年々、渋さを増し、その風貌と柔和な人柄、確かな演技力で世間を魅了し続ける俳優・佐々木蔵之介さん。ドラマ、映画、舞台とさまざまな分野で活躍する中、2022年11月23日からは主演舞台『守銭奴 ザ・マネー・クレイジー』が開幕します。ルーマニアの演出家、シルヴィウ・プルカレーテ氏と2度目のタッグを組むことになったこの作品への意気込みは? 家業を継がず役者になった経緯や、生まれ育った地・京都への強い思いも伺いました!
チャーミングでクセのある主人公を熱演、ルーマニアの演劇祭が大きな刺激に
──シルヴィウ・プルカレーテ氏と初めてタッグを組んだ’17年の舞台『リチャード三世』は、「これまで観たことのないシェイクスピア劇!」と好評でした。5年ぶりのタッグとなる今回の『守銭奴 ザ・マネー・クレイジー』も、楽しみにしているファンが多いのではないでしょうか。
「プル(プルカレーテ)さんとは、“また何か一緒にやりたい”という話をしていたのですが、今年はフランスを代表する劇作家・モリエールの生誕400年ということもあり、プルさんにモリエール作品を提案されました。僕には全然なじみのない作家だったので、何作か読んでみて、『守銭奴』が面白いんじゃないか、と取り組んでみることになりました。17世紀に書かれた作品で、パリを舞台にした“四大性格喜劇”のひとつです。登場人物たち全員が死ぬか生きるかという大変な状態のなか、みんなが空回りしている。たった1日の出来事で、誰もがギリギリで闘っている、それが絶妙に笑えるんです」
──今回、佐々木さんが演じる主人公・アルパゴンは、作品名どおりの「守銭奴」で、“ド”がつくほどの“ケチなおじいさん”ですが、どのように演じたいですか。
「アルパゴンの行きすぎた倹約は、周りから見ている分にはおかしいんだけど、本人としては真剣にもがいている。そのドケチぶりが、1周回って笑えるぐらいチャーミングに見えればいいですね。娘・息子にもお金は使わず、使用人にもお金を使わせず、ただただお金をため込む姿が、回り回ってギリギリ喜劇になる、そこまでもっていければ。笑いに関しては、プルさんならではのユーモアがあって、冷笑もあれば、刺さるような笑い、ばかばかしい笑い、とさまざま。日本人とは違う笑いのセンスも新鮮ですし、“けったいなじいさんに巻き込まれて、みんな大変なことになっとるな”と笑ってもらえれば本望です」
──プルカレーテさんは、かなり変則的な稽古をされるとのことですが、どのように進められるのですか?
「作っては壊し……の連続で、毎日が刺激的です。常に驚く演出が繰り広げられていて、台本を読んで“このシーンは、こういう感じだろうな”と考えていることが、ことごとく覆(くつがえ)されるんですよ。1日の稽古は3時間くらいですが、プルさんは演出をつけたらすぐに帰ってしまうんです。彼が帰ったあと、つけてもらった演出を復習するんですけど、次の稽古のときには、まったく違う演出に変更されていたりもします。
さらに、稽古場ではフランス語だけでなく、ルーマニア語や英語も飛びかっているため通訳を介すると、通常の倍くらい時間がかかるんです。もう、初日は開かないと思います(笑)。でも、稽古で驚いたり、発見したりしたことを、観客のみなさんと共有できればうれしいですね」
──日本の演劇との違いも多々ありそうですね。
「ルーマニアでは、演劇が“社会を変える”というくらい力を持っているそうです。プルさんが、チャウシェスク大統領の独裁政権時代には、劇場にいる時間だけは自由で、貴重だったんだと言っていました。そういう考えをベースに持ってこその、度量のある演出だと思いますね。僕自身が毎日のように新鮮で、普通じゃできない体験をしていますから、観客のみなさまにはなおのこと、とんでもない驚きの体験をしていただけるのではないでしょうか。日本ではあまり観たことがないようなコメディになっています」
──この舞台は、’22年12月11日まで開催中の「東京芸術祭 2022」のプログラムのひとつで、期間中は池袋エリアを中心に数多くの舞台芸術が楽しめそうですね。
「5年前、ルーマニア・シビウの演劇祭に行ったんです。演劇祭というイベントを経験するのは初めて。期間中は朝から晩まで、町中の至るところでパフォーマンスや、子ども向けのワークショップが行われ、夜にはあちこちの劇場で演劇を上演しているんです。アジアからの劇団もたくさん参加していました。
その際、プルさんの舞台を観劇したのですが、本物の火や水を使っていて、“ルーマニアの演劇って、なんでもありやな!”と驚きましたね。言葉がわからないから飽きるかなと思ったのですが、飽きるどころか、演劇のシャワーを浴び続けて、大いに触発されました。今回の舞台は東京芸術祭のひとつですし、宣伝ビジュアルもとってもポップです。なので、お祭り感覚で気楽に観てみようと劇場に足を運んでいただければうれしいです。これを機に、演劇の裾野が広がってくれたらいいですね」
公演中は「奈落に落ちている感覚」、家業を継ぐつもりが気づけば役者の世界に
──舞台のみならず、映画にドラマと、あらゆる分野において第一線で活躍し続けている佐々木さんですが、そのすみ分けはありますか?
「2022年は舞台出演が2本で、大切にしているルーツではあるのですが、私にとって舞台は“毎日ダメ出しをもらいに行くところ”なんですね。公演中は穴ぐらに入っている感じで、先のほうに明かりがあるんやろうと思うけど、ずっと奈落に落ちている感覚です。例えば、ある日“今日はいけた!”と思っても、翌日以降も本番はあるし、前回“いけた”と思ったところで失敗することもあって、でも続けなきゃいけない……。すべてへのOKが出ないまま、千秋楽が終わってしまう。だから自分が舞台の何に惹(ひ)かれているのか、わからへん(笑)。
そんなこんなで、芝居が好きだと言う自覚はないまま、ここまで来ました。舞台には体力も必要ですから、いつまでやっていけるかわからないですし。でも、先輩たちは、膝(ひざ)の水を抜きながら舞台に立っている方もいますし、映画でご一緒した中井貴一さんは、年をとっていくことに対して努力をしているんだとおっしゃっていました。あのセリフ量を入れるのはすごいなぁと、ただただ感服しますね」
──その中井貴一さんと共演する映画で、シリーズ3作目の『嘘八百 なにわ夢の陣』が、’23年1月に公開になりますね。中井さん扮(ふん)する“目利きだけど空振りばかりの古物商”と、佐々木さん演じる“腕はいいのに日の目を見ない陶芸家”の「骨董コンビ」がタッグを組むコメディですが、中井さんとのバディ感もより強固になっていて、試写を面白く拝見しました。今回の見どころを教えてください。
「僕の役はうだつのあがらない陶芸家なんですが、一生懸命、器を焼き続けているんです。その姿がなんだか味わい深いんですよね。中井さん演じる則夫とともに、いい年齢の大人がジタバタ頑張っているんです。今回は準備期間があったので、陶芸指導の先生のところにマメに通って、土と向き合う時間を満喫しました。時間が取れたので、合宿もさせてもらいました。ドロドロになりながら稽古し、そのあと先生とお酒を飲んだんです。そこで先生の話もいろいろ聞けて、とてもいい時間でした。これほど役作りの助けになったことはないですね。
例えば、“土の声を聞け”というセリフがあるんですが、先生は、“実際、土はしゃべりませんからね。でも、土と向き合っていると生まれてくるものがある”と、ポロッともらすんですよ。“この感情、いただき、いただき!”という瞬間ばかりでした。何度も稽古を重ね、作っていく過程をすべて身体に入れたので、いざ本番となっても恐れることはなく、“どの場面でも使ってください”と言えるほどでした」
──京都・洛中エリア唯一の蔵元『佐々木酒造』の跡取りとして着々と準備をされてきたのに、芝居の世界に入ったのは、やはり芝居が天職だと思われたからですか。
「舞台や芝居にはまったく興味がなくて、芸能界とは縁のない子ども時代だったんですよ。毎日、酒蔵の職人さんの仕事を見て育って、家業の後継者のつもりでいたので、大学は醸造の勉強をするため農学部に進学。卒業後は、営業の修業ということで広告代理店に入社して、万全の体制で蔵元を継ぐ予定だったのに、結局、芝居の世界に入ってしまったんですね」
──大学時代には劇団『惑星ピスタチオ』の旗揚げから参加されていますが、芝居とはどのような出合いをされたのですか?
「東京農大に通っていたとき、建築を専攻していた兄に“安藤忠雄さんが設計した劇場でやっている舞台があるよ”と誘われて行ってみたら、唐十郎さんの舞台で。そこで演劇のエネルギーに、とにかく圧倒されたんです。その後、大学で演劇をやっている人たちと出会い、その演劇体験を思い出して、なんとなく劇団に入ってしまったというか。それで2年生のときに『惑星ピスタチオ』に旗揚げから参加しました。でも、このときですら、役者になるとはまったく思っていなかったんです。
その後、家業を継ぐため就職はしたものの、結果、役者の道を進んでしまいました。“役者をまだ終わらせられない”という思いが、今も続いているのかもしれませんね」
故郷・京都のオススメは二条城、今回の舞台は「大いに満喫して!」
──’22年9月から「京都観光大使」に任命されましたが、生まれ育った京都の魅力をどのようにPRしていきたいですか?
「やはり、役者としての立場で京都をアピールできればと思います。京都の街並みを存分に盛り込んだドラマシリーズ『ミヤコが京都にやって来た!』(ABCテレビ系)で主演したのですが、シーズン1は秋から冬の物語で、登場する場所は、有名な観光地はもちろん、地元出身の僕も知らなかった穴場スポットや、新名所も出てきます。シーズン2では、夏の京都を巡ります。僕にとって、祇園祭は夏の始まり。祇園祭に立ち並ぶ山鉾(やまほこ)、お囃子(はやし)、露店でにぎわう四条通……そして、巡行を終えたらいよいよ夏休み。セミ捕りに鮎釣り、五山の送り火に地蔵盆。そんな“夏の京都”の魅力が詰まっています。
京都でオススメの秘蔵スポットとしては、個人的には子どものころ遊んでいた、徒歩1分の“中村公園”を挙げたいところですが、ブランコとかすべり台がある普通の公園で、観光としてはさほど楽しめないので(笑)、二条城をオススメします。生まれ育ったところなので、今でもよく散歩しています。ドラマを見て京都旅行をした気分になっていただき、コロナ禍明けには、またにぎわいが戻ることを願っています」
──ドラマを見返しつつ、今回の舞台も楽しみにしています!
「観る方それぞれの感性で、いかようにでも笑ってもらえそうな、お客様の想像力をかき立てる作品です。大いに満喫していただけたらと」
(取材・文/Miki D’Angelo Yamashita)
【PROFILE】
佐々木蔵之介(ささき・くらのすけ) ◎1968年2月4日、京都府出身。劇団「惑星ピスタチオ」に旗揚げから参加し、’98年退団まで同劇団の看板俳優として活躍。その後、上京して本格的な俳優活動を開始し、テレビ、映画、舞台など多数の作品に出演。’14年には歌舞伎デビューも果たす。第40回「菊田一夫演劇賞 演劇賞」や、第38回「日本アカデミー賞 優秀主演男優賞」を受賞。主な出演作は、舞台『マクベス』『ゲゲゲの先生へ』『冬のライオン』、映画『嘘八百 京町ロワイヤル』『峠 最後のサムライ』、TVドラマ『麒麟がくる』『IP~サイバー捜査班』『ミヤコが京都にやって来た!』など。
東京芸術祭2022『守銭奴 ザ・マネー・クレイジー』
期間:2022年11⽉23⽇(⽔・祝)〜12⽉11⽇(⽇)*休演日有
場所:東京芸術劇場 プレイハウス
作:モリエール/翻訳:秋山伸子/演出:シルヴィウ・プルカレーテ
出演:佐々木蔵之介、加治将樹、竹内將人、大西礼芳、天野はな、茂手木桜子、菊池銀河、安東信助、長谷川朝晴、阿南健治、手塚とおる、壤晴彦
※公演詳細やチケット情報は公式HPへ→https://www.purcarete-fes.jp/shusendo