「ジェットコースターの思い出を教えてください」というお題があったとして、ほとんどの人は苦労せず、しゃべれるのではないだろうか。
「始めて乗ったとき死ぬかと思ったよ。でも、母親は隣で笑っててさぁ……」
「落ちるときに手ぇ挙げるの、最初はちょっと恥ずかったよね(笑)」
「小学生のとき身長制限で俺だけ乗れなくてさ、アレ、悔しかったなぁ」
そう、本来ジェットコースターに乗ることは、人生においてわりとプレミアムな体験であり、「1年に1回も乗ればいいほう」というアトラクションだ。しかし、この世には「カラオケ行っちゃう?」くらいの感覚で毎月のように乗っている、恐るべき「ジェットコースターオタク」がいる。
なかでも、国内200機以上のコースターをすべて制覇し、ジェットコースターに乗るためだけに何度も海外に足を運び、愛知県の名古屋市大須に世界中のジェットコースターグッズを展示・販売している「ジェットコースター専門店」を開いてしまったのが「ジェットコースター男」さんだ。
今回は、そのジェットコースター男さんにインタビュー。幼いころから人生を振り返ってもらいながら、「なぜここまで“ジェットコースター沼”にハマったのか」について、存分に語っていただいた。
「風でまぶたが震えるんですよ」 マニアが語る“印象に残っているコースター”
──「ジェットコースター男」という名前がもうド直球で最高過ぎます。そして名古屋市のお店の名前も同じ「ジェットコースター男」という(笑)。どういった経緯でお店を始められたんですか?
「もともと世界各国のジェットコースターを回りながら、現地のグッズを集めてたんですよ。そうしたら、家に置くスペースがなくなっちゃって(笑)。そこで思い切って、グッズをみなさんに見ていただこうと思い、名古屋市の大須商店街にお声がけしてお店を作ったんです」
──「家に置けなくなる」って相当ですね(笑)。これまでいくつくらいのジェットコースターを回られたんですか?
「日本にあるのは全部乗りました。200機ちょいくらいなんですよ。海外を含めると470機くらいですね」
──470機も乗られてるなんて……。 印象に残っているジェットコースターはありますか?
「そうですね。アメリカの『キンダ・カ』は覚えてます。“世界一落差があるジェットコースター”で139mからほぼ垂直に落ちるんですけど、目の隙間から風が入ってまぶたがブルブル震えるんですよ(笑)。あれは衝撃だった……。
速度でいうと、アラブ首長国連邦のテーマパーク『フェラーリ・ワールド・アブダビ』に『フォーミュラ・ロッサ』っていう世界最速のジェットコースターがあるんです。スタートから2秒で時速100kmまで加速して、最高で時速240kmになるんですけど」
──いや、やばいやばいやばい。頭が取れちゃう。
「虫とかホコリが目に入ると危ないので、ゴーグルを付けて乗るんですよ(笑)。油圧式なので機械を冷ますためにスタッフがお水をかけてるんですけど、その水しぶきがバチッって頬に当たって、すごく痛くて(笑)」
──めちゃめちゃレアな体験ですね(笑)。海外のジェットコースターは乗ったことがないのですが、日本とは違う雰囲気があったりするんですか?
「はい。海外はジェットコースターにもお国柄が出ていて面白いんですよ。例えば『フォーミュラ・ロッサ』はイスラム教の女性のために、顔を覆うためのカバーが用意してあります。だから時速240kmだけど、スカーフが飛んでいかずに、顔を隠したまま乗れます。
中国のジェットコースターは、いい意味で雑というか……。ジェットコースターの骨組みで洗濯物を乾かしているテーマパークとかありましたね(笑)」
──ある意味、すごく効率的(笑)。
「あと、ジェットコースター大国・アメリカは、地域によってはハンバーガーショップとか映画館に行くくらいのノリで、“ちょっとジェットコースター乗りにいかない?”みたいな誘いがあるくらい、根づいているんですよ。
そういうところで“ひとりジェットコースター”を満喫していたら、いつの間にか海外だけで270機くらい体験してしまったという……」
──“ひとり焼き肉”なんか比じゃないくらいレベルが高いです(笑)。でも知らなかった……。特に、アメリカは日本と感覚が違うんですね。
「そうなんですよ。日本だとジェットコースターって、家族や恋人と乗る特別なアトラクションですよね。僕はそういった“ロマン”を感じるのが好きです。
遊園地で小さい子がニコニコしながらジェットコースターの列に並んでいるのとかを見ると、“あぁ、今からの時間はこの子にとって思い出になるんだろうな”って、僕もうれしくなります。なんだか、幼いころにワクワクしていた気持ちを思い出すんですよね」
昔はトラウマだった! 意外すぎるジェットコースター男さんのバックボーン
──子どものころからジェットコースターには乗られていたんですか?
「実は、小さいころは怖くて乗れなくて……(笑)」
──え、意外ですね。
「2歳のころに東京ディズニーランドの『カリブの海賊』っていうアトラクションに乗ったんですけど、ほんの少しだけフワッと落ちる部分があるんですよね。マイナスG(※)がかかって、それがトラウマになっちゃったんです」
(※マイナスG:ジェットコースター用語の1つで、身体が「浮く」状態になること。反対に重力がかかることを「プラスG」という)
──確かに2歳だと「フワッとする感じ」って怖いかも。しかし、よくそんな状況から「ジェットコースター男」になれましたね。
「ですよね。自分でも、なんでこんなにハマったのかよく分からないんですよ(笑)。
ただ、小学生低学年くらいのころ、実家の近くに遊園地がありました。だから、ほかの人よりジェットコースターに近い場所で幼少期を過ごしたのは確かですね」
──なるほど。
「遊園地の外からでも、ジェットコースターに乗ってる人が見えるんですよ。みんな悲鳴とともに落ちていくわけじゃないですか(笑)。その状況を見るのがなぜか好きで、たまにひとりで見にいくこともありました。母と車で買い物をするときも、“お母さん、ちょっと遊園地に寄って”って。入りもしないのに(笑)」
──自分がトラウマになったからこそ、逆に興味がわいたのかもしれないですね。
「あぁ、言われると確かにそうかもしれません。自分が乗れないからこそ、楽しんでいる人に“憧れ”みたいなものがあったんだと思います。そこで今に至る原体験が植えつけられたのは間違いないですね。
それで、もう小学生のころから、すでにジェットコースターの虜(とりこ)でした。旅行雑誌のジェットコースター特集のページだけをずーっと読んでいました。それで、アメリカの『シックス・フラッグス・マジック・マウンテン(※)』に行きたい、とか思ったり……」
(※ジェットコースターに特化した破天荒すぎるテーマパークで、「聖地」と呼ばれることもある。園内には19機のジェットコースターが存在〈2022年6月現在〉)
──当時からジェットコースターのことばっかり考えていたんですね。
「だって僕、小学生のとき、ノートにジェットコースターの落書きしてましたもん(笑)」
──そんな小学生、見たことないです(笑)。でも、トラウマは残っているわけですよね。
「それなんですけど、小学5年生のときに友だちと実家の近くの遊園地に行くことになったんですよ。当然、“ジェットコースターに乗ろうぜ”ってなるじゃないですか。僕は“無理。死ぬ”って思ってたんですけど、断り切れなくって……。冷や汗ダラダラで乗ったら、意外といけちゃったんですよね(笑)。
憧れのジェットコースターを克服できて、気分は“ヤッター!!”ですよ。終わったらまた列に並んで、を繰り返して(笑)」
──おぉ、それは大きな転機だ。トラウマ発生から約10年後に解消したわけですね。
「はい。ただ、そのあとは強豪校のスポーツ推薦で高校・大学と進学したんです。だから部活漬けの日々で、高校生のときなんて年に2、3日しか休みがなくて。修学旅行にも行かずに練習していたくらいで……」
──厳しすぎる……。もうジェットコースターどころじゃない。
「そうですね。もう当時、部活でやっていた競技に洗脳されてたというか……。しばらくジェットコースターのことを考えることもなかったですね。また乗り始めたのは、競技をやめたあとです」
──そこで始めて、時間にゆとりができたんですね。
「はい。自分の時間ができたときに、ふと“……ジェットコースターに乗りたいなぁ”って」
──“洗脳”が解けたときに、頭に「ジェットコースター」が浮かんだのがすごいです。やっぱり人生のなかでも印象深かったんでしょうね。
「そうだと思います。それで、仕事の合間に国内のジェットコースターを攻めていったんですよ。まずは“最新の機種”とか“スピード日本一”とか、スペックが高いものから乗り始めました。
海外のものは、最初は“旅行のついでに乗る”くらいだったんですけど、それがだんだんと、“ジェットコースターに乗りたいから海外に行く”にシフトしてきて……(笑)。
でも、コロナ禍になって海外に行けなくなったんですよね。それで、“国内のジェットコースターをすべて回ろう”と。行動規制が解除されたタイミングで、国内各地のジェットコースターに乗るようになったんですよ」
インタビュー第1弾では、ジェットコースター男さんが「なぜこんなにもジェットコースターの魅力にとりつかれたのか」についてお届けした。第2弾では、ジェットコースターの魅力そのものについてインタビュー。常人では知り得ない、深すぎるジェットコースターオタクの世界を教えてもらった。
(取材・文/ジュウ・ショ)
◎ジェットコースター男さんTwitter→@jetcoasterotoko