『らんまん』第24週、万太郎(神木隆之介)は大富豪の永守(中川大志)からの申し出を断った。「図鑑に必要なら出版社を、標本に必要なら博物館を」建てるという、とてつもなくラッキーな申し出に対し、「図鑑の準備をして待っている」と答えたのだ。陸軍に行くという永守の死への覚悟のようなものを聞いたからで、「待つ」はつまり「死ぬな」だろう。もったいないが、立派な万太郎。永守が無事帰還すれば実現するのか? という話は置いておき、万太郎の立派さが他の場面でも描かれていた。
キーパーソンは、南方熊楠。「新種発見」との触れ込みで、万太郎に植物標本を送ってきたことで接点ができる。その後、木を切りまくる神社合祀令に南方が怒りまくっていると情報が入る。幼い日、森で天狗(という名の坂本龍馬、という名のディーン・フジオカ)に出会った万太郎だ。心を痛めるが、東大の助手という立場もある。葛藤もしたが、結局は東大を離れるという決断をする。それを聞いた竹雄(志尊淳)は万太郎に、「いくつになっても、子どもっぽうて」と言っていた。が、竹雄だってわかっているはずだ。万太郎、台湾への植物調査あたりから、「植物と国」の関係にどんどん自覚的になっている。もう、植物が好きなだけの男ではない。
白髪が見え隠れする男の成長だ。遅いと見るか、人間の可能性を見るべきか。はっきりしているのは、私は「万太郎以外」に心が動く視聴者になってしまったということだ。だから今回も、野宮(亀田佳明)と波多野(前原滉)と藤丸(前原瑞樹)に注目だい!
離れても続いていた波多野と野宮の文通
まず驚いたのが、野宮と波多野の文通だった。23週で波多野は農科大学の教授になり、野宮は大学を離れた。最後の植物学教室のシーン、これからどうするかと尋ねられた野宮は「さあ、どこかでまた、図画の教師に戻るつもりです」と言っていた。波多野が「手紙、書きます」と言い、野宮が「俺も手紙、書くよ」と答えていた。
私は、たぶん野宮は手紙を書かないだろうと予測した。野宮は東大での過去をすっぱり捨てる。そう思ったからだ。田邊教授(要潤)が非職になったあとも植物学教室に残ったのは未練。野宮自身がそう説明していたこともあった。だが実際は、言葉を読んだというよりも、直感的な判断だった。東大を捨てないと新しい人生を始められない、と思った。
ところが24週、波多野が万太郎に言った。「あ、野宮さんから手紙来たよ。今は滋賀の第一中学校で講師をしてるって」。野宮の大人の態度というより、2人の友情が続いているということだろう。想定していなかったから、いろんなことを考えた。
横道にそれるが、BSプレミアムで『らんまん』を見ると、その直前に再放送中の『あまちゃん』もつい見ることになる。野宮と波多野の文通を知って、名曲『潮騒のメモリー』が聞こえてきた。「友達、すっくない、マーメイドー」。人魚と名乗る図々しさには目をつぶっていただいて、何が言いたいかというと、私は友達が少ないマーメイドなのだ。だから、余計にいろいろ響いたのだ。本当の友達って、どういうふうに生まれるのかな。そんなことを考えた。
少し巻き戻すと、波多野はこの日、竹雄と綾(佐久間由衣)の屋台でそばを食べていた。今日は教授会でお昼も食べ損ねた。そうこぼしているところに、藤丸と万太郎がやってきた。藤丸が波多野の研究室に居候し、日本酒の研究を進めていることはナレーションが教えてくれている。藤丸が波多野に尋ねる。「今日の教授会、誰か俺のこと文句言ってる人、いた?」。波多野の返事はこうだった。「いない。っていうか、いても黙らせる」。藤丸が「波多野、ありがとう」と言ったところで、波多野が万太郎に野宮からの手紙の話をした。
寿恵子という友との出会いに喜んだ聡子
友とは、損得抜きの時間を共有してできるもの。野宮と波多野と藤丸を見て、そう思った。友達少ない人生からぼんやり思っていたのだが、ファイナルアンサーになった。損得抜きの時間とは、余計なことを考えず、お互いが正直でいられた時間。だから時空を超えて、友達でいられる。そんなふうに考えを進めることもできた。東大でマイナーな植物学を学ぶ同士。ともに顕微鏡の中を見ようとした同士。そうして過ごした時間があるから、友なのだ。立場の違いなどより、その時間が勝っている。そういう人と出会えた尊さを3人に見た。
聡子(中田青渚)を思い出したりもした。御茶ノ水の高等女学校を中退し、田邊に嫁いだ聡子が寿恵子と出会い、とても喜んでいた。その裏にあった寂しさに改めて気づいた。そして「女が家に入る」ことについても考えた。これも、野宮と波多野と藤丸のおかげだ。
24週の最後、藤丸と波多野の別れが描かれた。竹雄と綾が沼津の酒蔵を買い、藤丸もそこに行くことになった。波多野は餞別(せんべつ)なのだろう、藤丸に手ぬぐいを渡していた。
「もしかして、作ってくれたの?」と藤丸。波多野がうなずくと、「下手だなー」と言った。語学の天才なのに、教授さまなのに、「下手だなー」ともう一度言った。藤丸の好きな、ウサギの絵がアップになった。無邪気そうで、品よく、とても可愛いウサギだった。
《執筆者プロフィール》
矢部万紀子(やべ・まきこ)/コラムニスト。1961年、三重県生まれ。1983年、朝日新聞社入社。アエラ編集長代理、書籍部長などを務め、2011年退社。シニア女性誌「ハルメク」編集長を経て2017年よりフリー。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』『雅子さまの笑顔 生きづらさを超えて』など