新型コロナウイルスの感染拡大によって、生活様式が一変してしまって早2年。リモートワークの普及で、これまで以上に地元で過ごす時間が増えてきました。周りを見渡してみると、これまで気づかなかった新しい発見もまだまだあるようです。そんな半径3キロで見つかる日常生活の中の幸せにスポットを当てていきます。
酒場ライターのパリッコさんに生活圏内で楽しめる居酒屋の魅力を聞くインタビュー第2弾。今回も引き続き新宿歌舞伎町にある『京風居酒屋 先斗町(ぽんとちょう)』の店内をお借りして、酒場ならではのエピソードやお気に入りの大衆酒場を教えてもらいました。
【第1弾インタビュー:チェーン店『松屋』『来来亭』での飲み方を酒場ライター・パリッコさんが伝授「居酒屋にはない安さとうまさ」】
一番好きなメニューが肉豆腐の理由
──大衆酒場といえば多彩なメニューが魅力ですが、パリッコさんが一番好きなメニューは何ですか?
「肉豆腐ですね。時と場合によるけれど、肉豆腐は一番好きと公言しています。肉豆腐のいいところは、メニュー名が同じでも同じ内容のものが1つもないんです。組み合わせと味付けとか、店によって違う」
──肉豆腐にハマったきっかけはなんですか?
「地元の石神井公園に『ほかり食堂』っていう古い食堂があったんです。80年やっていた店だったんですが、今は残念ながら閉店してしまった。そこで肉豆腐を頼んだら、僕の想像と全然違って、“肉野菜炒め、豆腐多め”みたいなものが出てきたんです。ひと口に肉豆腐と言っても、いろいろなタイプがあるのが面白いなって思いました。それが肉豆腐にハマったきっかけですね」
──特におすすめの肉豆腐の店はどこですか?
「王道で言えば池袋の『やきとん千登利 (ちどり)』っていう大衆酒場で、長いカウンターのなかの一番いい場所に、肉豆腐を煮込んでいるでっかい鍋があるんです。もつ焼きがメインの店なのに、みんな必ず名物の『牛肉豆腐』は頼んでいるというような。
あとは、石神井公園にある『天盃(てんぱい)』の肉豆腐は、大きなサイズの豆腐が入っていて、そこに豚肉がたっぷり乗っているんです。おいしそうって思って豚肉を取ったら、下には牛肉がたっぷり乗っているんです。“なに、これ!? ”みたいな(笑)。変わり種みたいな驚きがありましたね」
酒飲みは、西高東低?
──パリッコさんでも、入りづらいと感じる店はあるのですか?
「僕もラーメンとか詳しくないジャンルの店には、ひとりで入りづらいなって思いますけど、興味があれば、ちょっとだけ勇気を出して飛び込むと、すぐ慣れると思うんです。それで、渋い酒場の魅力に気づき始めた頃から、だんだん老舗と呼ばれる店に遠征してみたりしたんですよ」
──大衆酒場を求めて、どこに遠征しました?
「近年は関西で飲むことも増えてきて、神戸や大阪にも行きます。東京の人が大阪に飲みに行くとなると、ちょっと怖いイメージがありますよね。ただ、実際に大阪の角打ち(注:酒屋などの一角で立飲みできる店)で飲んでみると、“どうぞどうぞ”と譲り合っていたり、常連のお客さんが紳士的だったんです。“どこから来たの”って聞かれて、東京と答えると“わざわざこの店に来てくれてありがとう”と言って、おすすめを教えてくれたり」
──関東と関西で酒場のお客さんに違いがあるのですね。
「西高東低みたいな(笑)。あくまで持論なのですが、意外と東京は酔うと面倒くさい人が多いんですよ。それと比べると、関西のお酒飲みの方は紳士な人が多いように感じますね」
──この『京風居酒屋 先斗町』店長の石井さん(注:京都にも店を出していたことがある)にも聞いてみましょうか。関東と関西では客層に違いはありますか?
石井さん「東京は、いろいろなところから人が集まってきているから、みんな東京出身の人とは限らないからね。ひとりで東京に出てきていたら、孤独やからね。人を求めるようになっちゃうんじゃないかな」
──確かに、さまざまな地方の人が集まった東京より、地元の人が多そうな関西の飲み方がスマートになるのかもしれないですね。ではパリッコさんから見て、酔っ払い客のいい、悪いってありますか?
「歳を重ねるごとに、この人、正直めんどくさいな〜って思う人と、かっこいいって思える人と二極化する感じがありますね。横浜の桜木町ぴおシティにある『酒造 石松』に行ったときのことをよく思い出すんです。朝10時くらいから1杯飲んでいたら、スッとひとりでおじいさんがやってきて、“冷とやっこね”って注文した。“えっ、冷ややっこだけ!?”って思って見ていたら、冷酒と冷ややっこで。それをものの5分で平らげて帰って行きました。それを見て“ああ、粋だな”って感じたんです」
──では、かっこ悪いなって思ったお客さんはいましたか?
「下町の酒場なんかで、誰か話しかけられるやつはいないか? って、常に網を張っているような酔っ払いのおじさん、たまにいますね。ああいうのはちょっと、と思います」
一度は行く価値のある大衆酒場とは
──一度は訪れてみたほうがいい大衆酒場はありますか?
「王道の店は一度行ってみて損はないと思いますね。神田に『みますや』っていう、明治38年創業の東京で一番古い建物と言われる居酒屋があるんです。老舗だから敷居が高そうって感じるけれど、酎ハイが300円台と昔ながらの大衆酒場なんですよ。雰囲気もお客さんがガヤガヤ楽しそうにしている中で、店員さんが忙しそうに働いていたりする。ザ・大衆酒場の歴史を感じられる場所ですね」
──都内にも、歴史のある大衆酒場があるのですね。
「実際に行ってみると、敷居が下がると思います。まずは『みますや』に行ってみたら、どこに行っても大丈夫ってなりますよ。ほかにも、都内だったら鶯谷にある『鍵屋』という店も歴史のある古い大衆酒場。でも鍵屋は、女性だけのグループは入れないんです」
──そういうしきたりみたいなのもあるのですね。
「先代の頃に決めた、昔の慣習じゃないですかね。でも男性と一緒なら入ることができますよ。店内は、本当に時が止まったかのような渋い酒場。写真を撮っていいか尋ねると、ご主人が“あっちに行くと、いい角度で撮れるよ”って言ってくれたりもするんです」
酔客同士のケンカが起きてしまったときに
──古くからあると言えば、大衆酒場とスナックはまた違うのですか?
「スナックは、千差万別すぎて。以前、スナックの大家である玉袋筋太郎さんに、スナックのシステムについてお聞きしたんです。そうしたら、全国にスナックは約7万軒あるけれど、それぞれ金額のシステムが違うからって。なので、心配ならばまず入り口でシステムを確認したほうがいい」
──スナックも常連さんが多いイメージがありますね。酒場では、酔った客同士のケンカが起きてしまったらどうしようと思ったりもしますが、パリッコさんはそのような場面に遭遇したことはありますか?
「ケンカが起きたら、それはイヤだ。でもそんなことまでフムフムニュースの読者さんは、知りたがっていますか(笑)? 以前、ある店で常連の老人たちがケンカしだして、マスターが注意して全員入り乱れたケンカになっちゃったんですよ。それでも、おとなしくしていれば巻き込まれないですから」
──そういうときは、パリッコさんはどのようにしていましたか?
「ちょうどカラオケで絢香の『にじいろ』っていう曲をリクエストしていたんです。そうしたらイントロが始まっちゃったから、歌いながらケンカを見ていましたね。僕の酒飲み人生の中でもかなり印象的なシーンです」
──ケンカが起きている状況で歌ったのですか?
「巻き込まれてたらそんな悠長なことは言ってられないけれど、なんかその状況が楽しくなってきちゃって(笑)」
──パリッコさんと飲むと面白そうですね。
「なんでも面白がるタイプだからですかね。でも普段は家のキッチンで1杯飲むって感じなんですよ。僕がご飯を作って、それを子どもと妻が食べているのを見つつ、僕はお酒を飲んでいるっていうのが多いですね」
酔って眼鏡が入れ替わっちゃった!?
──パリッコさんは、酔うとどうなるのですか?
「寝ちゃうんですよ。暴れるとかじゃなくて寝ちゃう。よくないと思いつつ、外だと飲みすぎちゃう。楽しい飲み会だと抑えられないんです……」
──1日に何杯までって決めていますか?
「決めてないんです。でも、3軒ハシゴして2杯で終わるわけはないじゃないですか(笑)。そんなに強いほうでもないのに」
──お酒で失敗したことはありますか? 例えば、何かなくしたりとか。
「財布は一度、なくしていますね。あれは本当に後悔してます。スマホは何度かなくしていて、だけど毎回どこかに届いては戻ってきてくれてるので、届けてくれた人に心から感謝ですね。そういえば、『四谷OUTBREAK!』というライブハウスにDJとして出演したときに、ホッピーセットが飲めたので結構、酔っ払っちゃったんです。翌朝、枕元にある眼鏡が自分のと似ているんだけれど、自分のではなかったんです。誰かの眼鏡と入れ替わっちゃったんですよ(笑)」
──自分の眼鏡は手元に戻ってきましたか?
「どうだったかな……僕はライブハウスに眼鏡を返しに行ったんですが、僕の眼鏡は届いてなかったような。持って行っちゃった人が今も気づかずかけてるんじゃないですかね(笑)」
──パリッコさんは酒場ライターだけでなく、DJやミュージシャンとしての活動もされていますが、出演されるときも飲んだりしているのでしょうか……。
「僕は飲んじゃうと、出演者としてステージをやりとげられないんです。モニタースピーカーっていう出演者に音が聞こえるようにしているスピーカーがあるんですけど、それって傾斜がついていて、背を預けるのにちょうどいいんですよ。音の振動が感じられてマッサージ椅子みたいな(笑)。気づいたらステージで寝ていたんですよね。20代の頃の話ですが。こんなことを聞いても、記事にならないんじゃないですか?」
──いえいえ、大丈夫ですよ。パリッコさんはお酒を飲んでいたら、幸せを感じますか?
「そうですね。人間ってこの世に生まれ落ちて、そして、なぜ生まれ落ちたかもわからないのに、死ぬまで生かされている。だから、せめて楽な状態になりたいって思うんですよ。大人になってお酒の味を知ったら、ふわふわってして気持ちいい」
──つまり、お酒が現実逃避になるのでしょうか。
「現実逃避というよりも、現実ですよね。これが。若かりし頃って、自分が何で生まれてきただろうって悩むときもあるじゃないですか。でも何かのために多分、生まれてきたんじゃないと思うんですよ。地球の営みの一部にいるだけ。だったら、お酒を飲んでふわふわしていたいって思うんですよね」
──それだけお酒が好きだと、もしも飲めなくなったらどうしますか?
「大衆酒場でノンアルコール飲料を飲んでいるおじさんがいるんですよね。それはそれで楽しそうって思う。でも僕は飲めなくなったら、片岡鶴太郎さんみたいにヨガとか別のものを探すと思う。そっちはそっちで面白いというか。飲めなくなったなりの面白さを見つけますね」
◇ ◇ ◇
コロナ禍において、お酒との付き合い方が変わった人もいるかもしれません。職場などの飲み会が減った分、ひとりで飲んだりする機会が増えたと言えます。でも少し勇気を出してみて、地元や気になった店ののれんをくぐってみると、そこには今まで気づかなかった幸せが広がっているかもしれませんよ。
(取材・文/池守りぜね)
■撮影協力:京風居酒屋 先斗町
東京都新宿区歌舞伎町2-9-18 ライオンズプラザ新宿1F
〈PROFILE〉
パリッコ
1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家/イラストレーター、DJ/トラックメイカー他。酒好きが高じ、2000年代後半よりお酒と酒場に関する記事の執筆を始める。著書に『晩酌わくわく!アイデアレシピ』(Pヴァイン)、『天国酒場』(柏書房)、『つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方』(光文社)、『酒場っ子』(スタンド・ブックス)、スズキナオ氏との共著に『“よむ”お酒』(イースト・プレス)、『酒の穴』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(Pヴァイン)など。最新刊は清野とおる氏との共著『赤羽以外の「色んな街」を歩いてみた』(扶桑社)。