「知り合いはめちゃくちゃ多いけれど、友だちは少ないほうだと思いますね」
スタイリッシュな黒色のコートに身を包む、マスク姿の女性。一見、ファッション系のインフルエンサーのようにも見えるが、彼女の正体は「歌舞伎町の社会学」を研究している佐々木チワワさん。10代のころから歌舞伎町に出入りし、そのフィールドワークをまとめた『「ぴえん」という病 SNS世代の消費と承認』(扶桑社)を昨年12月に出版した作家でもある。
2000年生まれの現役女子大生でもある佐々木さんに、Z世代(※)という立場から、ご自身の興味の変遷や、どうして歌舞伎町という街に魅せられたのか語ってもらった。
【※ おおむね1990年後半から2010年ごろまでに生まれた人を指す。物心がついたころからデジタル技術が発達しており、インターネットやSNSを使っての情報収集・情報発信力に長けているところが特徴のひとつ】
舞台に立つよりも裏方に興味があった幼少期
──子どものころは、どういうタイプの子でしたか?
「幼稚園でやった劇で黒子に目覚めて、小道具をステージから見えないように動かしたりしていました。昔から、舞台をいかに完成させるかが好きだったんです」
──もともと、人前に出るのは苦手だったのですか?
「親が私に子役をやらせたかったようで、歌やダンス、ピアノを習っていました。親は伝統芸能にも私を触れさせたかったようで、能や歌舞伎、
──そのころから、物事を俯瞰(ふかん)する姿勢があったのですね。
「親からも、“俯瞰的に見るようなメタ視点があるから、確かに演者向きではない”って言われました。子どものころから、物を作ることを考えるのが楽しかった。自分がスポットライトを浴びたいというより、物事の完成度を上げたいって思っていましたね。人と人とのクリエイティブが化学反応を起こして、よりよいものが生まれていく瞬間が好きなんです」
──物づくりにも以前から興味があったのですか。
「物づくりはずっと好きで、中学校でも体育祭のビデオ編集を引き受けたりしていました。高校でも、複数の学校が参加する“イベント団体”に登録し、
──いろいろな表現法があるなかで、書く仕事を選ばれた理由はありますか?
「企画して自分で作るのが好きですが、映像や漫画には技術がいる。でも、文章なら自分にも書けると思ったんです。それで、高1からライターを始めました」
──最初はどういったものを書かれていましたか?
「十代向けのコラムサイトで、“女子高生が選ぶ〇〇”とか、“冬デートのモテテク”みたいなものを書いていましたね。
タクシーで高校に登校。AO入試で有名大学に
──現在は、大学にも通われているのですよね。
「SFC(慶應義塾大学 湘南藤沢キャンパス)です。AO入試(※)を知って、“自分のやりたいことをやって大学に行けるなんて最高じゃん!”と思い、SFCを志しました。授業の自由度や、
【※ 高校における成績、小論文や自己PRのための提出書類、面接などで人物の個性や適性を評価し、合否を判断する選抜制度】
──すごい志ですね。
「高3になったとき、ライターとしての活動も実績として書類に入れました。添付資料を
──高校時代は、ライターをやりながらで忙しかったのですか。
「高校の時、頻繁にタクシーで学校に通ってました。朝が起きられなくて、学校までは電車だと30分、タクシーなら10分で着けるので。原稿を1本書けば、タクシーに2回乗れる。ライターの原稿料が、ほとんどタクシー代みたいな(笑)。高校の単位を取るためにタクシーを使っていましたね」
──歌舞伎町の研究はいつから始めたのですか?
「大学に入ってから始めました。高校時代はビジコン(ビジネスコンテスト)に参加していて、近い世代の有名な起業家も同期だったんですよ。だから私のコミュニティは、ビジコン界隈(かいわい)やFacebookの“意識高い系”界隈と、歌舞伎町の2軸なんですよね」
──起業にも興味があるのですか?
「実は『MAKERS UNIVERSITY』という起業家を志す若者のコミュニティに所属していて、起業を目指す同年代の人たちとクリエイティブなことをするのがすごく好きです。本当はビジネスにも興味があるけれど、ビジネスと作家と学生、3つのかけもちはキツくて。もしも起業するなら、立ち上げからフルコミットするべきだと思うし、仲間に迷惑をかけるのが嫌で、ファウンダー(創業者)の一員から抜けたりしたこともありました」
──具体的にはどのようなビジネスを行おうと思っていましたか?
「2021年の3月くらいには、デジタルチップのサービスを開発しようとしていました」
──どういうサービスですか?
「タクシーや飲食店でよくしてもらったら、チップを渡せるようにするサービスです。チップをプラス料金で上乗せする。もらったチップの量は可視化して、見た人も“この店はチップが多い店だ”とわかるんです。ありがとうの気持ちを金銭で伝えられる仕組みです。伝えることって大事だと思うんですよね。今は友人が開発を続けています」
──斬新なサービスですね。
「キャバクラやホストとかでも、“人の行為”にお金を払うじゃないですか。逆に言えば、日常生活のなかにも、もっとお金が発生してもいい場面があるんじゃないかって気づいたんです。うれしい行為に対して、お金で感謝を示せるようにしたかった。そこにもっと価値を見いだしたほうがいいだろうって思ったのは、歌舞伎町がきっかけでした」
18歳でホストクラブデビュー。スタバに行く感覚だった
──高校生のころから歌舞伎町に通い、ホストクラブにも出入りするようになったとのことですが、そもそも、ホストクラブに行こうと思ったきっかけは何でしたか?
「15歳から歌舞伎町にいたので、“とりあえず行ってみよう”と思ったのが最初。18歳になったらホストクラブに入店できるっていう認識もあって、その流れで行ったんです」
──主に誰と行きますか?
「最近はひとりで行くことが多いです。2年前くらいは、Twitterで知り合った歌舞伎町の友達と行ったりしましたね」
──まったく面識のない人と一緒に行くのですか?
「ツイートを見ていて、自分と似たような感じの子と、スタバ感覚でホストに行っていました。“とりま、ホスクラ集合で”みたいな。高いスタバでしたね(笑)。でも、相判(※)をやっている子と一緒に行くと、気を遣ったりするんです」
【※ 店に指名するホストがいる女性同士が2人以上でホストクラブなどに行くこと】
──例えば、どういうトラブルが起きるのでしょうか。
「“あなたはホストにディズニーランドに連れて行ってもらっているのに、私は連れて行ってもらっていない”とか。あと、お金の話もシビア。“こっちは50、60万円使ってきた”って言われたりすると、関係が悪くなるんです」
──お店には、現金を用意して行くのですか。
「現金ですね。ホストクラブって、クレジットカードだとプラス20%かかるんですよ」
──ええ!
「絶対、現金のほうがいいですよ。でも初回って、1000円や3000円で遊べるので、そんなにかからないんですよね。2回目以降は、好きなホストがいるから会いに行くけれど、店の接客自体は1ミリも楽しくなかったりもするんです。“なんでこんなことに払っているんだ”って言いながらも、1万円払って会いに行ったりしていました」
──ホストクラブに通うようになって、金銭感覚が変わったりしませんでしたか?
「普段のお金の使い方は、そこまで派手ではないです。例えば、オタク気質の人がカメラとか服などの趣味に使う感覚と一緒なんですよ。
それと、歌舞伎町も毎日行っていたわけではなくて、放課後は友だちと遊んだりして、たまに勉強で疲れたときとかに、ひとりで行っていました。ビジコンの準備や“〇〇学校のチワワちゃん”でいることに疲れているときに、歌舞伎町に行くと“お姉さん”って呼ばれるんです。肩書が何でもいいところが、居心地がよかった。非日常的な逃げ場として使っていました」
──それだけお聞きすると、普通の高校生のような生活とはかけ離れて聞こえますが。
「普通でしたよ。渋谷や原宿にも行っていました。基本はアニメイトとセガにいたんですけど(笑)。歌舞伎町では遊ぶって言っても、ただ歩いているだけで楽しかったんです」
──歌舞伎町がほかの街と違った部分はどういうところでしたか?
「普段、その辺に人が倒れていても、なかなか声をかけないじゃないですか。でも歌舞伎町だったら、“お姉さん大丈夫?”って誰かがすかさず声をかけて、水をあげたりするんです。共感して優しくできる部分があるんです」
──ホストクラブで高額を使うことへ抵抗はありますか?
「最近思うのは、何か欲しいときに、お金が理由で諦めたくないなって。ただ、ホストも“好きだったらいくらでも使う”とかではなくて、その人にそれだけの価値があるか、考えたりするんです。例えば、1回の会計が10万円だったら、好きの気持ちに対して5万円使って、2万円は楽しかったから。でも、3万円は煽(あお)られて払ったから余計だったな、とか」
──お店で過ごした時間や待遇にお金を払っているという考えなのですね。
「ホストクラブって、3万円で“本当に最悪”ってときと、30万円かかっても“よかった、楽しかった”っていうときと、毎回、満足度が違うんです。値段が決まっていないからこそ、その場その場で払う感覚が楽しいっていうのも、ホストクラブの魅力かもしれないですね」
──お金がなくなったら(自分の)価値がなくなる、という不安は生まれませんでしたか。
「精神的にホストに依存していた時期はありました。ホストから“何しているの?”って聞かれたら、“俺のためにお金、用意しているの? ”っていう意味なのかなって、自分の中で変換してしまったり……」
──歌舞伎町やホストクラブが怖くなったりしませんでしたか?
「ある女の子が、恐怖と常に戦っているのを見たんです。そのときに、結局
──確かに、ある程度の信頼関係は欲しいですよね。
「お金って誰でも使えるから、うまくいけば成りあがれるけれど、つまりは、いつでも追い抜かれるんです。この世界を見てきて、“普段の生活が充実していなくて、ホストにしかお金をかけていない状態”だったら、彼からの評価ひとつで自分の自己肯定感や自尊心が揺らいでしまうなって思いましたね」
今回は、佐々木チワワさんの幼少期から、歌舞伎町にどっぷりハマるまでのエピソードの数々、そして歌舞伎町で学んだことまでを語ってもらった。次回は、実際に歌舞伎町の社会学を研究するなかでわかった歌舞伎町の特性や、衝撃的だったホストクラブの世界について、じっくりお聞きする。
《PROFILE》
佐々木チワワ ◎2000年生まれ、東京都出身。小学校から高校までを都内の一貫校で過ごす。現在、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスに在学しつつ、「歌舞伎町の社会学」を研究中。著書に『「ぴえん」という病 SNS世代の消費と承認』(扶桑社)がある。Twitterは@chiwawa_sasaki