『らんまん』22週、万太郎(神木隆之介)は台湾で学術調査をした。日本統治下の台湾に、陸軍省が送った調査団に加わったのだ。軍の命令に反し、ピストルを持たずに行くことにした万太郎。時流に乗らない。最終回に向け、万太郎の姿が固まってきた。
1893(明治26)年、助手としての出勤初日の万太郎に教授の徳永(田中哲司)が命じたのは「標本整理」だけだった。万太郎がドイツの様子を尋ねると、「標本の数で世界と張り合おうとしていたのが間違いだった。数では勝てない」と答える徳永。「勝ち負け」ではないと言いかける万太郎をさえぎって一言、「勝ち負けなんだ、槙野」。
翌年、日本は日清戦争に勝利。以来、富国強兵度は上がる一方だから、中心にいるのは陸軍省。それをみんなが納得していることは、ドイツ帰りの助教授・細田(渋谷謙人)による「国が力をつけて、初めて俺たちの立場も変わるんだ」の力説からも明らかだ。台湾視察の一員に万太郎を推薦した里中(いとうせいこう)は、「槙野君、世の中が変わったねえ」と言っていた。そんなマッチョな時代に、植物由来の非マッチョなのが万太郎だ。
21週に岩崎(皆川猿時)が料亭「巳佐登」で催した菊の品評会でも、万太郎は「植物に優劣をつける」ことへの違和感を表明していた。国家に優劣をつけることへの違和感も、その延長線上にあるのだろう。台湾にピストルを持って行かないだけでなく、言葉を覚えて使おうとする。発見した植物の学名に現地での呼び名の一部を入れる。「おまん、誰じゃあ」と植物に話しかける。その心のままなのだろう。
“孤高な学者”万太郎と波多野との違い
一方、7年のブランクの間に、万太郎は時代遅れになっていた。植物学が顕微鏡時代に入っていたのだ。万太郎とともにヤマトグサを発見した大窪(今野浩喜)は、大学を去る。「地べたをはいずる植物学など終わった。手間だけかかって見栄えしない。もう見向きもされない」と毒づく。ヤマトグサのことを、「世の中、誰も知らねえんだよ、あんなひょろっちくて、可愛いだけの(植物)」と言う。屈折しながら、にじむ植物愛。大窪が愛おしいような気持ちになる。
そういう複雑さが、万太郎からは見えない。帝国大学はすっかり国家のためのものだから、腑に落ちないことが起こるし、異議を唱えても否定される。でも万太郎は、一瞬つらそうにするだけだ。メンタルが強いといえばそれまでだが、いったいどこから来るのだろう。と思っていると、ちゃんと答えがあった。
それは、波多野(前原滉)との、懐中時計を分解したという昔話だった。波多野が「時間をどうとらえているのかが不思議で、時を司る仕組みを知りたかった」というと、万太郎は感心しつつ「わしはただ、どういて動くかが不思議やった」と答える。仕組みを知りたい波多野。ただただ見たい万太郎。この違いは大きい。
波多野はこの後、イチョウの受精を司る精虫を発見する。徳永は「日本の植物学が世界の頂点に立った」と泣いていたが、波多野はしらけた顔をしていた。だから波多野は万太郎とも仲がよいのだと思いながら、それでも2人の違いを思う。波多野の発見は、画工の野宮(亀田佳明)との共同作業だった。万太郎の「見る」は自己完結した行動だ。万太郎=孤高な学者。これからその方向がますます強調されていくはずだ。その強さのルーツは、「見たい万太郎」なのだ。
と、分析はできた。でも、心は弾まない。これが『らんまん』の困ったところだ。日清戦争が背景として描かれて思ったのが、『坂の上の雲』的、司馬遼太郎的世界だなあということ。今どきなら池井戸潤か。要は万太郎も、男子校ワールドの住民だと感じてしまう。土下座とかしないタイプだから、いいけどね、と。
料亭の仲居として大活躍する寿恵子
というわけで、今週もまた心弾んだのは、「巳佐登」だった。戦争特需でにぎわう店を仕切るみえ(宮澤エマ)も凛々(りり)しいが、寿恵子(浜辺美波)の躍進がめざましい。『八犬伝』を講談調で語って座をもたせ、ご祝儀をもらいまくる。深夜に人力車で帰り、車夫に「お世話さま」と声をかけて降りる姿がすっかり板についている。
そしてもう1人、なにげにカッコいい女性がいた。それは長屋の差配・りん(安藤玉恵)。洗濯物を干しながら“老後”を語り、「まあ、あたしゃ、最後は家主と暮らすけどさ」と突然告白する。えー、そうだったのかー、りんさんってもしかして事実婚? 自然と口元が緩む。カッコいい彼女らに、心が浮き立つ。時空を超えて、今と重ねる。それが朝ドラ、男子校よりこっちでしょう。
ところで22週の最後、万太郎は「人間の欲望に踏みにじられる前に、すべての植物の名前を明らかにして図鑑に永久に刻む」と宣言していた。最終回までのミッションを、今っぽい理屈込みで改めて視聴者に提示した。が、正直なところ、成否はどちらでもよい。それより私が興味津々なのは、寿恵子の商売だ。
渋谷に家を買い、待合茶屋を開かないかとみえ夫妻に持ちかけられている。万太郎は必ず大成するという寿恵子に、「だったらあんたも、一緒に駆け上がってみなさいよ」と、みえ。すごく今っぽい提案だ。一方、寿恵子の妊娠も描かれた。出産かビジネスか。両方選ぶことを絶賛期待中だ。
《執筆者プロフィール》
矢部万紀子(やべ・まきこ)/コラムニスト。1961年、三重県生まれ。1983年、朝日新聞社入社。アエラ編集長代理、書籍部長などを務め、2011年退社。シニア女性誌「ハルメク」編集長を経て2017年よりフリー。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』『雅子さまの笑顔 生きづらさを超えて』など。