モデルとしてデビューした後、俳優としてさまざまな作品に出演し、近年では数々の映画祭でもその実力を認められ、破竹の勢いで活躍中の宮沢氷魚さん。そんな宮沢さんが主演を務める映画『はざまに生きる、春』が5月26日から公開されます。
出版社で漫画編集者として働きながら自主映画を制作してきた葛里華さんが、初めて長編作品の監督と脚本を手がけた作品で、発達障がいを持つ画家の青年・透と女性編集者・春の恋の行方を描いたストーリーです。
本作で、青色が大好きな画家の屋内透を演じた宮沢さんに、役への思いや作品を通して考えたこと、発達障がいについての気づきなど、いろいろと語っていただきました!
初めて初稿の脚本の段階から関わった作品
──脚本を初めて読んだときから惹(ひ)かれるものがあったと伺いました。そのときの印象はどんなものでしたか。
初めて読んだときから物語として面白く、しかしもっとブラッシュアップすればより素晴らしい作品になる自信があったので、そこに賭けてみたいという気持ちがありました。
それに、今作の監督も務めている葛(里華)さんの“熱量”みたいなものを脚本から感じたんです。そんなところにも惹かれて「よりよいものを一緒に作りたいな」という思いが湧き、僕からも「ここをもっとこうしたほうがいいのではないか」などといったことを話したりもしました。
──特にどういう部分が気になって、宮沢さんからもお話されたのですか。
流れるようなストーリーの進み方を意識した提案や、「クライマックスをもう少しわかりやすく変えたほうがいいんじゃないか」といった提案をさせていただいたりしました。
でも、やっぱり実際にやってみないとわからないこともあったので、セリフの言い方も、葛さんや春ちゃんを演じた小西(桜子)さんと撮影をしながら少しずつ変えていきました。
最初の段階の脚本はあくまでもスタートラインであり、みんなで熟考を重ねてどんどん鮮明になっていった感じです。
──役者さんが初期の脚本から関わることは珍しいのでは?
僕もここまで脚本に自分の意見を言わせていただいたことは今までなかったですし、演じ手として、スタッフや共演者も何も決まっていないゼロの段階から携われたことは、僕にとっては新しい経験でした。
発達障がいのある役を演じて知った「気づき」
──屋内透を演じるにあたって、撮影前に監督と発達障がいのある方々にお話を伺ったり、医療監修者の方にアドバイスを受けたりして、入念な役作りをされたそうですね。その中でどういうことを大切にして演じられましたか?
実際にお会いするまでは、いろいろと質問も考えて根掘り葉掘り聞こうと思っていたんですけど、お話をしているうちに「自分が今一番知りたいのは、何気ない会話からその方のナチュラルな状態を知ることだな」と思ったんです。なので途中からは、「休みの日は何をしているんですか?」「好きなものはなんですか?」といった何気ない会話をして、リラックスしているときのちょっとした手の仕草や目線の動きを見て「こういうときはそういう動きをされるんだな」というところからヒントを得て、透という人物を作っていきました。
──いろいろな方に会ってお話を聞いたうえで、実際に透を演じてみて何か気づきはありましたか。
演じてみることで、コミュニケーションを取ることの難しさを感じました。思ったことを正直に言葉にしてしまって、それが時に人を傷つけてしまうこともあるし、喜ばせることもできる。透は正直な思いのまま言葉を話すんですけど、その分自分にかけられる言葉もストレートに伝わってこないと理解ができないこともあり、それによって春ちゃんや周りの人とちょっとギクシャクする瞬間があるんです。なので、そこをどうやって表現しようかというのはすごく難しかったですね。
ただ脚本に書かれていることを淡々と言うのではなく、透のモヤモヤしている気持ちを言葉だけではなくて、表情や身体の動きで表現したいなと思っていました。
──透を演じるにあたって、特に心がけた部分はありますか?
作中で透がちょっと理解に苦しんだりモヤモヤしていたりするときに、手の指が激しく動いたり、目線がキョロキョロしたりするんですけど、それは透なりの最大の気遣いなんですよ。
「理解したいけどわからない、どうしよう」と思った結果、「もっとはっきり言ってくれないとわからない」という言葉につながるのですが、手や指、目線の動作というワンクッションを置くだけで、彼なりの優しさみたいなことを表現できればと思いました。
──今おっしゃったように、透の目線がキョロキョロしたり、手指を激しく動かしたりしたときは、言葉でうまく伝えられないもどかしさのようなものが、見ているこちらにも伝わってきました。
そう言っていただけてうれしいです。手の動きはクランクインする前日くらいに「やろう」って決めたんですよ。透の心情を表現するにあたり、何か彼の「クセ」があったほうがいいなと思ったんです。
気持ちに焦りや変化が出てくると、その気持ちを体現する特性を持つ方々もいて。透は絵を描く人だから、きっと何かを感じ取るときに「手」を一番使うんだろうなと思いました。なので、団地の壁に絵を描くシーンでは手を使って光を包み込むようにして繊細に動かしているのですが、彼の内にある思いが一番伝わるのは手や目の動きだろうなと考えたんです。
だからと言って、やりすぎるとそこばかりに目がいってしまうので、そこのニュアンスをどこまでやるのか、どういう風に表現するのかというところは難しくもありました。透の感情に合わせてどんな動きをつけるのかという点は意識して気をつけていたところです。
──透は自分のルールを持ちながらも、相手を遮断することはしない人だなと感じましたが、役作りの上でそういう意識は持っていましたか?
透は説明することは上手ではないけど、何かを伝えたいときには言葉をバーッと使って誰かにぶつけることができるという個性を持っているから、興味を持ったものにすごい熱量を注ぐし、好きな人には自分のそばにいてほしいと思う人なので、シャッターを閉じるタイプの人ではないんだろうなということは最初から思っていました。
一言で「発達障がい」と言っても、本当にいろいろな特性があるんです。人とコミュニケーションを取るのが嫌な人もいれば、誰かと会話することや人がたくさんいる場所が好きという人もいます。透の場合は、絵を描くことに対するパッションや熱量がすごくあって、作中でペットボトルの話をするときも「このよさを誰かに伝えたい、説明したい」という思いが強く出ているので、そこのシーンもぜひ注目してほしいです。
大人になってから発達障がいの特性が顕著になる人も
──作中で、「グレーゾーン」というワードが何度か出てきました。「アスペルガー症候群」などの病気と診断されなくても、自分の左側に人がいないと落ち着かない春のように「もしかしたら自分は人とちょっと違うのかもしれない」と悩んでいる人はたくさんいるかと思いますが、作品や役を通して何か考えられたことはありますか。
この作品の撮影が終わってからも、発達障がいについての勉強会を開いてもらったんですけど、お話を聞くたびに新しいことを学んでいます。中でも僕が驚いたのは、大人になってから「発達障がいの傾向がある」「その特性がある」と気づく人がある程度いるということでした。
子どものころや若いときに人とのコミュニケーションが取りにくいことや「自分はちょっと浮いているのかもしれないな」と思うことは僕もありますし、そう思ったことのある人はたくさんいると思うんです。別にそれはマイナスなことではないし、僕の近しい人も発達障がいを持っていて、子どものころから彼を見てきましたが、当時から成長に遅れが出ていることはわかっていたし、そういうものだと思って特別視することはありませんでした。
でも、それに気づかない、知らない人がたくさんいるということをこの作品を通して知ることができました。もう少し自分の視野を広げて「自分の周りにも発達障がいの特性を持った人がいる可能性がある」ということを常に意識して、いろいろな人とつながりたいという思いが芽生えたことは、僕にとって大きなことでしたね。
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後編では、宮沢さんが自分に戻れる時間の過ごし方や、最近作ったアメリカの定番メニューについてなど、プライベートのお話もたくさんしていただきます!
(取材・文/根津香菜子、編集/福アニー、撮影/junko、ヘアメイク/吉田太郎(W)、スタイリスト/庄将司)
【Profile】
●宮沢氷魚(みやざわ・ひお)
1994年4月24日生まれ、アメリカ・サンフラシスコ出身。2015年に、第30回『MEN’S NON-NO』専属モデルオーディションでグランプリを受賞しモデルデビュー。17年にTVドラマ『コウノドリ』で本格的に俳優デビューを果たす。その後も数多くの映画やドラマに出演し、映画『エゴイスト』(23年)で第16回アジア・フィルム・アワード最優秀助演男優賞を受賞した。6月から始まる舞台『パラサイト』に出演。
【Information】
●映画『はざまに生きる、春』
監督、脚本:葛里華
出演:宮沢氷魚、小西桜子、細田善彦、平井亜門、葉丸あすか、芦那すみれ、田中穂先、鈴木浩文、タカハシシンノスケ、椎名香織、黒川大聖、斉藤千穂、小倉百代、渡辺潤、ボブ鈴木、戸田昌宏
公開日:2023年5月26日(金)
(C)2022「はざまに生きる、春」製作委員会