「息子の絵はとても独創的だけど、運に恵まれた要素がとても強いです」
こう語るのは、東京藝術大学の非常勤講師で、音楽活動もしているアーティストの草野絵美さん。“息子”というのは、iPadで描いたNFTの絵がネット上で高額取引されている8歳の小学2年生。Zombie Zoo Keeperという名前でピクセルアートを発表している。
聞き慣れない言葉のNFT(Non-Fungible Tokenの略)だが、神戸大学でネットワークセキュリティの研究をしている森井昌克教授は、
「いくらでもコピーができるデジタルデータの中で、どれがオリジナルかを証明できるというものです。日本語で言えば、『非代替性トークン』というデジタルデータの認証システムという表現になります」
と、説明する。デジタルデータは完全にコピーすることができるため、どのデータが一番最初に作られたものか、いわゆる“オリジナル”なのかが通常ではわからない。それを証明するものがNFTなのだ。
「デジタル写真に電子透かしというものを入れて、“誰々の著作物”とわかるようにする技術がありますよね。それをもっと高度にしたもの。わかりやすく言えば、宝石などについてくる鑑定書のようなものです」(森井教授)
NFTは絵だけには限らない。今年3月、ツイッターの創業者が15年前につぶやいた初めての投稿に、日本円で約3億1000万円で落札され、ニュースになった。
前述のZombie Zoo Keeperくんは今年の8月、夏休みの自由研究として作ったピクセルアート3点を出展した。
「12歳のイギリスの少年が作品を出展して、3000万円稼いだという記事を息子が読んで。私自身、自分の作品を4月に出展した経験があるのですが、“ママがやっているから僕もやってみたい”と息子が言い出したのがきっかけです」(絵美さん)
2000円×3作品を240万円で購入した人物
彼が出展したのは世界最大手の取引所『OpenSea(オープンシー)』。ここでの取引は仮想通貨の『イーサリアム』で行われる。1イーサリアムは約49万円(11/29現在)というレートで、Zombie Zoo Keeperくんは最初の3点をそれぞれ0・006イーサリアム、当時のレートで約2000円の値付けをした。
『OpenSea』に出展する以前、彼は、自分のお小遣いを増やすため、アイロンビーズで作った作品をメルカリで売ったこともあった。そこではまったく売れなかったというが、NFTの作品は約2週間で売れた。
「初めて出展した時に買ってくれたひとりが、アメリカの人気シンガー、ケイティ・ペリーのライブにも同行したこともある有名なDJ、トレバーさんだったんです。彼は、クリプトアート(※編集部注:NFTを活用したデジタルアートのこと)とカルチャーの巨大コミュニティを運営もしていて、NFT界隈(かいわい)でもとても影響力がある人でした。彼が自分のツイッターのアイコンに息子の絵を使ってくれて、世界に知れ渡るようになりました。流行や常識をまったく無視したピュアさに惹(ひ)かれたと言ってくれました」(絵美さん)
それがきっかけで、Zombie Zoo Keeperくんの作品の価格は上がり続ける。それを決定的にしたのが、
「日本でも有名なDJ、スティーブ・アオキさんが2次流通で3作品を240万円で購入してくれたんです」(絵美さん)
2次流通とは出展者から購入した作品が、購入者によって転売されること。この段階で約6000円で売り出したものに40倍の価値がついたことになる。彼の絵は無料のドット絵を描けるアプリを使い、1作品に描ける時間は5~15分程度だという。その絵がこれだけのお金を動かしているというのだから驚きだ。
現在も作品をアップし続けていて彼の『OpenSea』のページには203点のアートが並ぶ。そしてこれまでの取引合計は87・3イーサリアム。日本円で約4200万円(11/29現在)にも及ぶ。
もちろんZombie Zoo Keeperくんに、この販売額すべてが入ってくるわけではない。一定の割合を手数料として受け取るのだ。その額はアメリカの大学4年間ぶんくらいの学費にはなったという。
「ピコ太郎さんがジャスティン・ビーバーに拡散されて世界的にブレイクした状況と、ちょっと似ているなと思っています。私もアーティストなので思うのですが、息子には“アーティストって才能だけでは食べていけない。運に恵まれているかが本当に大事なんだよ”と話しています」(絵美さん)
NFTはバブルなのか、それともクリエイターの夢なのか
NFTの取引が、これほどまでにアツくなっている状況を、前出の森井教授は次のように分析する。
「デジタルの作品にこれだけの値段が付くということは、NFTによってそのデータがオリジナルだということが証明されているからです。ただ、今回話題になった小学生の作品が、芸術的に非常に高いものかとなると……。
一種の投機なんですよ。誰かがきっかけを作り、今回は有名人が彼の絵を購入したということですが、そのことで高騰し、お金がそこに集まってきているんです」
何かのきっかけで巨額なお金が動く。絵美さんも「日本でNFTをやっている子どもが少ない、ツイッターで画像をつけて発信してもらえたなど、あらゆる要素が重なった奇跡」と、息子の置かれている状況を話す。いったい、このNFTを取り巻く環境はどうなっていくのだろう。
「仮想通貨の価値と一緒です。急に値上がりしたり、暴落したり。デジタルアートも仮想通貨も実体があるものではなく、単なる“データ”なんです。みんなが価値が上がるだろうと思うから買っているというだけで、ある日、あれは価値がないよね、と思い始めたらいきなり無価値になります。今回のNFTも、今は火がついて高騰していますけど、収まってくればたぶん、暴落するでしょうね」(森井教授)
ある意味バブルの状態で、いつはじけてもおかしくないのかもしれない。だが、絵美さんはアーティストの立場から、NFTにこんな期待をしているという。
「今までデジタルアーティストというものは、コピーをされまくってお金が還元されることはありませんでした。でも、NFTによって、クリエーターが作り出した“本物”がわかるようになった。
デジタルデータにそういった付加価値がつき、ちゃんと市場として動き出してほしいなと。今は手数料が高いものもあり、高額取引ばかり注目されますが、ツイッターのプロフィール機能に実装されたり、TikTokやインスタの投稿動画を売れる機能も実装されるなどの仕組みが普及すれば、間違いなくカジュアルなものも増えていく。
少数の熱量の高いファンさえいれば、クリエーターが創作だけで生計を立てられる環境になっていくのかな、と期待しています」
(取材・文/蒔田稔)