さぁ「どうぶつフムフム事典」の恒例行事、動物クイズのお時間です。思わず触れたくなるもふっもふの毛にずんぐりむっくりの丸い体形が魅力的、最近ひそかに人気が上昇しているネコ科動物といえば、何でしょうか? このクイズの答えはずばり……「マヌルネコ」です! 正解できましたか?
今回の記事ではその中毒性の高さが話題となり、マヌルネコの知名度を向上させた「マヌルネコのうた」を作った那須どうぶつ王国さんを取材しました。摩訶不思議なネコ科動物、マヌルネコの“フムフム”に迫っていきましょう!
分類:食肉目ネコ科
生息地:シベリア南部からアジア中央部をへて、イラン、アフガニスタンにかけた広い範囲
大きさ:体長・50~65cm、体重・2~3kg
マヌルネコの「マヌル」ってどんな意味?
まずはマヌルネコの名前の秘密に迫っていきましょう。日頃なかなか口にすることがない「マヌル」という言葉には、どんな意味が込められているのでしょうか?
マヌルという言葉の由来はモンゴル語で、「小さい野生ネコ」という意味があるのだそう。マヌルネコはイエネコ(ペットとして飼育されているネコのこと)と同じくらいの大きさなので、野生のネコ科動物の中では確かに小さいほうと言えるかもしれません。日本では別名の「モウコヤマネコ」で呼ばれることもあります。
なお英語では、「Manul」もしくは「Pallas’s Cat」と呼ばれています。「Pallas’s」はマヌルネコを発見したドイツの博物学者、ペーター・ジーモン・パラス(Peter Simon Pallas)の名前に由来するそうです。
マヌルネコはなぜもふもふなの?
お次はマヌルネコ最大の特徴ともいえる、そのもふもふの秘密に迫りましょう。なぜマヌルネコは全身が長い毛で覆われ、もふもふしているのでしょうか? その質問に対する答えの鍵は、マヌルネコの生息地にあります。
マヌルネコの生息地は主に標高が高い草原や半砂漠で、夏は暑く、冬はマイナス50℃にもなる厳しい環境なのだそう。つまり凍えるような寒さから身を守るために全身の毛が長く密生していることから、マヌルネコは全身がもふもふしているのです。このもふもふのお陰で、マヌルネコは凍った地面や雪の上で腹ばいになっても体が冷えることはないのだそうです。
ちなみに毛の灰色~褐色の色合いは保護色となっていて、じっとしていると岩場に溶け込み目立たなくなります。マヌルネコはこの保護色を生かし、主に視力を使って狩りをする天敵(猛禽類)から身を守っていると考えられています。
マヌルネコは世界最古のネコって言われているって本当?
本当です。マヌルネコはネコ科動物の中でも最も古い種で、約600万年前にはすでに地球上に存在していたと考えられています。さらに驚くべきことに、当時からほとんど姿が変わっていないと考えられているのです。
私たち人間の歴史を見てみると、チンパンジーと人間の祖先が枝分かれをしたのが700~600万年前だといわれています。そう考えてみると600万年前からほとんど姿を変えず、現在まで生き残っているマヌルネコはとてもパワフルで生命力にあふれた動物なのかもしれません。
どんなものを食べているの?
マヌルネコは肉食性の動物で、ウサギ類やげっ歯類などの小型ほ乳類を主食にしています。野生ではネズミ類、ハムスター、ジリス、マーモットなどを捕まえて食べています。
狩りのときは岩場に潜んでじわじわと獲物に忍び寄り距離を詰め、頭を岩陰から少しだけ出して獲物の位置を確認し、一気に飛びかかってつかまえます。このような狩りをするため、マヌルネコの耳は他のネコ科動物より低い位置に、目は高い位置についています。
ちなみに那須どうぶつ王国では馬肉、鶏頭、ヒヨコ、ネズミを合わせて1匹あたり1日に300g程度のエサを与えているそうです。
走ることが苦手って本当?
本当です、マヌルネコは走ることが得意ではありません。そのため狩りをするときはだるまさんが転んだのように少し動いては一時停止をする、コマ送りのようなカクカクとした独特な動きをしながら獲物に迫っていきます。
なお走ることが苦手とはいえ、運動神経が悪いというわけではありません。那須どうぶつ王国でも、高い岩場や木の上に身軽にのぼっていく姿が観察されているそうです。
ちなみに野生におけるマヌルネコの天敵はキツネや大型の猛禽類で、特に子ネコのうちは捕食されてしまうことが多いようです。そんなマヌルネコが天敵と戦うときに使う最大の武器は爪や犬歯……ではなく、なんと地面に這いつくばること。素早く動けないうえに身を隠す物が少ない開けた場所に住んでいるため、身の危険を感じると地面に這いつくばって動きを止め、地面や岩に擬態してなんとか身を守ろうとするのです。
マヌルネコはペットとして飼えるの?
まるでぬいぐるみのようなマヌルネコの姿を見て、「抱きしめてみたい!」「飼いたい!」と思う人もいるのではないでしょうか。ではマヌルネコをペットとして飼育することはできるのでしょうか?
その答えは、「飼育できない」となります。
マヌルネコはペット向けの動物ではなく、あくまで野生動物です。それも肉食動物であることから意外と獰猛(どうもう)で、那須どうぶつ王国では飼育員さんでさえマヌルネコの体に直接触れない「間接飼育」という方法でお世話をしているのです。トラやライオンと同じような扱い、と考えるとわかりやすいかもしれません。
また、「マヌルネコの生息地は高地のため病原菌が少なく、感染症に弱いとされているので、そのあたりは注意深く飼育しています」と飼育員さん。特に子ネコは病原体に対する耐性が弱く、感染症で命を落とすことが少なくありません。動物園ですら感染症対策に気を遣い、頭を悩ませているという現状を考えると、一般家庭で感染症対策を行いながらマヌルネコを飼育することはほぼ不可能と言っても差し支えないでしょう。
さらにマヌルネコをペットとして飼いたいという人が増えれば、ペット向けにマヌルネコを密猟する人が増加すると考えられます。密猟が増えれば野生のマヌルネコの数は減ってしまい、いずれ絶滅してしまうかもしれません。そう、実はマヌルネコをペットとして飼育すると、「飼いたい」と思うほど大好きなマヌルネコを絶滅の道へと進ませてしまう可能性を高めてしまうのです。
マヌルネコはかつて国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストの「NT」(近危急種)とされていましたが、これまで考えられていた以上に生息数が多いことが判明し、2020年の最新版リストでは1ランク安全な「LC」(低危険種)になりました。
しかし、これまでお話ししてきたとおりマヌルネコは動きが速くないうえに、外敵から身を守る手段をほとんど持ちません。そのため生息地周辺では毛皮目的で密猟されたり、人間が飼育している犬に殺されたりすることが多いのだそうです。また農業や牧畜、鉱業の拡大によって生息地が減少し続けており、すぐに絶滅してしまう危険性は低いものの、年々その生息数は減少していると考えられています。
那須どうぶつ王国が作った「マヌルネコのうた」って?
那須どうぶつ王国ではマヌルネコの特徴や生態を歌にした「マヌルネコのうた」をYouTubeで公開し、各種SNSで話題になりました。歌詞には《マヌルネコ 守りたい》とありますが、作った経緯や反響を担当者さんに聞いてみました。
「マヌルネコが大好きなクリエイターの富永省吾さんからの熱烈なオファーがあり、プレゼンを聞いてマヌルネコの保全啓発について多くの方に認知されるきっかけになると確信し、制作しました。再生数は390万回を越え、多くの方が耳にしています。中毒性があり、リピートしている人も多いです」
確かに一度耳にしたら忘れられない“マヌルなリズム”とマヌルネコの魅力がたっぷり詰まった映像は、何度でもリピートしたくなりますね。
最後に那須どうぶつ王国の飼育員さんから、マヌルネコに関するメッセージもいただきました。
「マヌルネコは、もふもふの見た目と愛くるしい顔立ちでとても魅力的な動物ですが、野生ネコの1種です。近年では、生息地の減少などにより、年々個体数は減っています。ペットとして飼いたいと思ってしまうと、野生化での密猟や乱獲につながる可能性が出てきます。ペットとして飼うことはできませんが、動物園で実際に目にして、マヌルネコをはじめとする野生動物や環境問題にも興味を持っていただけると嬉しいです」
(取材・文/三日月影狼)
●那須どうぶつ王国
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