『らんまん』第25週、明治が終わり、関東大震災が起きた。万太郎(神木隆之介)と寿恵子(浜辺美波)、娘の千歳(遠藤さくら)と千鶴(本田望結)らは渋谷にたどり着く。「山桃」は無事だったが、根津の十徳長屋は火災に遭い、標本も図鑑の原稿も大半が焼失した。それでも万太郎は、また原稿を書き始める。「人の世で何があっても、植物はたくましい。今こそやる気に満ちている」と。
不屈の精神を支えているのは、植物への強い思いと寿恵子の愛情だ。「好きです、あなたが、心から」と寿恵子。万太郎はキスを返す。胸キュンというより、照れくさいというか小っ恥ずかしいというか。私の万太郎への愛が不足しているからだとわかっている。
この週、脚本家の長田育恵さんはメッセージ性の強い台詞をたくさん入れていた。政治性のある台詞と言ってもいい。最終週はエモーショナルに終わらせる。だからこの週で、伝えるべきことは伝えていく。そんな長田さんの意志を勝手に感じたシーンが2つあった。
万太郎は紀州・熊野の森に採集に行き、フローラを明らかにした。神社合祀令で伐採されようとしている森だから、それを公表すれば合祀令への反対表明になる。だから東大を辞める意志を固め、家族に伝える場面だった。次男の大喜(木村風太)が「悔しくないんですか、こんなバカげたことでお父ちゃんが大学を辞めなきゃなんないなんて」と発言する。「え?」と反応する万太郎に「バカげてるよ、お国のほうが」と大喜。千歳が「伐採は目先のお金のため、村の人のためにならない」と続けたところで長男の百喜(松岡広大)が「愛国心」について語りだした。
暴走する国家権力を憂う百喜と大喜
「この前の戦争からこっち、“国民は国を愛せ” ってやたらと言われてるだろ? でも国への愛って、もっと身近なふるさとへの愛着から生まれると思うんだ」と百喜。この台詞の含意は、「愛国心は強制するものではない」だろう。日清戦争後の台湾で、そこに生きる人々をリスペクトする万太郎が描かれた。合祀令への反対も合わせ、どちらも「国策に反する」姿勢だ。植物を愛する延長線上の行為であったのが、子どもたちの言葉で「思想」になったというのは深読みしすぎだろうか。
関東大震災後に“思想の部”を担ったのは、大喜だ。「国のほうがバカげている」と言ったときは一高生だったが、新聞記者になっていた。震災から4日目、「山桃」にやって来た大喜は、「自警団」を名乗る武装集団が市内のあちこちに立っていることを話す。それでも標本を見ようと長屋に戻ろうとする万太郎に、「話、聞いてたか、お父ちゃん」と声を荒げる。人間がおかしくなっている、植物どころじゃないんだ。そう言う顔が険しい。
約1か月後、次は寿恵子との場面だった。「お腹すいた?」と聞かれ、大喜は「いや」と答えた。読んでいた新聞を差し出し、「そこの渋谷憲兵隊の大尉がやったらしい」と言う。「甘粕事件」として記録される事件の話だ。「大杉栄と妻の伊藤野枝、何の関係もない6歳の甥っ子がやられたって話だ」と語り、陸軍のほうにも取材に行くという。心配する寿恵子に、「憲兵隊も特高も、あの混乱の中でこういうことをしたんだ。今、報じないと」。
今が重なった。震災から100年にあたる今年、さまざまなことが報じられた。無政府主義者のみならず、朝鮮人らが虐殺の犠牲になった。が、政府は「公式記録が見当たらない」としている。そんな昨今だ。
長田さんは脚本家として、井上ひさしさんに師事していた。井上さんは、「9条の会」の発起人の1人だった。2004年、自衛隊のイラク派遣などを受け、行動した井上さん。その精神が百喜と大喜の台詞に宿っているように感じる。万太郎には「わしは草花の精じゃ」と言わせ、植物学者の一線を超えさせない。そういう匙(さじ)加減をしたうえで、井上スピリットを入れた。長田さんの心意気、と勝手に思っている。
牛鍋を囲むいつもの万太郎と思いきや……
という硬めの話はここまで。最後に万太郎観察記を。その1=万太郎、牛鍋を食べず。その2=万太郎、紫外線ケア不足が顔に。
まずは、その1。万太郎が東大を去る日、植物学教室に佑一郎(中村蒼)がやってきた。来年度から工科大学の教授になるという。歩き、語らう2人。進む道は違っても、ともに「一学者として生きる」ことを確認し合う。その後ろには飲食店が並び、「牛肉」という看板もある。東京に出てきてすぐ竹雄(志尊淳)と食べて以来、波多野(前原滉)や藤丸(前原瑞樹)ら友と会えば牛鍋をつつくのが万太郎だった。これは絶対牛鍋だな、と思いきや、そのまま別れる。好物を封じたのは万太郎の成長か、それとも嗜好(しこう)の変化か。
その2は、万太郎の見た目年齢の話だ。演じる神木さんは30歳なのに、万太郎の年齢(震災発生時、60代)とのギャップを感じさせない。その老けっぷりの秘訣(?)は、アップになるとわかる。シミだ。寿恵子にも多少あるが、万太郎のほうがはっきりと数多く描かれている。植物採集に出かける万太郎はいつも帽子をかぶっているが、やはりそれだけでは紫外線対策はおぼつかない。現代人への教訓なのかもしれない。
《執筆者プロフィール》
矢部万紀子(やべ・まきこ)/コラムニスト。1961年、三重県生まれ。1983年、朝日新聞社入社。アエラ編集長代理、書籍部長などを務め、2011年退社。シニア女性誌「ハルメク」編集長を経て2017年よりフリー。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』『雅子さまの笑顔 生きづらさを超えて』など