『学歴の暴力』という物騒な名前のアイドルユニットが東海地方で話題となっています。彼女たちはその名のとおり、東大卒&京大卒という高学歴。
そんな学歴の暴力が活躍するのはライブハウス。ライブアイドル、かつては「地下アイドル」と呼ばれたインディーズシーンで頭角をあらわしたのです。
なつぴ なつさんは東京大学卒。工学部システム創成学科で学びました。現在は愛知県で広報関係の仕事をしています。
えもり えもさんは京都大学卒。農学部で藻の研究にいそしみ、現在は岐阜県にある植物の研究所にお勤めです。
理系の二人が高学歴アイドルユニット・学歴の暴力を結成したのが2021年6月。ユニットの同名曲『学歴の暴力』や、人生に敷かれた軌道から外れる覚悟を歌う『今まで真面目に生きてきたけれど』など学歴社会をテーマとした曲の数々で衝撃のデビューを果たしました。以来「仕事が休みの日は、ほぼライブ」というほど、精力的に活動しています。
いったいなぜ学歴を前面に押し出したアイドル活動を始めたのか。彼女たちに話を聞いてみました。そこには、高学歴ゆえの悩みや痛みがあったのです。
高学歴だけど「自分に自信がない」
──ライブでの「低学歴の方も、高学歴の方も、一緒に楽しみましょうね!」というかけ声、最高です。
なつぴ なつ(以下、なつ)「あれはお客さんがめっちゃ笑ってくださるので必ず言うんです。けれども内心は、“いつか誰かに怒られるんじゃないか”、“誰かを傷つけているんじゃないか”と不安で」
──いやいや、他のアイドルのライブではまず聞けない、学歴の暴力ならではのMCで痛快です。ユニット名にもなっている曲『学歴の暴力』の歌詞もすごいですね。高学歴マウントをとっているようで、気になる男子が私大女子に夢中で嫉妬して凹んでいるという。ねじれた感情が露わになっていますね。
なつ「歌詞は二人で書きました。“高学歴だから余裕っす”みたいな顔をしているけれど、心の中では“私大の女の子はキラキラしてて、かわいくていいなー”みたいなコンプレックスがあって。自分に自信がない部分を誇張して書いていますね」
えもり えも(以下、えも)「それだけじゃなく、“高学歴だからって低学歴の私たちをバカにしてるんでしょ”って、相手に勝手に反感を買われるキツさも歌詞に盛り込んでいます。私たちからすれば、“あなたこそ私たちをステレオタイプの高学歴だと思ってバカにしていますよね”という気持ちなんです」
──ねじれにねじれていますね!
なつ「本当に自分に自信がないんです。東大生だし勉強はできたけれど、自分は頭がいいだなんて一度も思ったことない。受験のときも、たまたま私が解けた問題を、他の人が解けなかっただけ」
つらい気持ちをTwitterで吐き出していた
──お二人はどこで出会ったのですか。
なつ「Twitterです。私が東大生だったころに、えもちゃん(えもりえも)が先にフォローしてくれて。いつの間にか相互フォローの関係になっていました」
えも「ずっと鬱っぽいツイートをしている東大生がいるなと、気になっていたんです」
なつ「当時はつらい気持ちを全部Twitterに吐き出していました。学校でお友達といるときは笑顔で接することができるんです。でも、家に帰って一人でいると、どんどん落ち込んでいっちゃって。“早く死にたい。死にたい”って、寝る前に泣く。そんな暗い日々を送っていました」
えも「なつぴが落ちこんでいるツイートを読んで、“私の中にもある気持ちだな”と共感して。そうしていつしか、なつぴを“助けたい”と思うようになったんです」
──なにがそんなにつらかったのですか。
なつ「私、勉強ができる以外、なんの取り柄もないなって。私は中学時代からずっとアイドルに憧れていました。けれども、どこのコンテストやオーディションも通らなかったんです。さらに大学3年生、4年生になると年齢制限に引っかかり、オーディションを受けること自体できなくなりまして。夢が終わり、生きる希望がない。生きる理由がない。そんな精神状態でしたね」
アイドルになりたくて東大を受験した
──東大に入る前からアイドルになりたかったのですか。
なつ「はい。アイドルになりたくて東大を受験したんです」
──え! ど、どういう意味ですか。
なつ「中学時代に同級生から嫌がらせを受けて人生のどん底だったとき、“同じ小学校だった女子がAKB48に入ったよ”って噂を耳にして。“AKB? なにそれ”と思ってライブ映像を観てみたら、キラキラした女の子たちが愛されながら楽しく歌って踊っていて。“私がいるさびしい世界とはぜんぜん違う。私もここへ行きたい。人から愛されたい”と」
──いじめにあった日々の中でAKB48が心のよりどころだったのですね。それが、どのように東大とつながるのですか。
なつ「AKB48や地元のSKE48などのオーディションを何度も受けたんです。けれども、ことごとく不合格で。“このままではアイドルになるのは絶対に無理だ。プラスアルファがないといけない”、“かわいくないし、歌も踊りもヘタな私の取り柄といえば、勉強しかない”と。だったらいっそ、日本で一番の大学へ行くのがいいんじゃないかと思って」
──アイドルの特技の一つとして東大を選んだのですか。でも、東大って簡単に入れないでしょう。
なつ「もちろん受験勉強はまじめにしました。ただ、もともと成績はよかったんです。勉強が好きなわけではなかったのですが、処理能力は比較的あるほうだったので、特にパズルのように解ける数学は得意でした。だから東大に入るのは、そんなに大変ではなかったです」
──東大生という肩書は実際、オーディションで有利に働いたのですか。
なつ「東大生になって初めて3次審査まで進んだので、少しは効果があったのでしょう。でも厳しい。アイドルはそんなに甘くはなかったですね。“どんなに頑張って学歴を手に入れても、結局は評価されるのは、かわいい女の子なんだ”とすごく悔しかったです。アイドルなので学歴が関係ないのは当たり前なんですが。そんなふうに精神的に、いっそう荒んでいきましたね」
「アイドルになれば救済されるのではないか」と
──学歴の暴力を結成したいきさつを教えてください。
えも「私からメールで声をかけました。なつぴが《就活して、地元の愛知へ帰る》とツイートしていたので、“同じ東海地方だったら、一緒に活動できるな”って。私も京大を卒業して就職で岐阜へ戻るし。それに私も落ち込みやすい性格だったので、二人でアイドル活動をやれば、彼女も私ももっと楽しく生きていけるんじゃないか。どちらも救済されるかな、と考えて」
──アイドルを志した理由が「救済」だったのですか。えもさんはアイドルに憧れていたのですか。
えも「アイドルに憧れる気持ちは、まったくなかったですね。京大にいたころ、大阪日本橋(にっぽんばし)のメイドカフェでバイトをしていました。そのとき、“オタクの人と話をするの、楽しいな”と感じて。オタクの男性って、かわいくって大好き。オタクの人たちと関われる場所が、アイドルが出演するライブハウスだったんです」
──好みの男性がアイドルライブの会場にたくさんいたわけですね。
えも「そうそう。“ここが彼ら生息地だったのか!”って。かわいい生き物の群生を発見した、みたいな。しかもライブアイドルはチェキタイム(※)にお客さんとお話ができるシステムだと知って。そうなるともうアイドルになるしかないじゃないですか」
(※)チェキタイム……インスタントカメラ「チェキ」で、ライブアイドルと一緒に撮影できる時間。約2分間の会話が可能となる。
──お客さんと話がしたくてアイドルを志したのですか。なつさんは、えもさんから「アイドル活動しよう」と誘われ、どう返事したのですか。
なつ「やるやる! って、二つ返事。夢破れて故郷に戻って就職し、さらに気持ちが落ちていたので。『やりたい』を越えて『やるしかない』気持ちでした」
高学歴だからこそ虐げられる現状をユニット名に
──それにしても、学歴の暴力とは豪快なユニット名ですね。どなたの命名ですか。
えも「私です。初めから『学歴の暴力』ありき。学歴の暴力以外の候補はなかったです。単体の高学歴アイドルさんは、けっこういるんです。でも“東大&京大”のユニットはない。だったら学歴を武器にしようと」
なつ「突然もらったメールも、はじめから《学歴の暴力、やりませんか?》だったね」
──学歴をこんなにプッシュしているグループアイドルは他にいないでしょうね。しかもネーミングに「怒り」を感じるのですが。
えも「高学歴のせいで悲しい目に遭ってきた女子をたくさん見てきたので、鬱憤(うっぷん)がたまっていたのもあります。たとえば、同じ京大卒で同じ地元の女の子が“高学歴だ”という理由で結婚できなかったんです」
──現代でもまだそういうことがあるのですね。
えも「私自身も、まったく関連がない職場の仕事を“京大だったらできるでしょ”って押しつけられたリ。理不尽を感じた経験が多々ありました」
──ある意味で学歴差別ですね。東大だったら、さらにありそうですね。
なつ「ありますね。飲食店でアルバイトをすると、外国人のお客さんが来たときに、“ほらほら東大。相手しろよ”とか。機械が壊れたとき、“おい東大。修理しろ”とかね。できるわけないですよ。それでできなかったら、“へえ、東大生なのにできないんだ~”ってバカにされる。だいたい“東大生なのにできないんだ”までがセットなんです。そこまでのくだりがあって向こうの人が気持ちよくなるっていう。めっちゃイラっとします」
──キツいですね。
なつ「初対面の男性に大学名を聞かれ、“東大です”って答えたら、“あ、俺も東大。東京なんとか大学だけど”みたいなギャグが返ってくる。そのギャグ、何回言われたか。いや、面白くないから! そういうこまごましたイヤな経験は日常茶飯事です」
──『学歴の暴力』というユニット名にしたくなる気持ち、わかります。
学歴の暴力は、いることを許された場所
──学歴の暴力をやって、よかったですか。
えも「もちろんです。アイドルをやっていなかったら出会えなかった人たちとお話しできるのが楽しい。“えもちゃんは喋っている内容がおもしろいね”と言われたら、自分を肯定された気がして。パフォーマンスやビジュアルを褒められるより、MCや会話を褒められるほうが私には重要なんです。だから練習、めっちゃきらい。“でもステージを乗り越えたら、ファンのみんなとお話ができる。チェキが撮れる”と思いながら、いつも踊っています」
なつ「私はステージで歌って踊ることが、とにかく楽しくて。やっと居場所を見つけた、そんな感覚です。心の中はコンプレックスだらけ。勉強以外、なにもできない。部屋はめちゃめちゃ汚いし。トイレの電球が1年前から切れているんです。けれど、換えられない。ずっと暗闇のトイレの中でじっとしてる。ライブハウスへ行く道もめちゃめちゃ迷う。えもちゃんがいないと辿り着けない。学歴の暴力は、生活能力がなくて人間生活がまともに送れない私がいることを許された場所ですね」
「低い」「高い」と人生につきまとい、滑走路になる場合があれば、ときには障壁にもなる「学歴」。高学歴ゆえに傷つく日もあった二人。卒業証書という名の剣を手に、ライブハウスのステージに立ち、閉塞した社会へ斬りこもうとしています。「今まで真面目に生きてきた」彼女たちの今後の暴走に注目です。
(取材・文・撮影/吉村智樹)
学歴の暴力YouTubeチャンネル https://www.youtube.com/channel/UCQA_7HGBG5Ezz_gsAlXbIsg