「お手柄だワン!」
テレビや新聞で目にする警察犬のお手柄ニュース。警察犬が行方不明者の発見などに貢献し、表彰される報道がたびたび流れてきます。
警視庁の約40頭の直轄警察犬も、嗅覚を生かして行方不明者の発見や遺留物から犯人の追跡、薬物や銃器の発見など、さまざまな成果を上げています。
前編に引き続き後編でも、刑事部鑑識課警察犬係係長の五十嵐警部と、警察犬係でハンドラーを務める中川巡査部長にお話をお聞きします。
*前編→【警察犬の訓練所に潜入!#1】ペアを組むハンドラーは鑑識課所属の警察官。捜査に出動するタイミングはいつ?
警察犬が行方不明者や被疑者の発見に貢献
6歳になるシェパードのカーラ号。足跡追及を中心に、さまざまな現場で活動してきました。最近も行方不明者の発見に貢献したそうです。
「行方不明者の事案でカーラ号と臨場(※)し、靴のにおいを手がかりに捜索を行いました。行方不明者の捜索の場合は、まずは平面の路上を中心に行います。でもそのときは、カーラ自ら、現場近くの建物の階段を上り始めたんです。実はカーラは階段があまり得意ではなく、珍しい行動でした。そのままカーラに付いて階段を上ったところ、建物の屋上で行方不明者を発見することができました」(中川巡査部長)
※事件発生直後の初動捜査のために現場に出動すること。
ほかにも、シェパードのウグラ号は、被疑者の検挙に貢献。タクシー強盗が発生した際、タクシーに残された被疑者の遺留品から足跡追及を行いました。現場から被疑者が居住するマンションまでたどりつき、検挙につながったといいます。
まさに警察犬は“鼻の捜査官”。近年では、銃器や薬物の発見でも、警察犬が功績を上げています。
「大きな成果を上げたときには、警察犬に警視総監賞や刑事部長賞などが贈られます。犬が表彰されることは、警察犬係としても励みになります」(五十嵐警部)
そんな犬たちの頑張りをいつも見守るハンドラー。褒めたり遊んだりするほか、ご褒美として“特別なおやつ”を用意することもあるそうです。
「犬にとって嬉しいおやつってありますよね。カーラの場合は、頑張ったときにいつもと違うチーズやジャーキーを与えています。特別なおやつも取り入れて、カーラのやる気を引き出すというのでしょうか。もちろん褒め方やご褒美の与え方は、担当者によって異なります。私は犬に甘いので、ご褒美は多いかもしれません(笑)」(中川巡査部長)
警察犬の誕生日には、犬用のケーキや特別なごはんでお祝いすることもあるとか。ハンドラーは、警察犬を家族の一員のように愛情を持って育てる姿が伝わってきました。
普段はおてんば、仕事はしっかりやり切るカーラ号
カーラ号の性格について聞いてみると、「見てのとおり自由な性格」と中川さん。続けて、「天真爛漫なおてんば娘で、いろいろなものや人に興味を示し、好奇心旺盛です。人が好きで、よく見ています」と教えてくれました。
今日のように取材や見学などで職員以外の人がいるときは、カーラ号は中川さんが強く叱らないことを知っているのか、自由に振る舞うこともあるそう。この日の訓練後の遊びの時間、カーラ号は大好きなボールをくわえて訓練場の端へ行き、名前を呼んでも気ままに遊び続けていました。見慣れない取材班にも好奇心旺盛に近づき、訓練のときとは違うカーラ号の姿がそこにありました。
「私たちハンドラーは、犬が現場での任務を果たせるように毎日訓練をしています。カーラは自由な性格でおてんばですが、現場ではきちんと捜査をする犬です。ですから、現場活動や訓練以外は、『カーラの好きにしていいよ』という気持ちで育てています」(中川巡査部長)
カーラ号と中川巡査部長はペアを組んで5年。これまでどんな苦労があったのでしょうか。
「訓練がうまくいかず、『なぜカーラはできないの?』と悩んだことがありました。ハンドラーの焦りや苛立ちは、もちろん犬に伝わります。それでうまくいくはずはありません。できないのはカーラが悪いのではなく、私のやり方がよくなかったんですよね。なぜ失敗をしたかを冷静に考え、『次はああしてみよう』『ダメだったらこうしてみよう』と柔軟に取り組むことでできるようになりました」(中川巡査部長)
1日の大半をともに過ごすため「あ、今、気分が乗った!」「今日は調子が悪いな」などとカーラ号の些細な変化もわかるといいます。
「訓練がうまくいったときや犬が成果を上げられたときはやはり嬉しいものです。ハンドラーとして、犬の力を引き出し高められるように向き合っています。もちろん動物なので失敗もありますし、デモンストレーションを行う警察犬のPR活動では調子に乗ってしまうこともあります。『調子に乗りすぎだよ』と注意しながら、一緒に活動しています」(中川巡査部長)
犬のお世話や健康管理も警察犬係の仕事
ハンドラーをはじめ警察犬係は、食事やトイレ、散歩、ブラッシングなどの犬のお世話も仕事のひとつです。健康管理に細心の注意を払っています。
6:00 起床、排便
7:00〜10:30 訓練
11:00〜 食事、排便、休憩
13:00〜16:00 訓練
16:00〜 食事、排便、休憩
19:00〜20:00 夜間訓練
20:00 排便
21:00 就寝
※現場活動が入ったら出動する
訓練所には犬舎があり、1頭ずつ部屋が割り当てられています。就寝や食事、休憩の時間は自分の部屋で過ごします。
取材では午前中の食事と排泄の時間に立ち合わせてもらいました。
食事は1日2回。犬の体重や健康状態に合わせて与えています。食事の時間が終わったら、次はトイレの時間です。
訓練場に面して並ぶ個室の犬用トイレ。それぞれ扉が付いています。
まず犬舎の扉を警察犬係が開け、犬を送り出すと、犬は自主的にトイレに向かいます。別の警察犬係が犬を迎えてトイレに誘導し、扉を閉めます。犬は個室の落ち着いた空間で排泄を済ませます。自主的な行動ができるのは、訓練された犬ならでは。
「警察犬係は、犬の便や尿を見て、健康状態を確認しています。犬は体調が急変することがあるため、健康管理には特に気を遣っています」(五十嵐警部)
排泄を終えたら、警察犬係が扉を開けます。犬は再び自室に向かい、犬舎で休憩。食後すぐに訓練を入れずに休ませるのは、胃捻転などの思いがけない事態を引き起こさないためです。しっかり休んだら、午後の訓練が始まります。
訓練は、敷地を出て周辺の路上や河川敷などでも行っています。現場活動が入ったら、排泄をさせ、車に乗せて出動します。
「警察犬の捜査は24時間体制で入ります。日中だけではなく夜の捜査もあるので、暗い時間帯の活動に慣れるために夜間の訓練も実施しています。夜は静かで集中できますし、夏は少し涼しくなって訓練に向いています。犬の就寝時間を守り、健康に配慮しながら過ごしています」(五十嵐警部)
1日の大半をハンドラーと過ごす警察犬。ハンドラーが休みの日は、ほかの警察犬係が手分けしてお世話をしているそう。
「警察犬係では、毎日犬の体調の引き継ぎをしています。『歩き方が少し気になる』『食欲がなかった』『便がちょっとゆるい』といった犬の様子を共有し、細かく把握します。担当の犬でなくても、気になる症状があるときは病院に連れて行くこともあります」(中川巡査部長)
犬の個性を尊重しながら“人犬一体”で捜査に取り組む
たくさんの警察犬が暮らす訓練所では、犬同士の交流はあるのでしょうか。
「わたしたち警察犬係は、犬の性格や相性をとても気にしています。会えばケンカを始める犬もいますし、メス犬にだけは絶対に近づかないという犬もいます。ケガを避けるためにも、相性のよくない犬同士は接触させないように気をつけています」(中川巡査部長)
相性はもちろん、警察犬ごとに訓練に対する好みの違いも見えてくるといいます。
「苦手な訓練をするとき足取りが重くトボトボと歩く犬もいれば、臭気選別が大好きで跳ねながら向かっていく犬もいます。『この犬は楽しそうだな』『つまらなそうに見えるのはきっと好きではないんだな』などと、性格が見えてきます。そんな警察犬が、しっかり能力を発揮するためには、犬自身が訓練や警察犬活動に楽しく前向きに取り組めるようにすることが大切です。ハンドラーは、犬のよいところを伸ばし、苦手なことは犬に頑張ってもらいながら基準まで引き上げる。そんなスタンスでペアを組む犬に合わせて訓練を行っています」(五十嵐警部)
最後におふたりに警察犬係としてこれからの抱負をうかがいました。
「警察犬は、優れた嗅覚を使い人間にはできない仕事をしています。“人犬一体”という言葉があるように、人間と警察犬がともに取り組み、事件の解決に貢献したいと思っています。犬の力を最大限に生かすのは、担当者である私たち警察犬係の仕事です。安心して暮らせる社会のために、警察犬と一緒に頑張っていきたいと思います」(中川巡査部長)
「嗅覚を使って捜査する警察犬は、AIなどが進化する今の世の中では、非科学的と見受けられがちです。しかし、犬が持つ能力ははかり知れず、捜査に貢献できる可能性はまだまだ無限大です。さまざまな事件が起こり、手口も巧妙化している今、警察犬ができる捜査は発展途上ともいえます。新しい訓練方法も取り入れながら、警察犬がさらに貢献できるように尽力していきたいです」(五十嵐警部)
“人犬一体”で取り組む警察犬と警察犬係。今日もどこかで警察犬とハンドラーは粘り強く活動しています。
(取材・文/鈴木ゆう子、編集/小新井知子)