警察官とともに現場に臨場(※)し、事件解決のために尽力する「警察犬」。
※事件発生直後の初動捜査のために現場に出動すること。
行方不明者の捜索や犯人の追跡など、さまざまな捜査に貢献する警察犬は、日々どんな訓練をし、どんな生活を送っているのでしょうか。東京都を管轄する警視庁に取材を申し込み、板橋区にある「警視庁警察犬第一訓練所」を訪ねました。
警察犬は鑑識課に所属。現場に臨場し捜査を行う
警視庁の警察犬が所属しているのは、刑事部の鑑識課。優れた嗅覚を生かし、“鼻の捜査官”として、現場に残されたにおいを元に、捜索活動を行っています。
警察犬は、「直轄警察犬」と「嘱託警察犬」の2種に分かれています。警察が飼育管理をしているのは直轄警察犬。民間で飼育と訓練を行い、審査会に合格したのち、非常勤で出動するのが嘱託警察犬です。
この直轄警察犬と嘱託警察犬の割合は、都道府県の警察ごとに異なります。警視庁の警察犬はすべて直轄警察犬で、約40頭のジャーマン・シェパードとラブラドール・レトリバーが活動しています。行方不明者の捜索や犯人の追跡、麻薬や覚醒剤などの薬物捜索、銃器の捜索まで、警察犬は幅広く活躍しています。また、イベント等での広報啓発活動にも従事しています。
今回は、警視庁の直轄警察犬について、刑事部鑑識課の警察犬係係長の五十嵐警部と、警察犬係でハンドラーを務める中川巡査部長にお話を聞きました。
警察犬を管理する「刑事部鑑識課」は、事件現場に赴き、指紋や足跡、遺留物などの犯罪の証拠となる資料を採取する仕事をしています。警察犬とペアを組むハンドラーも、刑事部鑑識課に所属する警察官。鑑識の技術を持ち合わせたうえで“専従”の「警察犬係」として勤務しています。現場で警察犬に指示を出しながら捜査を行います。
「警視庁の警察犬の出動件数は、昨年は約740件ありました。行方不明事案をはじめ、殺人事件や強盗事件などの重要凶悪事件のほか、変死事案などにも出動し、警察犬が活動する場は多岐にわたっています」(五十嵐警部)
通常は、要請を受けて警察犬とハンドラーは臨場するそうですが、例外もあると五十嵐警部はいいます。
「警察無線で事件発生の情報を受け、警察犬の必要を感じた事案では、自主的に準備を行うケースもあります。例えば、泥棒が入った事案でサンダルが落ちていたという情報を得た場合、いち早く追跡をするために、問い合わせをして臨場します。また、人が倒れていてはっきり話ができないときや身元のわかるものを所持していないときは、警察犬を活用して足取りを確認することができます」
現場にあるにおいから、犯人の追跡や行方不明者の捜索、身元の確認のための足取り捜査など、警察犬は幅広く活動しています。ハンドラーと警察犬は、現場活動に備えて、日々訓練を重ねています。
服従と親和を深める「服従訓練」
中川巡査部長がペアを組むのは、シェパードのカーラ号(メス)です。日ごろの訓練の一部を見せてもらいました。
まず初めに行われたのは警察犬の基本となる訓練の「服従訓練」です。
カーラ号は、ハンドラーの中川巡査部長の傍に立ち、顔を見つめます。「伏せ」「座れ」「立って」などの指示に合わせて従順に反応し、素早く姿勢を変えます。
ハンドラーの左側に付いて行進するよう訓練されている警察犬。もちろんカーラ号も、ハンドラーの中川さんにピッタリ付き、歩調を合わせます。中川さんが小走りをすれば、カーラ号もそのスピードに合わせて小走りに。ターンをすれば、カーラ号もくるりと方向を変えます。ハンドラーがリードを持たなくても、警察犬は離れず指示に従います。
中川さんはカーラ号に「座れ」「待て」の指示を出して離れます。座ったまま待つカーラ号。中川さんが離れた位置から「伏せ」と言えば、カーラ号は的確に反応します。「よし来い」の合図で、中川さんの左側に戻ります。ボールを投げたときは、「持って来い」の言葉に従って取りに走り、ハンドラーの元へ運びます。
「服従訓練では、警察犬はハンドラーの左側に付いて、指示を聞き漏らさないよう顔のあたりを注視して歩きます。訓練を通して、犬の服従の習性を養い、人と犬の親和を深めていきます」(五十嵐警部)
中川さんの指示に従い素早く動きながら、イキイキとした表情を見せるカーラ号。ハンドラーとの活動を喜び、訓練を楽しんでいるように見て取れました。
「臭気選別」など鼻を使った訓練を重ねる
次に見せてもらったのは、嗅覚を活用した「臭気選別訓練」です。警察犬に布のにおいを嗅がせて記憶させ、複数の布の中から同じにおいを見つける訓練です。
臭気選別の目的は、遺留品や後日判明した容疑者の臭気の“異同識別”を行い、結びつきを明らかにすることです。事前に、1から5までの番号の書かれた選別台を用意し、異なるにおいをつけた5枚の布を置きます。台から少し離れたところで、ハンドラーが1枚の布を犬の鼻近くに運び、においを嗅がせます。ハンドラーの指示で犬が台に向かい、同じにおいの布を嗅ぎ当てて持ち帰ります。
カーラ号の臭気選別訓練が始まりました。ハンドラーの中川さんは、カーラ号を座らせ、ピンセットではさんだ布を鼻先に差し出し、においを嗅がせています。
「探せ!」の号令で、カーラ号は台へ。置かれた布を素早く嗅ぎ、4番の布をパクリ。中川さんの元へ持ち帰りました。
カーラ号が持ち帰った布は……正解! カーラ号はたっぷり褒めてもらいました。
このほか、人間の足跡臭を追跡する「足跡追及訓練」や、薬物や銃器を発見することを目的とした「薬物・銃器捜索訓練」、所持品のにおいをもとに浮遊臭気によって行方不明者を発見することを目的とした「行方不明者捜索訓練」など、警察犬の訓練はまだまだあります。
「訓練では、ハンドラーは愛情を持って臨み、犬に楽しみや喜びを持たせるように心がけています。褒める、叱るタイミングを外さず、飽きさせない工夫をしながら訓練を繰り返しています」(五十嵐警部)
高所が苦手な犬も人前が苦手な犬もいる
あらゆる現場で活動する警察犬ですが、人間と同様に、得意なことや不得意なこともあるといいます。
「追及が得意、物を捜すのが好き、人前が苦手、高所にのぼるのがイヤ……など、犬ごとに個性が豊かです」と五十嵐警部。
犬の特性を見ながら現場で能力をしっかり発揮できるよう、「時間さえあれば訓練をしている」と中川巡査部長は語ります。
「現場活動が入っていないときなど、空いた時間ができれば警察犬と訓練を重ねています。訓練を行い、息抜きで一緒に遊んでまた訓練……その繰り返しです」(中川巡査部長)
犬の集中力を見ながら訓練は短い時間を複数回に分けて行います。犬たちは意気揚々と取り組んでいるそう。
「臭気選別や足跡追及、薬物や銃器の捜索など、できる訓練はなんでもやります。建物の中も訓練の場として活用し、ロッカーに対象物を隠して探させることもあります。また、訓練所から出て、足跡がたくさんある河川敷で足跡追及を行うなど、現場を想定しながらいろいろな方法で訓練を実施しています」(中川巡査部長)
さらに、来所した警察職員も訓練に協力。嗅ぎ慣れていない新しいにおいは、警察犬の日ごろの訓練に役立ちます。五十嵐警部もそのひとり。警察犬係に着任したばかりのころは、警察犬にハンカチや靴のにおいを嗅がせ、施設内に隠れて足跡追及で探し当てる訓練をしていたそうです。
「警察犬の訓練というと、『すごく厳しいのではないか』と思われる方がいらっしゃいます。ですが、警察犬は人が大好きで、犬舎から出てハンドラーとふれあうこと自体を喜びます。ハンドラーは、犬が成果を出したときは思いきり褒め、間違えていたら厳しく伝えます。犬の表情や動きを見て、感情を汲み取りながら訓練をすることで、犬自身に警察犬活動を楽しいことだと認識させ、訓練に意欲的に取り組めるようにしています」(五十嵐警部)
行方不明者の発見や事件解決のために
訓練や捜査活動で犬が成果を上げたときや上手にできたときは、ハンドラーは犬をなで、表情や声、身体全体を使って大げさに喜びます。ハンドラーが愛情を持ち、褒めて叱って訓練をするのは、実際の現場活動で警察犬が能力をしっかり発揮できるようにするためだといいます。
「ハンドラーは警察犬とともに、被害に遭われた方や行方不明になられた方、そのご家族の気持ちに立ち、集中して捜査にあたっています。被害者の無念を晴らすことが根底にあり、情熱をもって取り組んでいます」(五十嵐警部)
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後編では、カーラ号をはじめとする警察犬のお手柄エピソードをうかがいます。カーラ号をやる気にさせるための中川巡査部長の工夫もお聞きしました。
*後編→【警察犬の訓練所に潜入!#2】犬ごとに性格は違い、得意不得意がある「犬の力を引き出すのがハンドラーの仕事」
(取材・文/鈴木ゆう子、編集/小新井知子)