2020年末に植草克秀とともにジャニーズ事務所を退所した少年隊・錦織一清。退所後は、それまで以上に精力的に活動の場を広げており、この1年間でも書籍2冊の刊行に加え、演出を手がける舞台『サラリーマンナイトフィーバー』『垣根の魔女』の上演や制作発表を実施。さらに、今夏にはパパイヤ鈴木との音楽ユニットFunky Daimond 18(ファンキー・ダイヤモンド・ワン・エイト)としての活動も開始する予定だ。
そして、’23年4月には自身初のソロ・カバー・アルバム『歌謡 Style Collection』を発表。近年、シティポップとしてキラキラのサウンドに注目が集まる昭和ポップスだが、彼が今回選んだものは、人々の哀愁や切なさがにじんだ純然たる歌謡曲の世界で、選曲を見ただけで、流行に便乗した安易な制作でないことがわかる。
そこで、今回は全3回にわたって、全10曲の聴きどころを錦織本人に語ってもらうことに! まずは、アルバムを制作した経緯から尋ねてみた。
昭和歌謡は「日本の文化財」、今後は洋楽カバーやブルースも作ってみたい
「“歌手まがい”(笑)なことをやりたかったんですよ。実は、少年隊として歌っているときも、自分の中ではなんとなく踊りのついでに歌っているようで、当時、自分のことを“歌手”と言われることが照れくさくて。
僕自身、もっとも耳になじんでいるのが1970年代の歌謡曲なんです。当時は有線放送を流しているお店も多くて、レコードを持っていなくても知っている曲が多かった。昭和歌謡は、日本の文化財だと思っています。コード進行などはロシア民謡風で哀愁があり、そういう心寂(うらさび)しい部分も大好きで、大切にしていきたいんですよね」
錦織が少年隊としてデビューした’85年末は、まだJ-POPという言葉もなかったが、彼はそのころから’70年代の歌謡曲が好きだったという。
「若いころにラジオ番組をやっていたときも、自分が好きなので、2時間にわたる生放送の最後にいつも歌謡曲をかけていました。舞台でご一緒した大先輩の中尾ミエさんなどは、昭和歌謡を歌っていても実はスタンダードジャズが得意だったりするので、そういうルーツをカバーするのもアリ。ですが、僕の場合はそういった技術はないし、シンガーソングライターでもないから、今ひとりで歌うのであれば、歌謡曲だけやってもいいんじゃないかって思ったんです」
ちなみに、錦織は’21年10月に4曲入りシングル『Cafe Uncle Cinnamon』を発表し、同作にはイギリスのバンド、スタイル・カウンシルによる’84年のヒット曲「My Ever Changing Moods」をカバーするなど、これまでも洋楽への造詣の深さをインタビューなどでも示している。そういった選択肢はなかったのだろうか。
「『歌謡 Style Collection』が評判となって、これから自由度が増してきたら、洋楽カバーも作ってみたいですね。(今作を聴いた)同年代の知り合いからは、“今度はブルースで作ってくれ”とかリクエストもありました」
今回のアルバム『歌謡 Style Collection』は実質、週間トップテン級のヒットに
また、選曲基準についても尋ねてみた。通常、カバーアルバムが制作される際は、ライトなリスナーに向けて、ヒット曲で固められることも多いのだが、本作では「あずさ2号」(狩人)や「ラヴ・イズ・オーヴァー」(欧陽菲菲)、「ブルースカイ ブルー」(西城秀樹)といった誰もが知るヒット曲から、「池上線」(西島三重子)、「東京HOLD ME TIGHT」(桂銀淑)など、知る人ぞ知る隠れ名曲まで選曲されていることを挙げると、
「ジャニーズに入る前に聴いていた懐かしい曲もありますし、カラオケで歌っていた曲もあります。当時、歌を歌うのはカラオケBOXではなく、主にスナックとかでした。若いころ、そういうお店に飲みに行っても、少年隊の歌は(メロディーが重なる部分があるなど)ひとりでは歌いにくいということもあって、他の方の曲を歌っていたんですよ(笑)」
とのこと。確かに、収録曲にある「五月のバラ」(塚田三喜夫 ほか)や「忘れていいの」(谷村新司・小川知子)は、カラオケでのヒット曲という感じがする。続けて錦織は、
「今作のファンクラブ限定盤にはカラオケ(Instrumental)も付いているのですが、友人の話によると、最近のストリーミングサービスは、(ボーカルの音量を調節して)歌詞を表示しながら曲を流して、セルフカラオケも楽しめるんですよね? ビックリしました」
と教えてくれた。とはいえ、完全にボーカルが取り除かれるわけではないので、こだわりの演奏を楽しみたい方には限定盤CDをおすすめしたい。なお、本作の担当ディレクターによると、ファンクラブでの注文は約3200枚あったらしい。こちらはオリコン集計対象外だったが、一般流通盤の1週目の売り上げ1286枚(週間順位33位)を合算すると約4500枚で、実は初登場でトップテン級にヒットしていることも強調しておきたい。
錦織は柳ジョージ大好き! 「For Your Love」「青い瞳のステラ」への熱い思い
では、ここからは収録曲順に、本人にエピソードを語ってもらおう。
1曲目は、柳ジョージの熱唱系ラブ・バラード「For Your Love」(’86年)。柳の楽曲は、錦織が’10年代にTBSラジオ『たまむすび』にて、毎月テーマを決めて4~5曲紹介するコーナー『月刊ニッキ』でも、アーティスト別で最多級となる5曲が選ばれている。ちなみに原曲は当時、少年隊の2ndシングル「デカメロン伝説」と同じ週に発売された。
「柳ジョージさんは、バンド『柳ジョージ&レイニーウッド』を組んでいたころから大好き。すごくハスキーでカッコいいですよね。そのときは小学生でしたが、僕のような下町に住む人間は、友達のお兄さん、お姉さんがわりとレコードを持っていて、曲をダビングさせてもらうことが多かったんですよ。おかげで自分では(幼くて)レコードを買えないころから、さまざまな楽曲に触れさせてもらいました。矢沢永吉さんもそのパターンで好きになりましたね。『For Your Love』は、カラオケで歌うのも好きだったし、この曲と『青い瞳のステラ、1962年夏…』をメドレーで歌ってらっしゃるライブ映像がメッチャいいんですよ!」
ちなみに、「青い瞳のステラ」のほうは、’22年に錦織が植草克秀と行ったライブ『ふたりのSHOW&TIME』のソロ・コーナーで、錦織がカバーしている。
「この曲は、主演したつかこうへいさんの舞台『蒲田行進曲』中で、別れのシーンに使われていたんですよ。僕は当時、オーストラリアでジャグリングの稽古をしていた分、現場に入るのが遅れてしまい、その間に“これだけ聴いておけ”と渡されたテープに入っていたのがこの曲でした。でも、せっかく覚えたのに、そのシーンの曲は少年隊の『君だけに』に差し替わったので、結局歌う機会がなくなってしまって。それで20年以上ぶりに、ようやく歌えたんです」
そういった経緯もあってか、つかこうへいへのレクイエム的なエピソードも相まって、振り絞るような歌唱が感動的だった。
「五月のバラ」は年をとってから歌ったからこそ、味わい深さが増したのかも
続く2曲目は「五月のバラ」。初出は’70年の津川晃だが、’77年の塚田三喜夫版や、アルバムやライブで布施明や尾崎紀世彦がカバーしたものも愛されている、スケール感のある別れのバラードだ。
「最初は、(今回と同じくサビから始まる)塚田三喜夫さんバージョンで覚えましたが、その後は布施さんのも聞いていましたね。これは、僕が5月生まれということもあり選びました。なんとなくみんな自分の誕生月だったり、その数字だったりが好きになるでしょ?(笑)」
この歌は、特にサビの ♪むせび泣いて~むせび泣いて~ の高音域に感情がこもって聴こえるが、本人に尋ねてみると、
「今回はできるだけ、“こうしよう”と意識しないで歌うようにしました。この曲は若いうちから歌っていましたが、年をとったからこその味わいが出たのかも(笑)? 僕が若いころ、ミドル世代の方から同じようなことを言われて、“何、言ってんだろう?”なんて思っていましたが、いま還暦近くになって実感しています」
とのことで、失恋ソングながら、自然に温かい歌になったようだ。
『池上線』の歌詞が重く切なすぎて、周辺エリアに住むことを断念(笑)
続く3曲目は、西島三重子の「池上線」(’76年)。本作はオリコンTOP100圏外だったが、今でもカラオケでは70年代のヒット曲と同様、(例えば、西城秀樹「傷だらけのローラ」や岩崎宏美「思秋期」なみに)愛唱されている切ないフォーク歌謡だ。
「これこそ、知る人ぞ知る名曲ですよね! 僕は、カラオケスナックで知りました。今はコントローラーで調整して自分のキーでも歌えますが、当時は女性の曲で気になるものがあっても、キーが合わないからと知り合いに歌ってもらっていたんです。だから今回、自分でも歌ってみたくて選びました」
特に、この歌には別の思いもあるらしい。
「僕が20代前半で(ジャニーズ事務所の)合宿所を出てひとり暮らしをしようと、いろいろ物件を見て回ったとき、池上線沿線も候補にあったので、改めて『池上線』を聴いたんですよ。そうしたら、とても重く切ない歌すぎて、“俺には受け止めきれないから、この沿線は無理だな”と諦めたことがあります(笑)」
確かにこの曲は、男女の別れを描き、《池上線が走る町に あなたは二度と来ないのね》とつらい心情が歌われている。とはいえ、決して嫌な思い出があるわけでもなく、実際はとても好きな町だと注釈してくれた。
「今はサイクリングで通ることもあるのですが、とてもきれいですよ。道も整備され、商店街もあり、道を1本入ったら住宅街だし、とても住みやすいところですよね。ただやっぱり、この歌の影響でその後も住めなかったんです(笑)。郷愁に耐えられなかっただけで」
本作は女性曲のためか、ブレスやリップノイズが他曲よりも顕著に聴こえる。これは意識してのことだろうか。
「この曲は、別れを思い浮かべながら歌いました。どう考えてもティーンエイジャーの恋じゃないし、もしかすると、お互い別の生活がある人同士かもしれないし……と。なんとなくボーカルを入れながら考えたのは、“歌っていない部分を大事にしよう”ということ。確かに声を出しているんだけれど、それ以上に、行間が大切な歌だなって。それがブレスに現れているのかもしれませんね。セリフじゃなく、息づかいの感じがね。
芝居って、どうしてもセリフを言う前の表情が大事だったりするじゃないですか。僕は、ミュージカルの演出をさせていただく際によく言うアドバイスが、“もうちょっと歌に表情をつけようか”っていうことなんです。まさにこの曲は、表情を大事にしたというのが適切かもしれません」
◇ ◇ ◇
こんな感じで、面白おかしく詳細なエピソードを披露してくれるので、今回は3曲の紹介にとどまった。
錦織は、過去の失敗談などになると早口でまくし立てて周囲を爆笑の渦に巻き込む一方で、自分の作品や歌声がストレートにほめられると、短く礼を言う程度で急に言葉が少なくなる。まるで昭和の漫才師と朴訥(ぼくとつ)とした名優が一体化したかのようで、それでいてスターならではのすごみがある。だからこそ、この『歌謡Style Collection』に流れる昭和の景色を絶妙に表現できているのだろう。次回も引き続き、少年隊・植草克秀とデュエットした「あずさ2号」など、アルバムの収録曲とそれにまつわる秘話を順に追っていきたい。
(取材・文/人と音楽をつなげたい音楽マーケッター・臼井孝)
【PROFILE】
錦織一清(にしきおり・かずきよ) ◎1965年生まれ、東京都出身。小学生のときにジャニーズ事務所に入所。アイドルグループ「少年隊」のリーダーとして一世を風靡。テレビドラマや舞台を中心に俳優としても活躍。’99年につかこうへい演出「蒲田行進曲」への出演をきっかけに、舞台演出にも積極的に関わるように。43年間、ジャニーズ事務所で活動したのち、’20年12月31日に独立。以降、’21年にシングル「Song for you」をリリース、’23年2月には舞台『サラリーマンナイトフィーバー』を主催・制作。’23年4月にはカヴァー・アルバム『歌謡 Style Collection』をリリースした。
【INFORMATION】
Funky Diamond 18(錦織一清/パパイヤ鈴木) LIVE TOUR 2023 PRIMEMAX
■2023年7月16日(日)名古屋・名古屋市公会堂 大ホール
17:00開場/18:00開演
■2023年7月17日(月/祝)大阪・サンケイホールブリーゼ
16:00開場/17:00開演
■2023年8月8日(火)東京・恵比寿ザ・ガーデンホール
18:00開場/19:00開演
■2023年8月9日(水)東京・恵比寿ザ・ガーデンホール
18:00開場/19:00開演
■2023年8月18日(金)福岡・キャナルシティ劇場
18:00開場/19:00開演
※公演詳細やチケット情報は公式HP内ニュースページにて→https://unclecinnamon.com/news/14218
◎錦織一清 公式HP→https://unclecinnamon.com/
◎錦織一清 公式Twitter→https://twitter.com/kazz_nishikiori
◎『歌謡 Style Collection』全曲視聴ができるOfficial Trailer→https://www.youtube.com/watch?v=PLFIalnlPs8