突然訪れ世界的パンデミックとなった新型コロナウイルス。旅行や大勢での飲食の機会も減り、地元や身近な場所で過ごす時間がこれまで以上に増えてきました。周りを見渡してみるとこれまで見落としていた楽しみや、見知らぬスポットもまだまだあるはず……。そんな半径3キロで見つかる日常生活の中の幸せにスポットを当てていきます。
今回は、日本中のパンを食べまくり、パンについて書きまくるブレッドギーク(パンおたく)であり、パンの研究所『パンラボ』所長の池田浩明さんに、パンの魅力やおいしいパン屋さんの見つけ方をお聞きしました。
近所にあったヤマザキにパンを買いに行くのが大冒険!
──日本では、主食がごはんの家庭が多いと思いますが、池田さんはいつからパン好きになったのですか?
「子どもの頃からずっと、パン好きな母から英才教育を受けていたんですが、パンを決定的に好きになったきっかけが、ブリオッシュ。近所に手作りのパンを売っているお店ができて母が買ってきてくれたんです。初めて食べたブリオッシュが、むちゃくちゃおいしかった! バターや卵だけなのにほんのり甘くて、“こんなうまいものが世の中にあるんだ”っていう衝撃を受けました。ほかにもクロワッサンやバゲットとか、これまで見たことないような面白い形のパンがそこの店にはあって……。“パンってすごいな”ってそこから興味を持ちましたね」
──子どもの頃に小学校の給食に出てきたパンって、パサついたコッペパンだったりしたので、そういう手作りのパンに出合ったら衝撃を受けますよね。当時はスーパーでパンを買うのではなく、パン屋さんで買うという習慣は珍しかったのではないですか?
「環境にもよると思うんですけど、ちょっとしたぜいたくですよね。初めてのお使いがヤマザキの店で、そこにパンを買いに行くっていうのが子どもの頃の最大の冒険でした。パンを買いに行くことが、生活圏の中でいちばんの楽しみだったんです」
──いちばん好きなパンは何でしたか?
「当時は、あんパンがマイフェイバリット。小1の時の運動会で、パン食い競争があったんです。僕はそんなに足が速くないんですが、あんパン食べたさに1位になった思い出があります(笑)」
──お母さんはパンを手作りされたり?
「母は、バターロールとか焼いていましたね。今になって評論家目線で言うと、イースト臭が強かったなっていうのはあるけど(笑)。でも、やっぱり焼きたてのパンならではのおいしさがありました」
インパクト大! 日本一高い場所にあるパン屋さん
──池田さんが今いちばん、おいしいと思うパンは何ですか?
「僕はすべてのパンを味わうというモットーでやっているので、どれがいちばんおいしいとかは決めていないんです。でも、インパクトがあるという意味では、日本一高いところにあるパン屋さんの『横手山頂ヒュッテ』(長野県下高井郡)。お店は標高2307mのところにあるんですけど、まずたどり着くまでが困難なんですよ。車で行ったんですけど、僕の家から45時間かかったんです。ナビでもうすぐ着くっていうところまで来たら、“この道は噴火のため通行できません”って表示されて、反対の道から行ったら、またそこから2時間半ぐらいかかったんです」
──気が遠くなる遠さですね!
「着いてみたら標高が高すぎて木も生えていないような荒涼とした場所。年間で晴れる日がすごく少なくて、雲の中に店があるみたいな感じだったんです。でもその時は晴れて、日本海まで見える絶景の場所でパンを食べたんですよ」
──まさに、非日常体験として最高のロケーションですね! 池田さんはパンを求めて全国どこまで行きましたか?
「北は北海道、南は沖縄ですね。北と南では自然環境が違うので、味に地域差があるんです。沖縄の『宗像堂』(宜野湾市)では、イーストを使わないで自家製の発酵種を培養して使っているのですが、発酵は気候条件の影響を受けるので、そこのお店のは、ねっとりとした香りの熱帯っぽいパン。沖縄はいろんな微生物の働きを感じる複雑な香りが混ざった感じがするけれど、逆に、現地の小麦を使うことが多い北海道は研ぎ澄まされたクリアな香りになります。北海道産小麦は雑味がなく、ミルキーな甘さがあって、ほかの地域と味が違うんです」
週に2日しか営業しないパン屋の秘密とは
──個人店だと営業日が不定期だったり、週に2、3日しか営業していないお店もありますが、定休日が多いのには理由があるのでしょうか。
「大きいお店だと、従業員がたくさんいるので交代で出勤して毎日営業できる。個人経営の店だと、パンを作るための仕込みが1日がかりだったりするんです。だから表向きには2日休んでも、1日しか休んでない状況なんです」
──販売はしていなくても、実際は働いているってことなのですね。
「そうなんです。だから逆に、週に1日しか定休日のない小さなお店は結構、無理をして営業している場合が多い。ひょっとしたら2日お店を休んで、きちんと体調を整えてやられたほうがいい場合もあるんです。パンのクオリティにも関わるので、心身ともに元気なほうがいいかなっていうのは思いますね。だからお店が週に2日休むっていうのは全然、不思議なことじゃないんですよ」
──駅前などでチェーン展開しているパン屋さんに慣れていると、どうしても毎日お店が開いているのが普通の感覚になってしまいますよね。
「消費者の立場からしたら、いつ行ってもたくさんパンが並んでいるほうがいいかもしれないけれど、それによってある種、パン屋さんが苦しめられている部分もあるかもしれない。例えば長時間労働とか、良い素材が使えなくなったり……」
──個人店ならではの、苦労があるのですね。
「大量生産や、毎日営業することができない個人店の事情を理解して寄り添うと、またパン屋さんめぐりが面白く感じられると思いますよ。
最近は、3日や4日休むパン屋さんも増えていますね。むしろそういう店は、地域の方も理解して来られている。お客さんがお店の休みを把握するようになっているんですよ(笑)。週に3日とか1日しかやってない店って、逆に面白いと思います。レアというか、そこにたどり着けたらちょっとうれしいみたいな。そういう営業をされている店って、すごくマニアックで振り切ったことをされている場合が多いんですよ」
──面白い営業をされているお店ってありますか?
「『HUGSY DOUGHNUT』(東京都多摩市)というお店は金土日しか営業していなくて、店主のご自宅でやっているんですよ。聖蹟桜ヶ丘駅から歩くのですが、場所もすごくわかりにくい路地にあるからちょっと冒険っぽい。そういう営業日が少ない店にあえて行く、というのも面白いような気がします」
──パン屋さんに行くのが目標ということですよね。
「日常のパンを買うという感覚ではないかもしれないけれど。僕も聖蹟桜ヶ丘って行ったことがない場所だったんですけれど、ちょっと歩いたら多摩川の河原がすごく広々としていて、そんな場所でドーナツを食べたら、それだけで楽しい。半径3キロにとどまらずに、たまには普段は絶対行かない街のパン屋さんを目指して、ちょっと散策したりするのも楽しいですよね」
──逆に近場でのパン屋さんの楽しみ方はどうでしょうか。
「おいしいパン屋さんって、やっぱりおいしそうな香りがしているものなんですよね。祖師ヶ谷大蔵の『ラトリエ ドゥ プレジール』(東京都世田谷区)という店は、入り口の何百メートルも手前からパンのにおいがするんですよ。あとは例えば、クロワッサンが焼きあがった時にバターの香りがするとか。そんなに難しく考えなくても、おいしそうだなって感じたら、それはいいパン屋さんなんですよ」
個人店でおいしいパンを買うコツとは?
──個人店の場合は、ガラスケースに商品が並んでいる状態で店員さんと一対一だと、どういうパンを選べばいいのか緊張したりするのですが……。
「確かに緊張しますよね。特に自分の後ろに人が並んでいる場合とか、選ぶのに時間がかかっちゃったら悪いなって思ったり。『クロワッサン・オ・ザマンド』とか、パンって難しい名前も多いじゃないですか。すんなり言えないんじゃないかと思って、順番が来る前に小声で練習したりとか(笑)」
──池田さんでも緊張されるのですね。例えば、これまで食べたことがある菓子パンではなく、天然酵母のパンは“どういうパンだろう?”と思ったりするのですが、お店の人に聞いてみてもいいのでしょうか。
「こだわりのあるパンって、その店が一生懸命作ったものなので聞いてみて大丈夫です。行列ができている時は、長く話すとちょっと周りのご迷惑になるかもしれないですけど、基本的には聞いてみて、会話を楽しむみたいな姿勢でいいのかなって思いますね」
──そこからパンの知識も増えるのでしょうか。
「やっぱりパン屋さんって、すごく使命感だったり、パン屋という仕事に生きがいを感じている人も多いんです。その1つとして、ご近所においしいパンを提供するっていうことも大事だったりする。例えば、ひとり暮らしのご老人がパンをよく買いに来てくれて、天気の話をする。そういうことに喜びを感じているパン屋さんもいらっしゃるんですよ。だから、お店の人と会話をするのは、パンのことに限らなくてもいいのかなって思います。食べたパンがおいしかったから、また買いに来ましたって言うと、お店の人もめちゃめちゃ喜んでくれると思います」
食パンは実は和食に合う! 料理との合わせ方
──そうなんですね。あと、日本ではパンを副菜的にとらえることが多いですが、料理との合わせ方も知りたいです。
「パンの種類は大まかに、カレーパンや具材が入っているような惣菜パン、あんパンのような菓子パン、あとはフランスパンやカンパーニュのような食事パンに分かれます。料理に合うのは食事パンで、洋食だったらフランスパンでもいいでしょうし、和食には実は食パンが合うんです。あと、バゲットは和食でも洋食でもなんでも合うと思っていて、それは白い小麦粉と酵母と水と塩だけを使ったすごくシンプルなパンだからなんです。きんぴらごぼうとか、肉じゃがにも合いますよ」
──カンパーニュは洋食に合いそうですね。
「発酵種の酸味があるカンパーニュは、肉料理みたいなしつこいものと一緒だとすごく合うんですよね。例えばソーセージは一般的にコッペパンに挟むイメージですけど、カンパニーニュにソーセージとチーズを乗せて焼くのがおすすめです。小麦の味がしっかりしているから、具材の味に負けない。最高に合うと思います」
──具材とも相性がよいのですね。
「ソーセージドッグのお店を挙げると、新宿のルミネエストの地下1階にある『ベルク』の『ベルク・ドッグ』も、パンがプレーンな感じなのが大好きです。外国のホットドッグスタンドで食べるようなテイストに近いですよね。ビールで流し込んでいく感じが好きです」
──では、パンをおいしく食べるおすすめの方法はありますか?
「おいしく食べる方法は、買ってすぐ食べること! 例えばフランスに行ってよく見かける光景は、バゲットを買って店を出たらすぐにかじり出すんですよ。バゲットって乾燥しやすくて風味も飛びやすいので、フランス人は前日に次の朝のパンを買うんじゃなくて、自分の近くの店に当日の朝、買いに行くんです」
──買ったパンを食べきれなかったら、冷凍保存するといいのでしょうか。
「冷凍はセカンドベストですね。その日に全部食べるのがいちばんですけど、ひとり暮らしだったら一度に全部食べるのは無理なので、計画的に食べるのをおすすめします。例えば食パン6枚入りだったら、1枚目はすぐ食べて、2枚は翌日食べる。3日目以降の分から冷凍する」
──冷凍に向いているパンはありますか?
「冷凍に向いているのはベーグルですね。気泡が少ないから冷凍しても味の変化が少ない。ベーグルが好きな人は通販とかで一気に購入して冷凍して、毎日トーストして食べる方も多いです」
──なるほど。ちなみにちょっと前にブームになった高級食パンブームって、池田さんはどういうふうに見ていましたか?
「今までパンに興味を持ってない方がテレビとかで見て、興味を持ってもらう機会だなって感じましたね。ブームによってパン好きの裾野を広げてもらえた。すごくたくさんの砂糖が入っている、リッチでケーキに近いような高級食パンは、最大公約数でおいしいと思ってもらえますから。逆にハード系のパンは、おいしい食べ方が必要なので難易度がちょっと高い。どんな趣味でも難易度が高いものと低いものがありますが、そういう意味では食パンは難易度が低いと言えるかもしれないです」
──パンのおいしさがわかるようになるためには、なにかコツがありますか? 例えば、飲み屋さんでは、ポテサラを頼べばその店の良しあしがわかるという説もありますが……。
「そういう法則ってパンにもあると思っています。パンの種類はなんでもいいのですが、自分が好きなパン、例えばクロワッサンなら、いろいろな店でクロワッサンを食べていく。すると座標軸みたいなものができてくるんです。毎回、別の種類のパンを食べていると散漫で座標軸ができにくいんですけど、同じ種類のパンを食べ続けていると明確に違いがわかるようになってきます。クロワッサンで言うと、皮がサクサクしているのに中はもっちりは結構、珍しいなとか。そういう見方ができてくると、パンがより楽しくなってきますよ! 」
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いかがでしたか。パンが食べたくなってきませんか? 第2弾では、池田さんおすすめの“街のパン屋さん”をご紹介します!
(取材・文/池守りぜね 撮影協力/小杉湯となり)
〈PROFILE〉
池田浩明(いけだ・ひろあき)
ライター、パンの研究所「パンラボ」主宰。日本中のパンを食べまくり、パンについて書きまくるブレッドギーク(パンおたく)。NPO法人新麦コレクション理事長。編著書に『パン欲』(世界文化社)、『サッカロマイセスセレビシエ』『パンの雑誌』『食パンをもっとおいしくする99の魔法』(ガイドワークス)、『人生で一度は食べたいサンドイッチ』(PHP研究所)、 『僕が一生付き合っていきたいパン屋さん。』(マガジンハウス)など。