今、若い世代からも、また海外からも熱い注目を浴びている昭和ポップス。昨今では、音楽を聴く手段としてサブスクリプションサービス(以下「サブスク」)がメインで使われているが、必ずしも当時ヒットした楽曲だけが大量に再生されているわけではなく、配信を通して新たなヒットが生まれていることも少なくない。
そこで、本企画では’80年代をメインに活動した歌手・アイドルの、『Spotify』(2022年7月時点で4億3300人超の月間アクティブユーザーを抱える、世界最大手の音楽ストリーミングサービス)における楽曲ごとの再生回数をランキング化。当時のCD売り上げランキングと比べながら過去のヒット曲、現在のヒット曲を見つめ、さらに、今後伸びそうな“未来のヒット曲”へとつながるような考察を、昭和ポップス関係者への取材を交えながら進めていく。
今回スポットをあてるのは、「It’s Real Fresh 1000%」のキャッチフレーズで、清純派アイドルとして活躍した菊池桃子。インタビュー記事第1弾では、海外での人気もあり、アルバム『ADVENTURE』収録の楽曲「Mystical Composer」が再生回数1位であることや、国内で卒業ソングとしてスタンダード化した『卒業-GRADUATION-』についての思いを語ってもらった。(記事→菊池桃子が「みんなで盛り上がりたかった」斉藤由貴らとの“卒業対決”、ランキング上位の隠れた名曲とは)
このほかにも菊池桃子の楽曲には、当時のシングルセールスだけではわからない、令和のヒット曲が満載だ。今回は5位以下の楽曲について、順に見ていこう。
「ガラスの草原」は2バージョンとも人気に! 何よりリズムを重視して歌っていた
第5位には1987年の12thシングル「ガラスの草原」がランクイン。幻想的な雰囲気の漂うミディアム・バラードだが、こちらは韓国出身のDJ兼プロデューサー・Night Tempoによるミックス音源(Night Tempo Showa Groove Mix)が52万回を超える再生回数を記録。オリジナル音源の約49万回と合算すると、なんと唯一の100万回再生を超える人気曲となっている。ちなみに、当時のシングル売り上げは、桃子ソロとラ・ムー名義を合わせて上から13番目。高校を卒業し、アイドル全盛期からひと段落しつつあったころの作品だ(30歳を超えても現役アイドルが多い令和とは大きく異なり、当時のアイドルは10代のうちに成熟化を求められていた)。
当時のランキング番組では、主演ドラマ『恋はハイホー!』(日本テレビ系)撮影現場からの中継で、やや強めに歌っていることが多かった印象だが、これは翌年から活動を開始したロックバンド、ラ・ムーへの準備をしていたからだろうか。当時から気になっていたので尋ねてみた。
「まったくそんなことはありません(笑)! この歌は、単純にリズムに乗って歌うのが難しく、そのタイミングを逃したくなくて、真剣さが表情や歌い方に出たのだと思います。
アルバム『Shadow』(’22年7月発売)を作っていたとき、林哲司先生にも言われたのですが、私は歌うとき、何よりもリズムを重視しているんです。逆に、そこで融通が利かないのがダメなところで……(苦笑)。幼いころからピアノを習っていたので、譜面ありきで歌おうとするんですね。声のピッチの上げ下げは、先天的な要因で外れてしまうこともありますが、リズムは自分が努力すれば合わせられるので、その部分を頑張ってきました。当時、同じ事務所に(『オメガトライブ』ボーカルの)カルロス・トシキさんがいらしたのですが、彼や制作スタッフも同じようにリズムのことを気にしていて、私たちのあいだで、ある種のブームだった気がします」
そして、令和では前述のNight Tempoによるリミックス音源も人気に。彼の編集は、とにかくビートが効いていてダンサブル! その影響で、歌声が歌詞の途中で途切れたり、聴こえづらくなったりという部分もあるが、その点はどう感じているのだろうか。
「Night Tempoさんが手を加えてくださると、リズムの強弱がビビッドになりますよね。海外の方々は、それを聴いて踊るわけですが、まさにダンスミュージックに変わっているという印象です。それで、歌声が変わったとしても抵抗はありません。Night Tempoさんが、原曲にはない新たな魅力を作ってくださっていると思います。これにより、オリジナル音源を聴く人も増えているのですから、ありがたいことですよね」
確かに、ムーディーな「ガラスの草原」がダンスミュージックとして人気を博すとは、当時誰も想像がつかなかっただろう。その意味でも、Night Tempoの功績は大きい。
「もう逢えないかもしれない」「雪にかいたLOVE LETTER」今だから語れる話
そして、第6位には’85年の6thシングル「もう逢えないかもしれない」がランクイン。いわゆるシティポップというよりも、歌詞の切なさも相まって秋ならではの哀愁感が漂う、マイナー調のポップスだ。当時、グリコ『ポッキー』のCMソングとして記憶している人も多いことだろう。
「アイドルの方々って、もう少しメジャーなキラキラした曲を歌うというイメージが強かったので、いくら秋とはいえ、この曲は少し地味じゃないのかな……と、最初は気になっていました。
ただ、当時のスタッフが、“今、音楽を聴いているのは同年代の子たちかもしれないけれど、大人になったときにも抵抗なく聴けるのは、こういう曲なんだよ”と言ってくれていたので、ファンの方にとっても、そして私にとっても、いつかこれが正解になるはずだと思って歌ってきました。
私自身は、5歳のころからこういうマイナー調が大好きなんです。ピアノのお稽古でも、マイナー調だと何回も練習していくのですが、メジャー調の曲は、“なんだか心に響かない”とか生意気なことを言って、練習を怠りがちでした(苦笑)」
そういった思い入れの強さも、令和での人気につながっているのかもしれない。なお、翌’86年に発売されたシングルで、桃子の中では圧倒的に明るいといえる楽曲「Say Yes!」は、「心が前向きになるような応援歌を作ろう」というコンセプトを理解したうえで歌っていたという。決して本人がマイナー調に固執していたわけではない点を申し添えておきたい。
ところで、「もう逢えないかもしれない」は、テレビ番組『ザ・トップテン』(日本テレビ系)にて、なんと歩いている象の上に乗って歌唱するシーンがあった。当時、こんなシリアスな歌を象の上で歌うという、あまりに衝撃的な組み合わせに驚いた記憶がある。
「ランキング番組のセットは、現場で初めて見て“こんな風になっているんだ!”って驚くものもあれば、事前にやってみたいことや会ってみたい人をヒアリングされて、それを叶(かな)えてもらえるという機会もあったんですね。今回のケースは後者で、私がなぜか“象に乗りたい!”と言ったのを叶えてもらったんですよ。でも、まさか“歌いながら”だとは思っていなかったので、とても驚きました。たぶん歌いづらかったと思います(笑)。でも今となっては、そういう映像が残っていて面白いですよね」(※:LIVE DVD『30th anniversary 菊池桃子 in トップテン―日本テレビ秘蔵映像集』にも収録)
そして第11位は、’84年末にリリースされた3rdシングル「雪にかいたLOVE LETTER」。『ザ・ベストテン』(TBS系)、『ザ・トップテン』ともに9回もランクインするという、桃子の中では当時、最長のヒットとなった。
「ランキングでの数字がいいときは、スタッフの盛り上がりを見て安堵(あんど)しましたし、純粋にうれしかったですね。逆に、結果が振るわないと、スタッフのなんとも言えない雰囲気も伝わってきました。シングルでいうと、デビュー曲『青春のいじわる』や2曲目『SUMMER EYES』は、周囲から“もうちょっと売れてもいいのに”という感じを受けました。
なので、『雪にかいたLOVE LETTER』のときは、周りも明るく喜んでくれて、まさにヒットを実感しましたね。でも、ランキングが上がるのはうれしいのですが、それをキープしていかなければというプレッシャーものしかかるので、怖くもあるんです。この歌はクリスマスソングなのですが、新年になってもランクインしていたので、ラストの“Merry X’mas”というセリフを、年明けは“A Happy New Year!”と変えて歌っていたんですよ。それは、とても楽しい思い出です」
ちなみに、’84年は荻野目洋子、岡田有希子、長山洋子、渡辺桂子、宇沙美ゆかりなど、注目された新人アイドルも多かったが、彼女たちとの交流はあったのだろうか。
「とても仲よしでしたよ。当時の芸能界には、少なからずとも上下関係がありましたので、先輩方には気をつかっていました。そういう中で、同期のみんなとは仲間意識が強くて、心休まる存在でした。決して険悪なライバル関係ではなかったです。家に帰ると、電話もしていましたね」
ラ・ムーからはアルバム曲が上位ランクイン! リミックスも登場し再注目に期待
さらに、11位以下には第12位と第16位にラ・ムーの楽曲も! 上位には、当時のブラック・コンテンポラリーの王道とも言える演奏や女性コーラスがクールに響く「Rainy Nigth Lady」と、浮気をされた女性が自ら別れを告げるという歌詞を軽快なサウンドに乗せた「夏と秋のGood-Luck」がランクイン。いずれもアルバム『Thanks Giving』のオリジナル曲で、シングル表題曲ではないのもポイントだ。
当時は、FM情報誌などで「アイドル歌手がバンドなんて!」と批判的な風潮も強かったが、今そのような先入観を払しょくして聴いてみると、サウンドはカッコいいし、桃子の声も聴きやすいし、唯一無二のバンドだったことがわかる。本人は、林哲司サウンドから離れてロックバンドへ転身したことを、どう受け止めていたのだろうか。
「デビュー当時から同じプロデューサーやスタッフの方々と一緒にやってきたので、私の中では新しいことをするときも、“彼らを信じていれば間違いない”という気持ちしかありませんでした。また、当時はSNSがないこともあって、マイナス評価のコメントは私には届いていなかったですね。
それと、林哲司先生とは決して関係がこじれたわけではありませんし、また別のステップでご一緒できると思っていたので、戸惑いはありませんでした。何より当時、とても忙しい林先生を見ていたので……」
そして’22年の10月には、ラ・ムーの名曲「青山Killer物語」と「少年は天使を殺す」もNight Tempo Showa Groove Mixとして登場。「青山~」はラ・ムーのラスト・シングルながら、4枚のシングルの中ではもっとも再生されている人気曲だ。オリジナルでは桃子の歌声もメロディーも素直に耳に入ってくるが、このリミックス音源では、ほどよくダンサブルに変身している。他方、「少年は~」のほうは、歌詞のループやスキップなど、大胆な編集がなされている。
「ラ・ムーが語られるとき、大抵はデビュー作の『愛は心の仕事です』になるのですが、Night Tempoさんがあえてそれを使わないことが面白いなと思いました。今回のリリースで、特に『青山Killer物語』が再評価されたら、うれしいですね」
桃子の話を聞いていると、作家やスタッフなど仲間を信じたうえで、自分の力量を発揮しようと努力していたことが随所に表れている。そうした信頼関係も、時代や国境を越えた楽曲のヒットにつながっているのかもしれない。続くインタビュー第3回は、Spotifyでの人気曲全般についてや、’22年の新作アルバム『Shadow』の収録曲についてもじっくりお話してもらう。
(取材・文/人と音楽をつなげたい音楽マーケッター・臼井孝)
【PROFILE】
菊池桃子(きくち・ももこ) ◎1968年5月4日生まれ、東京都出身。B型。’84年に映画『パンツの穴』でデビューし、同年「青春のいじわる」で歌手デビュー。当時のキャッチフレーズは「It’s Real Fresh 1000%」。爽やかで透明感のあるアイドルとして人気を博した。’12年3月、法政大学大学院政策創造専攻修士課程修了。その後、母校の戸板女子短期大学にてキャリア形成論等の講義を担当。現在は女優・歌手活動のほか、CM・ラジオ・講演など多方面で活躍中。’22年7月には、シングル楽曲の“陰”に隠れた名曲を最新リマスタリングし、林哲司が新曲2曲をプロデュースしたアルバム『Shadow』をリリースした。
林哲司 SONG FILE with Special Guest 菊池桃子 -Live “Again”-
◎2022/11/30(水)@ビルボードライブ横浜
1stステージ 開場16:30 開演17:30/2ndステージ 開場19:30 開演20:30
◎2022/12/3(土)@ビルボードライブ大阪
1stステージ 開場15:30 開演16:30 / 2ndステージ 開場18:30 開演19:30
※公演詳細、チケット情報は以下URLをチェック!
・横浜公演→http://www.billboard-live.com/
・大阪公演→http://www.billboard-live.com/
『渋谷のザ・ベストテン』#菊池桃子&#ラ・ムー 限定ベストテン企画
◎『渋谷のラジオ』水曜・12時〜の10/26&11/2放送分にてランキング発表!
◎対象:菊池桃子&ラ・ムー名義でリリースされたCDまたは配信楽曲(「渋谷で5時」「恋のフライトタイム」は除く)