食べる・寝る・仕事をする・勉強する・友達と遊ぶ……。人間は1日に多くのことに時間を割いているが、なかでも欠かさず行っているのが排泄。つまり、トイレの時間である。
一説によれば、人は一生のうちに3年もの間をトイレで過ごしているといわれている。トイレがあることで体内の毒素を排出でき、トイレがあるゆえに外出を楽しめる。普段あまり意識していないかもしれないが、“トイレ”は言わずもがな、人生において必要不可欠な存在だ。
そんなトイレに魅せられたひとりの男が、お笑いコンビ・どきどきキャンプの佐藤満春さんだ。2002年に放送された『プロジェクトX』(NHK)をきっかけにトイレにハマった佐藤さんは、放送作家・ラジオパーソナリティ・お笑い芸人としての活動の傍ら、知り合いの清掃業者のトイレ掃除の仕事現場にボランティアで立ち会い、「名誉トイレ診断士」「掃除能力検定士」などの資格を取得。『佐藤満春のトイレ学』(第三文明社)、『トイレの輪』(集英社文庫)をはじめ、数々のトイレ書籍を出版する「トイレオタク」のひとりでもある。
今回はそんな、トイレオタク・佐藤満春さんに、なぜトイレにハマったのか? トイレが気づかせてくれる、社会性やご自身の今後について伺った。
“ご不浄”を“清潔”に。『プロジェクトX』を機に、トイレの奥深さを知る
──佐藤さんがトイレにハマったきっかけは、‘02年に放送された『プロジェクトX』だったとお聞きしました。
「そのときに放送されていたテーマが、「革命トイレ 市場を制す」という内容でした。
今でこそトイレのCMが普通に流れるようになりましたが、当時トイレは “ご不浄”(※)と呼ばれていて、不潔の代名詞だった。でも、そんなトイレのイメージを、“快適”“清潔”な空間へと変えるために、ウォシュレットを日本に普及させる立役者になったのが、本村久(TOTO株式会社)さんという方でした。ちなみに温水洗浄便座を『ウォシュレット』と呼ぶようになったのはTOTOが“Let’s Wash!”という意味を込めた名称が由来になっています。
※ご不浄:排泄物は不浄なもの(=汚れたもの)であるとされることから、用を足す場所のことは「不浄・不浄場」と呼ばれ、この呼び名に「御」をつけて「ご不浄」と呼ばれていた。
当時のTOTOが、もともとアメリカで医療用に使われていた温水洗浄便座を、日本でしっかり形にして売っていこうというプロジェクトを立ち上げたんです。現在のようにウォシュレットが普及するまでの苦労や困難、それらを乗り越える姿を見て感動したんです」
──TOTOが日本にウォシュレットを広めるうえで、どんなことに取り組んだんですか?
「TOTOのウォシュレットは1980年に発売されたのですが、 “トイレは汚く、けがわらしいものである”という文化が根強くある中で、ゴールデン帯にあえて自社のCMを流したんです。旧態依然とした“トイレ=汚い”から、“トイレ=洗う”という文化を根付かせるのは、世の中に別の価値観を差し込むことになる。今はウォシュレットの普及率が80%を超えていますが、当時のそんな状況下で“おしりだって、洗ってほしい。”というキャッチコピーでCMを流す決断をしたのがカッコいいなと。何か正しいことをしようと思ったときに、世の中をちょっとざわつかせる取り組みは必要なんだと感じましたね」
──番組きっかけでトイレの魅力を知り、その後はどんなことから始めたんですか?
「番組を見た翌日すぐ、新宿のショールームに行きました。そこからトイレの歴史を知り、技術革新を知り、各メーカーの企業努力や世界情勢とトイレとの関係も調べると止まらなくて(笑)。一方で、“小学生が学校でトイレに行くとからかわれる”とか、トイレによる節水の問題とか、日常生活に密接に絡んでいるゆえの問題意識も芽生えるようになりました」
──現在『佐藤満春のトイレ学』、『トイレの輪』と多くの書籍を出版されるなど、その魅力を発信していますが、もともと何かにハマりやすいタイプだったんですか?
「いえ、好きなものはそんなに多くなかったし、ここまでハマることもなかったですね。ただ自分、結構お腹が弱いほうで、昔からトイレにいる時間が長かったんです。人見知りで友達も少なく、学校にも居場所がない。そうなると、究極のパーソナルスペースってトイレぐらいしかないんですよね。自分にとって居心地のいい場所だったからこそ、ここまで夢中になれたのかもしれません」
フォルム、素材、形状……各社の歴史から見える、トイレの魅力
──あまり意識してトイレを観察したことがないのですが、トイレにはどんな種類があるんですか? 形状とか色とか素材とか。
「まず素材の話をしましょう。トイレはざっくり言うと、“陶器か、陶器じゃないか”に分けることができます。例えばTOTOやLIXILは、もとは衛生陶器の会社なので、陶器でトイレを作ってきた会社です。
一方、パナソニック株式会社の『アラウーノ』をはじめとするトイレは樹脂で作られており、有機ガラス系新素材が使われています。今まで“トイレは陶器で作るものだ”という常識を覆した革新的なトイレが『アラウーノ』だったので、発売したときにワクワクしたのを覚えています。今も新作がどんどん出ていますが、個人的に好きなトイレですね」
──全然知らなかった……好きな形のトイレとかはあるんですか?
「TOTOの『ネオレストNX』というトイレがあるんですが、陶器の質感を生かし丸みを帯びた形状になっているんです。ネオレストシリーズはTOTO史上最高傑作と言われているのですが、中でも『ネオレストNX』は、フォルムの曲線美やデザイン性を追求しています。“トイレは用を足せればいい”という認識から“極上のおもてなし”に昇華させているという意味で、一種の芸術作品です。値段はまあまあしますが、好きなトイレのひとつですね」
──なるほど。『アラウーノ』は素材、『ネオレストNX』は形状と、それぞれ違った魅力があるんですね。
「そうですね。あとはトイレメーカーの歴史を調べてみると、また違った魅力が見えてきます」
──各社にはどんな歴史があったんですか?
「先ほど日本でウォシュレットを普及させた本村さんのお話をしましたが、実は1967年に伊奈製陶(現・株式会社LIXIL)が日本初のウォシュレット『サニタリイナ61』を発売していたんです。ところがあまり浸透せず、売上も伸びなかった時代がありました。
その後、先述のようにTOTOが新しいウォシュレットを作りましたが、さらにその後、LIXILがおしり専用洗浄口とビデ専用洗浄口が内蔵されたツインノズルを発表します。対してTOTOはノズルを2本にするのではなく、1本のノズルを伸縮させることで用途を変えたり、パナソニックはノズルの素材をステンレスにしたり……。各メーカーが差別化しながら、シェアをとるために切磋琢磨し、プライドをぶつけ合う姿も見ごたえがあります」
“好き”を押しつけない、佐藤さんのトイレ哲学
──佐藤さん自身の、トイレへのこだわりみたいな部分もお伺いしたいです。
「ぶっちゃけ何でもいいと思っています(笑)。なんか、“ご自宅のトイレにこだわりはありますか?”とか聞かれること多いんですけど、ぜんぜん普通のトイレなんですよ。こだわりも、広くあるべきとか、小物はこれを置くとか、〇〇の洗剤を使ったほうがいいっていうのもなく、どのトイレも好きなんですよね。
“うちのトイレはこんな感じですけど、佐藤さん的にどうでしょうか?”と聞かれることもありますが、好きにしたらいいと思っていて(笑)。“棚に小物飾りたいんですけど、どう思いますか?”と聞かれても、いや、飾ればいいんじゃない?みたいな(笑)。基本的にNG事項も何もないので、そんな堅苦しく考えなくてもいいと思っています」
──佐藤さんなりのしきたりや、おすすめのトイレがあるのかなと思っていました。
「まあ、“メーカーのトイレを1基ずつ家に置きたい!”みたいな願望はありますけど、現実的じゃないですよね(笑)。各々のスペースなんだから自由にすればいい。清潔にしたほうがいいとは思いますが、掃除なんてそんなに時間もかかりませんし」
──トイレ掃除のおきてみたいなのもない?
「全然ないです(笑)。よく勘違いされるのが、“家はいつもきれいなんですよね?”とか、“潔癖なんですよね?”と言われるけど、全然そんなことなくて(笑)。比較的きれいな家だとは思いますし、汚れに触るのは嫌だなあとは思いますけど、許せないとかまったくないんですよ」
──ご自身の“好き”はしっかりしつつ押しつけない。マニアの鏡です……!
「そんなんじゃないです(笑)。でもたぶん、トイレが生活に密接にかかわっているからかもしれないですね。日常でみんなが使うものだから、使い方は各々がすべて正解ですし。汚すのはよくないとかは言わずともわかることですから」
トイレの普及は社会貢献にもつながる
──トイレが密接にかかわっているからこそ、社会に与えたい影響みたいなものはありますか?
「最近は減ってきたみたいですが、周りに冷やかされたりするのが嫌で、“学校だとトイレに行きにくい”という文化っていまだにあるんですよね。排泄という行為に対する教育を“便育”と表現しているんですが、もっともっと便育を進めていくべきだなと思います。
トイレが和式から洋式になって、衛生面も改善されてはいますが、やはり“トイレに行くことは恥ずかしい”という考えはなくなっていない。先生や親御さんも“トイレに行くことは恥ずかしくないよ?”という教育ってまだ浸透していないと感じています。僕が生きている間に、そういう悪しき習慣みたいのものがなくなればいいなと思いますね」
──小学生のころは自分もそう思っていたかも……。今でも外出する際、トイレのことで不安になるときがあります。
「ありますよね。集団行動が伴うと、どうしてもそういう不安は出てくると思います。周りに気を遣ってトイレに行けず、電車でも不安になるみたいな?」
──まさにそうです! 朝しっかりトイレに行けてないと通勤も不安になります(笑)。
「そもそも、“トイレ=恥ずかしい”という常識がなければそういう不安も解消されると思うんですよね。行動範囲が狭くなったり、遠出がしにくかったりと生活にも支障が出てきますから」
──トイレという切り口で、今後佐藤さんがチャレンジしたいことなどはありますか?
「“トイレをもっと楽しく”というコンセプトで、サトミツ&ザ・トイレッツ 『日本のトイレからこんにちは』という楽曲を出したりと、小学校や幼稚園、保育園を中心に活動していました。ただ、コロナの影響もあって止まっていたので、状況が落ち着いたらまた活動したいと思っています。便育については草の根活動になりますが、トイレに対するネガティブなイメージをポジティブにとらえられるよう、子どもたちや先生にも伝えていきたいですね。
あとは、いつか自分のトイレも記念に開発できたらなと思っています。名前はSATOTOとか……。ただLIXILがすでに、『SATO』というトイレを出しているので紛らわしくなりますが(笑)」
──SATOTO、いいですね! ちなみに構想とかあったりするんですか?
「でっかい公衆トイレを建設して、そこにSATOTOを入れるっていう野望はあります。トイレにハマったきっかけも、“社会貢献”という角度だったので、その場所自体がみんなの助けになるような空間ができたらいいなと。やるからには、デザインも形状もしっかりこだわっていきたいですね」
(取材・文/FM中西)
新著『スターにはなれませんでしたが』(2023年2月17日発売)
レギュラー番組19本を数える人気放送作家、トイレ・掃除の専門家、ラジオパーソナリティ、お笑い芸人などさまざまな顔を持ち合わせ、オードリーなど多くの人気芸人が信頼を寄せる男サトミツこと「佐藤満春」の自叙伝エッセイ。オードリー若林正恭・春日俊彰/日向坂46松田好花 /DJ松永/南海キャンディーズ 山里亮太(敬称略)ら豪華キャストによる特別対談も収録されている。