『atelierBluebottle』は、2013年に辻岡慶さん・里奈さん夫妻が始めた、いま注目の登山系ブランド。インタビュー前編『「数字を見て商品を作りたくない」好きな仕事が嫌いになり、自分たちですべてを作るブランドを立ち上げたデザイナー夫妻の物語』では、企業デザイナーだったふたりが、自分たちのブランドを立ち上げ、自分たちですべてを作ることにした理由を聞いた。
その記事の冒頭で紹介した、『atelierBluebottle』のHPに掲げられた「僕たちのことば」には続きがある。
「その場所でしか買えない」モノ。そんなブランドにしたかったのです。
商品も売り方もシンプルに。
それが僕たちの考え方です。
後編では、この言葉の真意に迫りたい。
「あったらいいな」が開発の原点
高級バッグメーカーで企画営業の仕事をしていた辻岡慶さんと、高級レディースバッグのデザインを担当していた辻岡里奈さんの夫妻。ふたりがそれぞれの仕事を辞め、始めたのが登山用バックパックを中心としたブランド『atelierBluebottle』だった。
当初はバックパックやサコッシュなどのバッグ類が中心だったが、スタートして2年後、初めてのアパレル商品である靴下を販売。現在では、Tシャツにパンツ、レインウエアなど登山に必要な衣類がそろうようになった。ひと目でわかる特徴は「登山ウエアに見えない服」。
慶さんが言う。
「登山ウエアというと雪山用にしても夏山用にしても、整備された登山道を歩くのではなく、岩壁を登るなど非常にハードな場所へ行くことを想定しているものがほとんど。でも自分で使うと、そこまでの性能は必要ないことがわかる。それで、ずっと思ってきた〈もっとこうだったらいいのにな〉を形にしたい! というのがアパレル開発のスタートなんです。たとえば靴下は、地下足袋(じかたび)を応用すれば、指先に力が入りやすくなって登山に最適な靴下になる、と思ったのがきっかけです」
「服のデザインは、お金がたくさんあれば山用と街用で買い分けることができるのでしょうけど、自分はそうじゃなかったから、山用と街用が共用できたらいいのに、とずっと思っていたのが前提としてあります。だから、『atelierBluebottle』で登山用の服を作るなら、形までスポーティすぎる必要はないと考えました」
確かに。登山用のTシャツはぎゅっと詰まった、体育着のような丸首がほとんど。対して、『atelierBluebottle』のTシャツは鎖骨が見える程度のゆったりとしたラウンドネック。
「ちょっと変えれば、もっと着心地がよくなるのにな、とずっと思っていて。世の中に出回る商品の大半が、おそらく特に吟味せず、こういうものでしょ、と流れ作業のように作られたものばかりだと思うんですよね。たとえば雪山用ジャケットといえば丈が短いものがほとんどですが、理由はハーネスを着用したときに丈が長いと邪魔になるから。
でも、僕のように氷の壁に登らず雪山を歩くだけならハーネスは使わない。だから、今年発売した冬用ジャケット〈アルファウールジャケット〉は丈を長くしました。第一、長けりゃあったかいですし。登山用だからこうあるべき、ってことに縛られなくていいはずなんです。もちろん、登山ウエアをファッションと同列に考えてはダメなんですが」
なぜ?
「ファッションを否定しているわけではないんです。僕だって、流行を取り入れたおしゃれな服を着たい。でも、ファッションウエアを作る人は大勢いる。『atelierBluebottle』がやる意味はないんです。僕らが作るのは、登山用の道具。登山に必要な道具を作っているという感覚を忘れてはいけないと思うんです」
服も道具である以上、登山に必要な性能を持たせることは必須。ただ、突き詰めていくうちに、街でも違和感なく着れらるデザインになっていることが多い。つまり、最初にデザインを決めているわけではないと慶さんは言う。重要なのは、あくまでも用途。「あったらいいな」が開発の原点なのだ。
だから、『atelierBluebottle』のアイコンとも言えるバックパック「PAC-03」も、「あったらいいな」が開発の理由。バックパックが軽ければ、その分、身体への負荷が軽くなり長く歩ける。しかし2012年当時、軽量バックパックといえばアメリカ製。狭くて急で岩に擦れるような日本の登山道に、薄い生地でできたアメリカ製のバックパックではすぐに破れてしまう。慶さんは「だったら軽くて破れないリュックを自分で作ろう」と考えた。
試行錯誤の末、軽くて丈夫で背負いやすいリュックは完成する。好評を得る一方で、「ウェストベルトがないと疲れるに決まっている」など、頭ごなしにネガティブな反応をする人も。
「すごくバカにされました。あのときの悔しさは忘れません。でも、わかってくれる人もいたし、顔を見て売れる喜びも大きかった。だから、何年もかけて、わかってくれる人を増やせばいいと思っていました。自分のブランドだから、売れなくても1年で廃番にしなくてよかったんです」
里奈さんの病気をきっかけに、二拠点生活へ
慶さんの思惑通り、徐々にではあるが認知され、お客がつくようになった。コロナ禍前まで開催していた受注会では、時間前から行列ができるなど、すっかり人気のブランドとして定着。
順風満帆に進んでいた『atelierBluebottle』だが、2021年春、里奈さんがパニック障害を患う。
慶さんは家事のほとんどを担うこととなり、自宅にミシンを持ち帰ることに。
「病気になる前から、料理以外の家事はやっていたんです。僕はわりと毎日同じ時間に同じことをしたいほう。で、それを調整しようとするとけんかになる。じゃあ、自分でやろうって。料理は里奈さんの病気がきっかけですけど、もっとうまくなりたくて、料理教室に通いたいくらい」
バックパックに使う布を作業場で裁断し、自宅に持ち帰って縫製して、最後の仕上げは作業場で、というのが、現在の慶さんの仕事の流れ。同時に家事をこなし、犬を散歩させて。
「以前のようにずっと作業場で働くよりも、家で仕事をするほうが気分もよくて、はかどりました。もともとは、ずっと家で仕事をするのが嫌で作業場を設けたんですけど、通うようになったら大変なこともあって。自宅と作業場で仕事内容をわけると、バランスがすごくいい。だから今は、いい感じなんです(笑)」
とはいえ、コロナ禍もあり外出しづらい時代。自粛が解除されても里奈さんの病気のため、どこにも行けない子どもたちのことが心配になってきた。出した解決策が、“那須に家を買う”。
「ほぼほぼ勢い。思ったら行動するほうなんですよ。思ったんだからできないことはないと始めて。ダメなら売ればいいし。二拠点生活は思っていたとおり、気が楽ですね。どこかに子どもを連れて行かなきゃいけないプレッシャーみたいなのがなくなりました。気分が違いますよ。もう1か所、いる場所があるっていうのはすごく楽。安心感みたいなのがある」
あれ? それって、今の仕事のスタイルと似てますよね? 家と作業場の両方で仕事して……。
「あ、そうですね。同じ場所に居続けることが苦手なのかもしれないです。那須では家族みんなが東京にいるときより仲良くしている気もするし(笑)。犬を散歩しているだけで1日の時間の流れをすごく感じる」
里奈さんも言う。
「家がもう1つあるのは、すごくいい。東京には子どもが手放しで走れる環境がないですよね。いろんな意味で危ないので。だから那須の、手放しで走り回れる自分だけの空間があるってほんとうにいい。もうちょっと長く向こうにいて、那須で仕事をできたらなあ。今は子どもの学校の都合でできないですけど。だから老後に」
里奈さんは病気から回復し、仕事も復帰。日常を取り戻せた。だからといって慶さんから家事を引き継ぐつもりはないという。
「家事は向こうのほうが向いているんで。わたしは子どもとの時間が増えてよかったです。慶くんも見えない家事が見えるようになってくれたし。だからある意味、病気になってよかったですよ。それはほんと。慶くんに言ったら『あ、俺もそう思う』って。二拠点生活は将来いずれ、とは思っていましたが、病気というきっかけで早く買えました」
「簡単にたどり着けない」場所がいい
そんなふたりが望むのが実店舗をもつこと。アイテムが増え、実際に見てもらえる場所があったらいいと考えているという。
里奈さんが言う。
「お店は最終的な集大成かな。わたしはカメレオンのように環境に合わせて自分の色を変えていくので、お店ができたらどんな色になるのか楽しみです。でも、どうなるかは流れに任せて。今までも流れに任せて、その都度、勘で判断してきたから。何かあったら、そのときに考えればいい。起こらないかもしれない未来を心配するのは杞憂(きゆう)でしかないですよね。
ふたりとも同じで、今日までのことに反映されてるかな。持ち金0円になっても生きていく、みたいな感じで、わたしたちけっこう危険かも(笑)。わたしは行動は早いほうですけど、それ以上に慶くんは早いし悩まない。よくそんなに図太くいられるな、って思います。そこは尊敬するところではあるんです」
慶さんが言う。
「お店の場所は、わざわざ来ないとたどり着かない場所がいいですね。巡り合わせだと思うので実際に店舗を探しているわけではないんですけど。きっかけをずーっと考えているのは事実です。気持ちいい場所で気負わない雰囲気が出せればね。ただ、接客が好きじゃないので、どうなのかな、とも思っています」
軸にあるのは、「顔の見える相手に」「目の届く範囲のものづくり」。規模を大きくするつもりもないし、あちこちで買えるような量産品にするつもりもない。だからこそ、「その場所でしか買えないモノ」が大切で、お店を開くなら「簡単にたどり着けない」場所がいい。
里奈さんが言う。
「その場所でしか買えない、は意図的ではないんです。ただ、それじゃないと『atelierBluebottle』で開発する意味がないから。いつも、こうしたら意味がない、ということを考えている。他にあるなら、うちで出す意味はないから」
慶さんは言う。
「毎日ずーっとミシンを踏んでいても、毎日のように出来栄えが違う。完成品を単純に比べてもわからないんですけど、作る過程ですべてがスムーズに進むとか進まないとか。惰性で作ることはないですね、集中してないと失敗するんですよ。
工芸品でも、職人のおじいちゃんが『今までに完璧なものは作ったことがない』と言うことがありますが、わかる気もするんです。まだ上達すると思うんでしょうね。不思議だなあ。僕のリュックは工芸品でもなんでもないんですけど、工芸品を作る気持ちで作っているんですよ」
(取材・文/吉川亜香子)
《PROFILE》
辻岡 慶 TSUJIOKA Kei
辻岡里奈 TSUJIOKA Rina
夫婦ともに職人でありデザイナー。「顔の見える相手にバッグを作りたい」と2013年、登山ブランド『atelierBluebottle』をスタート。自分たちで企画デザインし、縫製販売までを行うのをモットーとしている。
https://www.atelierbluebottle.com