子どもの頃にぬいぐるみを抱えて一緒に過ごしたり、大人になった今もそばに置いて愛(め)でたり、好きなキャラクターのぬいぐるみを集めてみたり……。関わり方はそれぞれ違っても、人生の中で、多くの人がぬいぐるみと接点を持ったことがあるのではないでしょうか。
今やアニメや映画、絵本など、あらゆるキャラクターのぬいぐるみを手にすることができるようになり、動物園に行けば、園内のショップで独自のかわいさを放つぬいぐるみに出会うことができます。
でも振り返ると、私が子ども時代を過ごした昭和後半から平成初頭は、ぬいぐるみってこんなに多様でしたっけ? キャラクターもののぬいぐるみはいつから手にできるようになったのでしょうか?
その歴史を調べるべく、昭和生まれのぬいぐるみ好きのライターが、老舗ぬいぐるみメーカー「株式会社サン・アロー」を訪ねました。取材に応じてくださったのは、代表取締役社長の関口太嗣さん。「ぬいぐるみの歴史って、まとまったものがないんですよ」と言いながら、たくさんのお話を伺うことができました。社内に飾られた懐かしのぬいぐるみに歓喜しながら、まずはぬいぐるみの歴史を深掘ります。
「やわらかいものを作りたい」人形を出発点にぬいぐるみが誕生
今回取材で伺ったサン・アローは、動物のぬいぐるみやテディベア、スタジオジブリ映画『となりのトトロ』などのキャラクターのぬいぐるみなど、さまざまなぬいぐるみを手がけているメーカー。創業は約100年前の1918年で、セルロイド玩具の加工業から始まりました。このものづくりのスピリットを受け継ぐ形で、創設者の孫で関口さんのお父さまが1974年に株式会社サン・アローを設立。当時、爆発的ヒットとなった「モンチッチ」の輸出窓口を担うとともに、人形や雑貨の企画製造、販売を始めました。
「設立の翌年、1975年に発売した『ムッシュ・ネ・ルージュ』は、ぬいぐるみではなく、まだ“人形”でした。人形はソフトビニールを使った硬い素材が主流で、海外ではフェルトなどのやわらかい素材を使ってぬいぐるみのようなものが作られ始めていた頃でした。日本でも“やわらかいものを作りたい”という思いが出てきて、表情が作りやすいソフビに、やわらかい素材を組み合わせた人形が誕生したのです。輸出窓口を担っていたモンチッチも、ムッシュ・ネ・ルージュもまさにそのスタイルです」(関口社長、以下同)
サン・アローで初めてぬいぐるみの企画製造、販売を行ったのは、1979年。国内外で開発が進んだやわらかい素材を使ったウサギやクマ、ネズミなどの「森のパーティ」シリーズが発売となりました。そして1982年に、その後ロングセラーとなる「ラッキー・マック&サンディ」が登場します。
「洋服を着ているのが特徴の『ラッキー・マック&サンディ』は、おそらく’80年代前半に日本で一番売れたぬいぐるみだったのではないでしょうか。ウレタン素材が開発され、ぬいぐるみの詰め物の綿(木毛)に代わるやわらかい素材として使われるようになりました。ぬいぐるみには、実はアパレルなどのほかの業界の進化が関係しています。新しい素材によって、ぬいぐるみの毛や詰め物、着せる服や装飾品に変化や広がりが生まれました」
あの人気アニメ映画から“キャラクターのぬいぐるみ化”が始まる
1989年、サン・アローにとって新たなぬいぐるみ作りの扉が開きます。
「1988年は、スタジオジブリのアニメ映画『となりのトトロ』が劇場で公開された年。当時の社員が作品を見て“トトロのぬいぐるみを作ってみたい!”と思い、その情熱からライセンス契約交渉に乗り出しました。宮崎駿監督にもお会いしてトトロのぬいぐるみを見ていただき、1989年に発売に至ったんです」
『魔女の宅急便』『紅の豚』『もののけ姫』『千と千尋の神隠し』など、ジブリアニメのぬいぐるみを企画製作し、販売していきます。
「それまでのぬいぐるみは、ウサギ、ネコ、イヌといった“ノンキャラ”(版権を持たないキャラクター)のものがほとんどでした。動物園に行ったときに買ってもらうようなパンダやクマのぬいぐるみもそうですね。当時は“すでにこの世にあるキャラクターをぬいぐるみ化する”という概念はなかったのかもしれません」
1998年にはイギリスのクレイアニメーション『ウォレスとグルミット』を、2000年にはスウェーデンの映画『ロッタちゃんと赤いじてんしゃ』に登場するバムセのぬいぐるみを発売。アニメ映画だけではなく、海外のキャラクターに着目し、ぬいぐるみを作るようになりました。
ただ、「キャラクターのぬいぐるみを作りながら、ノンキャラのテディベアも作っていました」と関口社長は言います。
テディベアとは、クマのぬいぐるみ全般のこと。厳密な定義はなく、特定のキャラクターではないので、いわゆるノンキャラの枠になります。サン・アローでは、トトロのぬいぐるみが発売された翌年の1991年に、クマのぬいぐるみシリーズとして「テイルズ&テイルズ」を発売。翌年には「キッズベア」を発売するなど、クマのぬいぐるみ作りに情熱を注いでいます。
「1995年、伊豆にテディベア・ミュージアムをオープンし、’97年には那須、’99年には箱根(現在は閉館)にもミュージアムを作りました。多くの人がテディベアに出会う場となっています」
サン・アローのテディベアのシリーズは、「メロディ」「キッズベア」「TEATIME」「くるみちゃん」「森のくまさん」と多彩。ノンキャラのクマを、広く受け入れられるようにかわいくデザインするのは「それこそ感性だと思います」と関口社長。「ノンキャラなので、色が決まっているわけでも目の位置が決まっているわけでもありません。多くの人に“かわいい”と受け入れられるようにするのがデザイナーの力であり、企業の力だと思います」
「女子高生や大学生が気に入るか」をカギにぬいぐるみ化を進めていく
2003年には、ベルギー発のノンキャラクターのハリネズミの『モーリー』を輸入し、発売しました。「これはヴィレッジヴァンガードでめちゃくちゃ売れたんです」と関口さん。ヴィレッジヴァンガードとは、「遊べる本屋」をキーワードに書籍やさまざまな雑貨を展開する複合型書店で、高校生や大学生が多く集う場所。このヴィレヴァンでなぜ売れたのでしょうか。
「2000年に入る頃には、消費者の好みがノンキャラからキャラクターのものにも移っていったんですよね。ぬいぐるみの製作は、映画にとどまらず、絵本や海外の雑貨などにも広げていきました。
フランスで人気の絵本『リサとガスパール』のぬいぐるみや雑貨を手がけましたし、2006年には絵本『はらぺこあおむし』や、アメリカで人気のキャラクター『スージー・ズー』のぬいぐるみを発売しました」
思い返すと、私も2006年に発売された『スージー・ズー』のぬいぐるみを女子高生がバッグにつけている光景を目にしたことがありました。大学生の頃にはプレゼントとしてぬいぐるみのキーホルダーをもらうなど、若い女性が気に入っていた記憶がよみがえります。
「女子高生や大学生が気に入るぬいぐるみは、一番売れましたね。そのぐらいの世代は、自由に買い物ができ、かわいいものが大好き。ぬいぐるみといえば小さな子どもが買うものと思われる方が多いですが、実は小学生ぐらいの子どもたちに向けてぬいぐるみを作ることって、一番難しいんです」
女子高生や大学生の心に響くぬいぐるみかどうかは、サン・アローのぬいぐるみ製作のひとつの観点になっているそうです。これは、ただ“かわいい”だけではなく、オモシロ系やキモカワ系など、いろいろな視点が含まれています。2010年に発売した『こびとづかん』のぬいぐるみや雑貨はまさにそのジャンル。当時の若者のハートをつかんだのです。
陶芸作品やSNSの人気キャラなど、ぬいぐるみは多様化の時代へ
ぬいぐるみになるのは、平面のキャラクターだけではありません。
2013年には、スウェーデンの陶芸作家であるリサ・ラーソンの作品をぬいぐるみとして発売しました。「陶器は持ち歩くことができませんよね。独特の世界観を持つリサ・ラーソンの作品に、“普段から持ち歩けるもの”というコンセプトのもとアプローチし、ふわふわのぬいぐるみや雑貨を作っています」と関口社長。硬い陶器をやわらかいぬいぐるみにすることで、部屋に飾って眺めたり抱きしめてみたりと、楽しみ方が広がりました。
また、LINEスタンプなどSNS発のキャラクターのぬいぐるみ製作も、ここ数年で増えています。2015年にイラストレーターで漫画家のカナヘイさんの『ピスケ&うさぎ』のぬいぐるみや雑貨を発売し、2022年も新たなラインアップが登場。
世の中にさまざまなキャラクターがあふれる今、商品としてぬいぐるみを製作する基準はどこにあるのでしょうか。関口社長は「キャラクターを好きであり、ぬいぐるみを作りたいという情熱があること」と言い切ります。
「“売れそうだな”“売れているからぬいぐるみにしよう”というのは絶対にダメ。だって、それは責任を持たないということですからね。担当者がそのキャラクターを好きで、責任を持って最後まで売る意志があるかどうかを大切にしています。だからでしょうか、最近はこれまでなかった路線のものも増えています」
キャラクター商品で大切にしているのは作家さんに喜んでいただくこと
動物などのノンキャラから、アニメや映画、絵本などのキャラクター、そしてSNS関連のキャラクターまで、ぬいぐるみの世界は多様化しています。また、人の趣味嗜好(しこう)が広がり、小さな子どもが好むもの、高校生が好むもの、20代はこれ、年配の方はあれが好き……など、年代ごとに好みが細分化されてきているのだといいます。
キャラクターも私たちの趣味嗜好も変化がめまぐるしい時代ですが、サン・アローのぬいぐるみ作りへの思いは一貫して変わりません。
「ぬいぐるみを作るにあたって、手にするお客さんに喜んでもらいたいというのは大前提ですが、特にキャラクターものを作る時に一番喜んでもらわなければいけないのは、作家さんやデザインをされた方、著作権を持っている方です。大切な作品を平面から立体にして表現することは、作家さんにとってはなかなかイメージがつきにくいものです。熱意をお伝えし、作家さんに喜んでいただけるぬいぐるみを作ることを何よりも大切にしています」
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みなさんの手元にあるぬいぐるみにも歴史あり。時代の変遷とともに、ぬいぐるみも多様に発展していく流れには感慨深いものがありました。次回は「ぬいぐるみと人との関係」について掘り下げていきたいと思います。
【第2弾:「ぬいぐるみは生きている」が企業理念、老舗メーカーが取り組む“ぬいぐるみの病院”が届ける幸せ】
(取材・文/鈴木ゆう子)