優しそうな笑顔を見せる彼は、DDTプロレスリング所属のレフェリー・木曽大介さん。リングの上では、どんなに巨体な選手を前にしても、カウントを取るために奔走します。インタビュー後編も、まだまだベールに包まれたレフェリーの仕事についてお聞きします。
(インタビュー前編→DDTプロレス・木曽大介が30歳で修業を始めてレフェリーになるまで。試合中は選手のキックで顔面流血も)
レフェリーから見ていい試合とは?
──試合を観ていても、絞め技などはかかっているのか遠目からわからないときがあります。レフェリーはどのように判断していますか?
「ひとつは表情ですかね。やっぱり、技をかけているほうとかけられているほうの表情や動き。小嶋(斗偉。DDT所属)と青木さん(青木真也。格闘家)がシングルで戦ったときに、小嶋が青木さんをスリーパーでずっと絞めていたのに、青木さんに足だけで一瞬で極められちゃった試合があった。観客から見たら“小嶋が勝ったかも”という雰囲気だったけれど、僕は格闘技をやっていたころに自分が同じ流れで何回も負けていたので(笑)、青木さんに“ギブアップ?”と聞きながらも、小嶋が危ないんじゃないかなって思っていた。そうしたら案の定、青木さんに極められちゃいましたね」
──レフェリーから見ていい試合ってありますか?
「いい試合っていうのかわからないけれど、レフェリーをしていても全然疲れない試合があるんですよ。ランナーズハイと同じ感覚じゃないですかね。アドレナリンが出すぎて、楽しいんです。そういう試合って、ファンの人からも“すごくいい試合だった”って言われることが多い」
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──タイトルマッチやメインの試合は、レフェリーの方も気合が入ったりしますか?
「第一試合だから、メインだからといって気持ちは変わらないけど、タイトルマッチになるとお客さんの期待値が高いですね。例えばカウントに行くのが遅れるとか、ロープエスケイプ(技をかけられていても、身体の一部をロープの外に出すことで技を外すことができる)にレフェリーが気づかなかったら、お客さんのテンションが一気に下がっちゃうと思うんですよ。だから絶対にそういうことはしないし、下手を打てないぞっていう緊張感がありますね」
──プロレスには、「ハードコアマッチ」や「デスマッチ」という凶器の持ち込みが可能な試合もあります。木曽さんはそのような形式の試合のレフェリーはしたことがありますか?
「ハードコアマッチはあります。ハードコアでも、ケガするようなものがリング中に転がっていますからね。凶器として使われる大型のプラスチックケースは、破損していると手とか切れちゃうんですよ。レゴブロックも気づかずに叩いちゃうと、“痛っ!”ってなる。でも地味にめちゃくちゃ痛かったのは、リング内にあった紙テープを片づけようと思って、ロープの下からリングに滑り込んだらロープが鼻に当たったんです。本当に痛くって、鼻が折れたかと思いました。ロープって、ワイヤーが入っているので硬いんですよね」
──よくリング上で木曽さんがロープの緩みをチェックしているのを見かけますが。
「あれはロープの張り具合を確認しています。ロープはコーナーのバックルを巻くと締まるんです。でも試合が進むとリングにかかる重みや衝撃でどんどん緩んでいく。だから、試合ごとに張りを確認して、リングの下にいる若手スタッフに巻くように伝えています」
──レフェリーだけではなく、リングの設営から何でもされていますね。
「何でも屋じゃないと向いていないですよ。若いときに、先輩レスラーから“どこに行っても自分がいちばん下だと思って仕事しな”ってアドバイスされたんです。自分がいちばん下だと思って仕事をしていれば、絶対に間違いがないと言われたので、自分もそうありたいなと思っています」
木曽さんは東京女子プロレスの先生!? 伸びる選手とは?
──DDT以外では、東京女子プロレス(以下、東女)でもレフェリーをされています。男女の違いってありますか?
「DDTでデビューしてから、アイスリボン、スターダム、REINA女子プロレスといろいろな女子団体にレフェリーとして呼ばれたんです。そのときは、戦術というか技の出し方とかは男子とは違うなって感じましたね」
──木曽さんはご自身のブログやTwitterで選手について書かれていたり、試合の見どころについても触れています。
「少しでもプロレスファンの裾野を広げたいと思って。選手についてはいい部分は書いてあげたいんです」
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──先生みたいですよね。
「ははは、この子たち(貼ってある東女のポスターを指しながら)にしてみたらそうかもしれないですね。でも基本的には、試合でしか会っていないんですよ」
──身近で選手たちを見ていて、こういう子が伸びるっていうのはありますか?
「いろいろなタイプがあると思うんです。挨拶も礼儀もきちんとしていて、練習もまじめに取り組んでいる子ってすごく伸びる可能性が高いじゃないですか。でも遅刻や忘れ物ばかりしている子も伸びたりする。要は“プロレスを好きかどうか”じゃないですかね、男も女も。あとは理想像に近づきたいという気持ちがすごく強いタイプが、それに少しずつ近づいていけるのかもしれないですね」
──レフェリーは体力的にもすごくハードだと思いますが、健康管理のためにされていることはありますか?
「ジムですかね。レフェリーって試合に巻き込まれるかもしれないじゃないですか。だから朝から練習しているんですよ。運動とか習い事って何でも始めるのが遅いとか、早いとか関係なくて、やっていないよりは始めてる時点で勝ちなんだって思いますね」
理想は“いたのを気づかれないレフェリー”
──木曽さん自身は、どのようなレフェリー像が理想ですか。
「プロレスのレフェリーっていろいろなタイプの方がいて、すごく面白いと思うんです。見た目や動きの速さ、大きさ、声の出し方……そんな中で自分が目指してるのは、どちらかというと無個性なほうなんです。
昔、元レスラーの木村響子さんが現役だったころに、試合が終わった後に片づけをして挨拶に行ったら、“あれ、今日いたっけ?”って言われたんです。“レフェリーしたじゃないですか”って答えたら、“それぐらい存在感がなかったってことは、選手の邪魔にならなくて、ちゃんと試合を裁いているわけだから、すごくいいことだよ”っておっしゃってくださった。僕にとっての選手との距離は、“今日いたの?”って言われるぐらいがちょうどいいですね(笑)」
──裏方でいうと、木曽さんは選手たちに交じってリングの片づけもしていますよね。
「僕はDDTのリングトラックも運転していますからね」
──リングトラックとは何ですか?
「ばらしたリングや大きい荷物を積んで運んでいます」
──レフェリー以外にも、リングの設営から機材運搬までされているのですね。
「何でもしないとね。お給料がもらえないんです(笑)」
──木曽さんはDDT以外にも東女、ガンプロと3団体でレフェリーをしていて、それぞれの選手も把握していないといけないし大変ですよね。レフェリーの面白さってどういう部分でしょうか?
「オリンピック競技のレスリングでは、フォールって1秒以上って明確な決まりがあるんです。でもプロレスって3カウントだけど、3秒じゃない。レフェリーによる違いも出るから非常に面白いと思います。ジョー樋口さんはどちらかというとカウントが遅いんですよ! だから子どものころは、“もう、何やってるんだよ! (和田)京平さんなら今の勝っていたよ!”って見ながら思っていました(笑)。でも、三沢(光晴)さんがスタン・ハンセンに初めて勝利したときのレフェリーがジョーさんで。エルボーでハンセンが倒れてるのに、“(カウントが)遅いよ!”って。でも3カウントが入った瞬間に、武道館が大爆発したんです。そういう面白さってあると思いますね」
──子どもがプロレスごっこをするときに、レフェリーのマネをしたりします。そうするとレフェリーって簡単にできるのかなって思われたりしませんか?
「そう思わせたら、こっちの勝ち。それがいい。そうやって周りから見えているのなら、僕が思ったとおりにできてるんじゃないですかね?」
ドラマ『俺の家の話』のプロレス監修で大変だったこと
──長瀬智也さん主演の『俺の家の話』(TBS系ドラマ・2021年放送)では、プロレスシーンの監修を務めていました。こちらの作品にかかわるきっかけは何でしたか?
「もともとは、ガンプロの勝村(周一朗)さんと長瀬智也さんが幼なじみだったんです。撮影が始まる結構前から、勝村さんが長瀬さんから“宮藤官九郎さん脚本でプロレスのドラマをやるから協力してほしい”と言われていた。そうしたらTBSに呼ばれて、プロデューサーの磯山(晶)さんから本当に“お願いします”と言われて、“まじっすか!”って驚きました(笑)」
──ドラマでのプロレスを表現するのはどのような部分が大変でしたか?
「そうですね。僕はプロレスファンが観て、“こんなのありえないよ”ってリアリティがないものにはしたくなかったし、ファンに悲しい思いはさせたくなかった。でも逆にプロレスを知らない人が観ても楽しめるようにしなければならないので難しかったですね。そのバランスに気をつけて、制作陣と意見を戦わせながら作っていきました」
──レスラー役を演じた長瀬さんの評判もよかったですよね。
「確かに長瀬さんはめちゃくちゃ練習していましたね。練習中に、長瀬さんが必ずおやつを食べる時間があったんですよ。なんでだろうって思ったら、やせないために時間を決めて食事を摂って、体格を大きくしていたんですよね」
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──木曽さんは、レフェリーはいつまで続けたいですか?
「できれば身体が動かなるまでやりたいです。毎週、試合があるじゃないですか。まるで何回も文化祭があるみたいな感じなんです。DDTは両国国技館で何度もビッグマッチを行っているのですが、エンディングにMISIAさんの『INTO THE LIGHT』が流れるんです。その曲を聞くと、どれだけつらくても“頑張ってよかったな”って思っちゃうんですよ。何もないところにリングを作って、イスを並べる。そこにお客さんが入ってきて、“楽しかったね”と言って帰っていく。またリングを片づけて……って続いていく。まぁお金も欲しいですけど(笑)。それの繰り返しですね」
──実際に辞めたいと思ったことはありましたか?
「ないですね。選手も含めてプロの職人が集まってひとつのものを作り上げるのが楽しいんですよね。僕はどれだけキャリアが長くなっても、若い子とリング設営から一緒に作っていくと思いますね」
◇ ◇ ◇
天職という言葉がありますが、好きならばこそ続けられる仕事もあるもの。リングの上ではなくてはならない存在のレフェリー。その個性に気づくと、さらに試合が楽しくなるかもしれません。
(取材・文/池守りぜね)
〈PROFILE〉
木曽大介(きそ・だいすけ)
1978年1月24日生まれ、石川県金沢市出身。2年間の下積みを経て2010年にレフェリーデビュー。栄養士、ライターの肩書を持ち、元サンビスト、元講師でもある。地方巡業ではリングトラック班として深夜の高速道路を疾走中。
Judgement2023 〜後楽園史上最長5時間スペシャル〜
DDTプロレスが、2023年3月21日に後楽園ホールで旗揚げ26周年記念大会を開催する。後楽園史上最長の5時間興行で、全14〜15試合を予定。
チケットは好評発売中!
■3月21日(火・祝) 12:00開場 14:00試合開始
詳細はDDTオフィシャルHPをチェック!
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