歌は世につれ、世は歌につれ……。われわれは常に音楽ともに暮らしを営んでいる。ただ買い物をするだけで「ドンドンドン♪ ドンキー♪」と聴こえ、家でマンガを読んでいるだけで「かえるのうたが~♪」と小学生の声が聴こえてくる。音楽という存在はもはや当たり前すぎて、いまさら究めようという気もなかなか起きない。それが普通の感覚だろう。
しかしそんな音楽の、それもイントロだけを研究しているイントロオタクがいる。脳内のデータベースは3万曲、最短0.1秒聴くだけで曲名をズバリ言い当てる、イントロマエストロ・藤田太郎さんだ。
今回はそんな藤田さんにインタビュー。前編では「そもそもなぜイントロをここまで究めたのか」「この人のイントロはすごいと感じたアーティストは?」などを伺った。
「ニューヨークに行きたいかーっ!?」をきっかけにイントロの道へ
──藤田さんは、何がきっかけでイントロにここまでどっぷり浸かったのでしょうか。
「そもそものきっかけは小学生のときで、『アメリカ横断ウルトラクイズ』(日本テレビ系)が好きだったんですよ」
──「ニューヨークに行きたいかーっ!?」のアレですね。
「そう、それです。自分が小学生のときは木曜スペシャルでやっていたんですが、録画して翌日まで4、5回見るくらい大好きで“いつか自分も出たいなぁ”と思っていたんですね。でも出場資格が18歳以上だったので、出られなかったんです。
そうこうしていたら中学校のときに番組自体が終わってしまったんですよ。そこからいったん興味がなくなったんですが、18歳で法政大学に入学したときに、特番で1回だけ復活することになったんです」
──なるほど。出場資格を得られる18歳のときにちょうど復活したんですね。
「そうなんですよ。大学の新歓時期だったんですが、当時の法政大学はクイズサークルの“君も一緒にアメリカ横断クイズに出ないか!? ”というビラが圧倒的に多かったですね。それくらい大盛り上がりでした。
それで自分も小学生のころを思い出して、クイズサークルに入るんです。それでクイズを作っていたんですけど、当時クイズ作りの一環として、友達が“オリコンチャートの1位~10位までのヒットソングを毎週ひたすらカセットに吹き込む”ということをしていたんですよ」
──とんでもないですね(笑)。
「それがおもしろくて、自分もクイズ作りのためにラジオやテレビでヒットチャートを把握し、CDをレンタルして1~10位の曲をカセットにダビングするようになったんですね」
──だんだんとクイズから流行歌の世界にハマり込んでいくわけですね。
「そうそう。当時から最新のヒットチャートを追いかけることがもう習慣になってましたね。ただ当時はバスケ部にも所属していたので、超忙しかったんですよ。だから、時短しながらヒットチャートをカセットにダビングするために“イントロだけ聴いて曲名と歌手名を把握する”という行動をしていたんですね。無意識的に」
──なるほど~。
「それで日常的に曲のイントロだけを聴くようになり、だんだん頭の中にイントロのデータベースが構築されていくわけですよ。
そんな中、法政大学のサークル全体でクイズ大会をしたんですが、自分がイントロクイズだけバカ勝ちしたんですよね(笑)。20問くらいあったんですけど、18問くらい早押しで勝っちゃったんです。それで先輩に“お前、さすがに何かしてるだろ”と(笑)」
──(笑)。
「それで“君はクイズ全般は平均レベルだけど、イントロクイズだけ異常に強いから”ということで、イントロクイズだけをしているグループを紹介してもらったんです。
一般的なクイズって文字情報で答えを判断しますが、イントロクイズは耳で聴いて判断します。曲の情報と反射神経が問われる分野なので、必要な技術がまったく違うんですよね。それでクイズサークルより向いていると判断してくれたんでしょう」
──そこから、よりイントロ寄りの生活にシフトしていくわけですね。
「はい。大卒後はサークルの先輩が勤めていた会社に入社しました。それが、当時『着メロ』を販売していた会社だったんですよ。だから自ずとヒットチャートの曲を聴くことが習慣になるわけです」
──なるほど。その結果、就職しても流行歌を聴くような生活になるわけですか。
「はい。サラリーマンをしながらイントロクイズの練習は続けていて、’08年に全国大会で優勝しました。
それがきっかけで『ひみつの嵐ちゃん!』(TBS系)という番組に呼んでいただき、嵐のメンバーとイントロクイズ大会をしたんですよ。するとありがたいことに話題になって、今はイントロ関連のお仕事をいただけているという感じですね」
編曲者・船山基紀さん「イントロがうまくいった曲は8割5分成功する」
──なるほど~。着メロ懐かしいです(笑)。でも当時の着メロってサビだけを切り抜いたもの、というか。イントロが流れるものは少なかったですよね。
「そのとおりです。逆に“失って気づく”というか……。イントロがないことで、“イントロの大切さ”がわかったんですよね。
その会社には結局13年も在籍してたんですが、働いているなかで“サビだけ切り取って売る着メロは音楽への冒涜(ぼうとく)だ”と言われたことがあるんですよ。
当時は販売する側だったので“何じゃい。そんなことないわい”って思っていたんです(笑)。でも、今考えるとそのとおりだと思いますね。曲において、イントロって本当に大事なんですよ」
──具体的になぜイントロは大切なんでしょう。
「イントロは正式名称でいうとIntroduction、つまり“紹介”じゃないですか。要するに、アーティスト・楽曲のコンセプトを“こういうものだよ”って示す部分なんですよね。小説でいうと書き出しですし、デザインでいうとアイキャッチです。つまりリスナーが離れないように作曲家・編曲家が心血を注いで作る部分なんですよね。
以前、私がすごく尊敬している編曲家の船山基紀さん(※)とお話しする機会があったんですが“イントロがうまくできたら、その曲は8割5分成功する”とおっしゃってて。そのときに“自分がイントロを信じてきたのは間違いじゃなかった”と思いましたね。この出来事は、自分がイントロの研究を続けられている理由のひとつだと思います」
※船山基紀:編曲者。C-C-B『Romanticが止まらない』、クリスタルキング『大都会』、郷ひろみ『お嫁サンバ』、沢田研二『勝手にしやがれ』、少年隊『仮面舞踏会』、渡辺真知子『かもめが翔んだ日』、King & Prince『シンデレラガール』などの編曲を担当。
──なるほど。自己紹介だとすると、声質や歌唱力といった「声」だけじゃなくて、コード進行など、楽曲自体の個性が強いアーティストは、特にイントロを重視するとも考えられますね。
「その傾向はあると思います。逆に声が特徴的なアーティストはイントロがない”歌い出し”で始まる曲が多いです」
0.5秒で「aikoさんの曲だ」とわかる素晴らしいイントロ
──おもしろいですね。普段何気なく聴いていたイントロに集中しなきゃ、という気になります。ちなみに藤田さんから見て「このアーティストのイントロはすごい!」という方はいますか?
「よく“98年デビュー組”といわれる、aikoさん、宇多田ヒカルさん、椎名林檎さん、MISIAさんは、やっぱりすごいです。それぞれがとんでもなく個性的で、イントロにも特徴が如実に出ていると思いますね。
特にイントロに関してはaikoさんの曲は素晴らしいですよ。『ボーイフレンド』も『カブトムシ』も、曲名を聴いただけでサビだけじゃなくイントロがパッと浮かびます。新しくリリースされる曲も、0.5秒聴いただけで“あ、この曲はaikoだ”ってすぐわかります。aikoさんって、イントロで“あ~”って歌うだけで“aikoやなぁ”ってわかるんですけどね(笑)。まさに自己紹介に成功している好例だと思います」
──たしかに!
「最近だとOfficial髭男dismさんはイントロに力を入れているのが伝わります。『Pretender』『宿命』『ミックスナッツ』と、どの曲もイントロがキャッチーですよね。『ミックスナッツ』なんかはイントロでわくわくするというか、ちょっと笑えてくるくらいユーモラスです。
ここ数年はイントロの秒数が短くなってきている(※)んですが、『Pretender』は約30秒もあるんですよ。これはイントロマエストロとして嬉しかった(笑)。
※ここ数年のイントロ事情に関するお話は後編で詳しくご紹介します。
『Subtitle』では歌い出しで始まったんで“お、いよいよイントロがなくなったか”と思ったんですが、最新シングルの『ホワイトノイズ』では、また超キャッチーなイントロを持ってきた。やはり“ヒゲダンはイントロに力を入れているな”と感じました」
──ただaikoさんと違うのは、ヒゲダンのイントロはどの曲もテイストが違いますよね?『Pretender』はギターのアルペジオから入りますが、『宿命』は金管楽器です。『ミックスナッツ』はあやしいサウンドで、『ホワイトノイズ』はちょっと凶悪なギターのサウンド……。予備知識なしでは“これはヒゲダンだ”とはわからない気がします。
「そうですね。今ってヒゲダンはドラマ・アニメなどのタイアップを一手に引き受けているんですよね。どの作品・企業もヒゲダンに依頼したいと思うんですよ。だからタイアップ先のテーマが先にきて、そこに合わせて曲を作っているんだと思います。
Pretenderは『コンフィデンスマンJP』(フジテレビ系)、宿命は『熱闘甲子園』(朝日放送系テレビ)、ミックスナッツは『SPY×FAMILY』(テレビ東京系)、ホワイトノイズは『東京リベンジャーズ』(毎日放送ほか)の主題歌で、どれもめちゃめちゃ番組のテーマに合ってますよね」
──あぁ、なるほど……。
「ここ数年は、VaundyさんやYOASOBIさんの曲作りにも同じ現象を感じています。今は広告やコンテンツが増えまくっている分、タイアップも増えるでしょうね。
なのでメジャーなアーティストに関しては“曲によってイントロのテイストがまったく違う”というのが普通になっていくんじゃないか、と思います」
次回はイントロを30年究めてきた藤田さんだからわかる。昭和・平成・令和のイントロの違いについてご紹介する。
(取材・文/ジュウ・ショ、編集/FM中西)