先日、WOWOWで放送され話題となった、亀梨和也さん主演の『連続ドラマW 正体』。ある夫婦の殺人事件の容疑者として逮捕され、死刑を宣告された亀梨さん演じる鏑木慶一は移送中の隙をついて脱獄。鏑木は逃走しながらも潜伏先で出会う人々をさまざまな窮地から救っていく。彼の本当の“正体”とは……というサスペンスです。
その原作となる小説『正体』を書いた作家の染井為人さんは、元芸能マネージャーという異色の経歴の持ち主。
前回記事(芸能マネージャーから小説家になった染井為人さんが語る転身理由「かかってくる電話から逃げ出したかった」)では芸能マネージャーから作家になるまでの経緯、芸能マネージャー時代の苦労話などを伺いました。今回は作家になってからのこと、作品のモチーフ、今後書いてみたいジャンルなどをたっぷり話してもらいました。
小説のベースはニュースや人の体験談
──ミステリーやサスペンスの作品が多いですが、もともとそのようなジャンルに興味があったのですか?
「私自身はミステリーを書いているという意識はありません。ミステリーと言うとトリック、真犯人というイメージですが、私の作品にそういう要素はないと思います。私が書きたいのはいろいろな環境、境遇にいる人たちが考えていること、感じていることです。同じ環境にいてもそれぞれ考えていることは違ったりするもの。そういう人たちの気持ちを表現できればと思っています」
──確かに染井さんの小説には同じ環境にいても、違う視点や気持ちを抱いている登場人物がたくさん出てきますね。
「芸能マネージャーをしている時に、本当にいろいろな職業、世代の人に会う機会がありました。10代モデル、保護者、学校関係者、芸能関係者、編集部の方々など。そこで人を観察する力や、物事を俯瞰(ふかん)で見る力が養われたのかもしれません。
私の小説の読者は女性の方が多いのですが、理由の1つとして、私が書く女性に、男性が抱きがちな理想像が入っていないということがあるみたいです。芸能マネージャー時代にたくさんの女性と身近で接してきたことが、女性から見たときに違和感のない女性像を生み出せている理由かもしれません。男性が頭の中に描くような理想の女性は存在しません(笑)」
──小説を書くときは、どのように進めているのですか?
「実は私はプロットが作れないんです。ぼんやりと書き始め、書きながら徐々に流れや結末を固めていくことが多いです。
書くときは実際にあったニュースや、知り合いから聞いて気になった話をベースにして、それを膨らませて小説にしていきます。例えばデビュー作の『悪い夏』は、生活保護の不正受給の話です。これは役所の生活保護の相談窓口に勤める友人から聞いた、日常の話をベースにしました。
例えば生活保護の相談に来る人の中には、ふだんは普通に歩いているのに、相談に来るときだけあえて車椅子に乗って偽装する人もいたそうです。芸能人の親族が生活保護の不正受給をしていたと大きなニュースになり、問題となった時期もありました。
でも、生活保護を受けること自体が悪いわけではないです。今後、自分自身がそうなる可能性もあり、それをきっかけに人生が変わってしまうこともあるかもしれません。物事のマイナス面だけではなく、皮肉をこめて、いろいろな面を書ければと思っています」
若い人に震災を知ってほしいと思い書いた『海神』
──単行本最新刊の『海神(わだつみ)』(光文社、2021年)は、東日本大震災がもとになっていますね。
「そうですね。被災地で起こる復興支援金詐欺事件の話です。実はこの小説は、途中で書くのをやめようか悩みました。この小説が完成したところで、誰か救われるのだろうかという葛藤があったんです。
そのような時、今の若者の中には東日本大震災についてあまり知らない人もいることを知りました。震災時に生まれていない子はもちろん、その頃にまだ子どもだった人はあまり覚えていないんです。
震災時に取材をしていた記者から聞いた話だと、被災地では取材をする人もつらいということ。取材をしている場合ではないと嫌われることもあったそうです。ただこのことを後世に残さなければいけない。そのためには嫌がられても、自分たちが記録を残さなければという気持ちで続けたという言葉に勇気づけられました。
私の小説で若い人に少しでも震災のことを知ってもらえればという思いで、最後まで書くことができました」
──『正体』についてももとになるお話があったのですか?
「小説は未成年死刑囚が脱獄、逃亡する話です。書くきっかけになったのは、未成年でも死刑になることがあると知ったことでした。さらに世の中には冤罪(えんざい)事件が実はたくさんあり、罪を犯していないのに犯人にされてしまう人もいる。そのような理不尽さを小説で訴えたかったんです。イメージを膨らませるきっかけになったのは、警察署から逃走して自転車で日本一周を目指した容疑者でした」
──ドラマでは亀梨和也さん演じる逃亡犯は、未成年ではなかったですね。
「映像化についてはお任せしていたのでのですが、実際に見て主人公の年代が変わっていても違和感なくドラマになっていると感じました。ドラマのストーリーは小説とは異なる部分もあり、原作ファンには賛否両論だったようです。
実は小説でも2パターン結末を考えていて、ドラマの結末は小説では使われなかった結末に近いものでした。そのため私自身はドラマの結末もよかったなと思いました。
実は亀梨さんとは昔から勝手に縁があるような気がしていて……。ジャニーズのグループに所属していた元メンバーの兄弟と昔から知り合いで、プライベートでも仕事でも一緒になる機会がありました。そのため以前からなんとなく応援していて、苦労も多かったからか年齢を重ねるごとに哀愁が漂ってきた亀梨さんに注目していたんです。今回の脱獄犯という役と、今の亀梨さんの哀愁がすごくハマっているなと思いました」
今後も“追い詰められた時の自分”に期待
──今後はどのような作品を書いていきたいですか?
「最近まで月刊誌『小説推理』(双葉社)で『鎮魂』という小説を連載していましたが、こちらは半グレ組織を題材にした少し裏の世界のお話です。今までも私の小説では詐欺や脱獄、オレオレ詐欺、不正受給など、犯罪が絡むストーリーが多かったと思います。
特にミステリーというジャンルにこだわっているわけではなく、先ほども言ったように根底は人の考え方や感じ方を書くことが好きです。なので、ユーモアがあったり、もう少しハッピーエンドだったり、家族愛だったりと、今までと少し違ったジャンルのものも書いてみたいですね。でも恋愛ものはちょっと無理かもしれません(笑)。
これまで作品ごとに扱うテーマは違っても、私が世の中に対して“どうなの?”と思うことを、小説を通してプレゼンしてきました。私はこう思っているけれど、みんなはどうなのだろうと。もちろんそれに対して共感する人もいれば、合わない人もいると思いますが、それは構いません。今後も自分が“どうなの?”と思うことのプレゼンは続けていきたいです」
──かかってくる電話から逃れたくてなった作家ですが、理想の生活は送れていますか?
「昔に比べて、仕事での人間関係のストレスはなくなったと思います。電話もめったに鳴りませんし、時間が拘束されることもほとんどない。小説を書く時以外は、好きな時間に起きて、散歩して、昼寝してと気ままな生活を送っています。それでお金がもらえるのですから、ありがたいです。書けなくて苦しい時もありますが、SNSを通していただく“楽しみにしている”などのメッセージが、非常に励みになっています。
だけどぜいたくな悩みで、自由なぶん、つらい時もあります。ひとりになりたくて作家になったのに、やっぱり社会と関わりを持ちたいと思ってしまうことも。作家になることが夢だったわけではないので、本当は今でもサッカー選手になりたいです(笑)」
──今後も作家を続けていけそうですか?
「読者に求められて、私が書くことができれば、続けていきたいと思います。でもそうでなければ意外とスッと辞めてしまいそうな気も。すがっても仕方ないし、執着もありません。
今までも仕事については、辞めてはなりゆきでいろいろなことを続けてきました。だから、もし作家はもう無理かもと追い詰められた時に、今度は自分が何をしようと思うのか。それをちょっと楽しみにしている自分もいるんです」
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まだまだ自分の今後が楽しみで仕方ない染井為人さん。これからどのような作品を私たちに届けてくれるか、楽しみですね。
(取材・文/酒井明子)
《PROFILE》
染井為人(そめい・ためひと)
1983年千葉県生まれ。芸能プロダクションにて、マネージャーや舞台などのプロデューサーを務める。2017年『悪い夏』で横溝正史ミステリ大賞優秀賞を受賞し小説家デビュー。『正体』(光文社)が、読書メーター注目本ランキング1位を獲得し、WOWOWの連続ドラマで映像化された。他の著書に『正義の申し子』『震える天秤』(ともにKADOKAWA)『海神』(光文社)などがある。