今、若い世代からも、また海外からも熱い注目を浴びている昭和ポップス。昨今では、音楽を聴く手段としてサブスクリプションサービス(以下「サブスク」)がメインで使われているが、必ずしも当時ヒットした楽曲だけが大量に再生されているわけではなく、配信を通して新たなヒットが生まれていることも少なくない。
そこで、本企画では1980年代をメインに活動した歌手・アイドルの『Spotify』(2023年4月時点で4億8900人超の月間アクティブユーザーを抱える、世界最大手の音楽ストリーミングサービス)における楽曲ごとの再生回数をランキング化。当時のCD売り上げランキングと比べながら過去・現在のヒット曲を見つめ、さらに、今後伸びそうな“未来のヒット曲”へとつながるような考察を、本人または昭和ポップス関係者への取材を交えながら進めていく。
今回も、石川さゆりのSpotifyにおける人気曲を本人のエピソードを交え、第4位から振り返っていこう。
(第1位から第3位までを中心に詳しく語っていただいた、インタビュー第1弾→石川さゆり、紅白で歴代最多13回歌唱の「天城越え」レコード売上は低迷し「早く新曲を出せと怒られていた」)
’21年のシングル「獨り酒」が大奮闘! コロナ禍にあえて“お酒の歌”を制作
Spotify第4位には、「能登半島」がランクイン。第2位の「津軽海峡・冬景色」と同じく阿久悠×三木たかしコンビによるシングルで、レコード売り上げも40万枚を超える(オリコン調べ)。そして第5位には『紅白歌合戦』で自身初の大トリを担当した、なかにし礼×三木たかしコンビによる格調高き雰囲気の「風の盆恋歌」(こちらも累計17万枚以上で、
そして第6位は、なんと’21年のシングル「獨り酒」。オリコン調べのCDセールスは、週間最高60位、累計売上0.1万枚となっているが、ここでの再生回数は15万回を超えている。本作はKinuyo名義の石川が、この年に亡くなった喜多條忠と歌詞を共作した。やしきたかじんや河島英五ファンも好みそうな、“ちょっと寂しいけれど、どこか温かい気持ちになれる”ようなフォーク調の演歌だ。
「こんなに聴いていただけているなんてビックリしました! この曲を作ったころはコロナ禍まっただ中で、“あれはダメ、これはダメ、屋台に飲みに行ってもダメ”みたいな風潮になっていたので、“いっそのこと、もうお酒の歌を作っちゃえ!”と思ったんです。
それで喜多條忠さんに相談したら、お身体の調子がよくなくて“僕はもう書けないよ”とおっしゃるので、“一緒に書きましょうよ”と。喜多條さんが1行書いては私が1行書いて、を繰り返して完成しました」
編曲担当の坂本昌之が「“石川さゆりの新たな歌”」を引き出してくれた
一般的に、アーティスト本人が作家のクレジットに並ぶ場合、語尾の部分を本人が微調整するといったエピソードはよく聞くが、今回の場合は純粋な共作。だからこそ、切なさと温かさが同居したような絶妙なバランスになっているのかもしれない。「獨り酒」には「天城越え」や「津軽海峡・冬景色」のような超大作の雰囲気ではないが、ひと息つきたいときに、そっと聴きたくなるような軽やかさがある。それゆえ、ストリーミングで人気なのだろう。徳永英明や平原綾香などJ-POPの楽曲でも活躍する坂本昌之が編曲を手がけたことも功を奏していそうだ。
「坂本昌之さんは、とても優しい方で打ち合わせも細かくしていただけるので、それが音楽に現れているのかもしれませんね。同時に、音楽的にトガった部分もお持ちなので、“石川さゆりの新たな歌”を引き出してくださったと思います」
「ソーラン節」など『JAPAN』シリーズからのランクインに本人も大喜び!
続いて9位には、「ソーラン節」がランクイン! 本作は、日本の伝統音楽を歌い継ぐというコンセプトで作られた3枚のアルバム『童~Warashi~』『民~Tami~』『粋~iki~』のうち『民』に収録されている。他にも『民』からは、22位の「おてもやん」、25位の「津軽じょんがら節」、44位の「さゆりの河内音頭~鹿児島おはら節」等が、また『粋』からは、13位に『「火事と喧嘩は江戸の華」feat.KREVA,MIYAVI』、53位には「虫の音(ね)」、71位に「しげく逢(お)ふのは」などの小唄も入っている。
ちなみに、これらのCDセールスは『民』がオリコン最高247位、『粋』はラッパーのKREVAやギタリストのMIYAVIの参加が大きな話題となったもののオリコン最高188位、シリーズ3作を編纂した『JAPAN』もTOP300圏外と、CDセールス“だけ”で見るとヒットしているとは言い難い。しかしサブスクでは、かなり人気のアルバムと言えよう。その状況を知った石川は、この取材中、もっとも大きな喜びの声をあげた。
「ほ〜んとうだ〜! サブスクって、みなさんの気分や趣味・嗜好に合わせて曲が集められたもの(プレイリスト)を聴くと思うんですが、そこにこういった曲が入っているということですね? うれしいです!!」
とはいえ、こうした民謡のスタンダードナンバーは、歴史的な歌手からデビューしていない歌い手による教材用録音まで、さまざまな音源がある。その中で石川さゆり版がダントツに支持されている理由は、やはり“石川さゆりのものならば”と、幅広い音楽ファンが聴きたくなるクロスオーバーな仕上がりだからであろう。特に「ソーラン節」が人気なのは、稲垣吾郎、草なぎ剛、香取慎吾からなる“新しい地図”メンバーによるEテレ番組『ワルイコあつまれ』でも替え歌がたびたび披露されるなど、若い世代にも浸透していることも大きそうだ。
椎名林檎の紹介で亀田誠治とタッグを組んだ。布袋寅泰らとのコラボにも注目
ちなみに、『民』や『粋』のアレンジの多くは、J-POPマエストロとしても評判の亀田誠治が手がけている。これはどういった経緯があったのだろうか。
「椎名林檎ちゃんに曲を書いてもらってから、一緒にライブハウスを観に回ったり、ニューヨーク2人旅をしたりしていたんですね。それで、ある方のライブで林檎ちゃんが、“師匠~!!”って亀田さんに手を振っていて。“亀田誠治さん、紹介するね!”と、初めてご挨拶させてもらったんです。
そのあと、彼にいろいろと音楽の相談をしてみたら、とても真摯(しんし)に向き合っていらして、私の知らないジャンルもよくご存じなんです。逆に亀田さんからは、“小唄、端唄、都都逸(どどいつ)などは自分のルーツにはあるはずなんだけど、どうアプローチしたらいいかわからない”というお話があり、“それ私、ちょうど作りたい!”と話を進めていきました。お互いのいい部分をミックスできたと思っています」
その後、KREVAやMIYAVI、さらには「別のギターの音が欲しい」との思いから布袋寅泰とのコラボを実現できたのも、亀田からの紹介だったという。石川の音楽に対する好奇心の旺盛さには驚くばかりだ。
『JAPAN』シリーズに込めた「日本って、もっと楽しい国なのでは」という思い
Spotify第13位の「火事と喧嘩は江戸の華」は、’21年の『紅白歌合戦』でKREVAのまくし立てるラップや、MIYAVIの激しくうねるギターとのコラボを披露。続いて歌唱した「津軽海峡・冬景色」も、よりダイナミックに魅せたのが印象的だった。
「『火事と喧嘩〜』は、最初に私が仮の歌詞を書いて、“こういうニッポンの世界を目指します”とKREVAに話しました。そうしたら、彼はとてもまじめな方なので、大江戸博物館に足を運ぶなどして言葉を選びながら韻を踏むように詰めてくださったんです」
このアルバム『JAPAN』シリーズへの収録曲は、題材やアレンジもさることながら、石川さゆり自身もずいぶんと元気な歌い方のものが多いのも特徴的だ。
「そうなんです。実は日本ってフレキシブルかつアバンギャルドで、本当はもっと楽しい国なんじゃないの? っていう思いがあって。“譜面どおりに歌って、収まるような国じゃありませんよ”(笑)って、ハジけて歌いました」
その一方で、「虫の音」や「しげく逢(お)ふのは」では、いつもの演歌にもない古典芸能に合わせた粋な歌声が聞ける。こちらは、’20年に逝去した服部克久氏が編曲を担当した。
「これまで未経験だった小唄をやってみたいと思い、なかにし礼先生のご紹介でお稽古に通いました。この作品では、私のボーカルと服部克久先生のピアノだけで自由に表現したものがベースになっています。もし私をきっかけにして、そういう古典に触れてみたいという方がいらっしゃるなら、まさに歌い手冥利(みょうり)に尽きますね」
『JAPAN』は石川が「日本の伝統を歌い継ぐ」というコンセプトのもと、昭和・平成・令和の3時代にわたって発表してきたアルバムシリーズだが、
「私もアイドル歌手としてデビューしてから、“音楽って、広くて、深くて、面白い”と思っていろいろなジャンルに触れました。世界に目を向けると、ジャズやラテン、ボサノバなどもあるけれど、“日本にもエネルギーのかたまりのようなものが、たくさんあるよ”と常々思っていて、このシリーズを3時代にわたって作ってきたんです。完成したときは充実感があって本当にうれしかったので、若い方にも大人の方にも、何かの形で届けられたらいいなと思っています」
’23年3月にはNHKのドキュメンタリー番組『ファミリーヒストリー』に出演した石川さゆり。
「立派な家系の方たちもたくさんいらっしゃる中で、ごく普通の暮らしをしている石川家の人々が懸命に生きてきたことがわかって、本当にありがたかったですね」
と気さくに語っていたが、たとえ逆境にあっても正しいと思えば立ち向かっていく父親と、何歳になっても新たなことに挑戦する母親のもとに生まれたというエピソードは、まさに今の石川さゆりの音楽ルーツそのものだと感慨深かった。
次回、ラストとなるインタビュー第3弾では、J-POPにおける人気曲や、’23年の最新曲「約束の月」についても触れていきたい。
(取材・文/人と音楽をつなげたい音楽マーケッター・臼井孝)
【PROFILE】
石川さゆり(いしかわ・さゆり) ◎熊本県出身・1月30日生まれ。1973年3月25日、シングル「かくれんぼ」でデビュー。「津軽海峡・冬景色」で第19回日本レコード大賞歌唱賞を、「波止場しぐれ」で第27回日本レコード大賞最優秀歌唱賞を受賞。以降も「天城越え」「風の盆恋歌」「夫婦善哉」と数々のヒット曲を送り出すなど、長年に渡り多くのファンを魅了してきた。’20年のNHK大河ドラマ「麒麟がくる」で主人公・明智光秀の母、牧役を好演。’22年3月に50周年を迎え、第73回紅白歌合戦では紅組最多となる45回目の出場を果たした。’23年4月5日にはシングル「約束の月」が発売に。
新曲シングル「約束の月」Now On Sale!
デビュー51年目の幕開けを飾る新曲は、稀代の作曲家・三木たかしの遺作。
遠く離れていても同じ月を見ながら想いが通い合うふたり、100年後に変わらない想いで、今日と同じ満月の日にきっと逢いましょうと約束したふたり。1250回の満月に永遠の想いが込められている。
カップリングは、’22年の50周年記念リサイタルで初披露した「みち 今もなお夢を忘れず」。50周年を象徴的に飾った楽曲。
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◎石川さゆり 公式Instagram→https://www.instagram.com/sayuri_ishikawa_official/
◎石川さゆり 公式Youtubeチャンネル→https://www.youtube.com/channel/UC2MhoHT5v039W2I9WxpGwoA