『ドカベン』『あぶさん』『野球狂の詩』など、数々の野球漫画を残して世を去った水島新司さん。
野球漫画を描くだけでなく、長年にわたって、「あぶさん」「ボッツ」という2つの草野球チームを主宰し、執筆の合間に、年間約60試合に出場し続けており、野球に関する造詣(ぞうけい)の深さは、そうとうなもの。
そんな野球通の水島さんが、あるとき「これまでご覧になってきた選手のなかで、最高のバッターは誰でしょうか?」と質問されたことがありました。
さて、果たしてその回答とは?
野球解説者としてテレビ出演
私がその場面を目撃したのは、今からもう何10年も前のこと。
阪神タイガース対横浜ベイスターズか、阪神タイガース対ヤクルトスワローズなど、水島さんが「セ・リーグで好きな球団」として公言し、漫画『野球狂の詩』にも何度も登場していた阪神と、どこかの球団の一戦だったと思います。
なんと、その試合のテレビ中継に、水島さんが野球解説者として出演されていたのです。
今でこそ、デーモン閣下が大相撲の解説者としてNHKの相撲中継に出演したり、野球好きで知られる元SMAPの中居正広さんがプロ野球中継のゲスト解説者として出演したりなど、「そのスポーツのプロ未経験者」が解説者として起用されることもありますが、当時としては、とても画期的な起用だったのではないでしょうか。
私は当時から『ドカベン』や『野球狂の詩』の大ファンでしたから、「おーーっ」と思って番組に見入っていました。
実況アナウンサーが、くだんの質問、「水島先生がこれまでご覧になってきた選手のなかで、最高のバッターは誰でしょうか?」という質問をしたのは、試合も半ばというあたりだったと思います。
聞いた瞬間、「なかなかいい質問をするじゃないか」と思いました。
水島新司さんのそれまでの漫画を見ると、野村克也さんだろうか? いやいや、やはり長嶋茂雄さんだろうか……などと、瞬間的に頭をよぎったのを覚えています。
しかし、水島さんの回答は、想像を絶するものでした。
水島さんの意外すぎる回答とは
水島さんは、間髪入れずに、こう即答したのです。
「それはもう山田太郎ですね! ドカベンです!」
まさか、自分の漫画のキャラクターの名前が出るとは!
驚いて二の句がつげないアナウンサー。
さらに水島さんは、こう続けました。
「何しろ、ドカベンは甲子園での通算打率が7割5分ですからね。あんなすごいバッターは、ほかにはいません」
これには、テレビを見ていた私も「“ほかにはいない”もなにも、あなたが作ったキャラクターじゃありませんか!」と、心の中でツッコミました。
しかし、驚くとともに「ここまで自分のキャラクターに感情移入しているのか」と、感動してしまったのです。
水島さんは、こんなことをおっしゃっていたこともあります。
「(『ドカベン』の原稿を描いているとき)ネームでは三振するはずだった岩鬼が、ペン入れをしたらホームランを打ってしまって驚いた」
漫画家や小説家は、ときに「描いているキャラクターが勝手に動き、勝手にしゃべる」という経験をすることがあるといいます。
水島さんほど生き生きとしたキャラクターを描いていれば、そんな経験を何度もしておられたのではないでしょうか。
ちなみに、水島先生は、「自分が惚れたキャラクター」として、ドカベンこと山田太郎、岩鬼正美(『ドカベン』)、藤村甲子園(『男どアホウ甲子園』)、岩田鉄五郎(『野球狂の詩』)、景浦安武(『あぶさん』)の5人を挙げています。
作者自身が「惚れる」ほど魅力的なキャラクターたちだから、長年にわたって読者に愛され続けたのですね。
(文/西沢泰生)