「現役女優にして一級建築士の試験にストレート合格」という前例のない快挙で、一躍時の人となった田中道子さん。今後は女優と建築士の両方で活動していくと公言しています。
インタビュー後編では、田中さんがひそかに抱く足湯カフェの展望や、建築士の視点から考える「新しい時代のコミュニティのあり方」について伺います。
4月から女優と建築士の二足のわらじを履いてます
──今後は女優と建築士の二足のわらじで活動するとのことですが、一級建築士の登録に必要な実務経験(※1)はどうやって積むのでしょうか?
(※1)2020年より始まった新しい建築士制度では、実務経験なしでも建築士試験の受験が可能となり、合格の前後を問わず所定の実務経験を積めば免許登録ができるようになった。
「実は4月から建築士として、建築士事務所にて実務を開始しています。私の場合は2年間の実務経験が必要ですが、(もともと資格を持っていた)二級建築士としての設計業務や一級建築士の補助業務だけでなく、建築関連の教員をやっても実務として認められるんです。私は大規模建築が好きなので、マンションなどの設計にもかかわっていきたいですね」
──先日の『ヒルナンデス!』では空き家をリフォームした物件のロケに参加をしていましたね。そういった方向にも興味はあるんですか?
「空き家案件にも興味はあります。自分で壁を壊して骨組みを目で確認して、DIYでイチからやってみたいですね。誰かにお願いするというよりは、時間がかかってもいいから自分の手を動かしてリフォームしたいんです」
──今は地方も東京も空き家問題を抱えているから、田中さんが改修を手がけるのであれば引く手あまたかと思います。
「MEGUMIさんが金沢で経営している『Cafe たもん』というパンケーキ屋さんは、築100年以上の町家をリフォームしたお店なんです。純和風な建築をちょっとだけモダンな感じに改修した素敵な空間で、自分でもそういったことをやってみたい願望は持っています。確かに東京でも空き家は増えていますからね」
──いきなり新築の物件を手がけるよりも、空き家から入ったほうが心理的なハードルは低いですよね。
「そうなんですよ~。“どんな建物を建てたいの?”って聞かれるんですけど、それってプレッシャーなんです。だから最初は空き家、なんならちょっと大きめの犬小屋あたりから経験を積めればなと(笑)」
東京にも、誰もがふらっと立ち寄れる居心地のいいコミュニティを
──田中さんの空き家活用プランがあれば、ぜひ教えてください。
「足湯カフェを開きたいです。都内は難しそうなので、私の地元の浜松と東京の中間にある熱海で。温泉大好きなんです」
──足湯カフェは東京でも増えてきてますから、都内でも可能な気はします。廃業する銭湯も増えているので、そことうまく組んだりして。
「確かに! 銭湯が減ってるのは悲しいですよね。ちょっとしたプラスアルファのアイデアやデザインを付け加えれば流行(はや)りそうなモノって、たくさんあると思うんです。銭湯もそうですよね。確かに都内のほうが流行るかも、足湯カフェ……」
──やっぱりお店のように人が集まる場所がいいんですか?
「カッコつけたような言い方ですが私、コロナ禍でひとりぼっちになって涙を流しながら生きてたんですよ。もう、ホントに寂しくて。家にひとりでいるのも好きだけど、思い立ったらすぐに行けて人とふれあえる空間が欲しいなって。例えば、音楽が好きな人が多く集まったら即興で演奏が始まるような、そういった自由なコミュニティを作りたいんです。だからカフェじゃなくてもいいのかも。長居してほしいから足湯を考えてますが、本当に居心地のいい場所を提供したいと考えてます」
──コロナ禍で人と人とのつながりの大切さを、あらためて感じるようになったわけですね。
「コロナ禍が始まって2か月くらいまったく稼働できない時期があって、なるべく外に出るなって雰囲気でしたよね。特に私は芸能人だから、無闇に出歩かないと決めて。私みたいな人は、いっぱいいたと思うんです。当時は人に会いたくて公園に行ってましたもん。
東京にもいろんなタイプのコミュニティ空間があっていいと思うんです。『喫茶ランドリー』(※2)という素敵なカフェがあるんですけど、私の地元にもあればいいなって思ってます。
(※2)株式会社グランドレベルが企画・設計ディレクションを行う、洗濯機・乾燥機やミシン・アイロンを備えた「まちの家事室」付きの喫茶店。「どんなひとにも自由なくつろぎ」をコンセプトにしている。
──この春からマスクの着用も任意になって、徐々にコロナの影響は終息しつつあります。
「どうなるんですかね。ただ、私が一級建築士の勉強を始めたのもコロナ禍の影響なんです。もともとは東日本大震災を経験して、世間が未曾有の危機に陥ったときに駆けつけて人々を支える存在になりたいと考え、一級建築士を目指すようになりました。でも、私はその後に芸能界に入ったから建築士の夢をいったんは保留にしたんです。それがコロナ禍になって当時の気持ちを思い出して一念発起しました。ですから、私にとってコロナ禍とは逆風だけではなく、夢を叶(かな)えるきっかけにもなりました」
子どもたちの夢の幅を広げるために、いろいろな経験をさせてあげたい
──では、晴れて一級建築士に登録された後の夢を教えてください。
「これは完全に夢なんですけれど、働く女性に優しい会社を作りたいです。私の周りでも子どもが生まれて夢を諦めたり、せっかく資格を取っても子育てで生かせないケースがあるので、働く女性の目線に立った会社を設立したいと考えています。あとは、子どもの将来の夢の幅を広げるような施設です。私は子どものころにピアノを習っていて将来の夢はピアニストだったけれど、それって他を知らないから夢がそれしかなかったんです。タモリさんが以前、“子どもに夢を追いかけろと言うくせに、何も経験させてないじゃないか”といった趣旨の発言をされていたんですが、これは本当に共感できます。子どもたちの将来の道しるべになるような体験を提供する施設ができたらいいですね」
──女性と子どものための施設ですか。
「まじめな言い方になるけれど、私なりの社会貢献ができたらなと思います。ただ、私はまだ試験に合格しただけで実務経験もほとんどないので、経歴と自信をつけて初めて堂々と発言できると思ってます」
──今は建築業界からも田中さんに注目が集まっていると思うので、積極的に発信したほうが実現に近づく気もします。
「実績がないのに夢を語るのはなんだか偉そうで、少し日和(ひよ)ってる部分もあります(笑)。私が通った資格の学校でも同じ試験を受けた人はたくさんいますが、中には落ちてしまって泣いている人の姿も見てきたので、複雑な気持ちがあるんです。でも、世間のみなさんは“おめでとう”と言ってくれるから……。そうですね、そこは意識を変えたほうがいいかもしれませんね。私が二足のわらじでやっていくことは、建築業界にも相乗効果があると信じて続けていきます」
水彩画に続き、油絵の才能も開花?
──田中さんと言えば『プレバト!!』(MBS・TBS系)で絵の才能も注目されています。アートの活動を広げる予定はありますか?
「ちょうど今週『プレバト!!』の水彩画を描いていて、それが終わったら休むことなく消しゴムはんこの制作に入るので、ほとんどプライベートの絵を描く時間がないんですよ。なので今は『プレバト!!』の作品だけで手いっぱいですね。くっきーさんみたいに個展を開けるような域には、まだ達してないかなと」
──以前インスタグラムに載せていた抽象画もすごくセンスを感じました。
「ありがとうございます! あれは自粛期間に自宅で描いた絵なので、いくつかは友達にあげちゃいました」
──完成までにどのくらいの時間をかけているんですか?
「油絵なので1回塗るごとに乾燥させる必要があるから長いもので数週間かかりますが、短いものは1日あれば完成します。私は独学で油絵の作法も学んでないから、金箔とか普通にのせちゃうんですよ。そんなので大丈夫かなって(笑)」
──独学であの絵が描けるのは才能だと思います。
「どんどんやる気にさせて、どうするんですか~(笑)。でも、少し期待に応えたくなってきたので、時間のあるときに描きためておきます」
人生はRPG。これからもレベルアップして成長したい
──勝手な感想ですが、田中さんであれば女優、建築士、芸術家として三足のわらじも行けそうです。
「私って足りてない部分もいろいろあるけど、好きなモノはとことん突き詰めるタイプなんです。モデルの仕事は自分の欠点を隠す必要がありましたが、女優の仕事ではそんな欠点も魅力だと言ってもらえることが多くて、大好きな競馬やゲーム、マンガのことを堂々と話せるようになりました。女優のほかに建築やアートに関するお仕事もいただけている今の状況はとてもありがたいですね」
──モデル時代からだいぶ仕事の幅が広がりましたね。
「ファッションについては私なりの割り切りがあって、今日みたいな撮影のある日は別ですが、それ以外の現場だといつも同じような着こなしです。自分ではスティーブ・ジョブズのつもりですが、マネージャーにどう思われてるかはわかりません(笑)」
──そのアンバランスさも田中さんの魅力になっていると思います。
「ホントですか、嬉しいです。短所もその人の個性だと思うんです。全員が短所を隠してしまうとキレイな六角形のパラメータにはなるけど、それって誰でも同じじゃんって。ちょっとくらい形がボコボコのほうがその人らしさがあっていいですよね」
──『ドラゴンクエスト』シリーズのはぐれメタル(※3)のように、いびつなパラメータですね。
(※3)『ドラゴンクエスト』シリーズの敵キャラ。遭遇率が低く、守備力が高いうえにすぐ逃げるので倒すのは容易ではない。倒すと大量の経験値が得られる、いわゆるレアキャラ。
「そう、はぐれメタルです! はぐれメタルに遭遇したら嬉しいじゃないですか(笑)」
──六角形のパラメータというレーダーチャートの例えを聞いて、やっぱり田中さんはゲーマーなんだなと感じました。
「よく人生をRPGにたとえますもん。今は一級建築士の試験に合格したので、レアな鎧(よろい)か武器をゲットした状態だと思ってます。ただ、装備を固めても基礎パラメータが低いままではダメなので、たまには筋トレしようとか。実際、建築の勉強をずっと続けて体力の衰えを感じましたから。これからもレベルアップをしながら、ジョブチェンジもして成長を目指します」
(取材・文/松山タカシ)
〈PROFILE〉
田中道子(たなか・みちこ)
1989年8月24日生まれ、静岡県浜松市出身。静岡文化芸術大学卒。大学卒業後に二級建築士の試験に合格するが、就職活動中に現事務所にスカウトされ女優の道へ。’16年放送のテレビ朝日系『ドクターX~外科医・大門未知子~』を皮切りに多数の連続ドラマに出演。現在、『プレバト!!』(MBS・TBS系)、『みんなのKEIBA』『馬好王国~UmazuKingdom~』(ともにフジテレビ系)などに出演中。4月よりレギュラー出演するNHK総合『解体キングダム』(毎週水曜19:57〜)の放送がスタート。