今、若い世代からも、また海外からも熱い注目を浴びている昭和ポップス。昨今では、音楽を聴く手段としてサブスクリプションサービス(以下「サブスク」)がメインで使われているが、必ずしも当時ヒットした楽曲だけが大量に再生されているわけではなく、配信を通して新たなヒットが生まれていることも少なくない。
そこで、本企画では1970年、80年代をメインに活動した歌手の『Spotify』(2023年7月時点で5億1500万人超の月間アクティブユーザーを抱える、世界最大手の音楽ストリーミングサービス)における再生回数をランキング化。当時のCD売り上げランキングと比べながら過去・現在のヒット曲を見つめ、さらに、今後伸びそうな“未来のヒット曲”へとつながるような考察を、本人または昭和ポップス関係者への取材を交えながら進めていく。
今回も、酒井法子とともにSpotifyでの現在の人気曲を考察していく。最終回は、TOP10圏外の隠れ名曲や、本年発売されオリコンCDアルバムランキング35位に登場した『Premium Best』を中心に語ってもらった。
カップリングの人気曲を分析!グアムのイベントでの“まさかのハプニング”も語る
’95年に「碧いうさぎ」、’96年に「鏡のドレス」が2年連続したヒットした酒井は、’97年から’00年にかけて河村隆一、辛島美登里、藤井フミヤ、原由子といったシンガーソングライターからの楽曲提供でフェミニンなポップス路線を開拓し続けた。中でも、’97年の「涙色」は同年にソロ作品が立て続けに大ヒットした河村隆一が詞曲を手がけ、シングル売り上げは10万枚を突破、Spotifyでも第17位となっている。
「河村隆一さんがレコーディングのときも見に来てくれたのですが、彼自身、歌がめちゃくちゃうまいので、プレッシャーを感じつつ(笑)、ドキドキしながら歌いました。ステージで歌う機会がなかなかないんですが、今でもすごく好きな歌です」
SpotifyランキングのTOP30を見てみると、第16位に「Bタイプが好き」(シングル表題曲は「GUAMBARE」)、第23位に「ワガママ・シンドローム」(同「男のコになりたい」)、第25位に「うれし涙」(同「軽い気持ちのジュリア」)、第27位に「Dream Call」(同「Love Letter」)と、シングルのカップリング曲が健闘しているので、それぞれの魅力を酒井に語ってもらった。
「『Bタイプが好き』は、A面の『GUANBARE』が春らしくて、元気が出るから好きという方も多いので、それに付随して人気な気がしますね。『ワガママ・シンドローム』は、デビュー曲のカップリングということもあり、デビュー・イベントのとき、『男のコになりたい』と必ずセットで歌っていたので、ファンの方にとっても思い出深いんじゃないでしょうか。特に、グアムでのファン・イベントの際、水上ステージが暑すぎてカセットテープが伸びてしまったのか、ブァーン、ブァーン♪ って、相当に引き伸ばされたイントロ音が流れてきて。“どうやって歌おう……”って困った記憶があります(笑)。
『うれし涙』は、オリジナルビデオアニメ『電影少女』の主題歌効果でしょうね。とっても大好きなエンキョーさん(シンガーソングライターの遠藤響子。’97年までの芸名は遠藤京子)の作詞・作曲です。それまではディレクターさんの意向でさまざまな作家さんの曲を歌っていたのですが、エンキョーさんは、ディレクターさんが共通していることもあり、シングル『All Right』から毎年のように書いてくださったんですね。エンキョーさんの曲は心をえぐるような歌詞が多くて、泣きすぎてタオルが手放せません。外出時に聴いていると思わず号泣してしまって、“あの人大丈夫?”って周りから心配されそうなほど。ご自身は、とてもカッコいい女性なんですよ!
そして『Dream Call』は、CMソングになりそうなほどキャッチーなアイドルソングだから、人気なんだと思います」
こんな風に、たとえ目立たないカップリング収録曲でも、それぞれの魅力をリスナー目線やディレクター目線も交えつつ自分なりの考えをまとめるのが、“酒井法子の流儀”と言えそうだ。なお、Spotify第43位の「有縁千里(ヨゥユェンチェンリ)」は、中国語でのデュエット曲で、「自分のパートは意外と今も歌える」とのこと。中国本土ではSpotifyではない別のストリーミングサービスが圧倒的に使われているため、ここでは顕著な数字に現れていないが、今でも根強い人気があるようだ。
第59位の「ホワイト・ガール」は当時の心情とリンクした「心から大好きな曲」
さらに、ランキング表全体から、酒井自身が気になる曲について語ってもらった。
「(オリコン最高4位の)『HAPPY AGAIN』がSpotifyでは35位なのに、(オリコン最高34位の)『渚のピテカントロプス』がほぼ同レベルの37位に入ってるのはうれしいですね。この曲は、“ピーピー”とか“イ・デ・デ”とか言っていますが、全体的に面白い音になっていて、オシャレに遊ばせていただいた感じです。
あと、第59位の『ホワイト・ガール』は、エンキョーさんのセルフカバー・バージョン(アルバム『ホッチキス』収録)もぜひ聴いていただきたいです。よくお話ししていることなんですが、初めてエンキョーさんにこの曲の歌詞をいただいたときに、“のりピーちゃんのことを考えて書いた”とおっしゃってくれたんです。それで、最初のフレーズを読んでみたら、すぐに涙があふれてきて……。当時の私は、ちょうど頑張りすぎちゃっていたんでしょうね。《君はいつも元気でいいねとよく言われる》から始まる歌詞に、“そうじゃないときもあるのに……”って、私の気持ちを代弁してくれたことがすごくうれしかったですね。心から大好きな曲です!!」
アルバム『Premium Best』の選曲は、酒井法子の“マニアック精神”が炸裂!
こうして上位の楽曲のヒット理由を的確に語れる酒井だが、自身の30周年ベスト『NORIKO BOX』や、今年発売された『Premium Best』に本人が選んで収録されたシングル以外の楽曲が、とてもユニークになっている。なにしろ、ライブのド定番だった「DON’T STOP GENKI」と「アクティブ・ハート」、そして機会あるたびに本人が名曲と語る「ホワイト・ガール」以外の大半の楽曲は、総再生回数が2000回を下回るほど(これは人気曲の多い酒井法子の全楽曲の中で、最下位から数えたほうが早いほどマイナー)。相当な隠れ名曲ばかりを選んでいるのだ。
「アハハハ(大爆笑)! 私ってたぶんマニアックで、そういうのが好きな人には“わかるー!”って共感してもらえる一方で、そうじゃない人は“えっ、何が(いいの)?”とスルーされてしまう曲が多いのかも。
この『終わらない物語を』(アルバム『10 SONGS』収録、’23年7月上旬時点で約1200回再生)も、エンキョーさんの曲で本当に大好き。破矢ジンタさんに書いていただいた『やあね II』は、名曲ぞろいのアルバム『マジカル・モンタージュ・カムパニー』の収録で、すべて各アーティストさんの個性が詰まった濃厚な作品なので、私は大好物なんです!」
そんな酒井の熱弁を聞いていた現在の担当ディレクターから補足が。「『Premium Best』は当初、CD2枚組で考えていたのですが、新曲も含め、より攻めた楽曲も追加したCD3枚組にしたんです。酒井法子自身が考えたプレイリストのように楽しんでいただけたら」とのことだ。
実際、『Premium Best』のCDに収録された作品はすべて各種ストリーミングサービスで聴くことができるので、酒井お気に入りの“マニアックな楽曲”もまとめて聴いてもらえる絶好の機会と言えるだろう。
「光の当たる曲は放っておいてもひとり歩きしてくれて、それはそれは頼もしい限りなのです。その子たちに加えて、多くのクリエイターが私のために一生懸命作ってくださった、つい埋もれがちな楽曲も通して聴いてもらえたらうれしいです。マニアックな曲は、レコーディングのときから楽しくて仕方ないんですよ! パッケージのほうには、私も覚えていないほどのお宝映像があるのと、ギリシャで撮影したボーナス映像もあり、これもとてもきれいなので、ぜひ観てください!」
限定盤には、雑誌や写真集に掲載された懐かしい写真が満載の116Pフォトブックも封入されている。
「亡くなられた武藤義カメラマンの奥様が、“どうぞ使ってください”と言ってくださいまして、武藤さんのお宝写真から選びました。ファンの方々にとっても、“なんとなく見たことはあるけれど、このカメラアングルは初めて”というカットが多いと思います」
新曲「Funny JANE」は森雪之丞×伊澤一葉の才能が光る、カッコいい作品に
そして、本作の最大級の目玉と言えるのが、新曲「Funny JANE」が収録されていること。作詞は酒井のアイドル時代の作品も手がけていたヒットメーカーの森雪之丞、作曲は東京事変のキーボーディストとしても活躍する伊澤一葉が担当。スリリングなピアノロックは、Official髭男dismやKing Gnuなど今のトレンドを反映した野心的な作品といえるだろう。
「新たな“酒井法子像”が出ているでしょう!? 今回、ベストアルバムを出すにあたって、ビクターさんから新曲のご提案があり、どんな曲がいいかと考えたんです。それで、私には歌い上げる曲やメロウな曲はたくさんあるのですが、例えばディナーショーで大人がカッコよく盛り上がれる曲って少ないかなと。なおかつ、ダンスを見るのも好きなので、私がとってもリスペクトしているステージのダンサーさんたちも、思わず振付をつけたくなっちゃうような曲を作りたいと思って、まずは森雪之丞さんに歌詞をお願いしました。
そして、雪之丞さんのアイデアで東京事変の伊澤さんに依頼してもらったら、二つ返事でOKをいただきました。伊澤さん自身も『ひとつ屋根の下』で私を知ってくださったようで、最初はメロウな曲を提案してくださったんです。“これも素晴らしいけれど、ダンサブルなのもやってみたいです……”ってお話ししたら、〆切ギリギリのタイミングで、こんなカッコいい曲を出してくださって! ぜいたくな二択でしたね(笑)。周りにもこの『Funny JANE』を聴いてもらったら、“今の酒井法子がこの境地ってこと!?”って、いい意味で驚いてくれます。あとはもう、私がしっかりと届けていけたらと思います!」
由紀さおりの言葉に励まされた酒井法子、今送るリスナーへのメッセージとは
この7月から8月は、本アルバムの発売を記念して、全国5会場のタワーレコードにて“酒井法子サインお渡し会”を実施した酒井。本作のプロモーション中に、大先輩である由紀さおりと共演し、あらためて襟を正したと語る。
「先日、私の動画チャンネルに由紀さおりさんが出演してくださいまして、“法子ちゃん、お願いだから、これからも歌い続けていってね”とおっしゃったんです。私が、“でも、どんな風に進んでいけばよいのか迷っている部分もあるんです”と正直に告白したら、水が流れるような清らかな目で、“私は、常に新しいことに挑戦したくて、今も三味線でジャズをやるのが目標なの”とおっしゃっていました。続けて、“自分がなりたい自分になるにはどうすればよいか考えてみて。でも、歌い続けることがいちばん大事だから。ここからが楽しいのよ……努力をしないと報われないけどね(笑)!”って励ましていただいて。“はいー!”って、背筋が伸びる思いでした」
最後に酒井からストリーミングサービスのリスナーに向けてのメッセージをお願いすると、にこやかに応えてくれた。
「数ある作品の中から私の曲を聴いてくださって、本当に感謝しています。音楽って、さまざまな場面に寄り添ってくれるものなので、みなさんの人生の中で思い出してもらえるような歌を長く歌っていけるよう頑張ります。どうぞ、これからもよろしくお願いいたします!」
ちなみに、酒井法子が『テレ東音楽祭』や『FNS 27時間テレビ』、『THEカラオケバトル』などの番組で「碧いうさぎ」を披露すると、その後の音楽配信やカラオケ歌唱回数には、’90年代の楽曲の中でもトップレベルのプロモーション効果が現れる。テレビ視聴率などの“数字”を持っていたり、カラオケ採点機で彼女よりも高得点をたたき出したりするアーティストは他にもいるかもしれないが、酒井法子は、“ちゃんと聴いてみたい” 、“歌ってみたい”と思わせるだけのウタヂカラが非常に大きいのだ。だからこそ、今後、ストリーミングサービスやSNSを通して、“歌手・酒井法子”の魅力が若い世代や海外のリスナーに伝わっていくことを期待せずにはいられない。
(取材・文/人と音楽をつなげたい音楽マーケッター・臼井孝)
【PROFILE】
酒井法子(さかい・のりこ) ◎1971年、福岡県生まれ。1987年2月5日、シングル「男のコになりたい」でレコード・デビュー。以来、ミリオンセラー「碧いうさぎ」を始めとし、多くのシングル・アルバムを発表。また、女優としてテレビ・映画・CMでも活躍。中国・香港・台湾をはじめとするアジア各地でも人気を博し、現地でのコンサートも成功させている。2023年7月には35周年記念ベストアルバム『Premium Best』をリリースし、日本各地でのイベントも開催。
酒井法子が35周年を記念して、セルフセレクション・ベストアルバムをリリース!
限定盤にはテレビ映像コレクションを収録したSpecial DVDとフォトブックも封入♪
◎酒井法子 公式Instagram→https://www.instagram.com/noriko_sakai_official/