今、若い世代からも、また海外からも熱い注目を浴びている昭和ポップス。昨今では、音楽を聴く手段としてサブスクリプションサービス(以下「サブスク」)がメインで使われているが、必ずしも当時ヒットした楽曲だけが大量に再生されているわけではなく、配信を通して新たなヒットが生まれていることも少なくない。
そこで、本企画では1980年代をメインに活動した歌手・アイドルの『Spotify』(2023年3月時点で4億8900人超の月間アクティブユーザーを抱える、世界最大手の音楽ストリーミングサービス)における楽曲ごとの再生回数をランキング化。当時のCD売り上げランキングと比べながら過去・現在のヒット曲を見つめ、さらに、今後伸びそうな“未来のヒット曲”へとつながるような考察を、本人または昭和ポップス関係者への取材を交えながら進めていく。
今回もWinkにスポットを当て、Spotifyにおける人気曲の大半の作詞を手がけた及川眠子(おいかわ・ねこ)とともにその楽曲をたどっていく。前回は、オリジナル曲「淋しい熱帯魚」と海外のカバー曲「愛が止まらない」(どちらも及川が作詞)が2大ヒットでありながら、及川の印税収入が両者でまったく異なることや、意外なヒット曲が多数出ていることについて考察した。
(インタビュー第1弾→Wink「淋しい熱帯魚」は「若者にハロウィンの歌だと勘違いされている」作詞家・及川眠子が語る制作秘話)
今回は4位以下をさらに掘り下げていきたい。その前に、及川が作詞家となり、Winkを担当するまでの道のりを振り返ってもらった。
ペンネームの由来は? 作詞家デビュー後も会社員を兼業
まずは、初見では読めないであろうペンネームについて尋ねた。
「ペンネームの由来は、本名の画数が多いので一筆書きのような苗字にしたかったのがひとつ。“眠子”というのは、吉田美奈子さんの『ねこ』という楽曲に出てくる当て字から拾ったんです。“これ、なんて読むんですか?”って尋ねられて“ねこです”と答えたら覚えてくれるだろうな、と思って名づけました」
そういえば、’21年に高橋洋子が、及川が作詞した「残酷な天使のテーゼ」を“にゃ”だけで歌った「にゃん酷なにゃんこのテーゼ」が話題となったが……。
「あれは、私が“(及川)ねこ”だからと言って、“にゃにゃにゃ”と歌うように(高橋さんに)指示したのかと勘違いする人もいるようですね。でも、印税はちゃんと私に入りますから、ありがたいです(笑)」
及川は’85年に、車のPRソングの歌詞を募集するコンテストで最優秀賞となり、同年末に和田加奈子が歌う「パッシング・スルー」で作詞家デビュー(補作詞:秋元康)。’87年には、おニャン子クラブのメンバーだった、ゆうゆ の2ndシングル「-3℃」の作詞を担当し、いきなりオリコン2位となっている。
「『-3℃』はポニーキャニオンのディレクターからの依頼ですね。最初、中山秀征くんのアルバム曲の歌詞を書かせてもらって、中山くんを担当していた渡辺音楽出版の方から、チェッカーズや ゆうゆ を担当していた吉田就彦さんをご紹介いただいたんです。“君は突き詰めて書くタイプだから、アイドルの作詞はやりたくないだろうけど、アイドル全盛期だし経験を積んでおいたほうがいい。彼女だったら必ず上位に入るだろうし、その実績も作っておくべきだ”と。そういった周囲の親心から、仕事が増えていったんです」
その実績が、大地真央のアルバムを全曲担当することにつながり、さらに、その出版権を所有していたフジパシフィック音楽出版からの誘いで及川も同出版に所属することになった。それが、同所属と関係の深いWinkのメイン作家へとつながっている。
「大地さんのアルバムには、松本俊明、中崎英也、小森田実、
「Sexy Music」はカップリングに力を入れていた
では、ここからはWinkのランキングを見ていこう。
Spotify再生回数第4位は、’90年発売の「Sexy Music」。’81年にノーランズが発売した楽曲のカバーだが、Wink版のほうがノーランズをリードしている(Wink版は約77万回再生に対し、ノーランズ版は約59万回)。
ただ、及川の歌詞にしては、ちょっと言葉が軽い感じに聴こえることが気になっていたが……。
「まさにリズム重視で書いたので、歌詞にそこまで思い入れはないですね(笑)。実は、最終的にカップリングになった『いちばん哀しい薔薇』のほうに注力して書いていたんです。Winkはすでに大ヒットしていたから、いろんな“船頭”がいて、急きょ、『Sexy〜』がシングル(表題曲)に決まったんですよ」
とはいえ、及川の日本語詞は洋楽曲でも間延びする感じがまったくなく、やはりプロの仕事だと、一聴してすぐわかる。
さらに、Spotify第7位と第10位には、「LOVE IN THE FIRST DEGREE~悪いあなた~」と「Especially For You ~優しさにつつまれて~」といったアルバム曲がランクイン。オリコン1位曲の「涙をみせないで」(第8位)や「One Night In Heaven」(第9位)と同レベルで、50万回ほど再生されているから驚きだ。「LOVE IN〜」はバナナラマ、「Especially〜」がカイリー・ミノーグ&ジェイソン・ドノヴァンの外国曲カバーで、いずれも原曲のヒットがWink版の人気につながっている。アゲアゲのユーロビートとメロウなラブ・バラードという、まったく異なる曲調だが、及川によると「曲調を意識して特に使う言葉を変えたつもりはない」とのこと。
「ニュー・ムーンに逢いましょう」は集大成のつもりが……
そして、Spotify第12位には、’90年のシングル「ニュー・ムーンに逢いましょう」がランクイン。当時、本人たちが出演するパナソニックCMソングとして、テレビでよく見かけた人も多いだろう。
筆者はこの曲が、どこか恋愛ドラマのエンディングテーマのように聴こえるのが気になっていたので尋ねてみた。
「そう! ここで、“Wink・第1章”のエンディングになるよう、Winkらしいキーワードを散りばめて集大成にしたんですよ。“禁断のダンス”とか、まさに言葉遊びですよね。なにそれ? って(笑)。決してキャンディーズの『微笑がえし』のようにそれまでに出した楽曲のタイトルを出していったのではなく、Winkならではの要素を入れていますね。
Winkは、ガールズポップ全盛の時代に強い女性たちが台頭する中で、その逆を行かせつつ、バブルの時代に取り残されたイメージで作ってきたんです。なおかつ、キラキラした言葉と対比させるように、あえてガッチリした言葉を入れることでインパクトを出しています。あの子たちの歌声は、そういう“引っかかるもの”がないと流れてしまうので。それをてんこ盛りにした『ニュー・ムーンに逢いましょう』で、私自身も(Winkの作詞をすることに)幕を下ろすつもりでした」
しかし、実際にはここからさらに2年続いた。確かに、Winkのオリコン1位シングルは「Sexy Music」までの5作だが、この年はバンドブームが最高潮、翌年からはドラマ主題歌のメガヒット時代に突入するという“アイドル冬の時代”。Winkはその中で週間TOP10入りをキープしていたのだから、そう簡単に(及川の)降板はないだろう。
「しかも、Winkの場合は、シングルを年に4枚、オリジナルアルバムを2枚というハイペースで作っていたので、詞も曲も同時進行でした。そのうち6割の作詞が私だったから、ずっと休んでいない感じでしたね。さらに、同時期にCoCoや早坂好恵も担当していたんですが、だいたい2時間あれば1曲書けたし、週3日は朝まで飲んでましたから、睡眠時間もたっぷりありましたよ(笑)」
実際に人気曲を見ても、上位15曲中9作が及川による作詞曲。これはWinkサウンドの核心を担っている船山基紀や門倉聡よりも多い割合であり、いかに及川がWinkワールドに貢献しているかがよくわかる。
「一度世に出た作品は世の中のものだと思っています」
及川以外の上位6曲についての感想も尋ねてみた。
「私は、自分で書いたものさえ聴き返さないので……(笑)。ただ『One Night in Heaven』は、松本隆さんの作詞曲ですが、(全然違うテイストでくるかと思いきや)ディレクターからの指示があったのか、それまでどおりのWinkの世界観でした。『咲き誇れ愛しさよ』(第11位、作詞:大黒摩季)や『結婚しようね』(Spotify第47位、作詞:康珍化)は、かなり(いい意味で)裏切っていますよね」
また、第14位にはNight Tempo Mixの「Get My Love」(作詞:芹沢類)がランクイン。及川が作詞した第1位の「淋しい熱帯魚」もNight Tempoによるリミックス版が出ているが、彼のMixはビートを重視して、言葉や歌声を大胆に区切っていくのが特徴。作詞家として、このアレンジをどう思っているのだろうか。
「私は、一度世に出た作品は世の中のものだと思っているので、どう歌ってくれても、たとえ言葉が聴こえなくても、どんな替え歌にしてくれても一向にかまいません。でも、楽曲を使うときはちゃんと許諾を取ってください、というスタンスです」
及川のイチオシ曲は、広谷順子とのタッグで誕生
さらに、16位以下を見ると、’91年のシングル「きっと熱いくちびる」「真夏のトレモロ」「背徳のシナリオ」などが並ぶ。「真夏のトレモロ」「背徳のシナリオ」「追憶のヒロイン」と、このころ、3作も“〇〇の△△△△”シリーズが続いた理由も含め、この時期のエピソードを教えてもらった。
「“〇〇の△△△△”パターンのタイトルは、先ほどの“Wink・第1章”までは、ほかのアイドルっぽくなってWinkらしさが薄れるのでは? と思って、シングルでは絶対にやらないと決めていたんです。でも、(降板するつもりだったところ続投になったので)モチベーションを保つために『真夏のトレモロ』で解禁したんですね。このシリーズの中で、『背徳のシナリオ』は、特にゲイの方々に人気があるんですよ。
私の中で、いちばん言葉がうまくハマったのは、アルバム『Velvet』に収録された『夏服のジュリエット』(Spotify第80位)なんですよ。これは、仮歌ボーカルをやってくれていた広谷順子さんとの共同作業がとてもスムーズでした。洋楽曲って、メロディーに言葉をはめて歌うのにあたって、言葉の間隔などを“もう少し寄せてほしい”、“もう少し空けてほしい”っていうことがどうしてもあるのですが、順子ちゃんがそれを熟知して完璧に歌ってくれたのがこの『夏服のジュリエット』。その他のシングルでも、彼女が仮歌を歌うと、日本のオリジナル曲でも外国曲でもバッチリでしたね」
ちなみに「夏服のジュリエット」は相田翔子のソロ曲で、女性が愛に目覚めていくというセクシーな雰囲気を保ちつつ、気品を保ったラブソングとなっている。原曲はメキシコの女性歌手CARMINによる楽曲で、美しいバラードという点はWink版にも反映されているが、スペイン語独特のクセのある聴感は、バラードゆえに、そのまま日本語にすると難しそうだ。Spotifyにも音源があるので、気になる方は聴き比べてほしい。オリジナルの歌詞に加え、“Dos Hombres”=“2人の男”を意味するタイトルから、“夏服のジュリエット”と、よりWinkらしいタイトルをつけた及川の手腕にも唸(うな)らされる。
それにしても、30年以上前の楽曲にもかかわらず、どのような思いでそれぞれの曲を作ったのか、及川がこちらが思う以上に憶(おぼ)えていることに驚かされる。それは前述のように、単純に強い言葉が使われているからというよりも、一つひとつの作品にプロとしての責任やプライドが備わっているからだと感服した。彼女が描くWinkの歌詞は、サウンド重視で聴き心地のいい言葉を並べるという近年のJ-POPの中にあっても、異彩を放つことだろう。
ラストとなるインタビュー第3弾では、さらに下方にあるWinkの人気曲や、近年、及川が取り組んでいる“知のアジト”について語ってもらおう。
(取材・文/人と音楽をつなげたい音楽マーケッター・臼井孝)
【PROFILE】
及川眠子(おいかわ・ねこ) ◎作詞家。1960年2月10日生まれ、和歌山県出身。’85年三菱ミニカ・マスコットソング・コンテスト最優秀賞作品、和田加奈子『パッシング・スルー』でデビュー。Wink『愛が止まらない』『淋しい熱帯魚』(’89年度日本レコード大賞受賞)、やしきたかじん『東京』、新世紀エヴァンゲリオン主題歌『残酷な天使のテーゼ』(’11年JASRAC賞金賞受賞)『魂のルフラン』、CoCo『はんぶん不思議』等ヒット曲多数。著書には『破婚〜18歳年下のトルコ人亭主と過ごした13年間』(新潮社)、『ネコの手も貸したい』(Rittor Music)などがある。数々の歌い手に詞を提供するとともに、ミュージカルの訳詞や舞台の構成、CMソング、アーティストのプロデュース、エッセイやコラム等の執筆や講演活動も行っている。
及川眠子 会員制オンラインコミュニティサイト「知のアジト」発足!
及川眠子が気になった出来事をつづったり、会員同士で「推し」を紹介し合ったり、及川眠子とさまざまなジャンルのクリエイターが語ったりする中で、会員の“知的好奇心”を刺激し、また、人と人との新たなつながりを生み出すためのコミュニティサイト「知のアジト」が’22年に誕生。詳しくは公式サイトへ!
◎「知のアジト」オフィシャルサイト→https://chinoagito.com/about
◎及川眠子オフィシャルサイト→http://www.oikawaneko.com/
◎公式Twitter→@oikawaneko