フィンランドを愛し移住を夢見た週末北欧部 chikaさん(以下、chikaさん)は、紆余曲折を経て2022年4月、ついに13年越しの夢を叶(かな)えました。初めてのコミックエッセイ『北欧こじらせ日記』(世界文化社)は発売後即重版、’22年10月に実写ドラマ化したことでも話題になり、続編となる『北欧こじらせ日記 移住決定編』(世界文化社)や日常を絵日記のようにつづった『かもめニッキ』(講談社)も発売中です。
順調な人生に見えるchikaさんですが、夢を実現するまでの苦労によって人生をうまく進めるコツを覚え、今に至ったと言います。インタビュー第1弾では、chikaさんの半生とキャリアに関する考え方について聞きました。
フィンランドで働くべく寿司職人を目指す! “新人の精神”で楽しく乗り切る
──初めて『北欧こじらせ日記』を手にとったとき、フィンランド好きの方がスムーズに移住の夢に近づいていく漫画なのかなと思ったのですが、読み進めると、夢を叶えるまでの人生は決して楽しいことばかりではなかったことや、30代を超えて新しいことにチャレンジするためのコツも描かれていて、私自身のキャリアを考えるうえでもとても参考になりました。
「ありがとうございます。今年4月に念願のフィンランド移住を果たし、寿司職人として働いているのですが、それまでは思うようにいかず立ち止まったり寄り道したりして、自分の経験をどうやってキャリアに生かしていくかたくさん悩みました。上司や友人、知人のアドバイスによって“見方次第で物事のとらえ方は変わる”と気づけたことと、もともと持っていた“とりあえずやってみる”という気持ちのおかげで今があると思っています」
──何かをしたくても考えすぎて始められないことがあるので、「とりあえずやってみる」精神、私も見習いたいです。フィンランドで寿司職人になるまでの経緯は?
「私は幼少期から自分の能力がそんなに高くないと思っていましたし、以前ほかの仕事で中国に赴任したときに“現地の人もできる仕事なら、私よりその人を雇うだろうな”と実感したことがあって。私のように現地の言葉が話せない、文系出身、経験した職種は営業となると、海外での就労は難しい。それなら日本人であることを生かせる寿司職人はどうだろうと思い始め、だんだんと、寿司職人という仕事は“世界中どこにいても、何歳になっても、自分らしさを生かして周りを幸せにしたい”という自分のキャリア観に合うかな、と考えるようになったんです。
その後、会社でフルタイム勤務をしながら1年半、寿司学校(寿司職人養成学校)に通ったあと、仕事のない週末に寿司店の大将のもとで修業を始め、寿司学校への入学から3年後に、ようやくフィンランドの寿司店への勤務が決まりました」
──寿司職人って技術を極めている方々なので、厳しいイメージがあります……。途中で挫折しなかったのはどうしてですか?
「確かに厳しい言葉もたくさんもらいましたが、新人である自分の身の丈を自覚していたので、しかっていただくと改善のチャンスだと感じたし、“大人になってから新人の気持ちを味わえて、できなかったことができるようになるのは、こんなにも楽しいのか”と思っていて。これは、寿司学校で知り合った50代、60代の人も言っていたことでした。
大将には、“ゆくゆくはフィンランドで寿司職人になりたい”というゴールと現在の自分の技術にギャップがあることも伝えていたし、自分から“気になることがあれば言ってください”とお願いしてからは、フィードバックももらいやすくなりましたね。
それと当時、本業として働いていた会社にも、これまでの経験に縛られず自分をアップデートし続けるメンタリティを持っている人がいて“いつまでも必要とされる人は、新人でい続けられる人なのかも。自分もそうなりたい”とも思っていました」
幼少期から祖母譲りの「うれしがり」。大学の友人に触発され“好き”を追う人生に
──会社の話が出たので、順を追って今までのchikaさんの人生をお聞きしたいです。
「子どものころは、大阪の自然が多い地域で育ちました。まじめで優しい父と、子どもに何かあるたびに“相手はこう思ったんじゃない?”といろいろな角度から物事を教えてくれる母、双子の妹の5人家族でした。すぐ近くに祖父母が住んでいたので、よく遊びに行ったり、両親とケンカしたときは1週間ほど泊まらせてもらったりもして。祖父母のように、いつでも自分の味方をしてくれる存在がそばにいてくれたのは心強かったですね。
祖母は小さな出来事に対しても一つひとつ感謝する人で、理由を聞いたら“私、うれしがりなの”と答えてくれたのを覚えています」
──「うれしがり」って、すてきな言葉! 著作を読んでいると、何かあったときにchikaさんがいろいろな人に感謝をする場面が出てくるので、chikaさんも、おばあさん譲りのうれしがりなのでは?
「そう言われてみると、フィンランドを好きになったきっかけが、8歳のころにサンタさんに手紙を出して返事をもらったことで、私の手紙の書き出しが“プレゼントをくれてありがとうございます”でした。祖母の影響が大きかったのかもしれません。今も、おばあちゃん子です。
父は寡黙な人でしたが自然が好きで、私が小学6年生のときに“田舎で暮らしてみたいから、みんなで1年間小さな村で暮らそう!”と言って、それを実現するようなアクティブな一面もありました。
私が成長して“英語学校に行きたい”と言うと、英語を学ぶのではなくて、英語で何かを学べる大学が載っている新聞の切り抜きを持ってきて、“言語を学ぶのもいいけど、chikaはそれを手段にして何かを学ぶほうがいいんじゃない?”と教えてくれたことが印象に残っています。
何があっても生きていく強さを教えてくれた父には感謝していますし、父がまじめでありながら思い切って行動するタイプだったから、母も私がフィンランドに行くとき“行くと決めたら行くんでしょ”と受け入れてくれたのかもしれません」
──大学は出身地である大阪ですか?
「いえ、九州にある大学で、学生の半分が日本人、もう半分が留学生でした。日本人も東京や大阪から来た学生が多い個性的なところで、1回生のころから“あなたはどんな人?”、“何が好き?”と聞かれることが多くて。みんなそれに対して“私は〇〇が好き”、“学生時代の4年間でこれがしたい”とすぐに答えられる人ばかりで、衝撃を受けました。
そこで、私は今まで自分のことに無関心だったのだと気づき、大学の初期段階で“空っぽな自分の箱の中に好きなことを詰めていこう”と決めました」
──意志の強い学生がたくさんいらした大学だったのですね……私は女子大だったからか、「卒業後は早めに結婚するのがハッピーロード」と思っている友達が多かったので驚きです。
「私も地元はそうで、家族からも平穏な人生を望まれていたと思います。だけど大学では“温泉名人になる!”とか、“友達100人作る!”とかでもいいので、少しでも“好き”、“心が動いた”と思ったら、それを大事にしよう、自分自身に敏感になろう、と決意したんです。
それからは、『北欧こじらせ日記』にも描いたように、子どものころからの“フィンランドが好き”という気持ちをさらに自覚する出来事が重なり、大学卒業後は北欧と関わりのある企業に就職しました」
大事にしているのは「期限を決めて取り組むこと」と「余白を持つこと」
──フィンランド好きで北欧関係の企業に就職なんて夢のようですが、『北欧こじらせ日記』によると、その会社は2年でなくなることになってしまったとか。
「そうなんです。会社がなくなるという宣言を受けたあと、ほかの企業で3年半の期限がある契約社員として営業職に就いて“正社員にならなきゃ”と焦っていたのですが、そんなときに上司が言ってくれたことが心に残っています。
“校庭を走ってこいって言われても、何週走っていいのかわからなければ苦しくなるし途中で手を抜くけど、3周本気で走ってこいと言われたら、その3周は本気で走りきるよね”。この言葉で、人生の節目を自分で短距離走にしてしまう生き方もあるんだと学びました」
──具体的にはどういうことですか?
「永遠に続くと思っていたら絶対にしんどくなるから、大事なことは期限を決めてやろうと決意したんです。例えば、日本では3年間、寿司修業をしたのですが、ずっと“修業の1年後にはフィンランド移住!”と決めていたので、つらいことがあっても頑張れたし、英語力など自分に足りていないことも見えてきました。それに、長く続けすぎると熱が冷めることもありますよね。
その決意はずっと持っていて、フィンランド移住の夢を叶えたから永遠に今の状態を続けるのではなく“まず3年やってみて、その先はそれから考えよう。新しいことに興味が出たらそれに向かっていってもいいし、フィンランドでの寿司職人を続けてもいいし”と思っています」
──夢を叶えたらそれでおしまい、ではないのですね。寿司職人の仕事、漫画制作、フィンランドでの慣れない生活など、お忙しそうなchikaさんですが、ほかにマイルールはありますか?
「もうひとつ決めているのは、余白を持つことです。1週間のうち1日は予定を何も入れない日を作って、やりたいことを当日の朝に決めるんです。“今”を楽しめないと苦しくなる気がするから、忙しくなりそうだったら、あえて何もしない日を入れます。
ただ、フィンランドで寿司職人を初めてから2週間目、お店で働く日本人が私しかいなくなって、新しい環境で1日13時間労働、休憩15分の日々が続いたことがありました。休日は寝てばかり、夢の中でも魚をさばいて、起きると仕込みのことを心配するうちに、疲れすぎて体調を崩してしまって……。日本でもこんなに働いたことはなかったですね」
──フィンランド移住の夢を叶えてからも大変なことがあったのですね……! インタビュー第2弾ではchikaさんが日本にいるとき、そして移住してから経験した悩みや苦労をどうやって乗り越えていったのかについても聞かせてください。
(取材・文/若林理央)
【PROFILE】
週末北欧部 chika ◎大阪府出身。フィンランドが好きすぎて12年以上通い続け、ディープな楽しみ方を味わいつくした自他ともに認めるフィンランドオタク。移住のために会社員生活のかたわら寿司職人の修業を始め、2022年4月、ついにフィンランドで寿司職人に! モットーは「とりあえずやってみる」。好きなものは水辺、ねこ、酒、1人旅。著書に『北欧こじらせ日記』『北欧こじらせ日記 移住決定編』(ともに世界文化社)かもめニッキ(講談社)など。
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