バイデン米大統領が2023年2月20日、ウクライナの首都・キーウを“電撃訪問”した。ロシアが昨年2月24日にウクライナ侵略を開始してから、バイデン米大統領がウクライナに足を運んだのは今回が初めて。ウォロディミル・ゼレンスキー大統領と会談し、その後の両首脳による記者会見では、侵攻に抵抗を続けるウクライナの国民をたたえた。
ウクライナ侵攻は終わった話ではない。現地の人々は何を思っているのか
いまだに激しい戦闘が続くウクライナだが、約1年にわたる紛争を受けて各国に“支援疲れ”が表れ始め、マスコミの情報も細る中で、戦争で犠牲になる人々の数は増すばかりの状況であった。そんな中でのバイデン氏による電撃訪問はウクライナに再び注目を集め、支援の気運を高める狙いがある。
戦禍のまっただ中にいるウクライナの人々はどんな暮らしを強いられ、世界に何を訴えたいのか。私、たかまつななは2022年の8月にウクライナを訪れ、30人に話を聞いた。現地の人々は支援を求めることを意識し、取材の申し出にも、快く積極的に協力してくださった。若者たちが口々に「ロシアとの間に壁を作るべきだった」「ロシアが侵攻をためらうような経済大国になるべきだった」「NATOに入るべきだった」「武器をもっと準備しておけばよかった」などと話してくれたのが印象的だった。
一方で、報道する側の立場であるウクライナ人のジャーナリストは、どんな思いでこの侵攻に向き合っていたのか。現地ジャーナリストの中には、「ゼレンスキーが攻めてこないと言っていたから、そう思っていた」など、責任を回避するような言動をする人も目立った。政府高官の汚職が次々と発覚しているウクライナ。言論やジャーナリズムが育っておらず、民主主義の成熟度がまだ低いという一面もあるようだ。
バイデン米大統領の電撃訪問から“ほとぼり”が覚めないうちに、当時インタビューに答えてくれたジャーナリスト3人の声を振り返りながら、今一度、ウクライナ侵攻問題と向き合っていきたい。
◎ユーリャ(ジャーナリスト・ 31歳)
ユーリャはテレビ局で娯楽番組の制作に携わっていた。しかし、戦争が始まったことで娯楽番組の放映が中止になり、退職に追い込まれた。テレビでは今、ほとんどの時間にニュースが流れている。ユーリャのように、多くの人が職を失ったという。
「ロシアがウクライナに侵攻した’22年2月24日の2日前は娘の誕生日で、家族みんなでお祝いをしていました。しかし、悲しいことに話題は娘についてではなく、“本当に戦争が始まるかどうか”を一晩中、議論していたんです。戦争は現実となり、侵攻の翌日に戦火を避け、避難を決意しました」
誕生日を祝うための風船や食べ残しのケーキ、まだ開けていないプレゼントを部屋にそのまま残して、あわただしく家を出た。家に戻ったときには花は枯れ、ケーキも乾ききって、原型をとどめていなかった。それでもユーリャは、「家に戻れたことは幸運だった」と話す。
侵攻前に、“ロシアに侵攻される”、“西側に武器の支援を要請した”という情報があることは知っていたものの、ウクライナの政治家が、戦争が起こらないように対策してきたと信じており、侵攻が始まるとは思ってもみなかったという。
「戦争は恐いですが、ゼレンスキー大統領に信頼をおいていますし、国民も自由のために戦わなければならないという信念があります。今はまだ、ウクライナを離れるつもりはありません」
たかまつななの取材に対して、「ウクライナで何が起こっていたか、日本のみなさんに知らせてくれることに感謝している」と言い、「ウクライナはヨーロッパや世界の代わりに砲撃を受け続けている」と、支援を求めた。
◎アナスタシア(ジャーナリスト・27歳)
アナスタシアは「私たちの“兄弟”が、どのような意図を持って私たちの土地にやってきたのか知ってもらうためにも、このような機会は重要だ」と、ロシアへの皮肉を込めてインタビューに応じてくれた。
ロシアがウクライナに侵攻するとは信じておらず、24日の爆発音で初めて事の重大さを知ったという。
「即座に荷物をまとめ避難しようとしましたが、道は大混雑。小さい子どもがいたため、避難は諦め、家族でキース(北東部の都市)にとどまり続けています」
戦争が始まる前に領土防衛隊が結成されていたものの、侵攻が起こるとは想定していなかった。アナスタシアは、
「防衛隊の志願者は武器を持ち、ウクライナを起こりうる脅威から守ろうとしていました。兵役義務がないにもかかわらず、戦争が始まったときから勇敢にロシア軍と戦っているんです」
と、誇らしげに語った。
彼女はロシア軍の戦車が、市民の乗っている車を轢(ひ)いたのを目撃している。そのときも領土防衛隊が戦車に乗ったロシア人をつかまえて、警察に引き渡した。戦争が始まってから、アナスタシアの知り合いも大勢がボランティアに参加。危険な地域から市民を避難させたり、食料を援助したりしてきた。
戦争を起こさないために何をすべきだったのか。「誰もが最後まで、戦争が起こるとは信じていなかった」と言いよどむ。政府に対しても、「ロシアがキーウを3日で陥落させると言っていたのに、現実にはウクライナは半年以上も耐え続けている」として、批判はしていない。
ジャーナリストとしては、正確な情報を届けることに腐心した。
「ロシアによる強力なプロパガンダに対抗し、インターネットやラジオ、テレビ、SNSなどを最大限に利用し、情報を発信し続けました」
ロシアの隣国であるにもかかわらず十分な危機感のない日本に対してコメントを求めると、「外交手段で物事を解決するのは不可能。ロシアとの国境に壁を作るべきだ」と、強硬な提案もした。
◎セルゲイ・トゥマソフ(ジャーナリスト・57歳)
セルゲイ・トゥマソフは風景写真家として活躍するかたわら、大学で教鞭も執(と)っている。世界中を旅行し写真を撮っていたが、戦争が始まって生活が一変。今はジャーナリストの認証を受けて、ロシア軍の犯罪の爪痕を写真に収めている。
セルゲイも、やはりロシア軍が侵攻してくるまで戦争が始まるとは信じていなかった。2〜3週間くらい前、米国が戦争が始まる可能性を示唆していたが、それでも国民の9割は信じていなかったという。
「この時代に戦争を始めるというのはあまりにも馬鹿げている。なんの利益も国にもたらさない非合理的な決断ですから、まさか現実にはならないだろうと懐疑的でした」
しかし2月22日、侵攻の2日前にプーチンが行った演説で、ルハンスクとドネツクを国家として承認したとき、ウクライナへの攻撃があると確信。
’14年にクリミア半島を占領されてしまったのに、それでも侵攻を予期できなかったのはなぜか。「難しい」と、ひと言つぶやくと、しばらく考えて言葉をひねり出した。
「私たちウクライナ人の楽観的なメンタルの特徴と言えるかもしれません。’14年に侵略をストップさせた時点で、プーチンは落ち着いてくれるものと思っていたのかも」
それでも侵攻前に、「すぐ避難できるように必要最低限のものを集めた避難用リュックを用意してください」「避難プランを考えておいてください」「窓ガラスにテープを貼っておきましょう」といった情報は出回っていたが、それでも人々は実際の攻撃が始まるまで、真剣に考えてはいなかったという。
セルゲイは今回の侵攻を「ジェノサイドだ」と断じる。
「今の状況は普通ではない。この時代にヨーロッパの真ん中で罪なき人々が殺されるなんて。こんなことが起こるだなんて、いったい誰が予測できたでしょう」
また、彼は「どんなジャーナリストでも、“明日、戦争が始まる”といった情報を流すことに対しては、大きな責任を負う」と言う。セルゲイによると、ウクライナ政府からも事前に情報はなかった。ジャーナリストは政府の拡声器としての役割が求められるとし、「政府からの情報がない以上、戦争が100%始まると言い切れる人はいなかった」と話した。
「ロシアの侵攻を事前に防ぐことは不可避でしたが、あるいはアメリカのような強い国が、ウクライナをNATO諸国と同様の扱いをすれば、プーチンを思いとどまらせられたかもしれません」
日本とロシア間に「北方領土問題」が存在していることを知っており、「ロシアを信じてはいけない」と言い切った。「ロシア、中国と接する日本は、常に有事に対して備えておくべき」とも。
彼は足に大ケガを負っている。’22年5月、ボランティアとして食材などをバスで運搬していたとき、北東部の都市・ハルキウの近くで砲弾を受けた。
「弾は座席の真下で爆発。足を骨折し大量の出血に見舞われましたが、運よく近くをウクライナ軍が通り、僕ともう1人、同じく足を骨折した男性を救出して病院に運んでくれました。いろいろな病院を転々として、すでに10回も手術を受けたものの完治せず、あと何回手術を受けることになるか、わかりません」
自身の経験から、「ウクライナで必要な支援は、武力だけでなく医療だ」と言う。薬などの医薬品のほかに、人的な支援も求めている。
取材を終え、侵攻から約1年がたつ今、たかまつななが改めて思うこと
もし日本が他国から攻められたとしたら、日本の報道機関は侵攻を止められなかったことへの後悔を述べると思う。だからこそ、ウクライナのジャーナリストたちが「政府が侵攻はないと言った以上、報道機関が警告できないのは仕方なかった」と話したことに驚いた。ウクライナ侵攻を予測していた人は確かに少なかった。でも、アメリカの一部のインテリジェンスは警告をしていたし、報道機関がうまく機能すれば、侵攻を防ぐ役割を果たせていたかもしれない。報道には大きな力があり、今回のバイデン米大統領のキーウ訪問だって、日本でも大きく取り上げられるニュースとなった。今再び、ロシアによる侵攻からウクライナと民主主義を守るために、支援の気運が高まることに期待したい。
残念ながら、武力によって現状を変更をしようとする国がある以上、自国を守るために行動をする必要がある。日本は北朝鮮、中国、ロシアに囲まれており、ウクライナは対岸の火事ではない。日本がウクライナから何を学ぶかは重要である。
(取材・文/たかまつなな)
【PROFILE】
たかまつなな ◎株式会社笑下村塾 代表取締役。’93年、神奈川県生まれ。時事YouTuberとして、政治や教育現場を中心に取材し、若者に社会問題を分かりやすく伝える。18歳選挙権をきっかけに、株式会社笑下村塾を設立し、出張授業「笑える!政治教育ショー」「笑って学ぶ SDGs」を全国の学校や企業、自治体に届ける。著書に『政治の絵本』(弘文堂)『お笑い芸人と学ぶ13歳からのSDGs』(くもん出版)がある。
◎たかまつなな公式Twitter:@nanatakamatsu