
──映画の紹介ページには「真っ暗じゃない照明、やさしい音量、泣いても大丈夫。」とあり、赤ちゃんや親御さんへのやさしさを感じました。
子連れの映画で何がいちばん緊張するって、静かな場所でうちの子だけが騒いでしまう、あの申し訳なさです。入場者に音の出るタンバリン(※第1弾の数量限定先着入場者プレゼント「ぷしゅぷしゅタンバリン」)を配布したことで、「この映画はそもそも静かに見る作品ではないよ」「泣いたって大丈夫だよ」というメッセージを伝えることができました。映画館では、みんなタンバリンを振り回すし落っことす(笑)。劇場はにぎやかで、赤ちゃんが泣いても離脱せず、親御さんが端であやしていましたね。親子で安心して過ごせる空間が成立していました。
──赤ちゃんの映画館デビュー「にゅうシネマたいけん」を楽しめるよう、細やかな仕掛けもたくさんありました。
親はわが子の“初めて”に立ち会い、記念に何かを残したい、写真を撮りたいと考えます。映画上映の最後に、座席から記念撮影ができるようにしました。たとえ泣いてしまっても、来てよかったと思ってもらえるかなと。さらに、劇場で販売しているパンフレットには、記念に撮った写真を貼るスペースも用意しました。映画のストーリーをそのまま持って帰ってもらうという意味で、映画を追体験できる絵本のようなパンフレットを作りました。
公開時期は暑すぎず寒すぎない5月で、GWの混雑が落ち着いた19日に設定しました。少しでも映画館デビューのハードルを下げたくて、お出かけしやすい時期を選んだのもこだわりです。そして子どもを連れていると細かいお釣りの出し入れをするのが大変なので、1000円ポッキリというできるだけシンプルな料金体系にしています。
子育ての当事者と非当事者の間にある壁がなくなるといい
──映画が公開された日は、映画館に視察に行かれたんですか?
初日は、豊洲(東京都江東区)のユナイテッド・シネマの朝イチの上映に合わせて、開館を映画館の中から見守っていました。最初に入ってきたのが、1歳半ぐらいの女の子。ヨチヨチとおぼつかない足取りで、チケットのもぎりのところを歩いてきたのです。それは今まで一度も見たことのなかった光景で、「映画館にいないはずのサイズの子がいる!」と涙が出てきました。赤ちゃんだって映画館に来るんです。『シナぷしゅ』が映画館で上映され、全国的に大きな盛り上がりを見せていることは、すごく意味があることだと思います。
──映画化によって、若い世代や子育てにかかわっていない人も『シナぷしゅ』という赤ちゃん番組を知る機会になっていると思います。
子育てにかかわることってどうしても当事者間だけで話題が閉ざされてしまいますよね。子育ての当事者と非当事者の間にはすごく高い壁があって、私が『シナぷしゅ』を始めたのも「ママだからやっているんでしょ」と思われていることも実感しています。そうかもしれませんが、「ママだから」だけではなく見られたい気持ちもあるというか……。
──子育てに限らず、壁を感じて疎遠になってしまうことってありますよね。
なんとなく理解し合えなくなるのはもったいないし、なんとかならないのかな、というのは思っていました。これからの未来を担っていく子どもたちのことを、子育ての当事者以外の人も考えるきっかけがどんどん増えていくといいな、壁がなくなるといいなと思っています。
今回、“劇場”という普段赤ちゃんがいないエリアに『シナぷしゅ』が進出したことで、若い世代や子どもに接する機会の少ない人にも、赤ちゃん向けのコンテンツの存在が見えるようになりました。映画館でポスターをチラッと見て、「ふーん、令和の赤ちゃんは映画館で映画を観るんだ」「0歳向けの映画があっても面白いよね」って思ってもらうだけでいいんです。赤ちゃんが社会の一員であることに少しでも思いをはせてもらえたら。映画化によって、赤ちゃんを大切にする社会、子育てをする人にとってより暮らしやすい社会になってほしいという願いが、映画化の裏にありました。
もちろんテレビでも、朝7時半にうっかりテレ東をつけてしまったとき、「何だこれ、赤ちゃん向けの番組か」「そうだよね、赤ちゃんもテレビ見るよね」とチラッとでも思ってくれれば。それだけで断絶が1ミリでも埋まるのかなと思っています。
──実際に『シナぷしゅ』を見ると、大人も楽しめるなと知りました。
大人も新感覚で楽しめる新しいエンターテイメントだと思います。
独身の方や子どもがいない方も見てくださっていますし、「うちの老人ホームのテレビでは『シナぷしゅ』が流れています」という声もいただきました。脳機能に障がいのある小学生のお母さんからは、「認知機能は幼児ぐらいですが、それでも赤ちゃん赤ちゃんしすぎている番組はうちの子なりにプライドが許さないらしくて、見ないんです。でも、『シナぷしゅ』は見る! と言って見ています」と。それってすごいことだなと、たびたび思わされています。『シナぷしゅ』は感覚に訴える世界なので、誰にでもいろんな活用の仕方があるのだと思います。
夜泣きでつらい夜に勇気づけられる人も
──ネット配信にも力を入れていらっしゃいます。
赤ちゃんと生活していると、時間どおりに進めることはできません。オフィシャルでネット配信をしていくことで、育児中に見たいときに見せたい方法で見せることができます。育児の“便利なお助けツール”として活用していただけたら。
『シナぷしゅ』のYouTube「シナぷしゅch」では、24時間止まらずに流れ続けるループライブ配信を行っています。実はこれ、深夜であろうと今まで一度も視聴人数がゼロになったことがないんです。私も最近、下の子が夜泣きをして開くことがあるのですが、深夜3時でも100人ぐらい見ているんですよ。視聴人数を見ると、闘っているのは自分だけじゃないんだって、すごく安心するんです。つらく孤独な夜も、頑張っている人がこれだけいるから私も頑張ろうって思わされる。そんなコメントもたくさんいただきます。
これからも『シナぷしゅ』らしいやり方で、育児のつらくてしんどい部分を少しでも楽にできたら。自分を追い詰めてしまう人や虐待などの悲しいニュースが減ったらいいなと思います。
(取材・文/鈴木ゆう子)
●『シナぷしゅ』
毎週 月曜~金曜 あさ 7:30~8:00(テレビ東京系列6局ネット)
●『ウタぷしゅ』※『シナぷしゅ』で人気のオリジナルソングを集めたスペシャル番組。
隔週 金曜 夕方 5:30~5:55(テレビ東京ローカル)
●『シナぷしゅ THE MOVIE ぷしゅほっぺにゅうワールド』
5月19日よりユナイテッド・シネマ豊洲、新宿ピカデリーほか公開中。